判例研究会レジュメ(平成22年(ネ)第10043号特許権侵害差止請求控訴事件)判決言渡日:平成24年1月27日|知財レポート/判例研究|弁理士法人オンダ国際特許事務所

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判例研究会レジュメ(平成22年(ネ)第10043号特許権侵害差止請求控訴事件)判決言渡日:平成24年1月27日

(パテントメディア2012年5月発行第94号掲載)
弁理士 本田淳

1.はじめに

知財高裁の大合議としては3年半ぶりの判決です。
http://www.ip.courts.go.jp/documents/g_panel.html

プロダクト・バイ・プロセス・クレームの大合議判決であり、「真正プロダクト・バイ・プロセス・クレーム」と「不真正プロダクト・バイ・プロセス・クレーム」とが議論されました。真正~は短くいえば「物質同一説」(製法で限定解釈しない。でも例外あり)であり、不真正~は「製法限定説」(製法で限定解釈する。これも例外あり)です。つまり真正~の方が広い解釈ですが、真正~に該当すると主張する者は、「物の特定を直接的にその構造又は特性によることが出願時において不可能又は困難である」と立証すべきであり、立証できないときには不真正~と解釈される、と明確化されました。クレームに製法を書き込むことで特許になったという出願経過の参酌(禁反言)の影響が大きいようです。 大合議判決が出る前の地裁判決の段階で既に、中野睦子先生の論文(www.saegusa-pat.co.jp/info/nakano/nakano_1007.pdf)(PDFファイル)には「物質同一説」と「製法限定説」の違いや、プロダクト・バイ・プロセス・クレームの時代による変遷が大変詳しく説明されていますので、中野論文をまとめながら解説いたします。

(肩慣らし)試験勉強で教わったブロダクト・バイ・プロセス・クレーム:複数のボルトを対角線の順に締め付けることでタイヤを車軸に取付けた車両。
効果:タイヤが外れにくい。(構造クレームでは表現し難い・・・)

2.「物質同一説」と「製法限定説」

物質同一説:

(定義)原則、クレームに記載された製法に限定されず、物として同一であれば権利が及ぶと解釈する。
しかし、製法に特許性が認められて特許になったといった「特段の事情」がある場合に限り、製法限定が付加される。

(考え方)プロダクト・バイ・プロセス・クレームは、便宜上製法を用いて物を特定しているものの、あくまでも物の発明を示すクレームである。物自体に特許が付与されたのであるから、製法によって製造された物に限定して解釈する必然性はない。審査において、物質同一説に基づいて発明の要旨が認定され、かつ特許性が判断されて登録されたのであるから、権利範囲も、製法の別に拘わらず同一物に及ぶと解釈すべき。特許権者の利益重視。

製法限定説:

(定義)原則、クレームに記載された製法に限定して解釈する。
しかし、物を特定するために製造方法を記載せざるを得ない等といった「特段の事情」がある場合には、製法限定を外し、物質同一として判断する。

(考え方)特許発明の技術的範囲はクレームの記載に基づいて解釈すべきであるから(特許法70条1項)、クレームに記載された製法も必須の構成要素として、権利範囲を判断すべき。
「物質同一説」を採ると、製法で規定された物としての同一性を、訴訟の前段階では第三者が判断しなくてはならず、第三者が被る不利益が大きい。

3.審査基準

第II部第2章 新規性・進歩性 1.5.2(3)

請求項中に製造方法によって生産物を特定しようとする記載がある場合には、その記載は最終的に得られた生産物自体を意味しているものと解する。したがって、請求項に記載された製造方法とは異なる方法によっても同一の生産物が製造でき、その生産物が公知である場合は、当該請求項に係る発明は新規性が否定される。

4.本件特許

特許番号:特許第3737801号

【請求項1】
次の段階:
a)プラバスタチンの濃縮有機溶液を形成し,
b)そのアンモニウム塩としてプラバスタチンを沈殿し,
c)再結晶化によって当該アンモニウム塩を精製し,
d)当該アンモニウム塩をプラバスタチンナトリウムに置き換え,そして
e)プラバスタチンナトリウム単離すること,
を含んで成る方法によって製造される,プラバスタチンラクトンの混入量が0.5重量%未満であり,エピプラバの混入量が0.2重量%未満であるプラバスタチンナトリウム。

簡略化すると、「段階a~eによって高純度化した、不純物Xがx%未満かつ不純物Yがy%未満の薬品Z。」

*プラバスタチン

「-日本生まれの高脂血症治療薬-
血中コレステロールを低下させる。
作用が強くなった動物体内代謝物が、親水性のプラバスタチン。

http://biotech.nikkeibp.co.jp/MUSEUM/31.html 参考

5.東京地裁での原告と被告の主張
  • 原告の主張の概略

アプロダクト・バイ・プロセス・クレームの権利範囲については,一般に,特許請求の範囲が製造方法により限定されたものであっても,特許の対象を当該製造方法によって製造された物に限定して解釈する必然はなく,これと製造方法は異なるが,物として同一である物も含まれる。すなわち,当該発明の技術的範囲は,請求項に記載された製造方法によって限定されるものではないと解される。

  • 被告の主張の概略

プラバスタチンナトリウムは,本件各発明の方法によることなく既に得られていた公知の物質である。構造式も明らかで,製造方法によって限定する形式によらなければ発明を特定することができない場合ではない。また,製造方法が公知技術の製造方法とは異なることをもってその特徴であると主張して,その結果,登録がされた経過がある。そうである以上,本件各発明の技術的範囲の解釈に当たっては,プロセス部分を除外すべきではない。

6.東京地裁の判断の概要

本件特許の請求項1は,「プラバスタチンラクトンの混入量が0.5重量%未満であり,エピプラバの混入量が0.2重量%未満であるプラバスタチンナトリウム」と記載されて物質的に特定されている。物の特定のために製造方法を記載する必要がないにもかかわらず,あえて製造方法の記載がされている。
そのような特許請求の範囲の記載となるに至った出願の経緯(特に,出願当初の特許請求の範囲には,製造方法の記載がない物と,製造方法の記載がある物の双方に係る請求項が含まれていたが,製造方法の記載がない請求項について進歩性がないとして拒絶査定を受けたことにより,製造方法の記載がない請求項をすべて削除し,その結果,特許査定を受けるに至っていること。)からすれば,本件特許においては,特許発明の技術的範囲が,特許請求の範囲に記載された製造方法によって製造された物に限定されないとする特段の事情があるとは認められない。
したがって,本件発明1の技術的範囲は,本件特許の請求項1に記載された製造方法によって製造された物に限定して解釈すべきである。

7.「物質同一説」と「製法限定説」の対立

中野論文によると、これまでの判決では「物質同一説」が多く採用されてきたものの、「物質同一説」がそのまま適用されて「侵害成立」が認められたケースはないそうです。理由は、1)プロダクト・バイ・プロセス・クレームによって特定される構造や特性を特許権者が立証することが事実上困難。2)包袋禁反言により、出願経過において製法に技術的意義があると主張して進歩性が認められて特許になった場合、物質同一が適用されなくなるためとのことです。
ただし「物質同一説」と「製法限定説」は、挙証責任をどちらが負うかという問題はあるものの、結論自体には大きな違いは生じないと考えられる。どちらも「特段の事情」がある場合には例外を認めるのであり、例外では逆の立場になるからである、とのことです。

8.知財高裁大合議によるプロダクト・バイ・プロセス・クレームの解釈

「真正プロダクト・バイ・プロセス・クレーム」と称されるのは、「物の特定を直接的にその構造又は特性によることが出願時において不可能又は困難であるとの事情が存在するため、製造方法によりこれを行っているとき」です。「不真正プロダクト・バイ・プロセス・クレーム」と称されるのは、「物の製造方法が付加して記載されている場合において、当該発明の対象となる物を、その構造又は特性により直接的に特定することが出願時において不可能又は困難であるとの事情が存在するとはいえないとき」です。本事案では、「物の特定を直接的にその構造又は特性によることが出願時において不可能又は困難である」とは立証できないため不真正~であるとしてクレームが限定解釈され、地裁の結論が支持されました。

9.実務上の指針

(1) いずれにしても、発明の対象とする物が、構成や性質で特定できる場合には、無用な製法限定を付加すべきではない。
(2) 出願人は、製法に特徴があることを主張して権利取得した場合には、権利解釈に製法限定が付加されることを覚悟する必要がある、とのことです。

10.参考論文、参考ブログ
  • 新判決例研究「プロダクト・バイ・プロセス・クレームの権利解釈-プラバスタチンNa事件-」、中野睦子弁理士、「知財ぷりずむ」Vol.8 No.94(2010年7月号)第174-184頁、財団法人経済産業調査会知的財産情報センター発行
    www.saegusa-pat.co.jp/info/nakano/nakano_1007.pdf (PDFファイル)
  • 医薬系“特許的”判例ブログ 2010.03.31 「テバ v. 協和発酵キリン」 東京地裁平成19年(ワ)35324
    プロダクト・バイ・プロセス クレームの技術的範囲とは?:
    http://www.tokkyoteki.com/2010/08/20100331-v-1935324.html

以上