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「パテントメディア」

知財マンの心理学12 人生脚本4

2017年5月
会長 弁理士 恩田 博宣

1) 始めに

引き続き「人生脚本」を取り上げます。人の行動のパターンや思考パターンを支配する基本的ポジション(パテントメディア103号参照、当所HPでご覧いただけます)のほかに、同じように人の行動やものの考え方を規制する人生脚本があります。

基本的ポジションは生まれてから3歳くらいまでの間に主として、育ての親である母親との関係で形成されます。一方、「人生脚本」は3歳から14歳くらいまでの間に経験する心理的に強い印象を残す出来事によって形成されるといわれています。

前回は、プラスの人生脚本「豪放磊落、九死に一生、滅私奉公、人間信頼」を持つJさんの話でした。戦艦大和乗船中に上官をぶん投げてしまっても、おとがめなしであった話、同じく戦艦大和の最後の玉砕の出撃の日、艦長に説得され退艦させられた話等、印象に残る劇的なものでした。多くの方に読んでいただいたようで、「こんなすごい話があるのですねえ」等との感想が寄せられました。
勝海舟の脚本に非常によく似たプラスの脚本例でした。

2)人生脚本にはどんなものが

前回までにいくつか例示した人生脚本を、復習のため以下に掲載します。
禁止令といわれるもの
1.存在してはいけない
2.所属してはいけない
3.成長してはいけない
4.独り立ちしてはいけない
5.成功してはいけない
6.重要であってはいけない
7.健康であってはいけない
8.楽しんではいけない
9.幸福になってはいけない

ドライバーといわれるもの
1.急げ
2.完璧であれ

人生にプラスの影響を与える脚本
1. 九死に一生
2.人間信頼
3.豪放磊落
4.世のため人のため
5.滅私奉公
6.素直に

3)成功してはいけない

今回は「成功してはいけない」という脚本の事例を3つ紹介します。

3−1)美人ゴルファーのこと

もう40年以上前のことです。ローラ・ボーという美人ゴルファーがいました。筆者の唯一の趣味はゴルフで、彼女の載ったカレンダーが日本で一世を風靡した当時、それを部屋に飾ったことがあります。古い話で恐縮ですが、何しろ筆者はもうすぐ80歳という高齢ですので、なにとぞご容赦を。

彼女は1955年生まれで、2歳の頃からゴルフに親しみ、スポーツマンで、プロ並みのゴルファーだった父から手ほどきを受け、子供の頃から色々な大会で、好成績を挙げていました。しかし、彼女が13歳のとき両親が離婚し、フロリダからカルフォルニアに移転、生活苦のためゴルフは思うにまかせず、ゴルフコースに忍び込んでプレーしたそうです。その後、ジュニア選手権で優勝し、プレー代の心配はなくなりました。そして1971年、16歳の時に全米女子アマチュアゴルフ選手権で優勝しています。

その頃、ボーの美貌と斬新なファッションは評判を呼び、多くのCMに出演していました。LPGA(全米女子プロゴルフ協会)ツアーには18歳にならないと出場できないということで、日本ツアーに参戦のため来日しました。日本でも美人ゴルファーとしての評判は非常に高く、トーナメントでは優勝できなかったものの、多くのテレビ番組に出演し、雑誌のグラビアを飾りました。特にアーノルド・パーマーの娘役としてCMに出演したのは有名でした。
1973年、いよいよLPGAツアーに参戦し、その年、ルーキー・オブ・ザ・イヤーに選ばれます。しかし、その後、たびたび2位になることはあったものの、優勝することはできませんでした。

1979年のメイフラワー・クラッシックでは、ホリス・ステーシーとサドンデスプレーオフまでもつれ込んだのですが、負けています。このように彼女はLPGAではどうしても優勝できなかったのです。24年のプロゴルフ歴の中で、何と2位が10回、ベスト10入りは66回もありました。

このような戦歴を見ると、筆者には彼女の人生脚本として「成功してはいけない」が見えてくるのです。
もちろん、幼少のころからゴルフの才能を発揮し、成績優秀を貫き、美人ゴルファーとして1972年にはゴルフダイジェストの「モスト・ビューティフル・ゴルファー」に選ばれたり、多くのCMに出演したりもしました。これだけでも大きな成功ということができます。

しかし、プロゴルファーとして活躍している頃から、彼女はアルコール依存症となり、精神的な弱さが指摘されました。
推測の域を出ませんが、父からのゴルフの指導育成には、問題がなかったとしても、離婚に至る両親の不仲が、ボーの心の生育に及ぼした影響は大きいといえます。もし、父が母に対して、暴力を振るうとか、暴言を吐くとか、浮気をするとかをしたとします。そして、その行状の一部始終をボーが見て、父親の理不尽を感じます。その中で父から母に対して、「お前なんかと結婚したから、俺の人生はめちゃくちゃになった。お前と一緒にいては不幸になる」等という言葉があったりすると、ボーが「お母さんと一緒では不幸になる、成功はない」等と決断することはありえたわけです。そして、さらに、母親から父親の問題点について、あれこれ四六時中吹き込まれたりします。そうしますと、ゴルフの試合中、ここが勝負という重要な場面になると、お母さんと一緒ということが脳裏に去来し、精神集中を欠き、優勝への道が閉ざされてしまうという結果を招来するというわけです。
精神的な弱さが、生育過程、特に両親の離婚に関する家庭内の障害が、ボーに影響して生じたことはまず間違いないでしょう。

その後のアルコール依存症も、この精神的な弱さが出て来たものと思われます。彼女は結婚していますが、やはり2回離婚しています。
それもおそらく両親の離婚によるマイナス面すなわち、母親から吹き込まれた父親のマイナス面の像を夫の中に見たのが影響しているといえそうです。
ゴルフで勝てない精神の構造に影響したともいえそうです。

3−2−1)目標を持たない(Y君のケース)

これも古い時代になりますが、筆者の事務所で起こった、当所の実務スタッフ(当時)のY君の話です。
実務スタッフとは特許明細書の補助者で、筆者のところへ書き上げた明細書原稿をチェックのために持ってきます。このY君は月に何件やるかという目標をどうしても決めようとしませんでした。

そこで筆者はY君を呼んで、「どうして目標を決めないのか」と問いただしたところ、彼は「決めたくない」というのです。筆者は「君だって、いずれは家を持ちたいとか、こんな家庭を作りたいとか、あんな車に乗りたいとか、色々達成したい目標があるだろう。仕事だって同じだよ。5年後10年後どうなっていたいかという目標を持たなければならないし、そのためには今年どこまでやるか、今月何件やるか、というように目標を決めるのは当然じゃないか」と訊きました。

すると、Y君は言うのです。「目標を立てて達成できないよりは、目標を立てない方がよい」と。彼にいろいろ尋ねてみますと、彼は厳しい父親に育てられ、手伝わないといっては叱られ、勉強の成績が悪いといっては責められ、いたずらをしたといっては叩かれ、のべつまくなしに否定的な仕打ちを受けてきたというのです。

野球が好きで、本当に頑張ったにもかかわらず、レギュラーにはしてもらえませんでした。中学では勉強で何とか上位に入ろうと努力したのに、果たぜず、先生から目をかけられることもなかったそうです。
ワンランク下の高校へしか入れなかったY君は、絶対に一流大学へ入ると誓って3年間頑張ったのですが、結果としては不本意な大学へしか入れませんでした。
さらに、ある女性と結婚し、満足のいく家庭を作るという目標を掲げたのに、2年足らずで離婚の憂き目をみるといった失敗の経験を重ねたのです。不運と言ってしまえば、それまでなのですが、筆者としては、潜在意識に焼き付けられた脚本「成功してはいけない」がどうしようもなく自動的に表れてしまう行動パターンの仕業だと思えました。

Y君はこのような経験から、「目標なんか立てるから失敗するのだ。立てなければ失敗等ありえない」「常に一生懸命やればいいのだ」と決断し、固く信ずるようになったのです。

筆者がY君に説得を試みようと、「同じ大学を目指すにも、始めから『T大学の医学部に入るのだ』と目標を鮮明にして頑張るのと、高3になってから自分の成績と相談して受験する大学を決めるのとでは、格段の差がつくよ。目標をたてることは非常に大事なんだぞ」と説明しても、Y君は頑として目標を立てることに反対しました。それだけY君の失敗の痛手は大きかったのだろうと思われます。
このケースは「成功してはいけない」のパターンが潜在意識にまで浸透してしまった典型的な事例だといえます。

3−2−2)Y君の背景

Y君に幼児期のことを訊いてみると、Y君の父は非常に厳しく、Y君のことをついぞ認めることがなかったそうです。Y君の父親に対する感情は恐ろしいほど否定的なものに形成されていました。いつもいつも、「お前はだめだ」「それくらいのことで喜ぶな」と精神的にも肉体的にも父親から否定的な仕打ちを受けるとともに、度重なる失敗の経験から、「自分は成功しない」という条件づけを受け、深く潜在意識に畳み込まれてしまったものと思われます。

Y君は自分より年上で目上の男性に対しては、常習的、自動的に反対をします。あるとき筆者が「一つ提案があります」と言った際、まだ内容を言わないうちに、「反対です」と言い出したことすらあったのです。Y君の潜在意識は筆者の中に父親の姿を見ていたのではないかと思います。「父親の提案など聞く前にわかるさ。ろくでもない提案しかしないんだろう」とでも言いたげでした。

そんなY君でしたが、筆者とは全く馬が合わなかったものの、心理カウンセラーである筆者の家内とは非常にうまくやっていました。潜在意識に畳み込まれた否定的イメージの恐ろしさを感じたものでした。
Y君ほどの重症例は少ないと思うのですが、誰にも1つや2つの失敗の経験があります。それを潜在意識はよく覚えていて、ひょっこり顔を出すことがあります。それは通常、自信のなさや苦手意識という形で現れます。

例えば、筆者はあるゴルフコースの16番ホールでティーショットをするとどうしても、ボールが右方向へ出てしまいます。わかっているので、左へ打とうと構えるのですが、どうしても右へ出てしまうのです。これは過去に何回も左へ打って谷底へ行ってしまった経験から、左が怖いと体(潜在意識)が覚えており、どうしても左へは打たせないということが起こっているのです。
男性が勇気を出して、初めて女性をデートに誘い、冷たくあしらわれて恥をかいたとします。その男性はその経験が邪魔をして、2回目に女性を誘うことがなかなかできないということになります。

3−3−1)再就職希望(Sさんのケース)

これも当所であった話です。筆者の事務所の国際部に就職してきた才女Sさんのことです。彼女は一流大学の教育学部を卒業し、小学校の先生になりました。しかし、海外留学の夢を捨て難く、2年ほどで小学校の先生を退職して、カナダへ2年間の留学をしました。その間に語学力も相当なものとなりました。帰国後、筆者の事務所の求人広告を見て応募してきました。
Sさんは応募者数人の中から選ばれただけあって、大変優秀でした。米国特許弁護士の秘書業務と、明細書の翻訳、通訳等が彼女のメインの仕事でした。

しかし、非常に優秀な彼女でしたが、いざ通訳のときになると、緊張のあまり食事がのどを通らなくなり、英語もなかなか出ないのです。「どうしたの」と訊くと、「しっかりやらなくてはいけない。間違ってはいけない。と思うと緊張してしまうのです」というのです。
「そんな完璧でなくていいし、会話なんか大体は皆わかっていて、間違ったら訂正してもらえるからいいじゃないか。食事くらい落ち着いて取れよ」というのですが、緊張は取れそうにありません。
「もう少しリラックスできるように、自己啓発セミナーで面白いのがあるけど、どうかな。受けてみない?多分極度の緊張感は取れると思うんだけど」しかし、「どうも宗教みたいでうさん臭いからやめときます」といって、アドバイスは空振りに終わりました。

給与は相当高く、やっている仕事内容からいっても、彼女に仕事への不満があるとは思えませんでした。彼女自身の口から、「母が『本当にいい職場が見つかってよかった』と言っています」と報告を受けたことがあったくらいです。
就職から3か月もたたないある日、彼女は「この仕事は私に向いていないので、辞めさせて欲しい」と申し出てきました。
筆者は大変驚きました。いろいろ事情を訊いてみると、「米国特許弁護士の秘書や日常の仕事を十分こなすのに私は力不足である。だからご迷惑をかけるので辞める」というのです。
筆者は「完璧なんて決して期待していない。一歩ずつ成長していってくれればいい」と何度も説得したのですが、彼女は翻意することなく、退職していきました。そして、Sさんは何度も「もっと勉強して力をつけたら、もう一度応募します」と言い残したのでした。

周囲の客観的な状況をつかめず、自分の思い込みのみで、周囲と調和していないと決め込んで決断し行動する姿は、変わったパターンですが、一種の「成功してはいけない」の事例であるといえます。

3−3−2)Sさんの背景

Sさんの生い立ちについて、インタビューしたところ、お母さんが彼女の「成功してはいけない」の脚本に大いに関わっていることが分かりました。
Sさんは、小さい頃から、お母さんが何もかもやってくれたと言うのです。彼女は自分を「ずいぶんわがままだったし、たいていお母さんがやってくれた」と言います。小学校5年生のとき、皆で決めた花壇のお世話当番をわざとやらずに帰ってしまったことがあったそうです。そのとき先生に叱られたのに口答えまでしてしまい大きな問題になったのですが、そのときもお母さんが、菓子箱をもって先生の所に謝りに行ってくれたというのです。そのようなことが何回もあったのを覚えているそうです。

反面、お母さんはSさんに対して、「ちゃんとしなさい」「もっと頑張りなさい」「それくらいで喜んではだめよ」「どうして○○ちゃんなんかに負けるの」と、いつも完璧を求めたのです。そして、Sさんができなかったり、途中であきらめたりすると、「しょうがない子ねえ」と、ぶつぶつ言いながらも、後始末をしてくれたそうです。確証はありませんが、お母さんがSさんに、「やり遂げなくてもいい。お母さんが後始末をしてくれる」という脚本を作らせてしまったようにも思えます。
退職当日、Sさんは筆者の所へ挨拶に来ました。その時彼女は、意外に明るくさばさばと「お母さんたら、今朝『あなた今日が最後でしょう。あなたには理想的な職場なのに、辞めてしまうなんて信じられないわ』と言ったんですよ」と話していきました。

筆者には、Sさんが「また、後のことはお母さんが面倒を見てくれるわ」といっているように思えてなりませんでした。「やり遂げなくてもいい」という脚本は、「成功しなくてもよい」「成功するな」に通じています。
その後のSさんの消息はわかりませんが、結婚も子育ても「やり遂げなくてもいい」の脚本が、無意識に表れて、中途半端になったのではないかと想像してしまいます。そのときお母さんがしゃしゃり出て、いつも後始末をしてくれるということが、お母さんが亡くなるまで続いたということも想像に難くありません。
潜在意識に定着した負の脚本の恐ろしさを表しています。

4)知財部では

上記の「成功してはいけない」の脚本を持つ3人が知財部に配属されたとしたら、一体どうなるでしょうか。
ローラ・ボーのように優秀ではあるが、最終的には勝てない脚本の持ち主Lさんが知財部に配属されたとします。彼女は配属当初は、大変優秀で自分の領分の仕事をきっちりこなし、知財部での地位も上がっていきます。しかし、課長となって、侵害事件を任され、その事件のトップとして、采配を振るったときに、精神面の弱さが表れます。相手方弁理士との交渉で、厳しい論争をする段になると、どうしても持ち前の力が発揮できず、部下が一生懸命補助するものの、相手の言い分を聞き入れてしまうようなことが起こるのです。

事前には容易に勝てると予想する知財部員が多かったにもかかわらず、最終的に和解でまとまった結論は、最初の予想とは異なり、どう見てもかなり不利な内容になってしまった、というようなことも起こるでしょう。最終的にどうしても勝ちパターンには到達できないといったことが推測できます。
目標を立てないという上記Y君が知財部員になったとしたならば、どうでしょうか。知財部に所属しても、「目標は立てません」と頑強に言い張ったならば、居場所がなくなってしまうのではないかと心配されます。彼を部下に持つ課長としては、彼の実務能力をよく知ったうえで、与えた仕事を何日くらいで処理できるかを予想し、「○日までに完了せよ」と命令することによって、Y君を有効に使うことができるかもしれません。しかし、何らかのプロジェクトのリーダーを任せるようなことはできないでしょう。

Sさんはどうでしょうか。いずれは知財部で中心的な活躍をするであろうと期待されて知財部に配属されます。彼女の過去の経歴からして、知財部全体から大きな期待がかけられます。しかし、肝心な場面になると、どうも本来の実力が発揮されません。例えば、アメリカで起こった重大訴訟事件について、アメリカ人弁護士が来社して、対策会議が開かれることになったとします。知財部長がアメリカ人弁護士の言っている意味を正確に理解したいときにのみ、確認するという役でした。そのような場面は2・3回しかなかったのですが、どうもピンとこない役割しか果たせませんでした。しかし、知財部長はもっと経験を積めば、一人前になるだろうと考えていました。しかし、配属1年もたたないのに、彼女は他部署への配属替えを申し出てきたのでした。部長はあれやこれやと知財部に残るよう説得を試みましたが、もっと実力をつけてから、もう一回知財部に来ますといって、他部署に移っていくことになりました。

一旦潜在意識に刷り込まれてしまった、「成功してはいけない」は、無意識のうちに行動となります。行動を司る考え方になります。恐ろしいと感じます。

以上

2017年5月発行 第109号

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