ヤクルト立体商標事件平成22年(行ケ)第10169号審決取消請求事件平成22年11月16日 知財高裁第1部|知財レポート/判例研究|弁理士法人オンダ国際特許事務所

ヤクルト立体商標事件平成22年(行ケ)第10169号審決取消請求事件平成22年11月16日 知財高裁第1部|知財レポート/判例研究|弁理士法人オンダ国際特許事務所

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ヤクルト立体商標事件平成22年(行ケ)第10169号審決取消請求事件平成22年11月16日 知財高裁第1部

(パテントメディア2012年1月発行第93号掲載)
弁理士 木村達矢

ヤクルト立体商標事件平成22年(行ケ)第10169号審決取消請求事件平成22年11月16日 知財高裁第1部 | 2012年

事案の概要

本件は、上記の右に示す立体商標につき平成20年9月3日に指定商品を第29類「乳酸菌飲料」として商標登録出願をしたところ、特許庁から拒絶審決を受けたことから、その取消しを求めた事案である。争点は、「使用をされた結果需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができるもの」に該当するか、である。なお、本件出願人は立体商標制度が導入された改正法施行日である、平成9年4月1日に本件と同一の立体商標について出願し、本件と同様に拒絶審決を受け、これに対する審決取消し訴訟を提起したが、「通常採用し得る形状の範囲を超えているとは認識し得ないから、商品の形状を「普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標」に当たる、原告の商品「ヤクルト」の容器が、その形状だけで識別力を獲得していたと認めるのは困難」として、拒絶審決が維持されている(東京高裁 平成12(行ケ)474号)。

事実の経緯
  • 昭和40年9月15日
    本件容器について意匠登録出願
    (意匠登録第409380号 昭和50年7月9日登録 意匠に係る物品 包装用容器)

ヤクルト立体商標事件平成22年(行ケ)第10169号審決取消請求事件平成22年11月16日 知財高裁第1部 | 2012年

  • 昭和43年7月1日 商品の販売を開始 
  • 昭和45年頃より、競合各社が類似容器で販売開始
  • 平成20年9月3日 本件出願
裁判所の判断
  • 立体的形状を有する使用商品にその出所である企業等の名称や文字商標等が付されていたとしても、そのことのみで上記立体的形状について商標法3条2項の適用を否定すべきではなく、上記文字商標等を捨象して残された立体的形状に注目して、独自の自他商品識別力を獲得するに至っているかどうかを判断すべきである。
  • 本件容器を使用した原告商品は、………驚異的な販売実績と市場占有率とを有し、毎年巨額の宣伝広告費が費やされ、特に、本件容器の立体的形状を需要者に強く印象付ける広告方法が採られ、発売開始以来40年以上も容器の形状を変更することなく販売が継続され、その間、本件容器と類似の形状を有する数多くの乳酸菌飲料が市場に出回っているにもかかわらず、最近のアンケート調査においても、98%以上の需要者が本件容器を見て「ヤクルト」を想起すると回答している点等を総合勘案すれば、………審決時点では、本件容器の立体的形状は、需要者によって原告商品を他社商品との間で識別する指標として認識されていたというべきである。
  • そして、………容器に記載された商品名が明らかに異なるにもかかわらず、本件容器の立体的形状と酷似する商品を「ヤクルトのそっくりさん」と認識している需要者が存在していること等からすれば、本件容器の立体的形状は、本件容器に付された平面商標や図柄と同等あるいはそれ以上に需要者の目に付きやすく、需要者に強い印象を与えるものと認められるから、本件容器の立体的形状はそれ自体独立して自他商品識別力を獲得していると認めるのが相当である。
実務上の指針
1 識別力要件の緩和化傾向

立体商標についての、3条2項(使用による識別力の獲得)は、制度導入当初は実際の商品に文字商標等が付されていることから、商品ないし容器が、その形状だけで識別力を獲得していたと認めるのは困難として、識別力が否定されていたが、マグライト、コカコーラ判決あたりから、実際の商品に文字商標等が付されていたとしても、立体的形状に注目して判断されるようになり、これは本件でも踏襲されている。このような判断は、今後定着するものと思われる。

2 アンケート調査の利用

本件では、アンケートが提出されており、「使用による識別力の獲得」の証明に重要な役割を果たしたと考えられる。ただし、アンケートはバイアスや誘導がかかり易いので、客観性の担保に留意して設計することが肝要と思われる。ちなみに、東京高裁 平成12(行ケ)474号でも、アンケートが提出されていたようであるが、このときは質問中に「ヤクルト」の文字があったようであり、アンケート対象者がその文言に誘導された可能性も否定できないことから、にわかには採用し難い、とされた。なお、本件は審決取消し訴訟であるから、被告(特許庁)が対抗アンケートを提出することが期待できないという事情もあった。

3 模倣品排除対策について

本件では、ヤクルトは、他社の類似容器の存在に対し適切な処置を講じてこなかったようである(マグライトやコカコーラは、類似商品に対して差止め請求等の対策を講じ、類似商品を排除していたようである)。この点、本判決は「取引者及び需要者がそれらの商品を先行商品の類似品若しくは模倣品と認識し、市場において先行商品と類似品若しくは模倣品との区別が認識されている限り、先行商品の立体的形状自体の自他商品識別力は類似品や模倣品の存在によって失われることはないというべきである」としている。ヤクルト容器の場合、類似品は「ヤクルトもどき」「ヤクルトそっくりさん」といったように認識されている。乳酸菌飲料は、店頭では各々の文字商標が大書されたラップで5~10本にパックされて販売されており、消費者が購買時にその出所を見誤ることはないと思われ、消費者は類似品をヤクルトと区別したうえで、容器形状はヤクルトに似ていると認識している。かかる認識は、ヤクルトの容器形状そのものに識別力があるということを示しているのではないかと思われる。とすれば、本件では、類似容器を放置しつつ、営業や宣伝努力で圧倒的なシェアと知名度を保持したことで、かえって類似容器を含めた範囲で立体的形状の識別力が獲得されていたといえないだろうか。

4 意匠権との関係

権利存続中については先願優位で調整規定があり、後願の権利が先願の権利に抵触するときは、後願の権利者はその実施又は使用をすることはできない(意匠法第26条、商標法第29条)。また、意匠権の存続期間満了後は、原意匠権者等は原権利の範囲内で商標を使用する権利を有する(商標法第33条の2及び同33条の3)。但し、不正競争の目的でされない場合に限られる。立体商標は周知である場合が多いと考えられるので、立体商標に近づく方向でのデザイン変更の場合、不正競争の目的があると認定されるおそれがある。なお、商標権者には混同防止表示請求が認められる(商標法第33条の2第2項)。
なお、自己の登録意匠との関係で二重保護にならないか、との議論がある。しかし、意匠は物品の外観の創作を保護し、商標は標識としての外観に化体した信用を保護するものであり、保護対象が異なり、二重保護には当たらないと考えられる。

5 商標権の行使

本件では、類似する容器が既に多数存在し、販売されている中で、立体商標が登録されたのであるが、これらの類似容器はどうなるのであろうか。実際の商品は、自社の商標がパッケージ等に大きく表示されているにもかかわらず(一種の打ち消し表示、混同防止表示といえよう。また、5本パック、10本パック等では、容器形状がかなり隠れた状態であるが、視認できないともいえないので、商標の「使用」を否定することはできないと思われる)、需要者には「そっくりさん」「~もどき」のように認識されている。とすると、需要者は、出所の混同はしていないが、形状自体は類似していると認識していると考えられる(実際には大きさや色も影響しているであろうが)。立体商標が、その形状に識別力が認められているのであるから、容器形状を使用している限り、(平面商標が複数併記されているのと同様)理論的には商標権の効力は及ぶと考えられる。としても、長い間市場で併存してきた商品については、結論的には権利行使は認められないように思われる。その理由付けは、非類似とするか、先使用権を認めるか、権利濫用等、いずれも座りはよくない。しかし、民事事件では、結論の具体的妥当性も求められるので、結局、原告と被告の利益衡量によることになるのではないか。そうすると、これまで市場で併存してきたのであるから(併存状態が模倣者の違法な行為によって形成されたともいえない)、差し止めを受ける被告の不利益が併存状態の継続による原告の不利益を大きく上回り、結論として非侵害とされるケースが多くなるように思われる。これに対して、今後新たに現れる類似容器に対しては、被告側の不利益は認められないので、立体形状を対比して類比判断されると思われる。

以上