【判例研究】 『知財高裁平成22年(ネ)第10076号 商標権侵害差止等請求控訴事件』 『東京地裁平成30年(ワ)第22428号 不正競争行為差止等請求事件』の考察|知財レポート/判例研究|弁理士法人オンダ国際特許事務所

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【判例研究】 『知財高裁平成22年(ネ)第10076号 商標権侵害差止等請求控訴事件』 『東京地裁平成30年(ワ)第22428号 不正競争行為差止等請求事件』の考察

(パテントメディア2022年1月発行第123号掲載)
弁理士 佐久間勝久

 2020年7月22日付の経済産業省による「令和元年度内外一体の経済成長戦略構築にかかる国際経済調査事業(電子商取引に関する市場調査)」の取りまとめによると、以下のように記されています。
『令和元年の日本国内のBtoC-EC(消費者向け電子商取引)市場規模は、19.4兆円(前年18.0兆円、前年比7.65%増)に拡大しています。また、令和元年の日本国内のBtoB-EC(企業間電子商取引)市場規模は353.0兆円(前年344.2兆円、前年比2.5%増)に拡大しています』
 コロナ禍の収束見通しが立たない中、電子商取引に関する市場は2021年にはさらに拡大しているはずであり、今後も発展していくことは間違いないと思われます。
 このような状況の下、電子商取引のプラットフォームを提供する事業者(以下、EC事業者)は、正規品販売事業者及び需要者を保護すべく、出店された模倣品を迅速に排除する必要があります。
 今回注目した判例は、共に「模倣品として告発された商品」についてのEC事業者の取扱が問われた事件です。

1.知財高裁平成22年(ネ)第10076号 商標権侵害差止等請求控訴事件(原審・東京地裁平成21年(ワ)第33872号)
  
(1-1)事案の概要

 EC事業者である被控訴人(一審被告:楽天株式会社)は「楽天市場」を運営している。

 「楽天市場」では、『複数の出店者から買物ができるインターネットショッピングモール』であって、『出店者の各々がウェブページ(出店ページ)を公開し、当該出店ページ上の「店舗」(仮想店舗)で商品を展示し販売』するようになっている。

 本件は、控訴人(一審原告(商標権者):イタリア法人(Perfetti Van Melle S.p.A))が、上記インターネットショッピングモールの出店者による模倣品の販売は、

・控訴人の商標権の侵害

・控訴人の周知著名な商標の表示を利用した不正競争行為

に当たるとしてEC事業者である被控訴人に対して

・差止請求(商標法第36条第1項、不競法第3条第1項)

・損害賠償金請求(民法第709条、不競法第4条)

を求めた事案である。

 なお、裁判所が商標権侵害有との認定に至った事実については、当事者間で争いはない。

 

(1-2)判決(2012年2月14日判決言渡)について

※主文抜粋

『本件控訴を棄却する。』

(EC事業者は商標権の侵害も不正競争行為も行っていないとの認定)

※裁判所の判断抜粋

  • 商標権侵害の有無について

出店者による「楽天市場」への出店は,「商品・・・に標章を付したものを・・・譲渡若しくは引渡しのために展示した」(商標法2条3項2号)ものとして,一審原告の上記商標権を侵害することになる(同法37条)。

 

  • 一審被告による「楽天市場」の運営は一審原告の本件商標権侵害となるか

<判断基準の提示>

『商標権を侵害する行為は商標法違反として刑罰法規にも触れる犯罪行為であり,ウェブページの運営者であっても,出店者による出品が第三者の商標権を侵害するものであることを具体的に認識,認容するに至ったときは,同法違反の幇助犯となる可能性がある

ウェブページの運営者は,商標権侵害行為の存在を認識できたときは,出店者との契約により,コンテンツの削除,出店停止等の結果回避措置を執ることができる

『ウェブページの運営者は,商標権者等から商標法違反の指摘を受けたときは,出店者に対しその意見を聴くなどして,その侵害の有無を速やかに調査すべきであり,これを履行している限りは,商標権侵害を理由として差止めや損害賠償の責任を負うことはないが,これを怠ったときは,出店者と同様,これらの責任を負うものと解される

<事実関係>

ウェブサイトを運営する一審被告としては,商標権侵害の事実を知ったときから8日以内という合理的期間内にこれを是正したと認めるのが相当である。』

(商標権侵害の是正とは、インターネットショッピングモール内での侵害品の展示の削除のことをいう)

<知財高裁判断>

本件の事実関係の下では,一審被告による「楽天市場」の運営が一審原告の本件商標権を違法に侵害したとまでいうことはできないということになる。』

 

  • 一審被告による「楽天市場」の運営が一審原告に対する不正競争行為となるか

<知財高裁判断>

『一審原告は,(中略)本件各標章が付された本件各商品が,一審原告の製造販売ないしライセンスに係る商品であるとの誤認,混同が現に生じており,少なくともそのおそれがあるとして,不正競争防止法2条1項1号及び2号に基づく不正競争行為がある旨主張する。』

一審被告の本件での対応を前提とすれば,一審被告による「楽天市場」の運営が一審原告に対する不正競争行為に該当するとはいえず,(不正競争行為がある旨の)上記主張は理由がない。

※赤字、太字及び下線については筆者にて追記

 

(1-3)まとめ

 EC事業者は、

「出店者との契約により、出店停止等の結果回避措置を執ることができる」

場合には、

・商標権侵害の事実を知ったときから

・一週間前後の合理的期間内に商標権侵害の有無を調査して侵害品の展示の削除等の是正を行う

ことにより、商標権の侵害(かつ不正競争)はないと認定されると言えます。

 

2.東京地裁平成30年(ワ)第22428号 不正競争行為差止等請求事件
 
(2-1)事案の概要

 原告(ワールドトレーディング株式会社)は、EC事業者であるアマゾンジャパン合同会社(以下「アマゾン社」)の運営するインターネットショッピングサイトにBalzano Japan株式会社(以下「バルジャノ社」)が開設した仮想店舗を通じて原告の登録商標「COMAX」等を付した枕やマットレス等の商品を販売している。

 原告は商標登録第5799133号を保有しており、その登録商標は「COMAX」(標準文字)であって指定商品は第20類のマットレス,まくら,クッション,座布団,家具(類似群コード17C01 20A01)である。

 原告と競争関係にある被告(株式会社COMAX JAPAN)は、自らのウェブサイト等にて枕やマットレス等を販売している。

 被告は、アマゾン社から「Amazonブランド登録」サービスの説明を受けた。同サービスを利用すれば、サービス利用者の申告に基づいて、同利用者の商標権を侵害する商品の出品のキャンセルが可能となる。

 被告は、当該サービスの登録フォーマットに、被告の商標登録第5848611号等に基づく商標権を原告が侵害している旨の申告を行った。

 商標登録第5848611号の登録商標は「COMAX」(標準文字)であって指定商品は第17類の天然ゴム及びゴム(類似群コード34B01)である。

 上記申告を受けたアマゾン社は、インターネットショッピングサイトから原告の商品をキャンセルするとともに、被告の申立内容及び出品の再開には被告による同申告の取り下げが必要である旨をバルジャノ社(仮想店舗開設者)に連絡した。

 連絡を受けたバルジャノ社は、アマゾン社に対して

・「COMAX」の商標登録を保有する原告から仕入れた商品の出品がキャンセルされたこと

原告が保有する「COMAX」の商標登録の登録証のスキャンデータ、及び当該商標登録の指定商品が出品をキャンセルされた枕やマットレス等であること

被告が保有する商標登録の指定商品は天然ゴム等であること(出品をキャンセルされた商品とは非類似であること)

等を反論して出品の再開を求めた。

 バルジャノ社の反論内容を慎重に審査したものの、アマゾン社はバルジャノ社に対して、

再出品は認められないこと

出品の再開には被告による申告の取り下げが必要であること

・紛争の当事者ではないため、アマゾン社は出品者の法的権利の有効性や妥当性について直接の助言はできないこと

等を回答した。

 なお、争点は

(争点1) 被告の申告が虚偽事実の告知(不競法2条1項21号の不正競争行為)に当たるか

(争点2) 被告の申告に起因する原告の損害の有無(注:損害額についても争われているが本稿では検討しない)

である。

 

(2-2)判決(2020年7月10日判決言渡)について

※裁判所の判断抜粋

  • 争点1について

『本件申告は原告商品が被告各商標権を侵害していることを趣旨とするものであると認めるのが相当である。』

『原告各商標は(中略)標準文字の「COMAX」から構成されるものなどであり,いずれも「第20類 マットレス,まくら,クッション,座布団,家具」を商品区分とするものであるところ,原告商品は,いずれも第20類に属する枕,マットレス等であって,原告各商標を付したものである。これに対し,被告各商標は,いずれも,商品区分を「第17類 天然ゴム ゴム」とするものであるから,原告商品は被告各商標権を侵害するものではない。

『そうすると,本件申告の内容は,被告と競争関係にある原告の営業上の信用を害する虚偽の事実であるということができる。』

『以上のとおり,本件申告(中略)の内容は,被告と競争関係にある原告の営業上の信用を害する虚偽の事実であり,不競法2条1項21号の不正競争行為に該当する

※不正競争防止法

第二条 この法律において「不正競争」とは、次に掲げるものをいう。

二十一 競争関係にある他人の営業上の信用を害する虚偽の事実を告知し、又は流布する行為

 

  • 争点2について

被告による本件申告(中略)の内容は,原告及び原告商品の信頼を低下させるものであり,本件申告の申告先であるアマゾン社は全世界的なインターネット通販サイトを運営する企業である。加えて,本件申告は,原告が自らの商標を商品に付していることを容易に知り得たにもかかわらず,これを「偽造品」と称するものであって,その態様は悪質であることにも照らすと,原告の営業上の信用を毀損する程度は小さくないというべきである。』

 

  • その他(アマゾン社の対応について)

『本件におけるアマゾン社による原告商品の出品停止措置は,被告の商標権侵害等の事実は存在しないにもかかわらず,原告の説明及び原告から送付された資料等を十分に顧慮しないまま行われたものであって,合理的な根拠を欠くものであるといわざるを得ない。』

アマゾン社による上記出品停止措置は,本件申告に基づいて行われたものであり,本件申告と無関係の理由により行われたものであると認めるに足りる証拠はない。そうすると,同措置が直接的にはアマゾン社の判断によるものであるとしても,そのことは,被告による本件申告と原告に発生した無形損害との間に相当因果関係があるとの上記判断を左右するものではない。

※赤字及び下線については筆者にて追記

 

(2-3)まとめ

<EC事業者に虚偽の事実を申告した者>

・競争関係にある他人の営業上の信用を害する虚偽の事実を申告し、又は流布する行為(不競法第2条第1項第21号)に該当すると認定されました。

・そのため、上記運営者に出店を排除された者に「営業上の信用の毀損」という無形損害が生じたと認定されました。

 以上より、インターネットショッピングモールでの他者の商品の出店を排除しようとする者は、排除の根拠に正当性がなければ相手方から権利行使(損害賠償請求等)されることになります。したがって、根拠の正当性の確認、すなわち排除対象となる他社の商品が模倣品に該当するかを事前に慎重に確認する必要があります。

<虚偽の事実を申告されたEC事業者>

 虚偽事実の申告に基づき出店中止措置を執ったEC事業者の対応の非が認定されました。

 ただし、そのような申告がなければEC事業者に非が生じなかったとして、「営業上の信用の毀損」に至った責任は告知者にあると判断されました。

 

3.実務上の指針(上述の2件の判例に基づく)
 
(3-1)他人の商標権等の侵害品を販売する出店者へのEC事業者の対策

 運営するインターネットショッピングモールに仮想店舗を開設する出店者との契約により、出店停止等の結果回避措置を執ることができるEC事業者は、

(1)同モールで販売中の商品が商標権等の侵害品であるとの情報提供を受けた場合には、

(2)情報提供内容の真偽を調査し、

(3)情報提供を受けてから合理的期間内(8日以内)に結果回避措置(仮想店舗から侵害品を削除)を行う

ことにより、EC事業者が侵害品を販売して仮想店舗の出店者の商標権侵害や不正競争を幇助したことにはならず、法的責任を問われることはないと考えます。

 しかし、精査すれば情報提供された内容が虚偽事実であることが明らかな場合に上記結果回避措置を執ってしまうと、同措置には過失があるとして損害賠償責任等の法的責任を問われる可能性が高いと考えます。

 そのため、

・社内の法務部で速やかに情報提供された内容の真偽を確認できる体制を作ること

・そのような体制作りがコスト的に見合わないのであれば、弊所のような知的財産権を取り扱う専門家に内容の真偽の確認を依頼すること

を推奨いたします。

 

(3-2)虚偽の事実を申告しようとする出店者へのEC事業者の対策

 情報提供内容が虚偽の事実の申告である場合にEC事業者が何も対応しなければ、申告対象の出店者に「営業上の信用の毀損」という無形損害が生じていないことになります。すなわち、申告対象の出店者がそのような申告者に法的責任を問う機会がないこととなります。そのため、虚偽の事実の申告の抑止が困難になる虞があります。

 したがいまして、自ら運営するインターネットショッピングモールに仮想店舗を開設する出店者からの虚偽の事実の申告を抑制すべく、

出店者からの情報提供が他の出店者の営業上の信用を害する虚偽の事実の申告であった場合には、

・虚偽の事実を申告した出店者に出店停止等の措置を執る等の何らかのペナルティーを仮想店舗の出店契約に含めること

を推奨いたします。
 

(3-3)虚偽の事実を申告しようとする非出店者へのEC事業者の対策

 上述しましたように、虚偽の事実の申告の抑止が困難になる虞があります。

 したがいまして、自ら運営するインターネットショッピングモールに仮想店舗を開設していない非出店者からの虚偽の事実の申告を抑制すべく、

非出店者からの情報提供が他の出店者の営業上の信用を害する虚偽の事実の申告であった場合には、

・虚偽の事実を申告した非出店者をブラックリストで管理する等の対応を推奨いたします。

 当該非出店者が次々と名義変更する可能性はありますが、

個人であれば運転免許証のコピー等の公的な身分証明書の提出

法人であれば履歴事項全部証明書のコピーの提出

等の申告要件を課すことも一考です。

 

(3-4)模倣品(他人の商標権等の侵害疑義品)の申告をしようとする者の対策

 虚偽の事実に基づく申告により申告対象製品が仮想店舗から削除されると、当該申告が不競法2条1項21号の不正競争行為に該当することになります。

 そのため、事前に自らの申告内容が虚偽の事実か否かを弊所のような知的財産権を取り扱う専門家に確認することを推奨いたします。

 

(3-5)インターネットショッピングモールに仮想店舗を開設する者の対策

 虚偽の事実に基づく申告に対して間髪入れず反論できるようにすべく、仮想店舗で提供する商品やサービスについて提供時に使用するマークを商標登録しておくことを強く推奨いたします。

 
以上