判例研究「平成25年(行ケ)第10086号審決取消請求事件」|知財レポート/判例研究|弁理士法人オンダ国際特許事務所

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判例研究「平成25年(行ケ)第10086号審決取消請求事件」

(パテントメディア2015年9月発行第104号掲載)
弁理士 桑垣衛

今回は、特許庁において「進歩性なし」とされた判断(審決)が、裁判所で取り消された訴訟を紹介します。
この訴訟(注)では、特許出願人(マイクロソフト)が、審決を不服として特許庁を訴えました。

この出願の発明の名称は、「階段化されたオブジェクト関連の信用決定」です。ちょっと難しい名称ですね。でも、皆さんが利用 されているウィンドウズパソコンにも似たような機能が入っています。
インターネットはとても便利ですが、変なサイトにアクセスしてしまったり、ウイルスに感染したりする危険があります。
ネットワークに接続されたパソコンには、ウイルス対策ソフトが必要ですが、ウェブページを見るためのブラウザ(例えば、インターネットエクスプローラ)にも、セキュリティ対策が講じられています。
ブラウザを利用して、ウェブページにアクセスした場面を考えてみてください。このウェブページに特殊なオブジェクト(例えば、スクリプトプログラム)が含まれている場合、ユーザに対して注意喚起を行なうメッセージ(ダイアログ)が出力されます。
ただし、安全なサイトにアクセスした場合でも、いつもこのメッセージが出力されると面倒です。そこで、ブラウザには、利用するネットワークやアクセス先に応じて、メッセージを出したり、出さなかったりする仕組みが入っています。
マイクロソフトの出願は、このセキュリティ確保のための技術に関するものでしたが、似たような先行技術が見つかったため、この出願を特許庁は拒絶しました。

この出願では、ウェブページに含まれるオブジェクトの信用レベルを評価するようになっていました。出願書類の図面では、以下のようになっています。

判例研究「平成25年(行ケ)第10086号審決取消請求事件」 | 2015年

一方、引用文献に記載された先行技術は、利用するネットワークやアクセス先に応じたサイト登録の確認によってマイクロソフトのオブジェクト(ActiveX)を評価する仕組みでした。
ざっくりと、両者を対比してみると、以下のようになります。

判例研究「平成25年(行ケ)第10086号審決取消請求事件」 | 2015年

特許庁は、「サイトを[信頼済みサイト]に登録することにより、信用レベルを設定すること」と、「オブジェクトそのものの信用レベルを評価すること」とは同一視できると判断しました。
これに対して、裁判所は、「その判定の目的(セキュリティの確保)とするところが同一方向にあるからといって,両者の判定は技術理念としては異なるものであり,同一視することはできない」と判断しました。
セキュリティを判断するパラメータが違うということですね。
パラメータが違うのは事実ですが、セキュリティ上、問題になるのはオブジェクトであって、このオブジェクトは、ネットワークを介して接続される「サイト」から提供されます。この意味では、ネットワークやサイトの信頼度に基づいて、オブジェクトの信頼度を評価しているとも言えます。このように考えると、特許庁の考え方も理解できますので、「想到が容易かどうか」を争うと、判断は難しかったのではないかと感じます。
そこで、裁判所は、「技術理念としては異なる」と一刀両断にしたようにも思われます。
では、この「技術理念」とは何でしょうか。
「理念」の辞書的な意味は、「こうあるべきだという根本の考え」です。
「あるべき姿が違う」と言えば、「進歩性」の判断なんてできなくなります。
「技術理念」は、とても便利なマジックワードのような言葉ですが、不用意に使うと水掛け論になる危険な言葉のようにも思われます。
余談ですが、少し気になったのは、特許庁が利用した引用文献1です。
この引用文献1は、「基礎から固めるWindows セキュリティ 第1回 ActiveX コントロールとスクリプトの危険性 悪用されやすいIEの標準機能」でした。
すなわち、「引用文献」は、出願人であるマイクロソフトの技術に関するものでした。
マイクロソフト(本人)が「そもそも違う」と言うなら、「あるべき姿(技術理念)が違う…かも?」と思ってしまうのは私だけでしょうか。そんなことを、ちょっと考えさせられる判例の紹介でした。

以上


(注)
平成25年(行ケ)第10086号 審決取消請求事件
判決言渡:平成25年11月14日  口頭弁論終結日:平成25年10月31日
原告:マイクロソフト コーポレーション  被告:特許庁長官