限定公開【判例研究】令和2年(ネ)第10042号 損害賠償請求控訴事件(「車両誘導システム」事件)|知財レポート/判例研究|弁理士法人オンダ国際特許事務所

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限定公開【判例研究】令和2年(ネ)第10042号 損害賠償請求控訴事件(「車両誘導システム」事件)

2025年6月23日掲載
弁理士 鈴木祥悟

 

1. はじめに

 令和2年(ネ)第10042号 損害賠償請求控訴事件について紹介いたします。本判決の原審である平成31年(ワ)第7178号は、被告システムが本件特許発明の技術的範囲に属さないと判断しました。これに対し、本判決は、被告システムが本件特許発明の技術的範囲に属すると判断しました。

 本判決の控訴人(特許権者)は有限会社PXZで、被控訴人は東日本高速道路株式会社です。発明の名称は「車両誘導システム」です。関連する権利番号は、特許第5769141号(本件特許2)、特許第6159845号(本件特許1)です。発明の内容を簡単にいうと、ETC専用レーンと一般車用レーンとがある有料道路料金所において、ETC専用レーンに間違って進入してしまった車両を一般車用レーンに誘導できるシステムです。

2. 本件特許1

 本件特許1の内容を次に説明します。本件特許1と本件特許2の請求項の重複する構成が本判決のポイントですので、本件特許2の請求項(本件特許1の請求項+遮断機1-2、図9)の説明を省略します。

本件特許1の課題の欄の記載

 本件特許1の課題の欄の記載を簡単に説明しておきます。ETC車でない一般車が誤ってETC車専用レーンに進入した場合や、ETC車の車載器の通信に失敗した場合、開閉バーが下りて進行出来なくなるので、車両を止めで係員を呼び出す必要があります。これにより、料金所の渋滞が助長され、ETCの本来の目的に沿わなくなります。また、開閉バーが下りて通行を止められた車両が、レーンからバック走行をして出ようとすると、後続の車両と衝突するおそれもあり、非常に危険といったものです。以下の図1は、先行技術も含むETCシステムの図です。

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本件特許1の請求項1の説明に入る前の前置き

 原審では「第1の遮断機(遮断機1)」が「通信手段(ゲート前アンテナ3)」よりも入口側にあるという、後掲の図3のものに限定して解釈しました。これに対し、本判決では、本件特許1の請求項には、これらの位置関係を特定する記載はないから、「第1の遮断機」、「第1の検知手段」及び「通信手段」が設置される位置関係を原審のように限定する理由はないとしました。

 本件特許1の請求項は、一般道路から有料道路に入るという構成だけでなく、一般道路からサービスエリアやパーキングエリアに入るというパターンや、一般道路から有料道路に入るだけでなく、有料道路から一般道路に出るというパターンも含まれています。ここでは、少し簡略化して、本件特許1の図3(後掲)の「一般道路から有料道路に入る」という構成に絞って説明いたします。以下の本件特許1の請求項1について取り消し線を私の方でつけましたが、これは、係る「一般道路から有料道路に入る」という構成以外は簡単のため無視するという趣旨です。

本件特許1の図3(左側)と、図4に相当する一部拡大図(右側)

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本件特許1の請求項1(括弧書きはわかりやすさの観点から筆者が追加)

 A1 有料道路料金所、サービスエリア又はパーキングエリアに設置されている、ETC車専用入口からりをする車両を誘導するシステムであって(レーンA→DはETC専用、レーンB、Cは一般車用)、

 B1 前記有料道路料金所、サービスエリア又はパーキングエリアりをする車両を検知する第1の検知手段(車両検知装置2a)と、

 C1 前記第1の検知手段(車両検知装置2a)に対応して設置された第1の遮断機(遮断機1)と、

 D1 車両に搭載されたETC車載器とデータを通信する通信手段(ゲート前アンテナ3)と、

 E1 前記通信手段(ゲート前アンテナ3)によって受信したデータを認識して、ETCによる料金徴収が可能か判定する判定手段(コンピュータ)と、

 F1 前記判定手段(コンピュータ)により判定した結果に従って、ETCによる料金徴収が可能な車両を、ETCゲート(ETCゲート5)を通って前記有料道路料金所、サービスエリア又はパーキングエリアに入る、または前記有料道路料金所、サービスエリア又はパーキングエリアから出るルートへ通じる第1のレーン(レーンD)へ誘導し、ETCによる料金徴収が不可能な車両を、再度前記ETC車専用入口手前へ戻るルート又は一般車用入口に通じる第2のレーン(レーンE)へ誘導する誘導手段(遮断機4-1、遮断機4-2)と、を備え、

 G1 前記誘導手段(遮断機4-1、遮断機4-2)は、前記第1のレーン(レーンD)に設けられた第2の遮断機(遮断機4-1)と、前記第2のレーン(レーンE)に設けられた第3の遮断機(遮断機4-2)と、を含み、

 H1 さらに、前記第2の遮断機(遮断機4-1)を通過した車両を検知する第2の検知手段(車両検知装置2c)と、前記第3の遮断機(遮断機4-2)を通過した車両を検知する第3の検知手段(車両検知装置2d)と、を備え、

 I1 前記第1の検知手段(車両検知装置2a)により車両の進入が検知された場合、前記車両が通過した後に、前記第1の遮断機(遮断機1)を下ろし、前記第2の検知手段(車両検知装置2c)により車両の通過が検知された場合、前記車両が通過した後に、前記第2の遮断機(遮断機4-1)を下ろすことを特徴とする

 J1 車両誘導システム。

 

3. 被控訴人のシステム

 被控訴人のシステム(被告システム1~4)のうち、被告システム1(乙SAスマートICの上りレーン入口)について説明いたします(後述のステップS101は本件特許1とは無関係ですので取り消し線をつけました)。

被告システム1の構成要素及びその位置関係

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被告システム1の動作フロー

 (ステップS101)一般道路からレーンaに進入する車両は、車種識別ユニット⑪をノンストップで通過することにより、軸数、車長等のデータが取得されて、課金のための車種識別が行われる。

 (ステップS102)車種識別ユニット⑪を通過した車両は、更に車両検知器⑫設置部に至り、

黄色と黒の縞模様が付された開閉バーによって構成される発進制御機①(開閉バー①)の手前で一旦停車する(その時点で発進制御機[開閉バー]①、④、⑤は閉じている)。

 (ステップS103)車両が車両検知器⑫設置部に進入することにより、路側無線装置③の通信機能が稼動し、路側無線装置③と車両に搭載されたETC車載器との間で無線通信が行われ、車載器情報がチェックされて、課金のための入口情報が書き込まれる。

 (ステップS104)無線通信が可能な場合は、開閉バー①が開くと共に、レーンb前方の発進制御機[開閉バー]④が開き(発進制御機[開閉バー]⑤は閉じたまま)、車両は乙SA内へ前進する。

 (ステップS105)車両検知器②が車両の通過を検知すると開閉バー①が閉じ、車両検知器⑥が車両の通過を検知すると開閉バー④が閉じる。

 (ステップS106)無線通信が不能又は不可の場合は、運転者に対し、インターホンによる音声でその旨の報知がなされ、レーンd手前の発進制御機[開閉バー]①及び⑤が人的操作によって開かれ、車両は退出ルートdに退出する。

筆者コメント

 本件特許1と被告システム1を比較してみますと、第1の遮断機(遮断機1)⇔開閉バー①、第1の検知手段(車両検知装置2a)⇔車両検知器②、通信手段(ゲート前アンテナ3)⇔路側無線装置③のように対応しています。被告システム1では路側無線装置③の方が開閉バー①よりも入口側である一方、本件特許1の明細書では逆となっています。

 被告システム1のステップS106によると、路側無線装置③とETC車載器との無線通信が不能の場合は、運転者に対し、インターホンによる音声でその旨の報知がなされ、レーンd手前の発進制御機[開閉バー]①及び⑤が人的操作によって開かれ、車両は退出ルートdに退出するとあります。係る記載を読みますと、ETCが使えないと分かった時点(車両は、開閉バー①の手前にいる)でルートdを使うことなく、バック走行するドライバーが出てくる懸念があるようにも思えてきます。このため、原判決の「第1の遮断機(遮断機1)が、ETC利用可か否かを判定することを目的とした通信を行うための通信手段(ゲート前アンテナ3)よりも入口側になければならない」という判断も間違っていないように思えます。

4. 原判決
本件特許1の明細書の記載

「【発明が解決しようとする課題】
【0006】
 (中略)現時点では全車両がETCシステム対応車ではないので、有料道路の料金所のレーンには、「ETC専用」と表示されたETC車専用レーンと、「ETC一般」と表示されたETC車も一般車も混在して通れるレーンと、「一般」と表示されたETCシステムを利用出来ないレーンとが混在している。このため、一般車が誤ってETC車専用レーンに進入する場合が起こり得る。(以下略)
【0007】
 更に、ETC車であっても、その車載器が路側アンテナと正常通信が出来ない場合も起こり得る。例えば、車載器に対するETCカードの未挿入、不完全挿入、直前挿入等の場合である。
【0008】
 このような場合、開閉バーが下りて進行出来なくなるので、車両を止めてインターホンで係員を呼び出す必要がある。これにより、料金所の渋滞が助長され、ETCの本来の目的に沿わなくなる。また、開閉バーが下りて通行を止められた車両が、レーンからバック走行をして出ようとすると、後続の車両と衝突するおそれもあり、非常に危険である。」

「【課題を解決するための手段】
【0010】
 従って、本発明は、一般車がETC車用出入口に進入した場合又はETC車に対してETCシステムが正常に動作しない場合(路側アンテナと車載器の間で通信不能・不可)であっても、車両を安全に誘導する車両誘導システムを提供することを目的とする。
【0011】
 更に本発明は、ETCシステムを利用した車両誘導システムにおいて、例えば、逆走車の走行を許さず、或いは先行車と後続車の衝突を回避し得る、安全な車両誘導システムを提供することを目的とする。」

原判決における判断

 従来技術を踏まえた本件各発明における技術的課題の1つとして、車両の逆走を許さず後続の車両と衝突するおそれを防止するというものがあり、本件各発明は、これを解決できる構成を採用したものであることが認められ、そうである以上、少なくともその「第1の遮断機」は、料金所等のETC車用レーンに進入した車両が、「通信手段」とのやりとりの結果ETC車用レーンから離脱させるべき車両と判定される可能性に備えて、「通信手段」よりもETCレーンの入口側に位置して、車両の進入が検知された場合にはこれが下りることにより、進入した車両のバック走行を止める構成であることが必要というべきである。すなわち、「第1の遮断機」との構成は、本件各発明の課題解決原理(技術的思想)に照らして検討するときは、「通信手段」よりもETCレーンの入口側に位置することが必要というべきであり、料金所等への車両の進入が検知された場合に、その遮断機を下ろすことにより、目標とする進路への通行を止められた車両のバック走行及び後続車との衝突防止を図ることができる点に、その技術的意義があるものというべきである。

 しかして、被告各システムにおいては、第1の遮断機(発進制御機①)は、通信手段(路側無線装置③)の先に配置されており、かかる被告各システムの構成によっては、目標とする進路への通行を止められた車両のバック走行及び後続車との衝突防止を図ることはできない。

 以上によれば、被告各システムは、本件各発明の「第1の検知手段」及び「第1の遮断機」と、「通信手段」との位置関係に関する、構成要件B1、C1、D1、B2、C2、D2をいずれも充足しないものというほかない。

原判決における、原告の主張についての判断

 原告は、本件各発明においては、「第1の遮断機」と「通信手段」との間には必然的な位置関係が存在するわけではなく、本件各発明の課題は「第2のレーン」を備えていれば解決することができるなど主張する。

 しかし、前記説示のとおり、「第1の遮断機」との構成は、本件各発明の課題解決原理(技術的思想)に照らして検討するときは、「通信手段」よりもETCレーンの入口側に位置することが必要というべきであり、料金所等への車両の進入が検知された場合に、その遮断機を下ろすことにより、目標とする進路への通行を止められた車両のバック走行及び後続車との衝突防止を図ることができるというその技術的意義は、「第2のレーン」を備えてさえいれば果たされるものということはできない

 以上によれば、原告の上記主張を採用することはできない。原告のその余の主張も、上記説示を左右するものではない。

5. 本判決における控訴人(特許権者)の主張

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