知財マンの心理学15(1分間マネジャーとTA)|お知らせ|オンダ国際特許事務所

知財マンの心理学15(1分間マネジャーとTA)|お知らせ|オンダ国際特許事務所

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知財マンの心理学15(1分間マネジャーとTA)

(パテントメディア 2018年9月発行第113号より)
会長 弁理士 恩田博宣

1.始めに

今回は「1分間マネジャー」を取り上げて、部下の育成について、参考になる説明をします。
もし、部下が自分のすべきことを自分で判断し、自主的にどんどん仕事を進めてくれたならば、そんなありがたいことはありません。

新規採用した著名大学卒の優秀であるはずの新人が、順調に育たないために、いらいらして思い悩むことがあります。
そんなとき、上司であるマネジャーはその原因を部下本人のせいにしがちです。「本人の努力が足りない」とか、「もともと怠け者じゃなかったのか」とか、「やる気が足りないのかな」等と思ってしまいます。

しかし、「泥棒にも3分の理」、全ての原因が部下本人にあるとは限りません。育てる側に問題点があることも多いのです。
今回は筆者が人との関係について、思い悩んで学んだ「1分間マネジャー」(ダイヤモンド社発行、K・ブランチャード、S・ジョンソン著)の内容を基に、TA的な発想を加えながら、部下にいかに意思決定(部下育成の基本だと思われる)させるかについて解説したいと思います。

2.マネジャーの忙しさ

筆者は特許事務所の会長職ですが、いまだに2,3日の出張から、2週間にもおよぶプライベートな旅行にまで、パソコンを持ち歩き、常に事務所と連絡がつくようにしています。主として受け取った所内メールと、外部からのメールをチェックし、必要な返信をするためです。そのほか、所内のイントラネットにアクセスして、日々の受注状況や出願状況を把握するようにもしています。

そうすると外国に滞在していても、常に仕事のことが脳裏から離れることがありません。このため、ストレスは結構たまるものです。癖になっていますので、夕食が終わった後も、また、パソコンを開きます。休まる暇がないといった状況です。

事務所に出勤しているときは、たびたび部下が相談にやってきます。問題が投げかけられ、「どうしたらいいでしょうか」と尋ねられると、間髪を入れず瞬時に判断し、決断し、的確な指示を出します。そうした忙しさを楽しんでいる面さえあります。ひょっとすると、大したことのない自分の能力を「これでもか。これでもか」とひけらかしているともいえそうです。

部下と関わっていないときは、出願書類のチェックです。また、特許庁からやってくる拒絶理由、拒絶査定、特許査定等の書類のチェックをします。特に特許法36条関連の拒絶理由、拒絶査定は入念に確認します。当所に責任のあるものかどうかを確かめるためです。
このような1日を送っていると、結構忙しいものです。はっと気付くともう午後6時を回っています。午後7時には帰るようにしています。
通常、マネジャーは筆者と同じように、忙しく日常を過ごしているのが普通でしょう。有能であるマネジャーほど忙しいといえるのかもしれません。

3.忙しさの原因は

この忙しさを何とかしなければならないのですが、なぜこのように忙しいのでしょうか。部下が上司であるマネジャーのところに相談に来ないで、自分で判断し、自分で決定して、仕事をどんどん進めてくれるならば、忙しさは緩和されることになるはずです。

部下は自分で決めて進めたとき、もし、自分の判断が間違っていたり、失敗して顧客に迷惑をかけたり、大きな損害を出してしまったり、ということが起こった場合に、責任を負わなくてはなりません。そうならないために、上司の了解を求めにやってくるのです。

例えば、新人の所員弁理士が「この出願の拒絶の理由に対して、構成AとBを限定して、対処したいと思いますが、いいでしょうか」と、上司である所長のOKをもらいに来たとします。
「部下の相談に乗るのは上司の務め」とばかりに、「どれどれ、じゃあ、その出願の技術説明をしてもらおう。本出願のクレームの構成がどうなっているか。拒絶理由にはどの構成が示されているのか。限定しようとするA,Bの構成は何かを説明してもらおう」のようにやっていては、とんでもなく時間がかかってしまいます。会社の浮沈にかかわる発明の拒絶理由ならともかく、のべつこのような相談に乗っていたら、時間はいくらあっても足りません。

丁寧に相談に乗り、「A,Bの限定はOKだよ」と結論を上司が出したとします。部下は上司のお墨付きが得られたのですから安心です。責任はこれで上司のものとなったのですから、仮に拒絶査定となっても「上司の了解を得たのだから」と責任回避につながります。

味を占めた部下は些細な問題も常に上司の判断を求めます。他の部下も同じように相談に来るようになります。上司は次から次へと部下の相談に乗って、的確に答えを出していきます。いかにも切れ者の上司です。このような部、もしくは課では、全てが上司の意のままに決められることになります。ワンマン体制となってしまうでしょう。

休み明けには、上司の前には行列ができます。上司が1週間も出張でいないと、ことは全く進まなくなります。出張先に電話をかけ、メールを送り、FAXを送り、了解を得るようなことが頻発します。
忙しさの原因は、上司が部下の持ってくるすべての相談に乗り、すべての質問に答え、問題の解決策を出してしまうところにあるようです。

4.マネジャーの陥りやすい状態

筆者が30年前に熱心に習得した「1分間マネジャー」の手法には、その答えが明確に示されています。
筆者は当時、この手法を習得するために、合計18回も所員や外部の方々に参加してもらって、1泊2日のセミナーを開催しました。その成果を一番得たのは講師を務めた筆者であったはずです。しかし、それから30年、知らぬうちに元の木阿弥。部下が問題点を説明し、その解決方法を尋ねられると、部下の考えを訊く前に、つい筆者の考えを言ってしまうことが多くなっていました。

答えてしまってから、「しまった、またやってしまった」と反省する日々です。まだ気づいているので、救いはあります。筆者の事務所では、問題が起こったとき、「その解決策はまず自分で考えなさい。それを実行するのが心配ならば相談に来なさい」ということになっています。自分の考えなしに来てはいけないのです。本来ならば、まず、部下が持ってきた解決方法を訊くべきでした。改められなければ、筆者の忙しさはますます高進しそうです。

このように、一般的には、筆者が陥ったように、部下から問題を投げられたとき、部下の解決法を訊かずに、上司の考え方を答えてしまうことが多いのではないでしょうか。

5.マネジャーのあるべき姿1

多分、多くのマネジャーは、筆者と同じような忙しさで日常を過ごしておられると思います。ではこの忙しさをどのように解消すればよいのでしょうか。
「1分間マネジャー」では、マネジャーがその忙しさを解消すると、「その組織は働く人々が生き生きと輝き、自ずと生産性が上がる組織になっていく」といっています。そんなありがたい話はありません。事実、この「1分間マネジャー」の手法は、多くの著名企業によって導入されています。

1分間マネジャーの意味は、「部下から大きな成果を引き出すのに、ごく僅かな時間しかかけない」という意味です。
「1分間マネジャー」では、マネジャーの関心は単に業績のみならず、部下の幸せにも向けられるべきだとのことです。
業績に関心のあるマネジャーは、部下に対して厳しい態度を取りがちですし、ワンマンになりやすい傾向があります。TA的に見た場合、このマネジャーはI’m OK. You are not OK. (自己肯定、他者否定)の基本的ポジションの持ち主であろうと思われます。(当所HP,パテントメディア103号、111号でご覧いただけます)

また、部下に関心のあるマネジャーは、いわゆるナイスなマネジャーで、人情家で民主的である場合が多いのです。TA的にはI’m not OK. You are OK.(自己否定、他者肯定)の基本的ポジションの持ち主が多いと思われます。

有能なマネジャーとは、「自分自身を管理し、また一緒に働く人々をも管理し、それによって組織もそこで働く人々も、彼がいるという存在そのものが利益になっていることだ」ともいっています。筆者がそこに存在するだけで、筆者の事務所の利益になっているとはとても思えません。ただ、十数年前、胃がんにかかって、手術のために入院しているとき、「会長が亡くなるとオンダ特許は大丈夫か」というお客様の声が聞こえてきたという所員の話がありました。ひょっとすると少しは存在意義があるのかもしれません。

また、有能なマネジャーには、十分な暇があるのです。逆にいえば、十分な暇のないマネジャーは有能ではないということになります。筆者のある友人は年間300ラウンドを超えるゴルフをこなすほど暇です。しかし彼の会社は隆盛を極めています。マネジャーの鏡でしょうか。

「1分間マネジャー」の本の中では、立派なマネジャーになろうとする若者が1分間マネジャーだと自称する優れたマネジャーを訪ねます。若者がアポイントを取ろうとするとき、「いつ訪ねたらよいか」と訊いたのに対し、1分間マネジャーは「水曜日の午前中を除いていつでもよい。日時は君が決めたまえ」と答えています。いつでも会えるほど暇という訳です。不思議というほかありません。
有能なマネジャーは部下と一体どんなミーティングをするのでしょうか。

それは「部下たちが前週仕上げたこと、直面した問題、引き続き達成しなければならないことを、検討し分析するので、それに耳を傾ける」
それが済むと、翌週の計画や戦略を立てることを行うのです。そして、このミーティングで決められたことは、当然のこととして、マネジャー自身や部下たちを拘束します。

実は水曜日の午前中には、このミーティングが行われていたのです。ここで「耳を傾ける」といっていますが、通常マネジャーは口を傾けてしまうのではないでしょうか。そうすると部下が行うべき意思決定にマネジャーが立ち入ることになってしまいます。「1分間マネジャー」では、マネジャーは「部下の意思決定に参画することはしない」と明言しています。

さらに、マネジャーは部下の気分がよくなるように援助すべきだとしています。確かに人は気分がよければ、生産性を上げることができますが、気分が悪くては反対になってしまいます。
具体的には、1分間称賛法を挙げています。褒められれば、いい気分になります。筆者の事務所では、各部門長は月1件以上部員の良いところ(お褒めの種)を見つけて、所長に報告することになっています。所長はそれを受けて、所内メールでお褒めを行います。すると、何とほとんどのお褒めに対して、やる気に満ちた、これからも頑張りますという主旨のメールが返信されるのです。称賛の威力が分かります。
そして、もう一つ、1分間叱責法もこの「1分間マネジャー」では、何と部下をいい気分にさせる手法として機能させているのです。改めて次号で説明したいと思います。

6.マネジャーのあるべき姿2

さらに、優れたマネジャーは部下に対して、「何をしなければならないか」という職責と、「何について責任があるか」を明らかにしているというのです。多くの組織では上司が部下に対して思っている職責と、部下が思っている自分の職責とが一致していないことが多いといいます。そうすると部下は自分の仕事だと思いもしなかったことをやらなかったという理由で、非常に不利な立場に追い込まれるということが起こるようになります。

具体的には次のようにして、職責と責任をはっきりさせます。すなわち、上司の了承を得て、仕事上の目標が決まると、それを一目標一ページ以内に書き上げます。観察し得る、測定し得る言葉で書くのです。どうなったら目標達成かが分かりますので、達成基準がはっきりします。今どこまで来ているかのチェックも容易です。寝耳に水は一切なし、すなわち、何をしなければならないかがはじめから明確だということになります。

次に上司のすべきことは、部下に対して優れた業績とは何かを示すことです。業績基準をはっきりさせ、部下に何を期待するかを示すのです。

特許事務所の例を示しましょう。

新人弁理士Hさん(作成日2018年1月1日]
目標 (株)○○○社の半導体製造方法及び製造装置の特許明細書(平均15ページ、図面4枚)を上司のチェックなしで作成できるようになる。発明者との面談も単独で可能にする。明細書1件について、書き直しによるお客様への原稿送付回数は平均2回未満とする。ただし、第1クレームについて、面談前または後に上司に相談できる。
月間作成件数 平均 月4件とする
月間3件未満では不良、4.5件以上なら優秀
期限 2018年12月31日

筆者の事務所ではこのような内容を各所員が記載したカードを方針カードと称しています。年2回の所内監査の際には、抜き打ちで見せてもらい、進捗をチェックしています。
さらに、実務スタッフについては、所長が年間全所売上目標を決め、それを部門ごとに振り分け、部門では個人に振り分けています。実務スタッフ個人は年間売上目標が決まりますので、それを12等分して月間目標とします。さらに、日々月間目標の何%まで達成しているかを意識するようにと指示しています。

7.部下の意思決定1

マネジャーは部下のすべき意思決定に参画してはならないのですが、次のケースでは、所長が自ら意思決定しています。
会計担当の部下がやってきたとします。

会計担当所員「所長、米国のABC特許事務所からの出願について、意見書及び補正書の料金、立て替えた審査請求料等合わせて約60万円の支払いが滞っています。そろそろ1年にもなります。毎月ステイトメント(未払い残高通知)のメールは送っているのですが、何の返事もなく困っています。今後どのように対応したらよいでしょうか」
所長「まず、所長名で支払い要請のメールを相手弁護士に送ろう。反応がなければ、会計の方から電話をしなさい。それでもだめなら、所長が電話をします。その後のことはまた相談に乗るよ」
所員「わかりました。とりあえず、所長名で督促メールをし、電話をかけます。ご指示ありがとうございました」

いとも簡単処理できてしまったのですが、TA的には部下を一人前とは認めずに対処していることから、所長の基本的ポジションは、I’m OK. You are not OK.(自己肯定、他者否定)ということになると思います。
これでは部下は些細なことでも所長のところへ相談に来て指示を仰ぐようになってしまいます。
ではどうすればよいか。次は部下に意思決定させているケースです。

所員「何の返事もなく困っています。今後どのように対応したらよいでしょうか」
所長「待て待て、そのABC事務所との取引について、具体的に説明しなさい」
所員「この事務所とは、10年来の取引で、年間数件の特許出願の依頼があった事務所です。昨年までは順調に支払いがあったのですが、約1年前から支払いが滞るようになりました。実務担当者に訊いてみますと、意見書の指示も何回も催促しないともらえないそうです。現在、まだ5件くらいの出願が係属中です。その内1件について審査請求料、意見書、補正書の料金が支払われていません。ほぼ1年たっています」
所長「よし、状況は分かった。君が自身でこの問題を解決するとして、今からできることは何かな」
所員「催促のメールは、毎月出していますので、その他にやることがなくて困っているのです。それで相談に来たんです」
所長「そうか、じゃあ、改めて訊くが、この問題が無事解決したときというのは、どういう状態かな」
所員「60万円が無事に振り込まれた状態です」
所長「うん、じゃあ、すでに、ステイトメントは何回も送ってあることを前提として、60万円を無事振り込んでもらえるために、君が今からできることはないかな」
所員「そうですね。ステイトメントは請求金額を知らせているだけなので、払ってもらえないと、次の手続きはできないと連絡してはどうでしょうか」
所長「わかってきたようだね。その調子だ。もうないかな」
所員「直接、電話して支払ってもらえない理由を訊くというのもいいと思います。」
所長「それもやってみる価値はありそうだね。やりますか」
所員「はい、そうします。払ってもらえなければ、次の手続きは当所では行わないことを連絡します。同時に未払いの理由を、私が直接電話をして訊いてみます」
所長「よい成果を期待しているよ。なお、参考までにだが、最後の手段として、私が向こうの担当弁護士に電話することもできるからね」

このやり取りは、所長がプロセスすることによって、部下に意思決定をさせています。このように部下に意思決定をさせることを繰り返すことにより、部下はどのように意思決定をすればよいかを理解し、ゆくゆくは自分自身で同じようなプロセスを行えるようになっていきます。自ら問題を発見し、その解決手段を自ら案出できるようになります。そうするとマネジャーに、相談する必要はなくなります。マネジャーには時間が生まれるということになるという訳です。

8.部下の意思決定2

「1分間マネジャー」で「マネジャーは部下の意思決定に参画しない」といっています。その2例目を説明します。
例えば、「3.忙しさの原因は」の項で挙げた新人弁理士が所長のところへ相談に来たケースでは、次のように対処すれば、以後よほど重要で困難なケースを除いて、自分で解決手段を決めるように仕向けられるでしょう。
所員弁理士「この出願の拒絶の理由に対して、構成AとBを限定して対処したいと思いますが、いいでしょうか」

所長「まてよ、何が問題でわざわざ所長のところまで、限定箇所の許可を取りに来るのかね。まあ、いいだろう。問題があったならば、それを解決するための役割を、君はこの部で担っているのだ。今後どのような筋道で解決するか、やってみよう。まず、その出願について、現在の状況を客観的かつ具体的に説明してくれないか」
所員「この出願はX社のものでして、現在拒絶理由が来ています。引例が2つありまして、進歩性がないというものです。審査官の判断は正しいと思います。従って、現在のクレームを限定する必要があります。限定できる構成としては、A、B、C、Dの4つがあります。よく考えたのですが、A+Bを限定したいと考えました。しかし、ちょっと不安になったものですから相談に来ました」
所長「大体状況は分かった。では、限定構成をA+Bにしたいということだが、何が不安なのかな」
所員「お客様は本件を重要視していますし、限定事項がそのほかにC,Dのようにいろいろあるもので、不安でした。すみません」
所長「君がAとBに決めた理由は何かね」
所員「AB両方限定した公知例はなかったものですから」
所長「Aだけ限定する、または、Bだけ限定するというのはないの?」
所員「あります。しかし、片方だけの限定だと、効果が非常に弱いんです。両方限定するとかなりいい効果を主張できるのです」
所長「じゃあ、CとDの限定はどうして外したのかな。Cだけ限定する、または、Dだけ限定する、という道もあったのではないかな」
所員「ありました。しかし、C、Dはもともと明細書作成の段階で、私が考えた別例の付加構成でして、出願人側で実施する可能性がやや低いのです」
所長「そうか。ここまで議論したが、どうだ、A+Bの限定でいいのか悪いのか、君の考えはどっちだ」
所員「A+Bの限定でいいと思います」
所長「いいか、筋道を立てて考えれば、結論は出るじゃないか。安易に相談に来るのではなく、今後はまず自分で考え、自分で決定するように」

このように所長が対応する場合、詳しい技術内容を訊き出すことはしていません。比較的短時間で所員に限定構成を決断させています。多分、この所員はその後同じ筋道で考えて決断するようになるので、安易には所長のところへは相談に来なくなるでしょう。

9.部下の意思決定3

部下が自ら意思決定をし、それを実行します。そして、うまくいかなければ、責任を感じ、うまくいけば働き甲斐を感じ、うれしくなって、モチベーションも大いに上がります。しかし、特に経験の浅く発展途上にある新人の部下にどのように意思決定をさせるかは、それほど簡単ではありません。
次にもう一つ特許事務所で起こりやすい事例についてみてみましょう。部下からいい解決策がなかなか出てこないケースです。

まず、部下が「問題があります」とか、「このケースどう対処したらよいかわかりません。相談に乗ってください」「困ったことになりました。どうしたらよいでしょうか」等と言ってきたとします。
そんなとき、まず、上記2つの例でみたように、問題が何かを明らかにします。部下が問題だということを説明させます。そのとき観察し得る、測定し得る言葉で説明させるようにします。「1分間マネジャー」では「態度、感じだけの報告」ではなく、「行動に即した言葉で説明せよ」といっています。(P.18 注1参照)

さて、特許事務所において、調査報告をお客様に送ったところ、その調査報告に問題があると苦情が寄せられました。特許事務所の調査担当の所員が所長に、行動に即した言葉で報告しています。
所員「H社に対する調査報告について、昨日、この調査報告書では結論がさっぱりわからない。調査の仕方もどのような範囲について、どのような検索式でやったのかが分からない。結論も信用がおけない。という苦情の電話がありました。その報告書においては、結論が微妙でしたので、幾つかの項目に分けて、考え方を3つ示し、それぞれの場合について、通る、通らないの結論を明記しました。調査範囲については記載しておきましたが、検索式の立て方については、説明しませんでした。私としては精一杯やったつもりです。どうして結論が分からないのか、こちらが分かりません」
おおむね行動に即した言葉で具体的に説明されています。管理者としては状況は飲み込めた状態です。そこで所長は次のようにプロセスします。なお、このケースで「態度、感じだけの報告」は、例えば、注2(P.19)のようにした場合です。

所長「なるほど、状況は分かった。では、この問題が理想的に解決されたとするならば、どういう状態になっているのかな」
所員「もちろん、お客様が望むような報告書ができて、満足してもらえ、怒りが収まるとともに、今後も順調に調査関係の仕事をいただけるようになることです」
所長「そうだな。では、君が言う理想的な状態と、今回の問題報告書の状態との間に差ができたのは、何が原因かな」
所員「はっきりしないところもあるのですが、報告書が長く、結論が3つに分かれているのに、それをだらだらと書いたために、理解しにくくなってしまったのではないかと思います」
所長「では、この事件をうまく解決するために、君が今からできることはどういうことかな」
所員「はい。まず、結論が3つある訳ですから、それを項分けして分かりやすくします。そして、検索式についても、しっかり説明します。全体としてもっと詳しく説明すれば、分かってもらえるのではないかと思います」
所長「なるほど、では君の言う通りに作成しなおして、送ればお客様は満足してもらえるかな」
所員「いや、さっぱり自信がないのですが」
所長「だとすれば、その解決法ではうまくいかないようだな。ほかにいい方法はないかね。自信のないのはどこかな」
所員「どうも、長くなりすぎて読みづらいのではないかと思うのです。全体に短くする必要があります。結論が3つあるというのも気がかりなのですが」
所長「いいところに気付いたようだな。ではどうするのかな」
所員「3つの結論をきちんと項分けして書き、結論として確率の高い順に書いてはどうかと思います。検索式についても長くなっていて理解しにくいので、項分けして順に書いてはどうかと思います」
所長「君の言う通りに作成すれば、お客様は満足してくれるかな」
所員「自信がもてません」
所長「そうか。あまり時間もないので、君の立場に立って考えてみよう。もし、私が君の立場だったならば、次のようにするな。すなわち、3つの結論の内、最も確率の高いと思われるもの一つを、当所の結論として、冒頭の所にその結論のみを書くようにする。続いて、その理由を書く。他の二つの考え方は、他の考え方1,2というように、項を分けて書くようにする。検索式については長くなってはいけないので、式の各部分が何を意味するのかを簡単に説明する。このようにしてはと思うが、どうかな」
所員「当所の結論として一つにするというのは、大変いいと思います。項を分けて他の考え方1,2というようにやれば、『事務所の結論は通るという方向だが、別の考え方も2つあるということだ』と理解してもらえるので、分かりやすいと思います。お客様も知財部の専門家なので、検索式についての説明は簡単でも理解してもらえそうですね」
所長「では、君はこのように書き換えて送れば、満足してもらえると思いますか」
所員「はい、まず、大丈夫だと思います」
所長「では、このように書き換えて送りますか」
所員「そうさせていただきます」
所長「あくまで、君の決断で書き直すということだよ。忘れないように。念のため、所長からも先方のご担当者に一言、所長との相談の上、書き換えたことを電話しておくよ」
所員「ありがとうございます」

このケースでは所長は時間がかかるものですから、途中で自分の解決案を示してしまいました。理想的には所員が解決策を見出すまでプロセスできるとよいのですが、時間をかけないことも重要なので、「君の立場に立って考えてみよう」「私があなたの立場だったらこうする」として、自分の解決策を述べています。そして、その解決策が部下の決断であるようにするために、「お客様に満足してもらえるか」を問い、書き換えたものを送る決断をさせています。
部下からいい解決法が出て来ないような場合は、このようなやり方が一つの方法です。

注1:
「1分間マネジャー」では、問題だということを説明するのに、「行動に即した言葉で説明せよ」といっています。それは「観察し得る、測定し得る言葉で説明する」ということなのです。さらに、それは「態度だとか感じだけを聞きたくない」ということでもあるのです。
例を挙げます。売上ダウンしたときの報告です。

・態度、感じだけの報告
社長、今期の売上は大幅ダウンしそうです。私としましては最善の努力をし、顧客の開拓に邁進いたしました。部下も大いに頑張ってくれましたが、不況の波は厳しく、売上ダウンを余儀なくされました。まことに申し訳ありません。

・行動に即した報告(観察し得る、測定し得る報告)
社長、今期売上は対前期比15%ダウンしそうです。私としては今期新規顧客A社、B社及びC社を筆頭に、お手元の表1のように顧客開拓をするとともに、キャンペーンを対前期比3回増やし、表2にありますように、新規企画やキャンペーンを行いました。部下も各課とも節約運動をやるかたわら、顧客あと一件訪問運動のほか、表3のような売上強化策を講じました。しかしながら、業界平均売上高25%ダウンの中、当社も売上15%ダウンのやむなきに至りました。

注2:態度、感じだけの報告
「所長、私はまじめに従来技術を収集しましたし、その分析もしっかりやりました。3つものケースを想定して、誠心誠意報告書を作成しました。しかし、お客様は分からん、分からんと言うのです。私としては嫌になっちゃいますよ。これ以上どうしようもないんですよ」

10.部下の意思決定と「分からない」

9.で説明したケースでは部下はおおむね問題のない受け答えをしています。所長も「それならうまくいくか」だけを繰り返しています。たいていの場合、部下もその解決策がうまくいくかどうかについては、分かっていることが多いのです。自信があるかないかについては、質問をしていれば、敏感に伝わってきます。仮に部下が適切な提案をしたとします。そのとき所長が「それはいい案だ。その通り実行したまえ」と言ってしまっては、それは部下の決断ではなく、所長の決断になってしまいます。このようなときは「それはなかなかいい案じゃないか。やって見る価値はありそうだな。実行しますか」のように、部下の決断を促す必要があります。あくまで部下の決断にする必要があるのです。

9.で説明したように、上司が解決策を提案した場合にも、上記のように部下の決断にする配慮が特に必要です。
時には、とても受け入れらない解決策について、部下が「自信があります」と言い張ることがあります。そんな時は「その解決策だと・・・・の理由で、ますます分からなくなるのじゃないかな。どう思うかな」と、お客様の立場に立って、その解決策の問題点を指摘することによって、すぐ気付いてくれるのではないかと思います。

聡明な部下とのやり取りでは、上記のようにうまくいくケースが多いでしょう。しかし、そうはいかないことも多いのです。次のようなこともしょっちゅう起こります。
まず、初めの「理想的な解決状態は何か」という質問、あるいは「理想的な状態と問題報告書との差が生じた原因は何か」との質問に対して、狡猾な部下は「分かりません」という返事をすることが多いのです。
「それが分からないから、こうして質問しに来ているのです。分かるくらいならいちいち来ませんよ」等と分からないことを正当化することでしょう。暗に所長がすべての答えを出すことを求めているのです。
「分からない」という発言は、通常3つの意味のどれかに該当します。

1.責任回避
2.正しい答えを探している
3.他人の評価を恐れている

上記の場合は責任回避に当たります。この「分からない」という言葉は証人尋問における「記憶にありません」と同じで、二の句が継げないのですから実に不愉快です。
「あなたを愛しています。結婚してください」と言われて、「私分からないわ」と返事されたとき、一体どのように二の句を継いだらいいのでしょうか。ぶち壊しもいいところです。
「1分間マネジャー」では、「どのようになればよいか分からないということは、まだ問題を把握していないということだ。現実に起きていることと、こうなって欲しいと思うこととの間に、差のある時にだけ問題があるのだ」といっています。

筆者の事務所では「分からない」を禁句にしています。それでも「分からない」が出て来たときは、「分かるとしたら?」と尋ねるようにしています。
部下が「分からない」と言っているときには、本当に分からないと言っていることは少なく、所長の回答が欲しくて言っていることが多いのです。

そこで「理想的な解決状態が分からないということはないだろう。無事今回の苦情が解決されたとしたら、一体どのような状態になっているのかな」とか、「理想的にうまくいったときと、今起こっている問題との間に差が生じているのは、どのような原因かな。原因も追究しないで、所長の答えを求めるのは早すぎる。もう一度検討してから来たまえ」のように、対処すればほとんどの場合は気付いてくれます。前述のように、上司の所へ相談に行くときには「自分だったらどうするかという解決策を持ってくるように」と指示しておくのが有効です。

11.まとめ

部下が提起した問題解決の要諦は、部下に決断させることです。それがマネジャーの時間を作り、組織を活性化させ、部下を明るく輝く状態にさせるのです。やることは簡単、状況を把握したならば、「理想的な解決状態は何?」と問い、「その状態を招来するために、君ができることは何?」と問います。

部下が答えたならば、「それでうまくいくか」と尋ねます。どうしても解決策が出ないときには、「もし、私が君の立場だったならば、○○○○のようにするがどうか」と提案します。部下の同意が得られれば、「そのように実行しますか」と部下の決断を促します。
このようにして、部下が自分で判断し決断し、自ら実行するようになれば、マネジャーは、十分な時間を取れることになるのです。これが1分間マネジャーの1分間目標設定のやり方です。参考になればうれしく思います。
次回は同じく「1分間マネジャー」の称賛方法と叱責方法について、恩田流の説明をしたいと思います。