1. HOME
  2. 知的財産に関するレポート・トピックス
  3. 判例研究/レポート
  4. 2012年
  5. 平成13年(ワ)27381号「インサート器具」特許権及び意匠権侵害差止等請求事件
判例研究/レポート

平成13年(ワ)27381号「インサート器具」特許権及び意匠権侵害差止等請求事件
(東京地裁 平成14年9月27日判決)

平成24年2月15日
弁理士 正木美穂子

1.本件のポイント

特許権と意匠権に基づき、被告製品に対して複合的な権利主張をした事案です。

  • 原告の後願明細書の記載等を参酌して、本件特許発明の技術的範囲を限定解釈し、特許権侵害を認めなかった。
  • その一方で、各差異点が意匠的には微差であると評価されて、意匠権侵害が認められた。

2.事案の概要

原告は、以下の特許権及び意匠権に基づき、被告製品の製造販売等の差止め等を及び損害賠償を請求しました。

1)原告の有する特許権

特許第1671524号
発明の名称 「インサート器具」
出願日   昭和60年12月16日
出願番号 特願昭60−282465
設定登録日 平成4年6月12日

【本件発明の構成要件】

A)コンクリート構造物内に埋設され全体がセラミックスもしくは着色されたセラミックスにより形成されたインサート本体と、このインサート本体に設けられる挿入孔に一端部が挿入されてねじ結合されるボルトとを備えるインサート器具であって、

B)前記インサート本体は、前記コンクリート構造物内に埋設された状態における手前側に所定長さ形成された径が略同一な同径部分と、

C)この同径部分に連続し奥側に向かうにしたがって漸次大径となるテーパ状の大径部分とから構成され、

D)この大径部分のテーパ面の角度は、挿入孔の軸方向に対して1〜45°の範囲に設定されており、

E)一方、前記インサート本体の挿入孔は、インサート本体の長さ方向に沿って同軸的に貫通した状態で設けられ、かつ、該挿入孔の奥側の内周面には、前記ボルトのおねじに螺合されるめねじが形成され、このめねじのねじ山数は、6山〜25山の範囲に設定されていることを特徴とする

F)インサート器具

2)原告の有する意匠権

意匠登録第755800号 「コンクリート建築物用埋込み具」
出願日   昭和62年7月31日
設定登録日 昭和63年11月15日 

3)争点

争点1 被告製品(1)は本件発明の技術的範囲に属するか (構成要件A、C及びDを充足するか)
争点2 被告製品(2)の製造販売は、本件意匠権を侵害するか
争点3 原告の損害額等

本報告においては、争点1及び2に関する裁判所の判断を取り扱いたいと思います。

3.裁判所の判断

争点1について

結論『被告製品(1)は構成要件C及びDを充足しないため、本件特許発明の技術的範囲に属しない』

原告は、本件特許明細書中の「テーパ状」ないし「テーパ面」が直線の場合に限ることや曲線の場合を除外するものではない旨を主張しましたが、裁判所は、本件特許明細書、原告が本件特許出願後に出願した別件実用新案明細書、辞書・辞典類における「テーパ」の項、及び原告が提出している他の特許等の公報等から、以下のように判断しました。

「一般に「テーパ」という言葉は、必ずしも直線のものだけには用いられていないことが認められる。しかし、テーパの「角度」が問題となる場合には、「テーパ」が直線であることが想定されているものと認められる(甲24、18)。しかるところ、本件発明は、テーパ面の角度の数値を限定したものである(構成要件D)。
そして、本件発明において、テーパ面の角度が1度ないし45度と限定されており(構成要件D)、本件特許明細書中において、この角度は15度から30度の範囲に収めるのが好ましいとされているのは、テーパ面の角度が45度を超えると、大径部分の上部において、ボルトによる引張力がそのまま引張力として作用し、テーパ面の途中でクラックなどが生じるおそれがあるためであるが、このように、テーパ面の角度いかんによってクラックなどが生じるという現象は、インサート本体部の外周面が直線であるときに起こるものと考えられる。なぜならば、インサート本体部の外周面が、内側にくぼむ形状であれば、上記数値限定いかんにかかわらず、上端は周囲のコンクリート中に突出することになり、引張力が作用してクラックなどが生じるおそれが高くなるのに対し、インサート本体部の外周面が、外側に膨らみ、上部が垂直に近づくような形状であれば、上記数値限定いかんにかかわらず、その上部に引張力が作用してクラックなどが生じるおそれが小さくなるものと認められるからである。上記別件実用新案に係る考案は、本件発明の上記角度を限定することに代えて、外側に膨らむ形状を採用することによって、クラックなどの発生を防止したものと認められる。
そうすると、本件発明における「テーパ」は直線のもののみを指すものと解するのが相当である。」

「証拠(検甲1)によると、被告製品(1)においては、大径部分は、スリーブ側から中央付近に向かって外径が曲線を描きつつ拡大し、最大径となる中央付近から奥側に向かってゆるやかな曲線を描きつつ縮小しており、直線ではないと認められるから、構成要件Cの「テーパ状」及びDの「テーパ面」を充足しないものと認められる。」

「以上からすると、原告の本件特許権に基づく請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。」

争点2について

結論『本件意匠と被告製品(2)の意匠は類似しているため、被告製品(2)は本件意匠権を侵害する』

1)本件意匠と被告製品(2)の意匠の対比

裁判所は、本件意匠と被告製品2の各構成態様を以下のとおり認定・対比した結果、差異点は微差にすぎず、両意匠は互いに非類似であると判示しました。

 
本件意匠
被告製品2
図面
基本的構成態様 正背面に削成面を形成した、下辺部にかけて外周面がゆるやかな丸みを帯びて次第に縮小するインサート本体部と、上縁部の正背面と左右側面の4か所に突出爪部を有する円筒形のスリーブとによって構成されており、インサート本体部の底面部に同軸的にスリーブが嵌合されており、上方部から下方部に向かって貫通する穴(インサート本体部内はネジ穴)が設けられている。
同左
◆裁判所の判断:基本的構成態様は同じである
具体的構成態様a インサート本体部は、肩部からその外周面が下辺部に向かって漸次ゆるやかに縮小する鉢形の形状である。 インサート本体部は、肩部から下方に向かって外部に膨出し、途中の最大径部を経て下辺部に向かって次第に縮小する形状である。

◆裁判所の判断:被告製品(2)の意匠の肩部から下方への膨出は、わずかであって、インサート本体部を全体として見た場合、下辺部に向かって次第に縮小するという印象が強いものと認められるから、この差異は、看者の注意を惹くとはいえない。

具体的構成態様b

削成面は、インサート本体部の上縁部から肩部の外周面にかけて形成され、上縁径の約1/3幅で、隅丸の逆正三角形状を呈している。

削成面は、肩部付近から膨出球面状をなす外周面の最大径部までを垂直に削成して、下辺を水平な直線状としたものであって、その上方に向かって半楕円形状となっている。

◆裁判所の判断:ほぼ同じ位置に削成面があることは共通しており、その大きさもさして違わないから、上記の形状の差は、微差にすぎないものというべきであって、看者の注意を惹くとはいえない。

具体的構成態様c

突出爪部は、正面視において上半分を切截した瓜の種のごとき形状で、側面視において上方から下方にかけて楔状である。

突出爪部は、正面視において縦矩形状で、側面視において上方から下方にかけて楔状である。

◆裁判所の判断:突出爪部が存在する位置や大きさは、被告製品(2)の意匠と本件意匠ではさして異ならず、側面視において上方から下方にかけて楔状である点も同じであるから、上記の形状の差は、微差にすぎないものというべきである。

具体的構成態様e

スリーブの手前側の端面の形状は平坦である。

スリーブの手前側の端面の外周部にリング状の突起が設けられている。

◆裁判所の判断:証拠(検甲2)によると、被告製品(2)の意匠におけるリング状の突起はほとんど目立たないものであることが認められるから、これらの違いも微差にすぎないものというべきである。

2)本件意匠の類似意匠及び別件登録意匠の参酌

被告は、本件意匠と類似登録意匠の共通点から、本件意匠の要部を抽出し、当該要部を備えていない被告製品2は本件意匠と非類似である旨の主張を行いました。しかしながら、裁判所は、被告製品2がかかる共通点を備えていないことのみをもって、本件意匠と非類似であるということはできないとして、以下のように判示しました。

「被告は、上記(1)認定の類似意匠及び別件登録意匠との対比から、本件意匠の要部は、〈1〉インサート本体について、肩部からその外周面が下辺部に向かって漸次ゆるやかに縮小する鉢状の形状、〈2〉インサート本体の隅丸の逆三角形を呈する形状の削成面を設けていることであると主張する。」

「しかしながら、上記(1)認定の類似意匠は、本件意匠とは、上記〈1〉、〈2〉の各点について共通しているが、そうであるからといって、上記〈1〉、〈2〉の各点について少しでも異なる意匠は、本件意匠と類似するものではないとまでいうことはできない。上記(3)認定のとおり、上記〈1〉、〈2〉の各点において、被告製品(2)の意匠は、本件意匠とは異なるものの、その違いは小さく看者の注意を惹くとはいえない。したがって、上記類似意匠の存在は、被告製品(2)の意匠が本件意匠と類似するとの上記(3)の認定を左右するものではない。」

「また、別紙別件登録意匠目録(1)記載の意匠は、スリーブに4か所の突出部が設けられている点で本件意匠と同じであるが、インサート本体部の形状が中ふくらみになっている点及び削成面の形状が菱形で凹面になっている点で、本件意匠と異なる。しかし、別紙別件登録意匠目録(1)記載の意匠における、インサート本体部が中ふくらみになっている形状や削成面の形状は、被告製品(2)の意匠とは大きく異なっているから、別紙別件登録意匠目録(1)記載の意匠が本件意匠とは別の意匠であるからといって、被告製品(2)の意匠が本件意匠に類似しないということはできない。別紙別件登録意匠目録(2)ないし(5)記載の意匠は、スリーブに4か所の突出部が設けられていない、スリーブの径が上又は下に向かって広がっているなど、被告製品(2)の意匠とは明らかに異なるものであるから、これらの登録意匠の存在は、被告製品(2)の意匠が本件意匠と類似するとの上記(3)の認定を左右するものではない。」

4.まとめ

形状に特徴のある創作物に関しては、その技術的思想を特許権で保護すると同時に、物品の外観を意匠権で保護することが可能な場合があります。

特許においては言語で表されたクレームをどのように解釈するかによって権利範囲が定まり、構成要件の一つでも充足しなければ、技術的範囲に属しないと判断されます。クレームの用語の解釈には、明細書・図面の記載の他、辞書・辞典類や他の特許文献等が参酌される場合がありますが、本件においては、特許権者の他の出願明細書まで参酌され、本件特許発明の技術的範囲が限定解釈されるに至りました。

一方、意匠の場合、登録意匠の形態は図面により定まり、権利の効力は登録意匠の類似範囲にまで及びます。意匠の類否は、需要者の視覚を通じて起こさせる美感に基づいて行われるため、登録意匠との差異点が存在しても、需要者の美感に照らして微差と言えるものであれば、類似関係が成立します。また、意匠の類似範囲の解釈には、類似意匠、関連意匠、他の独立登録の別件意匠等、周辺意匠が参酌される場合が多いため、意匠権を巡る争いにおいては、常に周辺の登録状況に留意する必要があります。とはいえ、意匠の類否判断は、あくまでも全体観察を原則とするため、既存の類否判断事例と同様の共通点あるいは差異点を有していたとしても、それらに対する評価は常に同じというわけではない点にも留意する必要があります。

本件は、自社製品を包括的に保護するためには、各知財権の特質を理解した上で、複数の知財権を取得し、他社参入をあらゆる角度から排除する試みが有効であることを示した事例といえます。

以上

お問い合わせフォーム

メールマガジン

パテントメディア