商標入門講座 ~中部経済新聞 ナビゲーター掲載記事より~|知財レポート/判例研究|弁理士法人オンダ国際特許事務所

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商標入門講座 ~中部経済新聞 ナビゲーター掲載記事より~

(パテントメディア2019年5月発行第115号掲載)
意匠商標本部 商標部

商標はビジネスの通行手形

ビジネスにおける商標の重要性は日に日に高まっています。筆者の印象では、かつて商標登録に積極的だったのは大手のBtoC企業くらいでした。それが最近では、商標とは無縁と思われていたBtoB企業も商標登録に力を入れるようになりました。また、以前は、商標権絡みの事件が新聞やニュース番組で報道されることなどほとんどありませんでしたが、今ではYahoo!ニュースやお昼のワイドショーでも取り扱われるようになり、より多くの方に、事件の存在が知られるようになりました。
それにもかかわらず、商標の重要性は、特許ほどには理解されていないと感じることがあります。そこで本稿では、商標の価値を再認識していただくために、商標制度の概要について説明したいと思います。

誤解を恐れずに言えば、商標とは、商品の「ラベル」或いはサービスの「看板」です。つまり、自社の商品・サービス(以下、商品等)と、他社のそれとを区別するための「目印」なのです。その目印の中で、特許庁の審査をクリアしたものを「登録商標」といいます。
日本では、現時点で商標登録の対象となるのは「文字・図形・色彩・立体・位置・動き・音・ホログラム」です。しかし、いずれも、商標自体に特徴がない場合や、他人の登録商標と似ている場合は登録されません。
特許庁の審査をクリアし、その商標が登録されると、商標権が発生します。商標権を有する者(商標権者)には、登録商標を独占的に使用する権利が与えられます。また、商標権を侵害する者に対しては、侵害行為の差止や損害賠償を請求することができます。

ただし、商標はあくまで商品等の目印ですから、商標権の効力範囲は、原則として登録を受けた商品等に限定されます。「運動用具」について登録を 受けた場合、「ゴルフクラブ」や「サッカーボール」には商標権の効力が及びますが、「化粧品」や「自動車」には及びません。
また、商標権の効力は、登録を受けた国に限定されます。そのため、外国で商標を使用する場合には、その国において商標権を確保する必要があります。

こうして、適切な範囲で商標権を確保することによってはじめて、企業は安心して商売に取り組むことができます。そしてそのあたりに、筆者が「商標はビジネスの通行手形」と考える理由があります。
たとえば、登録を受けずに商標を使用し続けたらどうなるでしょうか。日本の場合、商標登録は「早い者勝ち」であるため、他人に先取りされてしまうことがあります。他人に先取りされてしまうと、取り返すことは極めて困難です。それでもその商標を使用し続けるなら、他人の商標権を侵害することになってしまいます。

商標権侵害のペナルティは前述のとおりですから商標を変更せざるを得ませんが、これもまた深刻な問題です。新たに名前を考え、デザインを発注し、ラベルを再印刷し、看板も、パンフレットも、全て差し替えなければなりません。コストはかかるし、突然のラベル変更に、消費者・取引先は驚き、或いは不信感を抱くかもしれません。商標権侵害を原因とする不本意な商標の変更は、百害あって一利無し、なのです。
逆に、早々と商標登録を済ませておけば、このような問題を避けることができ、安心してライバルとの競争に専念することができます。時折、「ライセンスビジネスを手掛けるつもりはないから商標登録は不要」という意見を耳にすることもありますが、自ら使用する商標であっても、登録を受けなければ保護されないのが実情です。商標登録は全てお済みでしょうか?今一度お確かめいただければと思います。

社名に関する商標の保護

先の記事では、商品やサービス(以下、商品等)の目印として使用される商標を中心に、それらを保護することの重要性について述べました。次は、より重要な「社名に関わる商標(以下、社名商標)」の保護と、商標登録時の注意点について説明したいと思います。

そもそも、なぜ社名商標をテーマに選んだかと申しますと、優先的に保護すべき商標でありながら、企業様においては、そのように認識されていないケースが多く見られるためです。よく耳にするのは「商号登記してあるから、商標登録は不要」というご意見ですが、商号によっては、そうとも言い切れないことがあります。何より、商号登記と商標登録は全くの「別物」であり、商号を登記しても、その商号を独占排他的に使用する権利は生まれません。

また、積極的に商標登録するつもりはないとしても、せめて他人の商標権を侵害することが無いよう、商号の使い方には十分注意する必要があります。たとえば、「株式会社ABC」を正式商号とする会社が、商品裏面の製造業者表示欄に「株式会社ABC」と表示する程度のことは、あくまで自己の名称を表示するものとして許容されます。しかし、「株式会社」を省略して「ABC」とのみ表す場合は、商標の使用にあたることがあります。そして、「ABC」が他人によって商標登録されている場合は、その他人の商標権を侵害してしまうおそれがあります。
商標権侵害によるペナルティは先に述べたとおりであり、経済面・信用面において大きな損失が発生します。そのため、トラブルを未然に回避するために、商号やその略称については、商標登録しておくのが望ましいといえます。

では、社名商標を登録するにはどうすれば良いでしょうか。たとえば、前述の「株式会社ABC」が、「ジャム,調味料,ジュース」を製造・販売し、そのラベルに「ABC」と表示していたとします。そうすると、消費者にとっては「ABC」が商品選択の手がかり(=商品の出所を表す目印)として認識されます。この点が重要であって、たとえ企業側が「商標としての使用」と意識していなくても、取引者・需要者は「商標」であると認識する可能性があるのです。そのため、社名商標については、取り扱い商品や提供サービスの全てを「指定商品・指定役務」として出願・登録する必要があります。

なお、社名商標の登録に際して特に注意したいのは、「将来の事業展開を考慮しているかどうか」という点です。商標登録を受けようとする商品等が現在の事業内容に即していることは当然必要ですが、できれば、将来の事業展開も視野に入れて、多少広めの権利を確保できるよう、出願時に調整されることをお勧めします。たとえば上記のABC社のケースであれば、「菓子」や「サプリメント」について権利を取得したり、製造業からサービス業への事業拡張を予想して「飲食物の提供」についても権利を取得したりするのも良いと思います。

また、海外へ輸出する可能性があるという場合も要注意です。商標権の効力は、登録を受けた国に限定されるため、たとえば、新たに中国で商品を販売する可能性がある場合は、いち早く中国で社名商標を登録する必要があります(中国の場合は、商号の日本語・英語表記だけでなく、ピンインや簡体字の商標も併せて登録して、守りを固めることをお勧めします)。
さらに、社名商標を適切に保護するためにはメンテナンスが欠かせません。事業の拡張に伴い、商品も販売国も増えることが予想されますので、商標管理に携わる方は、定期的に保有商標をチェックし、権利モレが無いように先手を打つ必要があります。
なお、会社のシンボルマークについても、社名商標と同じ範囲で保護することが重要です。「社章であって、商標ではない」と考えていたとしても、取引者・需要者においてもそのように認識されているとは限らず、思わぬ商標権侵害のトラブルに発展するおそれもありますので、どうかご注意下さい。


本記事は2017年10月31日、11月7日に中部経済新聞に掲載された連載記事「ナビゲーター」の一部を、加筆・修正したものです。