平成23年(行ケ)第10315号 審決取消請求事件 (知財高裁第2部 平成24年9月10日判決言渡)|知財レポート/判例研究|弁理士法人オンダ国際特許事務所

平成23年(行ケ)第10315号 審決取消請求事件 (知財高裁第2部 平成24年9月10日判決言渡)|知財レポート/判例研究|弁理士法人オンダ国際特許事務所

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平成23年(行ケ)第10315号 審決取消請求事件 (知財高裁第2部 平成24年9月10日判決言渡)

平成24年10月16日 執筆/平成25年1月28日掲載
弁理士 岡田 恭伸

1 事件の概要

特許出願に対する拒絶審決の取消訴訟であり、争点は容易想到性および手続の違背である。

2 事件の経過

平成15年12月2日  特許出願
平成20年7月4日   拒絶理由通知(A)
平成20年9月8日   手続補正書提出
平成20年10月24日 拒絶査定(A)
平成20年11月27日 拒絶査定不服審判請求
平成21年1月5日   手続補正
平成22年12月3日  拒絶理由通知(B)
平成23年2月7日   手続補正書提出
平成23年8月23日  拒絶審決(C)

3 本件発明の要旨

(拒絶査定不服審判での拒絶理由通知に対する手続補正書にて請求項1に記載されていたもの)
A.第1の回路基板の主面上に第1の回路電極が形成された第1の回路部材と,
B.前記第1の回路部材に対向して配置され,第2の回路基板の主面上に第2の回路電極が形成された第2の回路部材と,
C.前記第1の回路部材の主面と前記第2の回路部材の主面との間に設けられ,前記第1及び第2の回路部材同士を接続する回路接続部材と,
を備える回路部材の接続構造であって,
D.前記第1の回路電極又は前記第2の回路電極のいずれかが,インジュウム-亜鉛酸化物回路電極であり,
E.前記回路接続部材が,絶縁性物質と,表面側に導電性を有する複数の突起部を備えた導電粒子とを含有し,
F.前記回路接続部材の40℃における貯蔵弾性率が0.5~3GPaであり,且つ,25℃から100℃までの平均熱膨張係数が30~200ppm/℃であり,
G.隣接する前記突起部間の距離が1000nm以下であり,
H.前記突起部の高さが50~500nmであり,
I.前記第1の回路電極と前記第2の回路電極とが,前記導電粒子を介して電気的に接続されていることを特徴とする回路部材の接続構造。

訴訟では、上記GとHの構成要件に対する拒絶の理由が争点となった。

4 拒絶の理由の要点
(1)審査段階時の拒絶理由通知および拒絶査定(A)

進歩性違反
引用文献1:特開2001-288244号公報(主引用発明)
引用文献2:特開平11-73818号公報(甲10、副引用発明)
引用文献3:特開2003-323813号公報(副引用発明)
引用文献4:特開平09-312176号公報(副引用発明)

<GおよびHに関する進歩性の判断>
「各々の範囲を設定したことによる臨界的意義あるいは具体的な格別の効果について,多くの組合せを検討・検証し,当該範囲に至り,その根拠が開示されているものとは到底認められない。」として、「通常行う試験(実験)の結果に基づいて当業者であれば適宜採用し得るもの」と認定している。

(2)審判段階時の拒絶理由通知(B)

進歩性違反
刊行物1:特開2001-288244号公報(主引用発明、審査段階時と同一)
刊行物2:特開平11-73818号公報(副引用発明、審査段階時と同一)
刊行物3:特開2002-75660号公報(周知例)
刊行物4:特開2002-75637号公報(周知例)

<GおよびHに関する進歩性の判断>
「凸部間の距離をどのような値とするのかは,必要とされる導電接続の安定性,導電性粒子の直径,凸部の高さ等を考慮して当業者が適宜決定し得たものである。」と認定している。

(3)審決(C)

進歩性違反
刊行物:特開平11-73818号公報(甲10、今までの副引用発明)
新たな刊行物:特開2000-243132号公報(甲13、審決時に初めて引用)

<GおよびHに関する進歩性の判断>
(イ)G(突起部間の距離の数値限定)について
「回路部材の接続構造の技術分野において,隣接する突起部間の距離を1000nm以下とすることは,以下に示すように本件出願前から普通に行われている技術事項である。
 例えば,特開2000-243132号公報(甲13)には,導電性無電解めっき粉体として突起物を有するものが示されており,実施例として,導電性無電解めっき粉体の平均粒径,突起物の大きさ及び個数が示されている。
ここで,球の表面に均等に突起物が分布しているとすると,その球の表面積を突起物の個数で除した面積が,一個あたりの突起物が占める面積となり,突起物が占める面積を円に置き換えてその中心に突起物が存在するとして隣接する突起物までの距離は次のように求めることができる。
一個当たりの突起物が占める円の半径R:
R=√((4r2)/n)=2r/√n(rは粉体の半径,nは個数)
隣接する突起物までの距離L:
L=2(R-s)(sは突起物の半径(突起物の大きさの半分))
これを上記実施例2の導電性無電解めっき粉体に当てはめると,R=2×2.4/√72=0.566μm=566nm,L=2×(566-200)=732nmとなる。同様に,実施例3については,R=500nm,L=540nm,実施例4については,R=535nm,L=560nm,実施例5については,R=510nm,L=390nmとなる。」

(ロ)H(突起部の高さの数値限定)について
回路部材の接続構造の技術分野において,突起部の高さを50~500mとすることも,本件出願前に周知の技術事項である(例えば,上記特開2000-243132号公報には,実施例1~3に突起物の大きさが0.33μm(330nm),0.40μm(400nm),0.46μm(460nm)のものが示されている。)。
したがって,刊行物に記載された発明において,導電性粒子1 と外部引き出し用配線電極42 及び電極端子52 との間で確実に導電接続を図るために,導電性粒子1 の凸部の高さを50~500nmとすることは,当業者が容易になし得たものである。」

5 争点

審決が、拒絶理由通知書で示さなかった新たな1つの公知文献(甲13)のみをもってGおよびHを周知例と認定し、本願発明は容易想到と判断したことには、特許法159条2項,50条に定める手続違背に該当するか否か。
つまり、進歩性を否定するものとして甲13を示すのであれば、別途新たな拒絶理由通知を行うべきであったか否か。

6 原則

・拒絶をすべき旨の査定をしようとするときは、拒絶の理由を通知し、意見書を提出する機会を与えなければならない(50条)。上記条文は、拒絶査定不服審判においても引用されている(159条第2項)。
この場合、進歩性の判断に用いられる主引用発明及び副引用発明を示す文献が異なる場合には、[不意打ち]に該当し、別途新たな拒絶理由を通知する必要があると考えられる。

・拒絶査定においては、周知技術又は慣用技術を除き、新たな先行技術文献を引用してはならない(審査基準 第Ⅸ部 審査の進め方)。
周知技術および慣用技術を示すための先行技術文献であれば、拒絶理由を通知することなく査定(審決)を行ってもよいと考えられる。

⇒手続違背か否かを決定付ける一つの要因として、GおよびHが周知技術か否か、が挙げられる。

「「周知技術」とは、その技術分野において一般的に知られている技術であって、例えば、これに関し、相当多数の公知文献が存在し、又は業界に知れわたり、あるいは、例示する必要がない程よく知られている技術をいい、また、「慣用技術」とは、周知技術であって、かつ、よく用いられる技術をいう。」(審査基準より)

7 裁判所の判断
(イ)GおよびHが周知技術か否かについて

「審決が主引用発明として刊行物記載の発明を認定した刊行物(甲10)には,突起部を有する導電性粒子が記載されているが,甲10にはこの粒子の突起部間の距離に関しては記載されていない。そして,審決は,突起部間の距離の具体的数値に関して,甲13の記載のみを引用し,仮定に基づく計算をして容易想到性を検討,判断している。
審決は,「回路部材の接続構造の技術分野において,隣接する突起部間の距離を1000nm以下とすることは,以下に示すように本件出願前から普通に行われている技術事項である。例えば」,として,甲13の記載を技術常識であるかのように挙げているが,その技術事項を示す単一の文献として示しており,甲13自体をみても,回路部材の接続構造の技術分野において,隣接する突起部間の距離を1000nm以下とすることが普通に行われている技術事項であることを示す記載もない。
すなわち,甲13の特許請求の範囲の請求項1には,「平均粒径が1~20μmの球状芯材粒子表面上に無電解めっき法によりニッケル又はニッケル合金皮膜を形成した導電性無電解めっき粉体において,該皮膜最表層に0.05~4μmの微小突起を有し,且つ該皮膜と該微小突起とは実質的に連続皮膜であることを特徴とする導電性無電解めっき粉体。」が記載され,実施例には製造されたいくつかの導電性粒子の突起の大きさが表2に示されている。しかし,表2に記載されているのは,甲13に記載された発明の実施例であって,これらの例が周知の導電性粒子として記載されているわけではない。しかも,表2に記載されているものには,実施例4(0.51μm),実施例5(0.63μm)のように,突起の大きさが500nmを超えるものある。したがって甲13の記載から「回路部材の接続構造の技術分野において,隣接する突起部間の距離を1000nm以下とすること」や,「回路部材の接続構造の技術分野において,突起部の高さを50~500nmとすること」が周知の技術的事項であるとはいえない。」

GおよびHが示されている文献が1つのみであって、かつ、その文献中にGおよびHが周知技術であることを示す記載がないことから、GおよびHは周知技術ではなく公知技術と判断していると考えられる。
そして、上記認定に基づいて、判決文では「審決は,新たな公知文献として甲13を引用し,これに基づき仮定による計算を行って,相違点3(構成要件G)の容易想到性を判断したものと評価すべきである。」と述べている。

(ロ)結論

「甲10を主引用発明とし,相違点3について甲13を副引用発明としたものであって,審決がしたような方法で粒子の突起部間の距離を算出して容易想到とする内容の拒絶理由は,拒絶査定の理由とは異なる拒絶の理由であるから,審判段階で新たにその旨の拒絶理由を通知すべきであった。しかるに,本件拒絶理由通知には,かかる拒絶理由は示されていない。そうすると,審決には特許法159条2項,50条に定める手続違背の違法があり,この違法は,審決の結論に影響がある。

8 実務上の指針および所感

実務上、相違点が周知技術か公知技術かによって中間対応の方針が大きく変わってくるため、相違点が周知技術であるか否かはしばしば問題となり得る。
今回の事件では、周知技術認定の根拠となる文献が単一であり、かつ、その文献中に周知技術であると認められる記載がなかったことから周知技術とは認めなかったものと考えられる。
[周知技術ではない]ということを立証することは、極めて困難なことであるが、これをひとつの指針として検討してもよいかと思料する。もちろん、根拠となる文献が著名な教科書等であった場合には、示された文献が単一であったとしても周知技術と認定される可能性はあり、その判断は具体的な事情に大きく依存することは忘れてはならない。
なお、参考までに、周知技術に関する手続の違背については、「周知技術でありさえすれば、拒絶理由に摘示されていなくても当然に引用できるわけではない」として、拒絶理由に摘示されていない周知技術を摘示して、拒絶理由を新たに通知することなく審決を行うことに慎重な姿勢を示す判例(平成20年(行ケ)10433号)があり、これに類似した判例も近年散見される。