マルチマルチ従属の制限による 外国出願への影響とその対策|知財レポート/判例研究|弁理士法人オンダ国際特許事務所

マルチマルチ従属の制限による 外国出願への影響とその対策|知財レポート/判例研究|弁理士法人オンダ国際特許事務所

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マルチマルチ従属の制限による 外国出願への影響とその対策

(パテントメディア2022年9月発行第125号掲載)
弁理士 小松原寿美

はじめに

令和4年4月1日から、日本では特許出願及び実用新案登録出願において、マルチマルチクレームが認められなくなりました。これは「国際調和並びに審査処理負担及び第三者の監視負担の軽減の観点」からの改正とされています。

この「国際調和」に関連して、いわゆる五大特許庁の状況をみると、米国・中国・韓国はマルチマルチクレームの制限有り、欧州はマルチマルチクレームの制限無し、となっています。その他、インド、英国、フランス、ドイツ等もマルチマルチクレームを認めています。また、PCT出願では、引き続き実質的にマルチマルチクレームが許容されます。

 

国毎の制度・実務の違い

同じマルチマルチ従属を制限する国でも、細かいルールや実務上の取り扱いには以下の様な違いがあります。

米国

米国はマルチクレームが許容されているものの、追加料金が高額で、さらに1つの請求項が例えば2つの請求項に従属すると請求項2つとカウントされます。そして21項目から1項毎に追加料金が加算されます。そのため、通常、米国に出願する際には、単一の請求項のみに従属させるシングル従属に補正するのが一般的な実務です。

中国

中国ではマルチマルチクレームは制限されているものの、例外的に、例えば「装置」のマルチクレームに従属する「プログラム」のマルチクレームのような、いわゆる「独立クレーム関与型」の場合は、例外的にマルチマルチクレームが認められています。

もうひとつ、「単項引用クレーム介在型」もマルチマルチクレーム制限の対象外となる、と説明する資料がありますが、これは法律上明確に許容された形式ではないので、当所では積極的な使用はしていません。
中国では、マルチマルチクレームであっても進歩性等の実体審査はしてくれます。実務上、拒絶理由なしにいきなり特許査定が出ることはあまりないので、マルチマルチクレームのまま出願し、拒絶理由を受けてから補正することもよくあります。また、出願時の請求項数で料金が決まり、その後に請求項を追加しても庁料金の加算がありません。そのため、マルチマルチ従属を解消する補正をするときには、実質的にマルチマルチ従属と同じ内容が保護されるように従属請求項を追加する(マルチクレームを展開する)、という実務も行われています。

韓国

韓国では、中国の「独立クレーム関与型」のようなマルチマルチクレームが許容される例外もないため、改正後の日本は韓国と同じルールになるといえます。ただし、韓国は、マルチマルチクレームであっても進歩性等の実体審査はしてくれます。そのため、中国と同様に、マルチマルチクレームで出願し、拒絶理由を受けてから補正することもできます。また、後から請求項を追加しても庁料金の加算がありませんので、マルチマルチクレームを解消する補正をするときには、中国と同様に、実質的にマルチマルチクレームと同じ内容が保護されるように従属クレームを追加する、という実務も行われています。

 

マルチマルチ従属制限による影響

改正後も、米国出願に際しては、マルチ従属をシングル従属にするための補正をすることになるでしょう。

中国・韓国出願では、改正後はマルチマルチ従属を解消するための補正をする必要がなくなるので、「国際調和」の成果あり、とも言えます。しかし、実務上はマルチマルチ従属で実体審査を受けることができるので、むしろ、料金が同じならマルチマルチ従属で出した方が得、という考え方もあるかもしれません。

これに対して、改正後の日本ではマルチマルチクレームだと進歩性等の実体審査をしてくれませんし、これを解消するための補正をすると最後の拒絶理由がくるということなので、他国と比べて一気に厳格化した印象です。

日本でのマルチマルチ従属制限の影響が最も大きいのは、2022年4月以降の日本出願を基礎として、欧州(その他、マルチマルチを許容する国)へパリ優先権主張出願をする場合であると予想されます。

従来のマルチマルチクレームを単純にマルチクレームにすると、マルチクレームを展開した場合の発明の数が減ることになります。例えば、以下の様に、請求項1又は2にマルチ従属していた請求項3を請求項1へのシングル従属に変更する場合、「A+B+Cを備える装置」という発明が請求の範囲に含まれなくなります。

【請求項1】 Aを備える装置。
【請求項2】 さらにBを備える、請求項1に記載の装置(シングル従属)
【請求項3】 さらにCを備える、請求項1(又は2)に記載の装置(マルチ→シングル従属に変更)
【請求項4】 Aがaである、請求項1~3のうち何れか一項に記載の装置(マルチマルチ→マルチ従属になる)

このようにマルチマルチを解消した請求項1~4を欧州に出願した後、請求項1を「A+B+Cを備える装置」に補正すると、新規事項の追加になる虞があります。請求の範囲に「B+C」の組み合わせが開示されていないためです。この点、明細書でうまく「A+B+C」の組み合わせが開示されているといいのですが、欧州では実施形態から構成の一部を抜き出して補正することが難しい傾向にあります。請求の範囲に組み合わせの開示がない、という点では、米国・中国・韓国でも同じなのですが、実施形態の記載に基づく補正の厳しさから、特に欧州出願での影響が懸念されます。

また、外国出願時にマルチクレームをマルチマルチクレームに補正すると、追加される組み合わせ部分に優先権が効かない虞があります。

なお、日本出願も含め、マルチマルチ従属と同じ請求内容をマルチ従属のみで確保しようとすると、どうしても請求項の数が増加することになります。この点、費用負担とのバランスで、どのクレームをマルチクレームにするかについては、実施形態での開示内容を勘案して検討する必要があるでしょう。

 

外国出願を考慮した対策

上記の影響を鑑みて、日本出願を基礎として外国出願する可能性がある場合、以下のような対策をしておくことが考えられます。

対策案1:日本出願の明細書にマルチマルチクレームに相当する記載を入れておく

日本出願時に、明細書にマルチマルチクレームに相当する記載を入れておくと、必要に応じて、外国出願時に請求の範囲をマルチマルチクレームに自発補正したり、当該記載に基づいてクレームを補正したりすることが可能になります。こうしたマルチマルチクレームの明細書へのコピーは、日本での補正や分割出願でも役に立つかもしれません。

マルチマルチクレームコピーを入れる場所は、詳細な実施形態の前でも後でもかまいませんが、用語「請求項」は別の用語(例えば、
「例(example)」や「態様(aspect)」など)に書き換えた方がよいでしょう。
特許庁も、明細書の記載について、以下の留意点を挙げています。

  • 拒絶理由通知への応答において、出願時の請求の範囲に記載のない発明を、請求の範囲に追加する補正の可能性がある場合、当該補正を見据えて、発明の詳細な説明において、必要な発明を記載しておくことが望ましい。
  • マルチマルチクレームを許容している国に優先権を主張して出願し、請求の範囲にマルチマルチクレームを記載することを予定している場合、優先権主張の効果を享受できるよう、発明の詳細な説明において、必要な発明を記載しておくことが望ましい。

 

対策案2:日本出願をマルチマルチクレームで出願し、日本では審査までにマルチマルチを解消するための自発補正をする

マルチマルチクレームで出願しておけば、出願時に最大範囲を確保できますし、明細書にマルチマルチクレームコピーをする必要がありません。審査までにマルチマルチ従属を解消する手間はかかるものの、どれをマルチにするのかを審査直前まで保留することができる、というメリットもあります。

なお、こうした対策とは別に、うっかりマルチマルチ従属で日本出願をしてしまった場合にも、審査までにマルチマルチ従属を解消する自発補正をすればよいです。

 

さいごに

欧州等では、マルチマルチクレームを制限するような動きはありませんので、日本がマルチマルチクレームを制限した後も、外国出願をする場合には、出願先によって異なる対応が求められる状況は変わりません。

また、上述の対策は、日本出願時にしておかなければなりません。ただ、日本出願時には、どこに外国出願するかが決まっていないことが多いと思われますので、どの対策をとるか(あるいは対策をとらないか)は、個別に判断する必要があります。
判断に迷われた場合には、ぜひ当所にご相談ください。