物の見え方、表し方|知財レポート/判例研究|弁理士法人オンダ国際特許事務所

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物の見え方、表し方

(パテントメディア2012年1月発行第93号掲載)
知財戦略支援部 畔上英樹

明けましておめでとうございます。
特許調査担当の畔上(あぜがみ)と申します。
今年もよろしくお願い申し上げます。

私には3歳の娘がいます。娘の遊びに付き合っていると、子供の発想の豊かさに驚くことが度々あります。
先日、娘が壊れたバケツの柄の部分を大切そうに持っていたので理由を聞いてみました。返ってきた答えは「きれいな虹だから」でした。娘は、それを「バケツの柄」とは見ておらず、「虹」と見ていたのです。言われてみれば、確かにアーチの雰囲気が虹のようにも見えました。「バケツの柄」が「虹」に見える世界とは、どんな光景なのでしょうか。

先入観は思考を狭めてしまうようです。私は、子供の相手をしながら、発想ゲームで脳を活性させるようにしています。

特許調査においても、物の見方は重要な要素だと思います。
例えば、「シート状に展開できる買い物袋」について調査するとします。これを「展開できる袋」と考えると、袋の分野を調査することになります。逆に、「折りたたんで袋にすることができるシート」と考えると、シートの分野を調査することになります。
捉え方の違いによって調査する範囲がまったく異なってしまう例です。この場合は、袋の分野もシートの分野もカバーすることが望ましいように思います。発明を多観的に捉えることで、網羅性を向上させることができるからです。

特許調査は、分類とキーワードを用いて行います。従いまして、発明を観念的に捉えるだけではなく、それを分類やキーワードに置換する必要があります。

しかし、観念的には捉えることができても、それを分類やキーワードで表現することが困難な場合があります。

事例で考えてみましょう。以下の発明が記載されている公開公報をキーワードで探すケースを想定してください。
公開公報の要約の文言を一部変更したものですから、記載されているキーワードをそのまま使っただけでは見つけるのは困難だと思います。


【発明の分野】 除雪具
【課題】 本発明は、除雪作業における上半身の負荷を低減することにより、使い易い除雪具を提供する。
【解決手段】 シャベル部(5)と取手部(4)が柄(6)により連結されている除雪具であって、柄(6)のシャベル部(5)との連結部近傍が下把持部(31)となされ、柄(6)の略中間部分が上把持部(23)となされ、且つ、取手部(4)と上把持部(23)を持ってシャベル部(5)で雪をすくう姿勢時に、下把持部(31)と上把持部(23)が下図に示す位置関係となるように配置されていることを特徴とする除雪具。
【図面】 物の見え方、表し方 | 2012年

どうでしょうか。図面もありますので、イメージはしやすいと思いますが、発明の認定においては、謙虚な気持ちを忘れたくはありません。勝手な先入観で発明を決め付けず、発明者の視点に立った発明の見方を理解したいと思うからです。

発明の対象物は「除雪具」です。ここで、発明の対象と課題の関係について考えてみましょう。
課題は「上半身の負荷を軽減すること」です。これは、「除雪具」に特化した課題でしょうか?

逆に、発明者が「除雪用具」に限定した意図も考えてみます。「除雪用具だからこそ」の発明の本質が隠れているかもしれないからです。

この例では、発明の対象物は「除雪具」とされているものの、発明のポイントは、スコップ全般に共通するものと考えられます。
従いまして、調査する範囲は、除雪具に限定するのではなく、スコップ全般を調査したいところです。

さらに、発明のポイントはスコップの「柄」の形状にあるようですが、この形状を表現するのは苦労しそうではありませんか?

正解の公開公報は、特開2006-274534です。実際の要約では、柄の形状が「雪を掬う姿勢時に、下側把持部と上側把持部が略鉛直線上に位置するように配置」と表現されています。そして、請求の範囲では「屈曲」という表記も見られます。

「鉛直」は想定しにくい表現かもしれませんが、「屈曲」であれば思いつく人は多いのではないでしょうか。

検索式例としては、以下が考えられます。

名称、要約、請求の範囲=(シャベル + スコップ)× 柄 × 屈曲

この検索式で4件がヒットして、正解も含まれています。

引き続きこの発明に関する事例を考えてみましょう。特開2006-274534の【請求項1】と【請求項2】は、次の通りです。


【請求項1】
スコップ部と取っ手部が柄により連結されている除雪用具であって、柄のスコップ部との連結部近傍が下側把持部となされ、柄の略中間部分が上側把持部となされ、且つ、取っ手部と上側把持部を持ってスコップ部で雪を掬う姿勢時に、下側把持部と上側把持部が略鉛直線上に位置するように配置されていることを特徴とする除雪用具。

【請求項2】
柄が、略直線状の下側把持部、上方に凸に屈曲された屈曲部及び略直線状の上側柄部よりなり、該屈曲部は、大きく屈曲し、下側把持部に連結された第1の屈曲部と、直線状又はわずかに屈曲し、上側柄部に連結された第2の屈曲部が連結されてなり、第2の屈曲部に上側把持部が形成されていることを特徴とする請求項1記載の除雪用具。

物の見え方、表し方 | 2012年


この出願は、新規性が否定され拒絶査定となりました。審査官が拒絶理由の引用文献として挙げた文献を調査してみましょう。

この公報には、「除雪用具」に関する分類や「スコップ」に関する分類が付与されています。

これらの分類を使いこなすことがポイントになります。

さて、答え合わせです。拒絶理由で挙げられた文献を見てみましょう。

引用文献1.特開2002-220849

物の見え方、表し方 | 2012年

要約に、形状に関する記載があります。「本発明のスコップ類は、柄の部分を腰高部分1と、曲線部分2を設けることによって、・・・」

特許請求の範囲における発明の対象が「スコップ」になっているため、分類としても「スコップ」に関する分類が付与されています。
つまり、除雪用具に関する分類を用いて調査しても、この文献を見つけることはできません。 また、形状についても「曲線」となっていますので、「屈曲」というキーワードだけではこの文献をヒットさせられません。
実施例には「雪捨て等の掘削作業」という用途が記載されています。

引用文献2.特開2003-105727

物の見え方、表し方 | 2012年

この文献における発明の対象は、「雪ハネ用補助具」です。分類としても「除雪用具」に関する分類が付与されています。
しかし、柄が屈曲したものではなく、右図のような形状になっており、全文中の記載にも「屈曲」などの記載は見られません。
「屈曲」という概念に執着しすぎると、この文献を見つけることができません。

引用文献3.実開昭59-121053

物の見え方、表し方 | 2012年

請求の範囲では「補助柄」を設けることが記載されており、「屈曲」の概念は記載されていません。実施例中において「スコップの柄杆自体を一部屈曲して補助柄とし、・・・」と一文あるだけです。

この文献も発明の対象が「スコップ」です。従いまして、除雪用具に関する分類を用いて調査しても、この文献を見つけることはできません。

引用文献4.実開昭62-081642

物の見え方、表し方 | 2012年

請求の範囲には「握柄杆2を屈曲して前記結合部21と前記握り部31とを結ぶ直線に対し、前記作業具本体1の作業面12に対する上方に立上がる立上部22を設け、・・・」と記載されています。

「屈曲」という記載もありますが、「立上部」という表現も見られます。
この文献も、除雪用具に関する分類だけでは、見つけることはできません。

これらの引用文献を効率的に調査するには、どのような検索式を立てればいいでしょうか。

検索式でキーワードを用いる場合は、同義語・類義語などの展開が重要になります。
題材の公報の請求項1に記載されている「鉛直」から「垂直」などの展開ができます。また、「屈曲」については、「曲」、「折」、「屈」、「カーブ」などが展開できます。さらに、明細書中に記載されている「S字型」に基づいて「S字状」「Z字状」「乙字状」「て字状」などを展開することができます。

これだけ展開しても、あらゆる表記を完全にカバーできているとは断言できません。引用文献4の「立上部」のような、想定しにくいキーワードだけで表記されているケースも考えられるからです。

このような場合に活躍するのが分類です。キーワードの表記にかかわらず、該当する分類が付与されていればヒットさせることができるからです。

では、具体的な検索式例を見てみましょう。

式1.FI=E01H5/02(除雪用具に関するファイルインデックス)
    ×名称、要約、請求の範囲=(柄+把持+取っ手+取手+手持)

まずは、除雪用具に関する分野の調査です。この条件で123件がヒットします。形状的に特徴がある内容ですので、スクリーニング作業は、図面情報を頼りにすることができそうです。図面のスクリーニングであれば、123件でも短時間に行うことができます。
従いまして、あえて形状に関するキーワードでは限定しなかったのです。そのため、引用文献2をヒットさせることができます。もし「屈曲」まで限定したならば、これをヒットさせることはできません。

式2.FI=E02F3/02C
(柄部に特徴を有するスコップに関するファイルインデックス)

この分類は、柄の形状に特徴があるスコップに関する文献に付与される分類です。関連性が高い分類といえます。実際、この式によって引用文献1.3.4.をヒットさせることができます。

この検索式で112件の特許がヒットします。スクリーニングが可能な件数に収まっていますので、分類指定だけの検索式にしました。

上記の式1.と式2.によって、全ての引用文献をヒットさせることができましたが、もう少し検索式のバリエーションをご紹介いたします。
式3.FI=E02F3/02(スコップに関するファイルインデックス)
    × 名称、要約、請求の範囲=(柄+把持+取っ手+取手+手持)

242件がヒットし、引用文献1.3.4.をヒットさせることができます。
分類指定は、式2.より広い範囲を指定しています。分類指定だけでは、スコップに関する文献が大量にヒットしてしまいますので、キーワードで「柄」の概念に限定しました。この限定により件数がまとまりましたので、形状に関しては意図的に限定しませんでした。

式4.FI=E02F3/02(スコップに関するファイルインデックス)
    × 全文=(重心+バランス+姿勢)

57件がヒットし、引用文献1.3.4.をヒットさせることができます。
形状、構造的な表現ではなく、作用、効果的な観点でキーワードを展開した例です。
形状的な表現が困難な場合でも、このような式を立てることで効率的に調査することができる場合があります。

式5.FI=A01B1/02(鋤、ショベルに関するファイルインデックス)
    × 名称、要約、請求の範囲=(柄+把持+取っ手+取手+手持)

81件がヒットし、引用文献3.をヒットさせることができます。
題材の公報にはこの分類は付与されていませんが、E02F3/02の分類解説を見ると、〔A01B1/00の手作業具参照〕と記載されていますので、この分類を選定するこができます。

式6.FI=B25G1/00(手工具用の柄に関するファイルインデックス)
    × 公報の全文=(スコップ+シャベル+除雪)

式5.と同様に、E02F3/02Cの説明欄において、この分類が見られましたので展開いたしました。
手工具用の柄に関する分類ですので、手工具の具体例として「スコップ」などをキーワードで限定した式です。
この式では、81件がヒットし、引用文献4.をヒットさせることができます。

これらの例のように、キーワードでの表現が困難な場合は、分類を利用した調査手法が有効です。

メールで「絵文字」や「顔文字」が使われることがありますが、言葉では表現しにくい微妙なニュアンスを表すという意味では、分類もこれに似ているのかもしれません。

「バケツの柄」が「虹」に見える世界の景色は、もう私には見ることができないかもしれません。この世には、「物に分類が重なって見える世界」もあるそうです。調査の経験を積み上げれば、私にも見ることができるのでしょうか。残念ながら、まだまだ先になりそうです・・・。

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