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「パテントメディア」

知財マンの心理学

2013年9月
会長 弁理士 恩田博宣

1.始めに

今回から数回にわたって、交流分析(TA=Transactional Analysis)に関する数冊の書籍を参考にして、この理論を特許事務所や知的財産部で働く知財マンの人間関係に応用したらどうなるかについて、述べてみたいと思います。

交流分析(TA)はアメリカの精神分析医エリック・バーン博士(1910〜1970)が開発した心理学の一種といえます。
人は人間関係なしでは生きられません。人生のあらゆる場面において、他人との関係において、人生は進行します。その人間関係がうまくいくこともあるでしょう。反対にうまくいかず、大いなる悩みになる人間関係もしばしば生じます。むしろこのような問題となる人間関係の方が多いといっても過言ではありません。

自分がどのような人間であるか、問題のある人間関係、行動、思考、感情はどうして起こるのか、それは一体どこから来ているのか、何が原因なのか。それはTAを学び、自身の思考、行動、感情を分析するうちに、次第に明らかになっていきます。そうすると自分や、同僚、部下の問題のある行動の原因、理由が明らかになっていきます。そうして、自らの思考、行動、感情を修正し、より生産的で明るく、有意義な人間関係を築いていくことができるようになるのです。
それを特許事務所や知的財産部における言動に焦点を当て、TA的な分析により、知財マンの人間関係の良化向上にチャレンジしようというのが本稿です。

筆者は心理学者ではありませんし、大した研究をしたわけでもありません。ただ、40年ほど前、良好な人間関係が築けず、大いに悩んだ頃、このTAに出会い、自身の行動、考え方がどういうものであって、何が災いしているかが分かり、少しはその状況を改善できたという経験があります。専門家ではないので、大いなる脱線もあろうかと思います。ご容赦ください。

2. TA概要

次回から順次詳しい説明をするとして、今回はTA全体を概観したいと思います。TAは自己分析により自分を知り、問題のある言動を修正し、よりよき人生を送ろうというものですが、この目的を実現するためにいくつかの分析手法があります。それらは次の7つになります。

2−1) 自我状態分析

重要特許出願ということで、知財部長吉田さんが明細書のクレームをチェックしています。特許事務所から送られてきた出願前の明細書を知財部員小島君が修正して、吉田部長に最終チェックをお願いしたものです。吉田部長の顔は険しくなっています。
「小島君ちょっと来たまえ。なんでこんな限定を入れたのかね。範囲がえらく小さくなってしまっているじゃないか。事務所案の方がまともじゃないか。」

同じ吉田部長に社長から電話がかかりました。吉田部長は「はい、例のアメリカにおける侵害事件の問題は現地代理人との打ち合わせを完了いたしておりまして、全く心配することはないとの見解を得ております。」と、冷静に応えています。

同期入社の開発部長永井さんから、電話がかかりました。吉田部長は嬉しそうに「この間のゴルフ、君と同じパーティだったものだから、優勝できたよ。うん、先日話し合った、例の製品開発の件、最優先で出願をやっているよ。任せてくれ。ゴルフのお礼をしたいから、週末に一杯やろう。」

この吉田部長の3種類のやり取りは、同じ部長でも、心の状況は明らかに違っています。この心の状況を分析するのが、自我状態分析です。

第1の批判がましく人をコントロールしようとしているのは、両親(parentなので、Pの状態といっています)の心の状態です。
第2の冷静に大人として、人と接しているのは、大人(adultなので、Aの状態といっています)の心の状態です。
第3の無邪気に子供っぽく友人との話に興じているのは、子供(childなので、Cの状態といっています)の心の状態です。
いずれも同じ人でありながら、別人のような態度で人と接しています。

今現在の自分の心の状況、「これが私である」という状態を「自我状態」といいます。この自我状態を親P、大人A、子Cの種類に分けて分析して行くのが自我状態分析です。

2−2) やり取り分析

部下の野口君が吉田知財部長のところにやってきました。

「部長、甲特許事務所には緊急出願の件で大変協力をしてもらいました。徹夜してやってもらっただけではなしに、その品質も最高でした。感謝の意味でお褒めの言葉をかけられてはどうかと思いますが、いかがでしょうか。」

「そうだ、そうだ。本当によくやってもらった。あれは実に立派だ。近いうちに甲事務所訪問の予定があるので、しっかり感謝の意向を伝えるよ。」

このやり取りは、人間関係に全く問題の生ずることのないやり取りです。前記のP、A、Cの心の状態でいうならば、野口君も吉田部長もAの状態でやり取りをしているといえます。

では次のようなやり取りはどうでしょうか。
前記のように、野口君が吉田部長に対して、甲事務所のお褒めを進言したのに対して、「甲事務所の中間対応はそんなに立派かね。お得意さんが困っているときに、協力するのは当たり前じゃないかね。当社も年間を通じて大量の出願依頼をしているのだから、たまには協力してもらわねばね。」と、反応したとしますと、野口君の心の状態はAであったのですが、吉田部長の状態は批判のPの状態といえます。

前者のようなやり取りは、順調に続くのですが、後者のやり取りは、気まずくストップしてしまうやり取りです。
このような人のやり取りの交流を分析していくのが、やり取り分析です。

2−3) ストローク

ストロークというのは、辞書によると「なでる、さする、愛撫する」等の訳が出てきます。TAでは人に対して関心を示すことをいいます。また、人から得られる関心、刺激のことをいいます。

人から示される関心は、言葉もあり、態度もあります。褒める等肯定的なものもありますが、叱る等の否定的なものもあります。
人はこのストロークなしでは、育つことはないし、極端にいえば生きることすらできなくなるのです。人はストロークが少なくなってしまうと、ストローク飢餓の状態となり、否定的なストロークであってもこれを求めて、例えば、後述の心理的ゲームを仕掛けることになるのです。

母親から十分な面倒を見てもらえずに育った子が大人になります。そして、母親となったとします。しかし、子供心が抜けきれず、遊ぶのに忙しく、子供をほっておいて遊び歩きます。その子供には十分なストロークが与えられないために、発育が極端に遅れていってしまうのです。身体的な発育も、言葉を覚えるとか、しつけの面とかすべて遅れてしまうのです。こうなるとその子供は人を避けるようになったり、孤立してしまい、また話す、歩く、排泄する、考えるといった人としての基本的な機能すら怪しくなっていってしまうのです。

昔の話ですが、インドでオオカミに育てられた女の子が偶然見つかったことがありました。その子はオオカミと同じように4つ足で動き回り、人間が近づくと牙を見せるように歯を見せて威嚇するのです。心理学者が持てる知識すべてをもって努力しても、その子が人間としての姿に戻ることはなかったといいます。すなわち、その子はオオカミに育てられ、オオカミからのストロークのみを受けたために、オオカミになってしまったのです。ストロークの重要性を示しています。
この人が示す、また人が受ける関心について分析していくのが、ストロークです。

2−4) ディスカウント

吉田部長が「君の今日のネクタイは素晴らしいじゃないか。センスがいいぞ。そのスーツにもぴったりだ。」と褒めたのに対して、小島君は、「いやいや、このネクタイは安売りの店で、1,000円で買ったものですよ。お褒めいただくような代物ではありません。」と応えました 。

ごく普通にある会話です。しかし、TA的にみると、いささかの心理的な問題を含んでいるのです。というのは、小島君はせっかく部長が褒めているのに、その価値観をディスカウントしてしまっているのです。すなわち、台無しにしてしまっているのです。それだけではありません。1,000円のネクタイしか買えない自分の価値までディスカウントしてしまっているのです。

小島君はへりくだって言っているつもりなのでしょうが、吉田部長の評価を無視ないしは軽視してしまっています。吉田部長はせっかく褒めたのに、それをひっくり返されてしまって、なんとなく気分がよくありません。謙遜のつもりで「安物です」といった小島君も後味が悪い思いです。

無意識にこのようなディスカウントが行われている職場は、活性化しません。
もっと強烈に相手の存在を無視、軽視するようなことも行われることがあります。

良好な人間関係を継続させるには、ディスカウントがどのようなやり取りをいうのか理解し、ディスカウント(相手を無視ないし軽視する行動、態度、思考)を極限までなくしていく必要があります。

2−5) 対人関係における基本的な構え

人は生まれてから3歳くらいまでに、両親、特に母親との関係で人生をどう生きるかについて、基本的なポジションを決めているといいます。

(1) I’m OK. You’re OK,
(2) I’m not OK. You’re OK.
(3) I’m OK. You’re not OK.
(4) I’m not OK. You’re not OK.

これら4つのポジションです。そして、無意識のうちにこのポジションに従って行動し、思考し、対人関係を構築していくというのです。専門的なケアを受けない限り、このポジションは原則一生続きます。

知財部員鈴木君はライセンス交渉に最も向いていると、吉田部長は感じています。特に相手企業から特許の実施権をもらわなければならないようなとき、厳しい条件を突きつけられたりします。そんなときでも鈴木君は相手の立場をよく理解したうえで、冷静に他社との条件や同社との逆のライセンス契約の条件を引合いにだしたりして、穏やかに、冷静に交渉を進めることができます。まとまった契約条件は結構うまくいっていることが多く、部長からの厚い信頼を得ています。この鈴木君が(1)のケースです。

山田君は自信がないように見えます。先日も特許権の侵害事件について、無効理由調査を担当させたところ、日ならずして吉田部長のところへやってきた山田君が言うのです。「もし、有効な無効資料が見つからなければ、当社は大きなダメージを受けることになります。そんな重要な調査を私がリーダーでやるのは、とても自信が持てません。失敗したら大変なことになります。不安でしょうがないのです。協力はしますので、トップを交代させていただけませんか。私なんかよりは鈴木君がいいと思いますが。」この山田君が(2)のケースです。

石田君は有能であるし、自信たっぷりに見えます。しかし、時として反抗的な面があって、知財部では今一つ人望がありません。うまくいかないときには、部下や特許事務所のせいにすることが目立ちます。特許事務所に対する苦情も多いようです。吉田部長が「石田君、知財部のQCだけど、目標未達になったようだな。2次対策を打って、目標達成というわけにいかなかったのか。」と問いただしたのに対して、「部長、そうおっしゃるのはよく分かりますが、今回の課題は大変難しいものでした。これは実際に担当した者でないとわからないと思います。部長のおっしゃるほど簡単なものではないんですよ。」といささか反抗的な返事をしています。この石田君のケースが(3)のケースです。

特許事務所からの明細書の品質が少し悪いとき、届出書の充実度や面談時のやり取りに問題があるケースもあるのですが、大谷君は特許事務所が全て悪いように決めつけてしまいがちです。
大谷君は、吉田部長としては最も扱いにくい部下です。ちょっと叱ろうものなら、「そんなこと言われましても、私にはとてもできません。無理です」とふさぎ込んでしまい、会話さえもままならなくなってしまうことがあります。かといって、おとなしいかというと、些細なことで同僚といさかいを起こすことが多く、自分の方から自分の居所をなくすような方向へ持っていこうとしているようにさえ思えるのです。吉田部長としては「大谷はどうも知財部には向かないな。」と、思い始めています。この大谷君のケースが(4)のケースです。

このような人との関係が一生続くというのです。(1)以外は問題のあるケースです。もし、「あなたは(2)に該当しますよ」と専門家から指摘されたならば、それをはっきり意識して、対人関係を構築して行くことによって改善の余地があろうというものです。

2−6) 心理的ゲーム

A国際特許事務所の所長である加藤弁理士のところへ、新人弁理士の山岡君がやってきます。加藤所長と山岡君のやりとりです。

山岡君 「所長、最近、明細書をどのように書いたら発明を浮き彫りにするようなレベルの高い明細書を書けるのか、迷い悩んでいるんです。何かよいアドバイスはないでしょうか。」
加藤所長 「君の明細書は、なかなか立派だと思うよ。しいて言うなら、従来技術の所をもう少し丁寧に説明をして、本発明を引き立たせるような配慮をしてはどうかね。」
山岡君 「それは、前に所長にお聞きしたことがあり、もう、とっくにやっていますよ。」
加藤所長 「そうか、まあ従来技術の裏返しになるが、効果の記載が詳しすぎて、へたをすると限定解釈されかねないと感ずる時が、ときどきあるから、この点に気をつけたらどう。」
山岡君 「それがですね、私はもう少し短く書きたいんですが、依頼者が書け書けって言うんですよ。」
加藤所長 「じゃあ、クレームの記載を思想的に大きくとらえることはできないかね。君のクレームはどちらかというと実施例に近いものが多いね。」
山岡君 「それには、私は何回も挑戦したんですよ。しかし頭の悪い私には、とっても所長のようなクレームは作れませんよ。無理ですよ。」
加藤所長 「私が気づいたのはそれくらいだが、私や先輩の書いた明細書や有名事務所の明細書を読んで自分で勉強したらどうだね。明細書の書き方の本も出ているよ。」
山岡君 「私にはとてもそんな明細書を読む時間はありませんよ。所長もご存じでしょう。私が遅くまで残業しているのを。」
加藤所長 「君は私の所へ何しに来たんだね。君がいちいちそんな反論するんじゃ、もう私にはアドバイスなんかできんよ。」
山岡君 「そうですか・・・。」

このようにして、加藤所長も山岡君もいやな気分になります。加藤所長は最後に口走ったように、「どうして素直に私の言うことを一つくらい聞けないのだろう。いやな奴だ。」と思うし、山岡君も「所長を怒らせちゃったな。こんなはずじゃなかったのに。」と思ってしまうのです。

しかし、どうしてこんなことが起こるのかというと、TAでは、このようなやりとりを心理的ゲームといいます。上記のゲームを「うん、でもゲーム」といいます。

仕掛けたのはもちろん山岡君です。そしてこのやりとりでは、どこまでいっても山岡君は「それはいいアドバイスです。早速やってみましょう。」とは言わないのです。

山岡君の隠れたねらいは、「私に役立つアドバイスなどさせるものか。」というもので、仕掛けられる加藤所長も(所内の明細書の質を高めなければならない。)とか(部下の相談に乗るのは上司の務め。)というような弱みを持っています。

しかし、このやりとりは山岡君も「仕掛けて困らせてやれ。」という立場ではなく、本当によい明細書を書くにはどうしたらよいかと思って、所長に聞きに行ったのです。しかしながら、無意識(潜在意識)の部分では(おれの明細書はすごいんだ。たくさん書いているし、依頼者の信用も厚い。最近、あまり明細書を書かない所長なんかよりも、おれの方が上だぞ。役立つアドバイスなんかできっこないよ。)というような(私はOKだけど、あなたはOKでない。)という気持ちがあったと思われます。所長が「もう、私にはできんよ。」と言った時点で、山岡君の潜在意識のねらいである「私に役立つアドバイスなどさせるものか」というねらいは達せられたのです。

心理的ゲームは多くの典型的な事例があります。上司と部下の間でいつも行われ、後味が悪いミーティング、同じようなことでいつも行われる夫婦げんかや、兄弟げんか等、人とのやりとりの中で、普通気づかないのですが、結構多いのがこの心理的ゲームです。

2−7) 時間の構造化

我々は朝起きて夜寝るまで、どのように時間を使っているのでしょうか。朝食→通勤→仕事→昼食→仕事→通勤→夕食→一家団欒→就寝のようでしょうか。もちろんその人その人によって千差万別です。

通常我々は、常に何らかの形で無駄な時間は過ごしたくない、少しでも有意義な時間を過ごしたいと願っています。また、退屈な時間は出来る限り早く通りすぎてしまいたいものです。
そう願う心が我々の時間の使い方を、その人その人によってパターン化、一律化してしまっていることがあります。例えば、あなたが出張中に1時間の空白の時間ができたとします。どのように過ごしているか想像してみてください。

喫茶店に入って、それまでに終わった仕事の報告書をしたためますか。休憩のためボーッと流れる音楽に耳を傾けますか。会社へ連絡をとり、近所で立ち寄る訪問先はないか等指示を得ようとしますか。近辺を散策しますか。近所のデパートへ入り、最近のデパートの様子を何気なく調べますか。それともゴルフショップで新しいクラブを探しますか。ギャラリーで絵でも見ますか。たまたま見つけたパチンコ店へ入りますか。もっと他にやることがありますか。

たいがい、人はそれぞれその時間を有効に過ごそうとしているにもかかわらず、その人その人によってその時間の使い方は無意識のうちにパターン化してしまっています。
我々が自分の時間をできる限り有意義に使おうとしているのに、不本意に時間が流れていくほどつらいことはないし、実に不愉快なものです。

また、我々の時間は社会に出て地位が上がるに従って、だんだんこまぎれ的に寸断されるようになります。非常に緻密な構造化が必要になってきます。その緻密さに適応できない場合には、ノイローゼの危険も待ち受けていることになります。

また、この時間の構造化(有意義化といってもよいでしょうが)はストローク(前述のストロークです。人の存在を認めるための行動や働きかけ。関心を示すこと。)と密接な関係があります。人間はストロークを得るために一生を送るといってもいいくらいです。すなわち、言い方を変えれば、人間はストロークなしでは生きてはいけない程なのです。従って人はストロークの不足する、いわゆるストローク飢餓の状態におかれると、否定的なストローク(叩く、叱る、おこる、制止する)でもいいからもらいたいと思うようになります。

すなわち、人間はこのストロークを得るために時間を構造化するといういい方もできるのです。
TAでは時間の過ごし方のあらゆる場合を、

(1)自閉(ひきこもり)
(2)儀礼(儀式)
(3)雑談(気晴らし)
(4)活動(仕事)
(5)心理的ゲーム
(6)親交(親密)

の6つに分類しています。
詳細については、次回以降に説明したいと思います。

2−8)人生脚本

演劇は劇作家が脚本を書いて、それを俳優が監督のイメージに基づいて演ずるものです。
TAでは我々の人生も一定の脚本に基づいて、我々自身の潜在意識が監督になって間違いなく演じられていくといいます。
前述の基本的ポジションも一生続く脚本には違いないのですが、TAではこれと「人生脚本」を区別しています。
基本的ポジションは、母親が身ごもってから、だいたい3歳まで位の間に特に母親との人間関係で形成されるもので、人との係わりの基本態度として、

(1) I’m OK, You’re OK.
(2) I’m not OK, You’re OK.
(3) I’m OK, You’re not OK.
(4) I’m not OK, You’re not OK.
を持つというものでした。

しかるに、「人生脚本」はそれ以降、だいたい12〜14歳位までに自分にとって精神的に大きな事件とか、+にしても−にしても両親その他の人との継続的な交わりの中で生じてきます。すなわち、遭遇した事件や交わりの中で感じ決断したことが潜在意識に焼きつけられて、一生の間その脚本に基づいて人生を演ずるというのです。しかし、人生脚本は潜在意識にあるだけですので、顕在意識で意識されることはなく、人生は終わります。TAを学ぶことにより、多くの人生脚本の事例をひも解くうちに、「ひょっとしたら自分の脚本はこれかな」と気づくこともあるのです。

筆者の脚本は
(1)急げ
(2)重要であってはいけない
(3)所属するな
等です。これらはTAのセミナーに参加して、指摘され分かったのですが、その時以降はっきりと自分でも意識できています。

(1)の「急げ」はどこで決断したかは明らかではありませんが、太平洋戦争末期昭和20年7月9日岐阜市は米軍のB29爆撃機の空襲を受け、焼け野原になりました。筆者は小学校1年生、降り注ぐ焼夷弾の中を命からがら逃げ延びた時の経験から、「いつ死ぬかもしれない。即決断し、即実行。」がインプットされた可能性があります。
結果として、今もその脚本は次のように現れます。いいアイディアが提案されたようなときには、筆者は「すぐやれ」と命令します。
ゴルフで前を行くグループのプレーが遅いとすぐマーシャルカーを呼ぶといった具合です。先日もあまりに前が遅いので、マーシャルカーを呼んで注意をしてもらったところ、その人たちは、ハーフを1時間45分で回っていたとても速いグループでしたので、こちらが平謝りに謝るといった失敗談もありました。(2)(3)の脚本には、次のような経験が思いあたります。

小学校3年生のころ、可愛くて勉強もよくできる女の子が転校してきました。あっという間にその子を中心にクラスが動くようになったのですが、なぜか筆者はその輪の中に入れませんでした。気づいた時には仲間はずれになっていたのです。多分その時の決断だと思われます。しかし、日ならずして、その子はまた転校していきました。クラスの雰囲気が元に戻り、筆者は救われたのでした。
筆者は特許事務所の会長ですから、当所職員と集合写真を撮るようなときは、当然最前列の真ん中に陣取ってもいいわけですが、TAを学ぶ前は最後列の隅っこへ行ったものです。それが知らず知らずのうち自動的にそのような行動が出てくるのです。

人はそれぞれ、必ず自分の脚本を持っています。自分の脚本がどんなものか知ることに興味を持たれたことでしょう。多くの事例を挙げて詳しく説明したいと思います。
多くの場合、TAは以上の7つに分けられます。次回より1または2項目ずつ説明をしたいと思います。

3. 参考書

筆者は次に掲げる文献を参考に、本稿を書かせてもらっています。
(1)新しい自己への出発 岡野嘉宏・多田徹佑 共著(社会産業教育研究所)
(2)交流分析の基礎 中江延江・田副真美・片岡ちなつ 共著(金子書房)
(3)TA TODAY(最新・交流分析入門)イアン・スチュアート ヴァン・ジョインズ 共著 深沢道子訳 実務教育出版
(4)人生ドラマの自己分析 杉田峰康 著 創元社
(5)新しい交流分析の実際 杉田峰康 著 創元社

2013年9月発行 第98号

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