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判例研究/レポート

分割要件 〜原明細書に記載された事項の範囲内であることについて〜
知財高裁 平成18年(ネ)第10077号特許権侵害差止請求控訴事件

平成21年7月30日
弁理士 二間瀬 覚

1 今回の論点

原明細書の請求項に記載された構成要件の削除は新規事項の追加になるか。
本事件では、原出願の請求項から一部の構成要件を削除した技術的思想は、原出願の明細書等に開示されていないと判断された。そのため、原出願の請求項の一部構成要件を削除した本件分割出願は、分割要件を満たさないため、その出願日は原出願時に遡及しないとされた。
(以下、強調したい箇所には下線を付し、加筆修正は斜字にて記載する。)

2 事件の概要

インクジェット記録装置用インクタンクに関する特許権(特許第3257597号)を有する控訴人(セイコーエプソン株式会社)が被控訴人(株式会社エコリカ)に対し、控訴人の製造、販売に係るインクタンクが使用された後にインクを再充填されるなどして製品化されたインクタンクを輸入、販売する被控訴人の行為が、上記特許権を侵害するとして、特許法100条に基づく販売の差止等を求めた(東京地裁 H16(ワ)第26092号特許権侵害差止請求事件)。
原判決(H18.10.18)は、控訴人の特許に係る出願は、原出願からの分割出願であるが、旧特許法第44条(平成5年改正前の第44条)第1項所定の分割要件を満たさない不適法なものであり、その出願日は原出願時に遡及しないとした上で、控訴人の特許には、特許法29条1項3号違反(新規性の欠如)の無効理由(同法123条1項2号)があるので、控訴人は、同法104条の3第1項の規定により、上記特許権を行使することができないとして、控訴人の請求をいずれも棄却した。控訴人は同日、原判決を不服として本件控訴を提起した。
なお、本控訴審は本件控訴を棄却した(H19.5.30)ため、控訴人は上告受理申立て(最高裁 H19年(受)第1404号)を行なったが上告も棄却された(H19.11.9)。

3 本件特許権(特許第3257597号)成立経過と審判、裁判経過

原出願  本件分割出願
H4.2.19 出願 (原出願の時)
H11.2.18 自発補正  
H12.10.17 拒絶理由通知  
H12.12.21 手続補正 分割出願(現実の出願日)
H12.10.16 登録日  
H13.12.7 登録日
(H16.12.7)   (本件提訴)
H17.5.12   無効審判請求
(H18.10.18)   (本件一審判決)
H19.4.25   無効審決
(H19.5.30)   (本件控訴審判決)
(H19.11.9)   (本件上告棄却)
H19.12.18    無効確定登録(確定日H19.6.8)

4 本特許権(特許第3257597号)

図【産業上の利用分野】本発明は、記録媒体上に直接インクを吐出して記録を行うインクジェット記録装置に適したインクタンクに関する。

【特許請求の範囲】

【請求項1】インクを収容する容器1と、インク供給針9が挿通可能で、かつ前記容器1の底面に筒状に形成されて前記インクが流入するインク取り出し口3と、前記インク取り出し口3に設けられ、前記インク供給針9の外周に弾接してインクの漏れ出しを防止する環状のシール材6と、前記シール材6の前記インク供給針9の挿通側を封止し、かつ前記インク取り出し口3に接着されたフィルム4と、からなるインクジェット記録装置用インクタンク。 (以下、省略


5 原出願(特開平5−229133号公報)

図【特許請求の範囲】

【請求項1】インクジェット記録装置において、記録ヘッド10と該記録ヘッド10にインクを供給するインクタンク1と、該インクタンク1からインクを抽出するインク供給針9と、前記インクタンク1のインク取り出し口3に配されたフィルム4と、該フィルム4と前記インク取り出し口3間で保持した供給針シール部材6を具備し、前記インク供給針9の先端に少なくとも1個の微小径からなるインク供給孔9aを設け、前記インク取り出し口3の外縁3aがフィルム4より外側に突出していることを特徴とするインクジェット記録装置。
(請求項2以下、省略。他の図は省略。)

(文中に「課題」とその課題に対する「構成」及び「効果」を、筆者の判断に基づいて示した。関連する「課題」「構成」「効果」には同一番号を付した。例えば(課題1)に対応する構成は(構成1)、効果は(効果1)。))

【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、記録媒体上に直接インクを吐出し記録を行うインクジェット記録装置に関する。
【0002】
【従来の技術】従来、インクジェット記録装置の記録ヘッドへのインク供給は、交換式のインクタンクが多く用いられている。交換式のインクタンクにおいて記録ヘッドとの接続部から気泡の侵入が少なく、またインクの漏れが発生しないような構成が考案されている。従来のインクタンクからインクを抽出する技術としては、特開平3−92356号広報に記載されたものがある。これは図7に示すようにインクタンク30下部のインク取り出し口34にゴム栓31を具備し、このゴム栓31に金属製のインク供給針32を挿入しインクを抽出していた。インク供給針32はゴム栓31に貫通させるため、ステンレス製のパイプを先端が鋭い針となるように絞り加工を行い、さらにインクの流路としてパイプの側面に直径1mm程度のインク供給孔33を設けていた。
【0003】
【発明が解決しようとする課題】ところで、インクジェット記録装置の記録ヘッドが安定して印字を行うためにはインクタンクから記録ヘッドへのインクの供給圧を−30〜−100mmAq(水頭)程度の負圧に保つことが有効である。特にキャリッジ上に記録ヘッドとインクタンクを搭載したインクジェット記録装置においては、インクタンクの設置高さでインクの供給圧力を調整することが困難であり、多孔質吸収材等を用いてインクタンク内部で負圧を発生させている。
【0004】しかし前述の従来技術では、インクタンクの交換時にインク供給孔は大気と接触するために、凹形状のメニスカスが生じるが、従来のステンレス製のインク供給針はインク供給孔が1mm程度と大きく、従ってメニスカスの体積が大きく、インクタンク交換時に記録ヘッドに流れる気泡の量が多く、印字不良を発生させる要因となっている(課題1)
【0005】またインク供給針は先端が鋭く加工されており危険のため、安全性を確保するためにはシャッタ等の安全装置の設置が必要であった(課題2)
【0006】本発明はかかる従来技術の課題を解決するものであり、その目的とするところは、インクタンクの交換時に流路に侵入する気泡が少なく(課題1)、また接続部のシールを確保した信頼性の高い(課題3)、かつ低コスト(課題4)で安全な(課題2)インク供給装置を装備したインクジェット記録装置を提供するものである。
【0007】
【課題を解決するための手段】本発明はインクジェット記録装置において、記録ヘッドと該記録ヘッドにインクを供給するインクタンクと、該インクタンクからインクを抽出するインク供給針と、前記インクタンクのインク取り出し口に配されたフィルム(構成2)と、該フィルムと前記インク取り出し口間で保持した供給針シール部材(構成3)を具備し、前記インク供給針の先端に少なくとも1個の微小径からなるインク供給孔(構成1,2)を設け、前記インク取り出し口の外縁がフィルムより外側に突出している(構成4,2)ことを特徴とする。
【0008】さらにインク取り出し口外縁の最大内径あるいは最長対角線長さをdとすると、(インク取り出し口外縁の突出量)≧d/10である(構成2)ことを特徴とする。
【0009】またインク取り出し口に配したフィルムに薄膜(構成2)を用いたことを特徴とする。
【0010】
【実施例】以下本実施例の図面に基づき本発明の詳細な説明を行う。
【0011】図1は本発明によるインクジェット記録装置に用いるインクタンクの実施例を示した図である。インクタンク1はややテーパ形状の内部に多孔質吸収材2を装填しており、多孔質吸収材2内にインクを保持、貯蔵している。多孔質吸収材2に押し付けられて、インクタンク1下部のインク取り出し口3にナイロン繊維またはステンレス繊維よりなるフィルタ5がある。フィルタ5は熱溶着または接着剤により固定されている。インク取り出し口3の外気側にはフィルム4が溶着あるいは接着されている。フィルム4とフィルタ5との間には空間8が形成されインクで満たされており、空間8にはインク取り出し口3とフィルム4間で保持したパッキン6が装着されている。インク取り出し口外縁3aはフィルム4に対し外側に突出して外輪形状をなしている。なお、7は通気孔である。
【0012】図2はキャリッジ12上に配した記録ヘッド10とインクタンク1の設置状態の実施例を示した図である。記録ヘッド10はキャリッジ12に固定され、インクタンク1はキャリッジ12に作られたガイド13に沿って上方より挿入する。インクタンク1を度当たるまで挿入すると、インク供給針9がフィルム4を破り(効果2)、インク供給針9の先端部のインク供給孔9aは空間8内へ突出する(効果1)。それと同時にインク取り出し口3とフィルム4の間で保持されたパッキン6の内周とインク供給針9の外周が密着し、インクタンク1とインク供給針9の接続部のシールが確保される(効果3)。なお、14は記録紙である。
【0013】図3はインクタンク1の交換時のインク供給針9の詳細を示す図である。インク供給針9の先端は円錐形状をしており(構成2)、円錐面には直径φ0.3mmのインク供給孔9aが複数個空けられている(構成1)。インク供給孔9aには図3で示すようにメニスカス15が形成されている。しかしインク供給孔9aの直径はφ0.3mmと小さいため、メニスカス15の体積は大径のインク供給孔の場合と比較しても十分に小さい。従ってインクタンク1の交換時にインク供給孔9aより侵入する空気を微小量に抑えることができる(効果1)
【0014】フィルム4はアルミ、ポリスチレン、ナイロンの3層構造である。フィルム4にはインクタンク1内に空気が侵入するのを防ぐためのガスバリア性に優れた膜層が設けられており、本実施例ではアルミを用いている。アルミの代わりにステンレス、ポリプロピレン等を用いることも可能である。インクタンク1はポリスチレンで成形されており、フィルム4のポリスチレン面とインクタンク1のポリスチレンで熱溶着されフィルム4は固着している。フィルム4の総厚みは50μm程度で十分に薄いため(構成2)、樹脂成形で安全性の高いインク供給針9であっても容易に貫通できる(効果2)。しかし一方では、使用者のハンドリングによりフィルム4を不用意に破る危険性がある(課題2α)。そこでインク取り出し口外縁3aをフィルム4より外側に突出させ外輪形状にすることで(構成2,2α,4)、図4に示すように使用者の指16等が直接フィルム4に強く触れることがなく、インクタンク1を交換する時に不用意にフィルム4を破るのを防止している(効果2α)。またこのような構造にすることにより、他部品を用いることのない単純な構造、即ち低コスト(効果4)フィルム4を保護することができる(効果2α)
【0015】インク取り出し口外縁3aの突出量について、本発明者が種々実験を重ねた結果、インク取り出し口外縁3aの最大内径(d)に対し、インク取り出し口外縁3aの突出量(h)を、h≧d/10とするのが好ましいこと(構成2α)が判明した。この時、使用者が通常の取り扱いをする限り、例えば故意に指の爪先をフィルム4に立てるようなことをしなければ、フィルム4が破れることはない(効果2α)ここで突出量を大きくすればするほどフィルム4をより安全に保護することはできるが、それに伴いインクを抽出する位置、即ち空間8がノズルに対し高くなりインクの供給圧に影響したり、また高さ方向のレイアウトに影響する等の問題が発生するため、より好ましくは、d/4≧h≧d/10である。なおインク取り出し口3の形状が多角形の場合は、最長対角線長さをdとする。
【0016】ここでインクタンク1が40℃を越えるような場所に放置された場合を考える。インクタンク1がまだ熱い状態のうちにインクタンク1をインク供給針9に接続すると、インク供給針9がフィルム4を破る時にフィルム4は通常より伸びる。そして図5に示されるように、伸びたフィルム4がインク供給針9とパッキン6との間に入り込み、隙間17が形成されてシールが十分に確保されない場合がある。そこでインク取り出し口3に配するフィルム4には、例えばポリスチレン層さらにナイロン層を廃したような、より薄く(課題2α)伸びにくい膜を用い(構成4)、フィルム4がインク供給針9とパッキン6との間に入り込む前に確実に破れるようにする。これによりインクタンク1とインク供給針9間で発生するシール不良を防止することができる。
【0017】インク取り出し口3に配したフィルム4に薄膜を用いた場合、フィルム4をより確実に保護する必要がある(課題2α)。まず前述のとおり、インク取り出し口外縁3aをフィルム4より外側に突出させる(構成4、2α)ことにより、単純な構造で目的を達成できる(効果4、2α)さらに図6に示すように、インク取り出し口外縁3aの端に強度の強い第2のフィルム20を貼ることで、より確実にフィルム4を保護してもよい(構成2α)なお、第2のフィルム20とパッキン6の距離を十分確保することで、図5に示したようなシール不良が発生することはない。また第2のフィルム20をインクタンク交換時に剥すようにして使用することでも、シール不良を防止し、かつフィルム4を保護することができることは言うまでもない。
【0018】
【発明の効果】本発明によれば、インク供給針に微小径のインク供給孔を設けた(構成1)ことによりインクタンク交換時の気泡の侵入が少ない(効果1)インク供給装置を提供できる。またインクタンクのインク取り出し口外縁をフィルムより突出させる(構成2α)ことにより、簡単な構造で安価にフィルムを保護し、使用者が不用意にフィルムを破るのを防止できる(効果2α、4)さらにフィルムに薄く伸びにくい膜を用いる(構成3)ことにより、インクタンクとインク供給針間で発生するシール不良を防止する(効果3)ことができる。

6 知財高裁の判断(控訴審判決 第3 当裁判所の判断)

当裁判所も、本件分割出願は、分割要件を欠く不適法なものであり、その出願日は本件原出願の時まで遡及せず、現実の出願日(平成12年12月21日)であり、本件発明は、本件分割出願の出願前に頒布された刊行物(乙9)に記載された発明と同一であるから、新規性を欠き、本件特許には特許法29条1項3号に違反する無効理由(同法123条1項2号)があるので、同法104条の3第1項の規定により、控訴人は、被控訴人に対し、本件特許権を行使することができないと判断する。(乙9:特開平4−257452号、公開日 平成4年9月11日)
その理由は、原判決の「事実及び理由」欄の第3の1ないし3(原判決68頁末行から85頁10行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。
さらに、当審における控訴人の主張(本件分割出願の適法性・争点(2)ア関係)に対して、以下のとおりの理由を付加する。

1 本件分割出願の適法性について

特許法旧44条1項は、「特許出願人は、願書に添附した明細書又は図面について補正をすることができる時又は期間内に限り、二以上の発明を包含する特許出願の一部を一又は二以上の新たな特許出願とすることができる。」、同条2項本文は、「前項の場合は、新たな特許出願は、もとの特許出願の時にしたものとみなす。」と規定している。分割出願が、同条2項本文(いわゆる遡及効)の適用を受けるためには、分割出願に係る発明が、原出願の願書に最初に添付した明細書又は図面(原出願の当初明細書等)に記載されていること、又はこれらの記載から自明であることが必要である。
本件についてみると、本件分割出願に係る本件発明1の特許請求の範囲(請求項1)は、「インクを収容する容器と、インク供給針が挿通可能で、かつ前記容器の底面に筒状に形成されて前記インクが流入するインク取り出し口と、前記インク取り出し口に設けられ、前記インク供給針の外周に弾接してインクの漏れ出しを防止する環状のシール材と、前記シール材の前記インク供給針の挿通側を封止し、かつ前記インク取り出し口に接着されたフィルムと、からなるインクジェット記録装置用インクタンク。」と記載され、また本件分割出願に係る本件発明2の特許請求の範囲(請求項2)は、「(省略)」と記載されている。本件発明1、2の特許請求の範囲には「インク取り出し口の外縁をフィルムより外側に突出させる」との構成要件の記載はない。
そして、本件分割出願のもとの出願である本件原出願の当初明細書等(本件原明細書等。乙6)には、「インクタンクのインク取り出し口を封止する部材」を「先端が鋭くないインク供給針でも貫通できるフィルム」とするインクジェット記録装置用インクタンクに関する発明が記載されているが、フィルムを保護するための「インク取り出し口の外縁をフィルムより外側に突出させる」との構成が不可欠なものとして記載されていることが認められる。しかし、本件原出願の当初明細書等には、この構成要件を欠く本件発明1、2については、全く記載はなく、当初明細書等の記載から自明であると認めることもできないから、本件分割出願は、本件原出願との関係において、特許法旧44条1項の「二以上の発明を包含する特許出願」から分割した「新たな出願」に該当しない不適法なものであり、本件分割出願の出願日は、本件原出願の時まで遡及することはなく、現実の出願日である平成12年12月21日となる。

2 控訴人の主張に対する判断(注:太下線は、判決に付されている下線。)

(1)控訴人は、概要、以下の理由により、「インク取り出し口の外縁をフィルムより外側に突出させる」との構成は、本件原出願の当初明細書記載の発明の作用効果に影響を与える必須の構成とはいえないから、本件原出願の当初明細書等には、上記構成を有していない本件発明を含んでいると主張する。すなわち、
(ア〜エは省略)
オ 上記アないしエによれば、本件発明は、本件原出願の当初明細書記載の「インク取り出し口の外縁をフィルムより外側に突出させる」との構成を必須のものとはせずに、上位概念化したものであるが、本件原出願の当初明細書記載の目的、作用効果の点で変更はないから、本件原出願の当初明細書等において、当業者において、本件発明のすべての事項が、正確に理解され、容易に実施することができる程度に記載されていると主張する。

(2)しかし、控訴人の上記主張は、以下のとおり理由がない。
ア(ア)本件原出願の当初明細書(乙6)には、概要、以下の点が記載されている。
すなわち、(1)インクジェット記録装置に用いるインクタンクからインクを抽出(供給)する従来の技術では、インクタンクのインク取り出し口をゴム栓で封止した上で、ゴム栓を貫通できるような金属製のインク供給針を当該ゴム栓に挿入しインクを抽出していたが、ゴム栓を貫通させるためインク供給針の先端が鋭い針となるように加工され危険であるという課題があったので、この課題を解決する手段として、「インクタンクのインク取り出し口を封止する部材」を「先端が鋭くないインク供給針でも貫通できるフィルム」とするインクタンクに関する発明が記載されていること、(2)「本発明」の実施例として記載されたアルミ、ポリスチレン、ナイロンの3層構造のフィルム4に関して、「フィルム4の総厚みは50μm程度で十分に薄いため、樹脂成形で安全性の高いインク供給針9であっても容易に貫通できる。しかし一方では、使用者のハンドリングによりフィルム4を不用意に破る危険性がある。そこでインク取り出し口外縁3aをフィルム4より外側に突出させ外輪形状にすることで、図4に示すように使用者の指16等が直接フィルム4に強く触れることがなく、インクタンク1を交換する時に不用意にフィルム4を破るのを防止している。」(段落【0014】)、「インク取り出し口外縁3aの突出量について、・・・インク取り出し口外縁3aの最大内径(d)に対し、インク取り出し口外縁3aの突出量(h)を、h≧d/10 とするのが好ましいことが判明した。この時、使用者が通常の取り扱いをする限り、例えば故意に指の爪先をフィルム4に立てるようなことをしなければ、フィルム4が破れることはない。」(段落【0015】)、「インク取り出し口3に配したフィルム4に薄膜を用いた場合、フィルム4をより確実に保護する必要がある。・・・インク取り出し口外縁3aをフィルム4より外側に突出させることにより、単純な構造で目的を達成できる。さらに図6に示すように、インク取り出し口外縁3aの端に強度の強い第2のフィルム20を貼ることで、より確実にフィルム4を保護してもよい。」(段落【0017】)との記載があること、そして、(3)発明の効果として、「インクタンクのインク取り出し口外縁をフィルムより突出させることにより、簡単な構造で安価にフィルムを保護し、使用者が不用意にフィルムを破るのを防止できる。」(段落【0018】との記載があることが認められる
(イ)以上によれば、本件原出願の当初明細書(乙6)には、インク供給針の先端は、インク取り出し口を封止したゴム栓を貫通できるよう鋭く加工されており危険であったという課題を解決するため、「インクタンクのインク取り出し口を封止する部材」を「先端が鋭くないインク供給針でも貫通できるフィルム」とするインクタンクとしたが、これに伴い、インク取り出し口を封止するフィルムの厚さは薄いものとなった結果、使用者がインクタンクを交換する時に不用意にフィルムを破る危険という課題が生じること、その課題解決手段として、インク取り出し口外縁がフィルムより突出させる構成を採ったこと、その突出量が一定量(インク取り出し口外縁の最大内径の10分の1以上)である場合には、使用者が通常の取扱いをする限りフィルムが破れることはないが、その突出量が一定量に満たない場合には、使用者が通常の取扱いをしても、フィルムが破れるおそれがあることを開示していることが認められる。

 また、本件原出願の当初明細書記載の実施例の説明図(図1ないし6。乙6)では、インク取り出し口の外縁はフィルム4より外側に突出させた状態が示されており、インク取り出し口の外縁をフィルム4より突出させないインクタンクの構成は示されていないこと、本件原出願の当初明細書には、インク取り出し口の外縁をフィルム4より突出させる構成を用いることなく、フィルム4を保護する手段(例えば、フィルム4の厚みや強度の調整等)を開示ないし示唆する記載はない。なお、控訴人は、一般にアルミ、ポリスチレン、ナイロンの3層構造で総厚みが50μm程度の3層構造のフィルムが、インクタンクの供給口に貼られた場合、容易に破断されることはないとして、甲35(平成19年2月27日付け報告書)及び甲36(平成19年2月26日付け報告書)を提出するが、これらの記載内容は、本件原出願の出願日(平成4年2月19日)より後である平成5年(1993年)ころ以降にされたインク供給口のフィルムの研究開発、又はそのころ以降に発売されたインクカートリッジ製品に基づく知見であり、これを本件原出願の出願当時の技術常識として参酌することはできない。

 以上を総合すれば、本件原出願の当初明細書等(乙6)によれば、「インクタンクのインク取り出し口を封止する部材」を「先端が鋭くないインク供給針でも貫通できるフィルム」とするインクタンクにおいて、「インク取り出し口の外縁をフィルムより外側に突出させる」との構成は、一連の課題解決のために必要不可欠な特徴的な構成であることを示している。すなわち、本件原出願の当初明細書等は、「インクタンクのインク取り出し口を封止する部材」を「先端が鋭くないインク供給針でも貫通できるフィルム」とするインクタンクにおいて、「インク取り出し口の外縁をフィルムより外側に突出させる」との構成を具備しない技術には課題が残されていることを明確に示して、これを除外していると解される。したがって、本件原出願の当初明細書等のいかなる部分を参酌しても、上記の構成を必須の構成要件とはしない技術思想(上位概念たる技術思想)は、一切開示されていないと解するのが相当である。
以上のとおりであって、「インク取り出し口の外縁をフィルムより外側に突出させる」との構成を必須の構成としない本件発明が、本件原出願の当初明細書等に記載されているとの控訴人の主張は、採用することができない。

7 本件のまとめ

予測可能性が高いと考えられる機械構造的な発明であっても、その技術的思想が明細書等の記載により限定されることで、その構成の一部のない技術的思想は開示されていないと判断される場合がある。

本件では、多くの特徴を有する発明を一つの請求項に記載したことが、複数の課題のうちの一部が「一連の課題」と把握される事態を生じさせる一因となり、「一連の課題」を解決できない構成は原出願に開示されていないと判断されてしまったものと考えられる。

原出願では、明細書(段落0014)に記載した新たな課題(課題2α)が、実施形態の後半部分を通じて課題2と「一連の課題」であると把握されても仕方がない記載となっている。さらに加えて、課題2と課題2αを「一連の課題」と把握しても、原出願の明細書等は、その請求項1に記載の発明を、「課題」「発明の構成」「発明の効果」の3者の関係において合理的に説明できる。そのため、読み手(裁判所)に生じた誤解を解くことが、出願人にはできなかったものではないだろうか。

8 実務上の指針

分離可能な複数の課題を記載する場合、それら課題を「一連の課題」と把握されない記載が求められる。

・ひとつの課題に対するひとつの発明を最小限に特定し、複数の課題がひとつの発明にて解決されるような記載は原則避ける。
実務では、新規性や進歩性を担保するために、ひとつの発明に複数の課題を関連づける場合もあるが、原則論としては、課題の数と発明(請求項)の数が同じになると考えられる。

・また本件で示されたように、「実施の形態」の記載も重要であり、「課題」「発明の構成」「発明の効果」の関係で成立した課題と発明等との関係を「実施の形態」の記載で崩さないようにする。
実務では、中間処理などを考慮して一つの発明に複数の課題を補充的に関連づけておく場合もあるかもしれないが、そのような補充的な記載は「一連の課題」と把握されないように記載する。

・具体例を示せないが、同様に、構成については「一連の構成(発明)」とか、発明の効果については「一連の効果」などといった判断を生じさせないことを留意しておくことも必要だと思われる。
ちなみに、本件についてみると、例えば、課題1(気泡侵入)がメインの課題であれば、請求項1を課題1に特化させ、「インク取り出し口3の外縁3aがフィルム4より外側に突出している」構造(突出構造)を請求項2に記載すれば、明細書の記載も多少異なることとなるから、違った結果になったかもしれない。
また、課題2(安全性)がメインの課題であれば、請求項1をインク供給針9の構造により安全性が確保される発明とし、突出構造を請求項2に記載しておけば、これも違った結果になったかもしれない。
しかしもともと突出構造をメインの構成と考えていた場合、同構造は請求項1に含まれることとなるので、本件のように判断されるのかもしれない。

参考
・パテント2008年7月号
本件に関連する論文が3本掲載され、様々な論点が提起されている。

以上

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