【判例研究】トマトジュース事件(平成28年(行ケ)10147号)|知財レポート/判例研究|弁理士法人オンダ国際特許事務所

【判例研究】トマトジュース事件(平成28年(行ケ)10147号)|知財レポート/判例研究|弁理士法人オンダ国際特許事務所

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【判例研究】トマトジュース事件(平成28年(行ケ)10147号)

(パテントメディア2018年1月発行第111号掲載)
弁理士 藤井稔也

1.はじめに

ここでは、我々の特許出願業務で役立ちそうな平成29年の判例として、トマトジュース事件を取り上げます。誰もが一度は飲んだことのあるトマトジュースですが、ドロッとして、酸味が強い印象があるかと思います。今回の事件の対象となった伊藤園特許(特許第5189667号)は、3つのパラメータを所定範囲とすることで、低粘度でありながら、濃厚な味わいで、フルーツトマトのような甘みがあり、かつトマトの酸味が抑制されたトマトジュースを提供できるようにしたものです。
本事件は、このような伊藤園特許に対する、トマト製品で有名なカゴメによる無効審判請求(無効2015-800008号)に対して、請求を不成立とした審決(特許維持)の取消訴訟となります(平成28年(行ケ)10147号)。この審決取消訴訟では、請求不成立の審決が取り消され、伊藤園特許が無効となりました(現在、上告受理申立中)。パラメータ発明の記載要件について、より具体的な指針が示された点で平成29年の重要判例と1つといえます。

2.本件特許の内容

本件特許の請求項は以下の通りです。

「【請求項1】
糖度が9.4~10.0であり、糖酸比が19.0~30.0であり、グルタミン酸及びアスパラギン酸の含有量の合計が、0.36~0.42重量%であることを特徴とする、トマト含有飲料。」
*糖酸比とは、糖度/酸度。
【請求項2】
粘度が350~1000cPである、
請求項1に記載のトマト含有飲料。
【請求項3】~【請求項11】は略。

明細書には以下のような説明があります。

従来のJAS規格で指定されたトマトジュースは粘度が高くて飲み難く、低粘度化しトマトの酸味を隠ぺいすべく果汁や野菜汁を配合した飲料はトマト飲料として消費者への訴求力に欠け、のど越しが改善された低粘度トマトジュースもトマトの酸味が苦手な者にとって飲み易いものではないという問題があったところ(【0002】~【0004】【0006】【0007】)、従来技術におけるこのような課題の存在にかんがみ、主原料となるトマト以外の野菜汁や果汁を配合しなくても、濃厚な味わいでフルーツトマトのような甘みがありかつトマトの酸味が抑制された、新規なトマト含有飲料及びその製造方法、並びに、トマト含有飲料の酸味抑制方法を提供することを目的として(【0008】)、特許請求の範囲の本件請求項1、8及び11に記載された糖度、糖酸比及びグルタミン酸等含有量の数値範囲を含むトマト含有飲料及びその製造方法並びにトマト含有飲料の酸味抑制方法を見いだした(【0009】~【0011】、【0018】【0022】【0026】【0030】)。
そして、この効果が奏される作用機構の詳細は、未だ明らかではないものの、糖度及び糖酸比を規定することにより、著しい高粘度化を抑制し得、しかも、糖酸比の調整により、トマト自身の甘みによってトマトの酸味が隠蔽され得るので、得られるトマト含有飲料の酸味が抑制され、トマト本来の甘みが際立ち、飲み易さが高められ、これらの作用が相まった結果、濃厚な味わいでフルーツトマトのような甘みを有しつつも、トマトの酸味が抑制されたものになると推定される(【0041】)。また、グルタミン酸等含有量を規定することにより、トマト含有飲料の旨味(コク)を過度に損なうことなくトマトの酸味が抑制されて、トマト本来の甘味がより一層際立つ傾向となる(【0043】)。

また、効果確認として、次のような風味評価試験を行ったことが説明されています。

本件発明の糖度、糖酸比及びグルタミン酸等含有量の数値範囲内にあるトマト含有飲料である実施例1~3が、糖度、糖酸比及びグルタミン酸等含有量のいずれか又は全てが本件発明の数値範囲内にはない比較例1及び2と比較して、本件発明の課題を解決することを示す風味評価試験は、
①作成したトマト含有飲料の糖度及び酸度を測定した上で糖酸比を算出し、さらに、グルタミン酸等含有量及び粘度を測定し、
②12人のパネラーが、各トマト含有飲料の風味を「酸味」「甘み」及び「濃厚」につき「非常に強い」「かなり強い」「やや強い」「感じない又はどちらでもない」「やや弱い」「かなり弱い」「非常に弱い」の7段階で評価し、
③「酸味」「甘み」「濃厚」の各風味につき12人のパネラーの評点の平均値を算出し、
④各風味ごとの平均値を、酸味についてはプラスマイナスを逆にした上で合計し、
⑤合計値が2.5、3.2、3.9であった実施例1~3は良好な結果が出たと判定し、合計値が2.2、2.0であった比較例1及び2は良好な結果が出なかったと判定した(【0083】~【0090】、【表1】)。

3.「サポート要件違反適合性判断の当否」について

特許請求の範囲が規定する物性値の範囲までの拡張ないし一般化することは困難か?
本判決は、特に新しい基準を出したわけではなく、パラメータ発明の基本判例(「偏光フィルム事件」、知財高裁平成17年11月11日判決、平成17年(行ケ)第10042号、判例時報1911号48頁参照)の考え方が踏襲されています。

(1)基準

特許請求の範囲の記載が、明細書のサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものであり、明細書のサポート要件の存在は、特許権者が証明責任を負うと解するのが相当である。

本件発明は、特性値を表す三つの技術的な変数(糖度、酸比、グルタミン酸及びアスパラギン酸の含有量の合計)により示される範囲をもって特定した物を構成要件とするものであり、いわゆるパラメータ発明に関するものであるところ、
このような発明において、特許請求の範囲の記載が、明細書のサポート要件に適合するためには、
発明の詳細な説明は、その変数が示す範囲と得られる効果(性能)との関係の技術的な意味が、特許出願時において、具体例の開示がなくとも当業者に理解できる程度に記載するか、
又は、
特許出願時の技術常識を参酌して、当該変数が示す範囲内であれば、所望の効果(性能)が得られると当業者において認識できる程度に、具体例を開示して記載することを要するものと解するのが相当である。

判決は、「偏光フィルム事件」に代わる新しい規範を打ち立てたわけではありませんが、「偏光フィルム事件」で示された規範に従って、明細書をどのように書くべきなのか、これまで以上により具体的な基準を示した点で、明細書を作成する特許出願人にとって、参考になる判例だと思います。

(2)当てはめ

一般に、飲食品の風味には、甘味、酸味以外に、塩味、苦味、うま味、辛味、渋味、こく、香り等、様々な要素が関与し、粘性(粘度)などの物理的な感覚も風味に影響を及ぼすといえるから、飲食品の風味は、飲食品中における上記要素に影響を及ぼす様々な成分及び飲食品の物性によって左右されることが本件出願日当時の技術常識であるといえる。また、トマト含有飲料中には、様々な成分が含有されていることも本件出願日当時の技術常識であるといえるから、本件明細書の発明の詳細な説明に記載された風味の評価試験で測定された成分及び物性以外の成分及び物性も、本件発明のトマト含有飲料の風味に影響を及ぼすと当業者は考えるのが通常ということができる。
したがって、「甘み」、「酸味」及び「濃厚」という風味の評価試験をするに当たり、糖度、糖酸比及びグルタミン酸等含有量を変化させて、これら三つの要素の数値範囲と風味との関連を測定するに当たっては、少なくとも、

①「甘み」、「酸味」及び「濃厚」の風味に見るべき影響を与えるのが、
・これら三つの要素のみである場合
・影響を与える要素はあるが、その条件をそろえる必要がない場合
→そのことを技術的に説明した上で上記三要素を変化させて風味評価試験をする。

②「甘み」、「酸味」及び「濃厚」の風味に見るべき影響を与える要素は上記三つ以外にも存在し、その条件をそろえる必要がないとはいえない場合
→当該他の要素を一定にした上で上記三要素の含有量を変化させて風味評価試験をする。

本件明細書の発明の詳細な説明には、糖度及び糖酸比を規定することにより、濃厚な味わいでフルーツトマトのような甘みを有しつつも、トマトの酸味が抑制されたものになるが、この効果が奏される作用機構の詳細は未だ明らかではなく、グルタミン酸等含有量を規定することにより、トマト含有飲料の旨味(コク)を過度に損なうことなくトマトの酸味が抑制されて、トマト本来の甘味がより一層際立つ傾向となることが記載されているものの、「甘み」、「酸味」及び「濃厚」の風味に見るべき影響を与えるのが、糖度、糖酸比及びグルタミン酸等含有量のみであることは記載されていない。
また、実施例に対して、比較例及び参考例が、糖度、糖酸比及びグルタミン酸等含有量以外の成分や物性の条件をそろえたものとして記載されておらず、それらの各種成分や各種物性が、「甘み」、「酸味」及び「濃厚」の風味に見るべき影響を与えるものではないことや、影響を与えるがその条件をそろえる必要がないことが記載されているわけでもない。
そうすると、濃厚な味わいでフルーツトマトのような甘みがありかつトマトの酸味が抑制されたとの風味を得るために、糖度、糖酸比及びグルタミン酸等含有量の範囲を特定すれば足り、他の成分及び物性の特定は要しないことを、当業者が理解できるとはいえず、本件明細書の発明の詳細な説明に記載された風味評価試験の結果から、直ちに、糖度、糖酸比及びグルタミン酸等含有量について規定される範囲と、得られる効果というべき、濃厚な味わいでフルーツトマトのような甘みがありかつトマトの酸味が抑制されたという風味との関係の技術的な意味を、当業者が理解できるとはいえない。

表
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判決では、さらに評価試験についての考え方が示されています。

(3)風味の評価試験について

評価の基準となる0点である「感じない又はどちらでもない」については、基準となるトマトジュースを示すことによって揃えるとしても、「甘み」、「酸味」又は「濃厚」という風味を1点上げるにはどの程度その風味が強くなればよいのかをパネラー間で共通にするなどの手順が踏まれたことや、各パネラーの個別の評点が記載されていない。したがって、少しの風味変化で加点又は減点の幅を大きくとらえるパネラーや、大きな風味変化でも加点又は減点の幅を小さくとらえるパネラーが存在する可能性が否定できず、各飲料の風味の評点を全パネラーの平均値でのみ示すことで当該風味を客観的に正確に評価したものととらえることも困難である。
また、「甘み」、「酸味」及び「濃厚」は異なる風味であるから、各風味の変化と加点又は減点の幅を等しくとらえるためには何らかの評価基準が示される必要があるものと考えられるところ、そのような手順が踏まれたことも記載されていない。そうすると、「甘み」、「酸味」及び「濃厚」の各風味が本件発明の課題を解決するために奏功する程度を等しくとらえて、各風味についての全パネラーの評点の平均を単純に足し合わせて総合評価する、風味を評価する際の方法が合理的であったと当業者が推認することもできないといえる。
以上述べたところからすると、この風味の評価試験からでは、実施例1~3のトマト含有飲料が、実際に、濃厚な味わいでフルーツトマトのような甘みがありかつトマトの酸味が抑制されたという風味が得られたことを当業者が理解できるとはいえない。

4.コメント
(1)「サポート要件違反適合性判断の当否」について

出願時の技術水準の検討が不十分のまま明細書を作成し出願したことがサポート要件違反となった1つの原因と思われます。本判決での指摘事項は、パラメータ発明全般にいえることであり、したがって、本判決の射程は、食品分野だけでなく、化学系のパラメータ発明全般に及ぶと思われます。

(2)風味の評価試験について

食品関連発明の分野では、風味の改善向上を目的として、請求項において各種成分の濃度や割合などを特定したうえで、いわゆる官能試験にて効果を評価するケースが多く見られます。しかし、どうしても、風味評価のような官能評価は、定量性や客観性に疑問が生じます。明細書では、パラメータ発明であることを十分に踏まえたうえで、サポート要件を満たすように、その変数が示す範囲と得られる効果(性能)との因果関係を明らかにするように評価試験を実施し、また、評価試験の手順を明細書で明らかにしていくことが重要と思われます。
評価試験の実施手順や明細書の書き方、さらには評価試験を実施するための社内での運用方法などは、今後の検討課題ではありますが、今思うところでは、商標や不正競争の事件で用いられる「混同」や「類似」の争いについてのアンケート調査の手法が参考になろうかと考えております。

(3)感想

食品パラメータ特許については、記載要件が他の化学分野のパラメータ特許の記載要件に比べて緩やかなような気がする。このように感じている方も多いと思います。私は、この判決が、食品パラメート特許についても、他の化学分野のパラメータ特許と同様なレベルの記載要件を求めた判決のような気がしてなりません。この判決で求められているような評価試験を行うことは極めて難しいなどの批判もあろうかと思いますが、一方で、明細書について、このような厳格なサポート要件が求められることも確かです。本判決を契機に、明細書のサポート要件に関する検討を改めて行うことは、強い権利を取得する上でも重要に思います。

(4)私の風味評価

カゴメのトマトジュースと、伊藤園のトマトジュースとの飲み比べをやってみました。ともに、100%トマトですが、カゴメのトマトジュースの方は食塩入りで、伊藤園のトマトジュースは、特許の通り、食塩無添加でフルーツトマトのような甘い味わいでした。伊藤園のトマトジュースの甘さは、今までのトマトジュースにない甘さで、皆さんも一度飲んでみると、伊藤園特許の効果を実感できると思います。ただ、伊藤園のトマトジュースの方がドロッとしておりました。
どちらがおいしいかは、好みによると思いますが、私は、そのまま飲むなら伊藤園のトマトジュース、ビールで割ってレッドアイにするなら、カゴメのトマトジュースといったところです。