平成19年(ワ)35324特許権侵害差止請求事件|知財レポート/判例研究|弁理士法人オンダ国際特許事務所

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平成19年(ワ)35324特許権侵害差止請求事件

1.はじめに

知財高裁大合議に係属中の事件です。
http://www.ip.courts.go.jp/documents/g_panel.html
プロダクト・バイ・プロセス・クレームによる差止請求が請求されました。東京地裁は、原告のクレームに記載の製法工程を、被告製品が満たさないとして差止請求を認めませんでした。プロダクト・バイ・プロセス・クレームの解釈には、「物質同一説」(製法で限定解釈しない。でも例外あり)と「製法限定説」(製法で限定解釈する。これも例外あり)という2つの説があります。審査基準は「物質同一性」です。これまでの判例は「物質同一説」が多かったそうです。今回、東京地裁では「製法限定説」でした。知財高裁の大合議に係属したのは、「製法限定説」をとるか、「物質同一説」をとるか審理するためのようです。いずれにせよ、クレームに製法を書き込むことで特許になったという出願経過の参酌(禁反言)の影響が大きいです。「物質同一説」と「製法限定説」の説明やこれまでの裁判の研究は、中野睦子先生の論文(9.参考論文、参考ブログを参照)に詳述されておりますので中野論文をまとめながら説明いたします。

試験勉強で教わったブロダクト・バイ・プロセス・クレーム:
複数のボルトを対角線の順に締め付けることでタイヤを車軸に取付けた車両。
効果:タイヤが外れにくい。(他の表現にレッツトライ!)

2.「物質同一説」と「製法限定説」

物質同一説:

(定義)原則、クレームに記載された製法に限定されず、物として同一であれば権利が及ぶと解釈する。
しかし、製法に特許性が認められて特許になったといった「特段の事情」がある場合に限り、製法限定が付加される。
(考え方)プロダクト・バイ・プロセス・クレームは、便宜上製法を用いて物を特定しているものの、あくまでも物の発明を示すクレームである。物自体に特許が付与されたのであるから、製法によって製造された物に限定して解釈する必然性はない。審査において、物質同一説に基づいて発明の要旨が認定され、かつ特許性が判断されて登録されたのであるから、権利範囲も、製法の別に拘わらず同一物に及ぶと解釈すべき。特許権者の利益重視。

製法限定説:

(定義)原則、クレームに記載された製法に限定して解釈する。
しかし、物を特定するために製造方法を記載せざるを得ない等といった「特段の事情」がある場合には、製法限定を外し、物質同一として判断する。
(考え方)特許発明の技術的範囲はクレームの記載に基づいて解釈すべきであるから(特許法70条1項)、クレームに記載された製法も必須の構成要素として、権利範囲を判断すべき。
「物質同一説」を採ると、製法で規定された物としての同一性を、訴訟の前段階では第三者が判断しなくてはならず、第三者が被る不利益が大きい。
3.審査基準

第II部第2章 新規性・進歩性 1.5.2(3) 

請求項中に製造方法によって生産物を特定しようとする記載がある場合には、その記載は最終的に得られた生産物自体を意味しているものと解する。したがって、請求項に記載された製造方法とは異なる方法によっても同一の生産物が製造でき、その生産物が公知である場合は、当該請求項に係る発明は新規性が否定される。

例「溶接により鉄製部材Aとニッケル製部材Bを固着してなる二重構造パネル」
 通常は溶接により固着された物と同一の構造の物は他の方法では得られない。

4.本件特許

特許番号:特許第3737801号
発明の名称:プラバスタチンラクトン及びエピプラバスタチンを実質的に
含まないプラバスタチンナトリウム,並びにそれを含む組成物

【請求項1】
次の段階:
a)プラバスタチンの濃縮有機溶液を形成し,
b)そのアンモニウム塩としてプラバスタチンを沈殿し,
c)再結晶化によって当該アンモニウム塩を精製し,
d)当該アンモニウム塩をプラバスタチンナトリウムに置き換え,そして
e)プラバスタチンナトリウム単離すること,
を含んで成る方法によって製造される,プラバスタチンラクトンの混入量が0.5重量%未満であり,エピプラバの混入量が0.2重量%未満であるプラバスタチンナトリウム。
(請求項2以下は従属項)

簡略化すると、「段階a~eによって高純度化した、不純物Xがx%未満かつ不純物Yがy%未満の薬品Z。」

* プラバスタチン

「-日本生まれの高脂血症治療薬-
血中コレステロールを低下させる。
6,000余りの微生物の生産物を注意深く調べた結果、1973年にメバスタチン(ML-236B)が発見された。ML-236Bはコレステロール生成経路全体の速度を決めているHMG-CoA還元酵素のみを強く阻害する。
作用がさらに強くなった動物体内代謝物が、親水性のプラバスタチン。

http://biotech.nikkeibp.co.jp/MUSEUM/31.html 参考

アンモニウム塩は水に溶解しやすく、有機溶液には溶解しにくい。プラバスタチンを有機溶液へ抽出し、塩基性水溶液へ逆抽出し、有機溶液へ再抽出する。一連の抽出、逆抽出、再抽出を行なうことでプラバスタチンを高純度する。

被告製品

プラバスタチンラクトンの混入量が0.2重量%未満であり,エピプラバの混入量が0.1重量%未満であるプラバスタチンナトリウム。
5.東京地裁での原告と被告の主張

・原告の主張の概略

アプロダクト・バイ・プロセス・クレームの権利範囲については,一般に,特許請求の範囲が製造方法により限定されたものであっても,特許の対象を当該製造方法によって製造された物に限定して解釈する必然はなく,これと製造方法は異なるが,物として同一である物も含まれる。すなわち,当該発明の技術的範囲は,請求項に記載された製造方法によって限定されるものではないと解される。
本件発明1のプラバスタチンナトリウムの構成は,「プラバスタチンラクトンの混入量が0.5(訂正後は0.2)重量%未満であり,エピプラバの混入量が0.2(訂正後は0.1)重量%未満であるプラバスタチンナトリウム」との記載により明確に特定されている。製造方法を考慮しなければ構成の特定ができないというものではない。
本件特許において,製造方法が請求項に記載されているのは,不純物の低減という困難な技術課題を克服して,実際に高純度のプラバスタチンナトリウムが得られたことを明確に示すためである。

・被告の主張の概略

プロダクト・バイ・プロセス・クレームにつき,大半の判決例においては,当該事案に即して,プロセス部分を考慮した上で,特許発明の権利範囲を確定している。プロダクト・バイ・プロセス・クレームは,新規物質ではあるが,その構造・組成が不明で製造方法によって限定する形式によらなければ,発明を適切に特定することができない場合等について,例外的に認められるのが原則である。
しかしながら,プラバスタチンナトリウムは,本件各発明の方法によることなく既に得られていた公知の物質である。構造式も明らかで,製造方法によって限定する形式によらなければ発明を特定することができない場合ではない。また,製造方法が公知技術の製造方法とは異なることをもってその特徴であると主張して,その結果,登録がされた経過がある。そうである以上,本件各発明の技術的範囲の解釈に当たっては,プロセス部分を除外すべきではない。
6.東京地裁の判断の概要
ところで,特許発明の技術的範囲は,特許請求の範囲の記載に基づき定めなければならない(特許法70条1項)ことから,物の発明について,特許請求の範囲に,当該物の製造方法を記載しなくても物として特定することが可能であるにもかかわらず,あえて物の製造方法が記載されている場合には,当該製造方法の記載を除外して当該特許発明の技術的範囲を解釈することは相当でないと解される。他方で,一定の化学物質等のように,物の構成を特定して具体的に記載することが困難であり,当該物の製造方法によって,特許請求の範囲に記載した物を特定せざるを得ない場合があり得ることは,技術上否定できず,そのような場合には,当該特許発明の技術的範囲を当該製造方法により製造された物に限定して解釈すべき必然性はないと解される。
したがって,物の発明について,特許請求の範囲に当該物の製造方法が記載されている場合には,原則として,「物の発明」であるからといって,特許請求の範囲に記載された当該物の製造方法の記載を除外すべきではなく,当該特許発明の技術的範囲は,当該製造方法によって製造された物に限られると解すべきであって,物の構成を記載して当該物を特定することが困難であり,当該物の製造方法によって,特許請求の範囲に記載した物を特定せざるを得ないなどの特段の事情がある場合に限り,当該製造方法とは異なる製造方法により製造されたが物としては同一であると認められる物も,当該特許発明の技術的範囲に含まれると解するのが相当である。

本件において,前記の「特段の事情」があるか否かについて検討するため、裁判所は「物の特定のための要否」と「出願経過」を分析しています

本件特許の請求項1は,「プラバスタチンラクトンの混入量が0.5重量%未満であり,エピプラバの混入量が0.2重量%未満であるプラバスタチンナトリウム」と記載されて物質的に特定されている。物の特定のために製造方法を記載する必要がないにもかかわらず,あえて製造方法の記載がされている。
そのような特許請求の範囲の記載となるに至った出願の経緯(特に,出願当初の特許請求の範囲には,製造方法の記載がない物と,製造方法の記載がある物の双方に係る請求項が含まれていたが,製造方法の記載がない請求項について進歩性がないとして拒絶査定を受けたことにより,製造方法の記載がない請求項をすべて削除し,その結果,特許査定を受けるに至っていること。)からすれば,本件特許においては,特許発明の技術的範囲が,特許請求の範囲に記載された製造方法によって製造された物に限定されないとする特段の事情があるとは認められない(むしろ,特許発明の技術的範囲を当該製造方法によって製造された物に限定すべき積極的な事情があるということができる。)。
したがって,本件発明1の技術的範囲は,本件特許の請求項1に記載された製造方法によって製造された物に限定して解釈すべきである。

技術的範囲に属するか否か

原告工程a)にいう「プラバスタチンの濃縮有機溶液」とは、水を含まないものと解するのが、相当である。被告製品は,原告工程a)を充足するとは認められないから,その余の点を判断するまでもなく,被告製品は,本件発明1の技術的範囲に属するとは認められない。
7.「物質同一説」と「製法限定説」の対立

中野論文によると、これまでの判決では「物質同一説」が多く採用されてきたものの、「物質同一説」がそのまま適用されて「侵害成立」が認められたケースはないそうです。理由は、1)プロダクト・バイ・プロセス・クレームによって特定される構造や特性を特許権者が立証することが事実上困難。2)包袋禁反言により、出願経過において製法に技術的意義があると主張して進歩性が認められて特許になった場合、物質同一が適用されなくなるためとのことです。

ただし「物質同一説」と「製法限定説」は、挙証責任をどちらが負うかという問題はあるものの、結論自体には大きな違いは生じないと考えられる。どちらも「特段の事情」がある場合には例外を認めるのであり、例外では逆の立場になるからである、とのことです。

8.実務上の指針

(1) どちらにしても、発明の対象とする物が、構成や性質で特定できる場合には、無用な製法限定を付加すべきではない。
(2) 出願人は、製法に特徴があることを主張して権利取得した場合には、権利解釈に製法限定が付加されることを覚悟する必要がある、とのことです。

9.参考論文、参考ブログ

・新判決例研究「プロダクト・バイ・プロセス・クレームの権利解釈-プラバスタチンNa事件-」、中野睦子弁理士、「知財ぷりずむ」Vol.8 No.94(2010年7月号)第174-184頁、財団法人経済産業調査会知的財産情報センター発行
・ 医薬系“特許的”判例ブログ
2010.03.31 「テバ v. 協和発酵キリン」 東京地裁平成19年(ワ)35324
プロダクト・バイ・プロセス クレームの技術的範囲とは?:
http://www.tokkyoteki.com/2010/08/20100331-v-1935324.html
・ 理系弁護士の何でもノート「平成19(ワ)35324号(東京地方裁判所平成22年03月31日判決)」http://iwanagalaw.blog.shinobi.jp/Entry/22/

以上