特許担当から商標担当になった弁理士の雑感|お知らせ|オンダ国際特許事務所

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特許担当から商標担当になった弁理士の雑感

(パテントメディア2016年5月発行第106号掲載)
弁理士 佐久間勝久

商標部所属弁理士の佐久間勝久と申します。東京オフィスで主に内外案件を担当しております。ここ数年、秋口に開催しております弊所主催のセミナーで講師を務めておりますので、読者の皆様の中にはお目にかかった方もいらっしゃるかと思います。

私は元々技術者で、前職では某精密機器メーカーで設計開発に従事しておりました。当所に入所後約2年半は東京の国内特許部で明細書作成を担当しておりましたが、そんなある日、東京オフィスで商標案件を一人で担当していた女性弁理士が産休に入る3ヵ月前、私に後任のお鉢が何の前触れもなくまわってきました。かなり悩みましたが一晩熟考の上、このお鉢を受けることにしました。国から資格を認めていただいた以上、特許に拘泥している場合ではない、との結論に至ったからです。
異動後は、お客様と直接コミュニケーションをとる頻度が特許担当だった時と比べて格段に高まりました。また、東京では内外案件を主に取り扱う以上、外国代理人との交流を深めるべくINTA(International Trademark Association)へ参加するようにもなりました。このように特許と商標とを担当してみて、日々思うことがあります。それは、『知財業界全体で、特許よりも商標を軽視しているのではないか』ということです。なぜそう感じるのかを徒然なるままに考えてみました。

まず、これまで日本が技術立国を標榜し、製造業が長年日本経済をけん引してきたため、他社に先駆けて優れた技術を開発することをあまりにも重視してきたことがあると思います。昨年末に中堅企業が優れた技術をもって大企業の思惑や様々な陰謀と渡り合い、勝ち残っていく骨太なドラマが話題となりました。このドラマを通して、技術開発の重要性、開発した技術を特許で守りかついざともなればその特許で攻撃することの重要性を改めて認識された方々も多いと思います。しかし残念ながら、商標は(もちろん意匠も)取り上げられていませんでした。これでは、「技術さえ他より優れていれば物は売れる。商標? そんなものたかが名称に過ぎないのだから、問題があるなら変更するまで! そもそも先に使っている名称には特許と同じように先使用権があるはずだ」という声が出ても仕方がないと思います。
また、商標の出願時に必要な書面の量が特許と比べて格段に少ないため、ややもすると「商標は誰でもできる」という印象を持たれやすい事情があると思います。特許を日本で出願するには、特許請求の範囲、明細書、図面、要約書に加え願書が必要となり、A4サイズで25枚前後の書面を作成することになります。一方、商標を日本で出願するには、願書に登録したいマークとそのマークを使う対象となる商品(サービス)とを記載すれば足りるため、A4サイズで2枚程度の書面を作成すれば済みます。このような書面量の違いが「商標組し易し」の印象を与える結果になっていると思います。行政書士会がその業務範囲を商標に広げようと考える理由もこのあたりにあるはずです。また中国では、特許は試験に合格した専利代理人しか扱えませんが商標は代理人資格が不要で、誰でも扱えることになっています。

このような状況にありますが、商標は特許より軽視してよいものではない、特許に勝るとも劣らない重要なものであると私は考えます。その理由は以下の通りです。
まず、“正しく使いさえすれば”更新の繰り返しにより商標登録をほぼ永久に存続させることが可能だからです。ここが出願から原則20年しか存続し得ない特許と異なる点です。“正しく使いさえすれば”とするのは、正しく使わなければ登録を審判(不使用取消審判や不正使用による取消審判等)で取り消されてしまう規定が商標にはあるからです。ちなみに特許にはそのような規定はなく、発明を実施する必要はありません。商標登録を他人に先取りされ、使用されてしまうと、ほぼ永久にその登録内容を使用することができなくなってしまいます。例えば、皆様の社名が第三者によって先に商標登録されてしまうと、大事な社名を商標として自由に使用できなくなってしまいます。「名前を変えればいい」と言っていられるでしょうか。もちろん、買い取り等によりそのような状況を打開できますが、先に商標登録するよりも多大な経費及び時間の投入を迫られることになります。
次に、特許で保護する発明の価値は発明時に最高の価値があり、次第に陳腐化するのですが、商標の価値は長年“正しく使う”ことによって陳腐化するどころか増大するからです。技術革新が激しい昨今、20年前に創作された技術の価値が陳腐化することは容易に想像できると思います。一方、今世界に名だたる企業が日本には数多くありますが、その企業名が創業直後から、あるいはロングセラー商品の商品名が発売直後からそのようなブランド力を有していたでしょうか。長年の誠実なビジネス展開により、年々ブランド力が付いてきた結果であることは明白です。
そして、税関で通関差し止め理由の98%(平成26年実績)が商標権に基づくものであり、残りはほぼ意匠権、著作権に基づく理由であるという事実もあります。税関職員は通関品の名称・外観で権利侵害の有無を判断しているのです。

このように、半永久的に登録が存続する点、正しく使えば使うほど価値が増大する点、そして税関での侵害品通関差し止めに有益である点が商標の特徴です。これらの点に鑑みれば、商標が特許よりも軽視される理由などないことを、ご理解いただけると確信しています。

最後までお付き合いいただきありがとうございました。