特許性判断における公知の特許図面等の解釈|知財レポート/判例研究|弁理士法人オンダ国際特許事務所

特許性判断における公知の特許図面等の解釈|知財レポート/判例研究|弁理士法人オンダ国際特許事務所

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特許性判断における公知の特許図面等の解釈

(パテントメディア2011年9月発行第92号掲載)
副所長 弁理士 福井宏司

はじめに

発明の内容が製品開発の進捗と共に変化することはしばしば経験されるところです。例えば、開発初期の段階においては構想レベルのものが多いのですが、実用化段階ともなると生産性や品質の安定性などを考慮した細部構造に関連するものが多くなります。このため、後の出願に係る発明が、開発初期の段階に出願された、技術的思想の異なる先の出願の特許図面とたまたま同一となることがあります。このような場合、後の出願が、先の出願に記載された特許図面により特許性が否定されるかどうかの問題が生じます。本稿は、このようなケースにおいて参考となる三つの判例を採り上げてみました。

事例1.「平成8年(行ケ)第42号 審決取消請求事件」
(平成9年9月18日判決言渡、審判番号;平成6年審判第6138号)
(1)事案の概要

本件は、原告の特許出願(特願昭60-201890「引張装置」)が拒絶査定され、この査定を維持した審決の取消を求めた事案であります。この審決取消訴訟により、審決は取り消されました。

(2)本件発明「特開昭60-201890、特開昭61-77561」の内容

本件発明は、鉄道車両における衝撃を緩和するための引張装置に関するものであり、次の図に付記した(a)~(f)の構成を備えています。

特許性判断における公知の特許図面等の解釈 | 2011年

各構成要素は、それぞれ数行の文章により記載されていますが、ここでは、構成要素(ニ)の関連部分についての文章を記載します。特に問題となる内容は下線の角度です。また、カッコ内は筆者の注釈です。
「(ニ)…この引張装置の長手方向の中心線に49~51度の角度か(緩衝要素18が、Fig.1のようにばね30とばね28との組合せのとき)または53度の角度(緩衝要素18が流体ユニットであるとき)で交差する面で外方に傾斜された予定のテーパ部分を有している…一対のくさびシュー」

(3)引用例(特公昭47-24568号公報)

特許性判断における公知の特許図面等の解釈 | 2011年審判において、引用例に記載の発明は、本件発明と比較して全体構造に差異がなく、くさびシューのテーパ角度も図面上同一であると認定されました。  因みに、このくさびシューのテーパ角度は、審判において、引用例のFig.1(右図)に記載のものは50度であり、他の実施例の図面(本稿に掲載していないFig.3、Fig.11)に記載のものは53度、55度であると認定されました。

 

 

(4)裁判所の判断

ところが、判決では、次のように判断されました。
「引用例の図面に描かれているくさびシューがたまたま約50度ないし約55度のテーパ角度を示していることを捉えて、引用例には引張装置のくさびシューのテーパ角度を約50度ないし約55度に構成する技術的思想が開示されているということはできない。」
また、この結論を導くために、次のように述べています。

(イ)「引用例には、くさびシューのテーパ角度の数値を限定することについての技術的意義も、実施例を示す図面に記載された上記角度についても、全く記載されていないことが認められる。
以上のような引用例の記載によれば、引用例記載の発明の目的が、専ら本願発明の要旨にいう「圧縮可能な緩衝要素の改良にあり、くさびシューを含む「摩擦緩衝部材」の改良でないことは明らかである。したがって、引用例記載の発明の実施例として描かれている別紙図面BのFIG.1、FIG.3あるいはFIG.11のくさびシューのテーパ角度が、問題意識をもって正確に記載されていると考えることはできない。そもそも、特許願書添付の図面は、当該発明の技術内容を説明する便宜のために描かれるものであるから、設計図面に要求されるような正確性をもって描かれているとは限らない。」

(ロ)「もっとも、引用例に開示された技術的事項は、本出願当時の技術水準を背景として当業者において認識し理解するところに基づいて判断されるべきものであるから、本出願当時、引張装置のくさびシューのテーパ角度を約50度にすることが当業者に広く知られた技術的事項であれば、引用例にその角度について格別の記載や示唆が存しなくとも、当業者はその図面から引用例記載の発明においてもその角度を約50度に設定していると認識するといえるが、本出願当時の技術水準を上記のように認定することのできる証拠は存しないから、この点から引用例にはその角度を本願発明と同一の角度としたものが開示されているということはできない。」

事例2.「平成18年(行ケ)第10342号 審決取消請求事件」
(平成19年5月22日判決言渡、審判番号;無効2005-80246号)
(1)事案の概要

本件は、被告の実用新案登録第2148765号「ゴルフクラブ用ヘッド」について、原告が行った無効審判請求を棄却する審決の取消を求めた事案であります。判決は、原告の提出した特許公報に記載された図面による開示を認めませんでしたが、原告の提出した販売済みゴルフクラブの写真による周知性を主張する資料に基づき進歩性を否定し、審決を取り消しました。

(2)本件考案(実用新案登録 第2148765号、実公平7-15567)の内容

特許性判断における公知の特許図面等の解釈 | 2011年

本件考案は、フェース部とホーゼル部との境界線にゴルフボールが当たることにより、境界線が段状になったり、境界線に隙間が生じたりすることを防止するようにしたものです。

そして、このために、上記第1図及び第2図に記載されているように、「フェース部15とホーゼル部19との間に、使用するゴルフボール35の外径曲率より大曲率の凹部37を形成し、この凹部37に、フェース部15とホーゼル部19との連結部の境界線39を位置させた」ことを特徴としています。

 

 

(3)甲第1号証(特公昭63-62303号公報)の記載内容

特許性判断における公知の特許図面等の解釈 | 2011年

これに対し、無効審判における甲第1号証は、ゴルフクラブヘッドの鋳造方法に関する発明が記載されており、同号証の第1図にはゴルフクラブヘッドの鋳造型が記載されています。
この図面を見ると、ホーゼル部のシャフト嵌入部とホーゼル部の鍔部2との間に凹部が形成され、この凹部の曲率が使用するゴルフボールの外形曲率より大きく描かれています。

 

 

(4)甲第1号証の図面についての裁判所の判断

しかしながら、裁判所は、
「甲1の図面に描かれたゴルフクラブの上記凹部に係る表示上の曲率が、当該表示上のゴルフクラブに対応するゴルフボールの外径曲率として想定される範囲の曲率より大きいとしても、そのことのみから、甲1考案の上記凹部の曲率が、使用するゴルフボールの外径曲率より大曲率であると即断し得るものではない。」
と判断しました。なお、「甲1」は「甲第1号証」のことです。
また、裁判所は、その理由として次のように述べています。

(イ)「甲1は、特許公告公報であり、甲1図面は、当該公告に係る特許出願の願書に添付された図面であるところ、一般に、特許出願や実用新案登録出願の願書に添付される図面は、明細書を補完し、特許(実用新案登録)を受けようとする発明(考案)に係る技術内容を当業者に理解させるための説明図にとどまるものであって、設計図と異なり、当該図面に表示された寸法や角度、曲率などは、必ずしも正確でなくても足り、もとより、当該部分の寸法や角度、曲率などがこれによって特定されるものではないというべきである。」

(ロ)「特許(実用新案)公報等の記載から、そのようにいうことができるとするためには、本件考案がそうであるように、明細書(特許請求の範囲又は実用新案登録請求の範囲を含む。)に、当該凹部の曲率がゴルフボールの外径曲率よりも大曲率である旨が記載されているか、又は、少なくとも、明細書に記載された発明(考案)の課題、目的又は作用効果(例えば、「フェース部とホーゼル部との境界線にゴルフボールが直接当接することを防止すること」)等から、そのような構成を採用していると理解されるものであることを要するというべきである。」

(5)本願出願前に販売されたゴルフクラブの写真についての裁判所の判断

原告は、本件訴訟において周知技術を照明する補足資料として、本件考案出願前に販売されたゴルフクラブの凹部にゴルフボールを接着した多数の写真を提出しました。これにより、裁判所は、「使用するゴルフボールの外径曲率より大曲率の凹部を形成」することは周知であり、当業者がきわめて容易に考案できたものであると判断し、本件審決を取り消しました。

事例3.「平成21年(行ケ)第10008号 審決取消請求事件」
(平成21年10月29日判決言渡、審判番号;無効2008-800043号)
(1)事案の概要

本件事案は、原告の特許第3934140号「非共沸冷媒」の請求項1の発明を無効とする審決の取消を求めた事案でありますが、甲第1号証により、原告の請求は棄却されました。

(2)本件発明(特許第3934140号)の内容

本件発明は、ブタン、エタンなどを含む非共沸混合冷媒に関するものであって、「圧縮機から熱交換器を経て蒸発器にいたる高圧下の露点が室温以上であって、かつその沸点が蒸発器から熱交換器を経て圧縮機にいたる低圧下の露点より高いものであり、上記高圧下の非共沸冷媒が上記熱交換器による熱交換によって全て凝縮・液化され、上記低圧下の非共沸冷媒が上記熱交換器による熱交換によって全て気化される成分組成としたこと」を特徴としています。

(3)引用例(甲第1号証)の記載内容

引用例は、平成14年9月に英国で発行され、国立国会図書館に平成14年10月21日に受け入れられた雑誌International Journal of Refrigeration 2002年9月、Volume 25 Number 6に掲載された、
Vjacheslav Near, Andrey Rozhentsev著の「Application of hydrocarbon mixture in small refrigerzting and cryogenic machines」と題する論文です。
  引用例には、冷媒としてイソブタン(C4H10)74.5%、エタン(C3H6)21.0%、メタン(CH4)4.5%よりなる3成分混合物を利用した冷凍装置についての冷媒回路(FIG.1)及びT-s線図(FIG.2)が記載されていました。

特許性判断における公知の特許図面等の解釈 | 2011年

(4)裁判所の判断

この事件においては、前の二つの事例とは異なり、説明記事のない内容についても図面に開示されていると判断しています。
例えば、図1(Fig.1)、図2(Fig.2)に関し、次のように認定しています。なお、以下の文章における下線は、注意点として筆者が付したものです。

(イ)「図1に引出し線を用いてローマ数字「Ⅰ」~「Ⅵ」が付された箇所があり、図2において、異なる書体ではあるがローマ数字「Ⅰ」~「Ⅵ」が付されている点が看取できる。図1は、冷凍サイクルの作動スキームを示し、図2は、このシステムの熱力学的サイクルをT-s線図で示すものであるから、図1の冷凍システムにおける「Ⅰ」~「Ⅵ」の箇所と、図2(引用図面)のT-s線図の「Ⅰ」~「Ⅵ」の各点とがそれぞれ対応するものと解される。」

(ロ) 「引用例には、以下の記載がある。「サイクルの熱力学計算では、高温熱交換器(コンデンサー)内では、実際に混合物の凝縮がないことを示している。混合物の高圧蒸気は、伝熱熱交換器に流入する。混合物の高圧流は、冷却され、この熱交換器で凝縮される。」(甲1の訳文6頁7~10行、甲5、乙1の2)。そして、引用図面において、凝縮器2出口に対応する点Ⅱは飽和蒸気線よりも内側にあることが看取できる。これらの記載を総合すると、熱力学計算上は、凝縮器2において特定3成分組成冷媒である混合物はほとんど凝縮していないが、引用図面であるT-s線図からは、冷媒の一部は凝縮しているものと解される。そして、引用例の図1に示される冷凍システムは、…上記のとおり凝縮器2において冷媒の一部が凝縮していることからすると、引用例の図1に示される冷凍システムにおける冷媒の高圧下の露点は、室温以上であるということができる。」

このような図面解釈によれば、冷凍分野においては、概略図にしか過ぎない配管系統図やT-s線図により、周知事項を勘案することにより、文章上の説明以上の技術的事項が当業者により認識し理解され得ることを示しています。また、冷凍分野における配管系統図やT-s線図のように、他の技術分野においても、その分野特有の特定の技術的事項を表現する慣わしのある概略図があるものと思われます。

まとめ

(1)出願人の立場の場合は、上記事例から、次のように考えることができます。
事例1のように、特許図面に表示された寸法、形状等については、当該発明の技術内容を説明する便宜上のために描かれたものであるから、問題意識を持って正確に描かれていると考えることができないことを理由に、特許図面により特定されるべきでないと主張することができます。但し、周知技術の存在や、明細書の記載などからそのような構成を採用したことが理解できる場合は新規性、進歩性が否定されることになります。

(2)無効審判請求人の立場の場合は、上記事例から、次のように考えることができます。
特許図面のみに記載されているような技術的事項については、特許図面に頼っても勝ち目がないことを認識し、これを補足する周知技術等を検討することが重要であります。この点については、事例2を参考にすべきでしょう。

(3)一般文献に記載された概略図面は、特許図面のように発明を説明するために便宜上描かれたものであるといった画一的な解釈はできませんが、問題意識を持って正確に記載されたものでないことが明らかな場合は、特許図面と同様に取り扱われるものと理解されます。
ただし、事例3のように、特定の技術的事項を表現する慣わしのある図面については、通常の解釈により図面開示内容が把握されると思われます。