平成27年法改正|知財レポート/判例研究|弁理士法人オンダ国際特許事務所

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平成27年法改正

(パテントメディア2016年5月発行第106号掲載)
弁理士 濱名哲也

今年も知財法に関して法律改正がありましたのでその概要を説明します。
特許法では、職務発明の規定及び特許料等が改正され、これに加え、特許法条約の実施のために法整備がなされています。不正競争防止法では、営業秘密の保護強化のための改正が行われています。

【職務発明について】

従来、職務発明に係る特許を受ける権利は発明者たる従業者に帰属するものとされていましたが、本改正によれば、職務発明に係る特許を受ける権利は、発明者たる従業者にも、その従業者を雇用する使用者にも帰属し得るように改正されています。この改正の背景として、技術の高度化に伴う研究開発費の増大から共同開発が盛んに行われるようになったことが挙げられます。

従来、企業間の共同研究により生み出された共同発明について企業が共同出願するとき、企業は、自社の従業者から特許を受ける権利を承継する際、他社の共同発明者からその承継の同意を得る必要がありました。すなわち、自社だけの予約承継だけでは特許を受ける権利の承継についての手続きは完了せず多くの手間を要していました。このような手続きは、共同研究の当事者が多くなるほど煩雑になり、その管理も困難であったと推察されます。共同研究においては人の異動も頻繁にあることから、その時々において、誰がどの発明に関与したのかを正確に把握しなければなりません。一方で、これらを正確に把握し、管理しなければ、その出願は冒認出願となってしまうおそれがあります。
また、従来の法律の枠組みでは、特許を受ける権利が二重譲渡されて、冒認された出願が特許された場合、正当権利者がその移転を求めたとしても、移転が認められないケースもあり得ました。今回の改正により、これらの問題点が解決されるものと期待されます。

職務発明の規程の改正で注意するべきことは、「職務発明に係る特許を受ける権利が使用者に帰属する」ことになったというのではなく、「職務発明に係る特許を受ける権利を使用者に帰属させてもよい」というものにしか過ぎないことです。従いまして、「職務発明に係る特許を受ける権利を使用者に帰属させる」ようにするか否かは企業の判断に委ねられています。

では、「職務発明に係る特許を受ける権利を使用者に帰属させる」こと(以下、「原始使用者帰属」といいます。)がよいか否かですが、これは、やはり、各企業の事情で判断するしかありません。共同研究が盛んに行われている企業であれば、原始使用者帰属にすることのメリットは大きいと思われます。共同研究の各企業に原始使用者帰属の規程があれば、発明の時点で各企業が特許を受ける権利を有していることになるため、承継等の手続きは不要であり共同出願することが可能です。

一方発明者のモチベーションの維持を図るためには、特許を受ける権利を従業者に帰属させるほうがよいかもしれません。というのは、特許を受ける権利を承継するという形式的な手続きを踏むことだけでも発明者のモチベーションの維持に役立っているはずだからです。特許を受ける権利が予約承継されるとしても特許を受ける権利が「原始的」に帰属するのはどこかというのは発明者のモチベーション維持に寄与することでしょう。しかし、発明者たる従業者は、大変多忙ですから、他の共同発明者からわざわざ同意を得るのも面倒だと考えられることもおありでしょう。そうだとすると、原始使用者帰属のほうがかえって従業者のメリットになるかもしれません。このようなことを考えると、当前の結論になりますが、職務発明規程の改訂は、発明者たる従業者にその内容を十分に説明した上で行うのが妥当といえるでしょう。
ところで、特許法第35条(職務発明)において第6項が新たに加わっています。第6項は、「経済産業大臣は、発明を奨励するため、産業構造審議会の意見を聴いて、前項の規定により考慮すべき状況等に関する事項について指針を定め、これを公表するものとする。」とあります。この規定は、使用者等の行為を制限するものでも、従業者の利益を確保するものでもありませんが、今回の職務発明の改正によって発明の奨励の趣旨が損なわれるようなことはあってはならないという法律作成者の思いが感じられます。

【特許料の改定】

今回の改正で、特許出願料及び特許料が約10%引き下げられています。商標設定登録料は25%程度、更新登録料は20%引き下げられています。
国際出願に係る料金体系は少し複雑になっています。従前は、日本語と外国語との区別はなかったのですが、今回の改正により、料金が違うようになっています。日本語での国際出願については、調査手数料及び予備審査手数料について据え置かれています。一方、外国語での国際出願については、調査手数料及び予備審査手数料について従来よりも高くなっています。なお、国際出願手数料は2016年1月1日から改正されています。
今回の料金改正では、特許権の長期保有においてのメリットが大きいです。特許料が第10年以降では、現状61,600円+請求項の数×4,800円から、改定後55,400円+請求項の数×4,300円となっています。仮に請求項が10であると、その差額は、1万1,200円になります。

【特許法条約の実施のための整備】

特許法条約は、グローバル特許を取得する際に出願人にかかる負担を軽減し、発明を適切に保護する観点から各国の特許関連の手続を調和させて手続の利便性を向上させることを目的としています。日本国は特許法条約に批准しておらず、今回の改正は、批准のための法整備です。

特許法条約について簡単に説明します。特許法条約では次のことが要求されます。第1は、所定の要件を満たす場合に出願日を認定すること、第2に、明細書については、出願日の設定のために、いかなる言語でも提出することができるものとし、当該明細書に代わるものとして、先にされた出願の引用を認めること、第3に、特許協力条約に定める国際出願の形式又は内容に関する要件以外の要件を要求しないものとし、出願書類に関する証拠、署名についての真正の証明等の提出は、合理的な疑義を有しない限り要求しないこと、第4に、特許出願等に関する手続の要件が満たされていない場合には、特許庁は通知を行い、所定の期間内に当該要件を満たす機会及び意見を述べる機会を与えること、第5に、出願日の設定のための出願等の手続においては、代理人の選任を要求しないこと、第6に、所定の期間を徒過した手続に関する救済、喪失した権利の回復、優先権の主張の訂正又は追加及び優先権の回復について定めることです。

この中で、特に目新しい規定は、第2の規定です。この規定は出願人に次のメリットがあります。例えば、グローバル企業では各国で研究開発が行われて、各国で出願します。そうしてなされた各国の出願の中でも、いくつかの出願については他国でも権利化したいことがあります。しかし、多くの国では、その国の言語に翻訳しなければ出願できません。このため、他国の出願を基にする出願は、優先期間の最終日の数ヶ月前から準備しなければならないといった事情があります。第2の規定によれば、所定の国でなされた出願を他国に出願する予定があるときに、翻訳するまでもなく、先にされた出願を引用して他国に出願が可能であり、他国で優先日を確保することができます。実際には、他国で権利化を図るためには翻訳文が必要になることが多いですが、簡単な手続きにより出願日が認定されることは、優先日の確保の点で有用です。また、第2の規定によれば、「出願日の設定のために、いかなる言語でも提出することができるものとし」とあることから、先の出願の言語には制限されないことになります。そうすると、翻訳者が見つからないが優先期間までに国内に出願したいときでも、先の出願を引用して出願することで出願日を確保することができることから、非常にユーザフレンドリです。

特許法では、特許法条約に関連する事項は、特許法第38条の2から特許法第38条の4に規定されています。
このうち、上述の第2の規定は、特許法第38条の3で規定されています。特許法第38条の3は、「(先の特許出願を参照すべき旨を主張する方法による特許出願)」と名づけられています。特許庁のHPでは、「先願参照出願」と呼ばれています。

先願参照出願の注意すべき点は、出願日は特許庁に願書を提出した日です。すなわち、参照するべき出願に基づいて優先権主張をしなければ、優先権の利益(特に優先日確保の利益)を得ることがはできません。優先権主張をしない先願参照出願は、あまりメリットがないでしょう。参照すべき出願が公開されていれば先願参照出願の意味はありません。参照すべき出願が公開されていなければ、優先権主張をしない先願参照出願でも優先日の利益は得られないものの翻訳期間確保という利益はあります。

また、先願参照出願においては、次の点に留意が必要です。すなわち、特許法第38条の3第4項に記載されていますように、出願後に提出された明細書の内容が、参照すべき先願の明細書に記載された事項の範囲内にないときは、出願日は、明細書の提出のときに繰り下がります。
したがって、先願参照出願は、優先権主張し、かつ参照すべき先願の明細書をそのまま翻訳する場合にのみ有効であるといえます。優先権主張を主張しつつ追加事項を含めるような出願の場合には、先願参照出願は適しません。翻訳の限界を鑑みると追加事項があると解釈され得る可能性は無視できないので、外国の出願に基づく国内出願については、優先権主張をして通常の出願をするのが無難でしょう。

以上のことから、先願参照出願は、優先日の確保のために作業時間がないときに限って使うのが好ましいといえます。例えば、優先期間の最終日に日本国内へのパリ優先権出願が決定したとき等、緊急のときに、先願参照出願が有効でしょう。なお、緊急出願で注意すべき点としては時差です。日本と米国ロサンゼルスとは17時間の時差があります。米国支社の知財管理者が優先期間の最終日の午後12時にパリ優先権を主張した日本国内出願を依頼したとしても間に合いません。

【不正競争防止法の改正について】

情報通信の高速化、情報通信網の拡大等から、情報は一瞬にしてグローバルに拡散します。また、翻訳機の高精度化及び普及から言語による障壁も失われつつあります。そして、高度な情報検索技術の普及から所望の情報が簡単に取得されるようになっています。すなわち、公開情報の入手可能性は世界中の全ての企業において同じであり、謂わば、全て企業が1つの公開情報を共有しているといえます。したがって、他企業との差別化の観点からいうと、営業秘密の価値は益々高まっていると云えます。営業秘密の管理は戦略上重要なものとなっています。
しかし、近年、営業秘密の漏洩事件が相次いでニュースになっています。通信ネットワークの発達により営業秘密の管理が複雑かつ難しくなっているのかもしれません。
今回の不正競争防止法の改正は、このような社会的状況から、営業保護の強化が図られています。

第1に、営業秘密の処罰範囲が拡大されています。改正前では、第2次取得者が不正開示等するときその者が処罰の対象となっていましたが、第2次取得者以降の取得者も不正の目的で不正が介在していることを知っている等の所定の要件を充たすとき、その者は処罰対象になります。また、クラウド技術等で国内事業者の営業秘密が国外サーバで管理されている現状を踏まえ、海外サーバに不正アクセスする国外犯も処罰の対象となっています。

第2に、旧法で不正競争と定義されていた各行為に加えて、不正行為により生じた物を譲渡等の行為が不正競争であると定義されています。これにより、不正行為により生じた物を譲渡等する行為について差止請求が可能となっています。さらに、不正行為により生じた物を譲渡等する行為は処罰の対象となっています。なお、旧法においても、差止請求の一環として、不正行為により生じた物について廃棄等の請求は可能であったのですが、今回、不正行為により生じた物を譲渡等の行為が不正競争と定義されたことによって、その行為が損害賠償請求(不正競争防止法の第4条の損害賠償請求)の対象になる等いくつかの点で保護が厚くなっています。

第3に、営業秘密の取得等の未遂が処罰の対象となっています。未遂とは、例えば、営業秘密への不正アクセスが確認されたが、取得の事実までは確認されなかった場合や、営業秘密を不正に取得した者が第3者に転送しようとしたが、実際には、相手に届かなかった等が挙げられています。

第4に、罰則が強化されています。罰則が適用される行為について罰金の上限が引き上げられていることに加え、国外での行為が罰則の対象となっています。
更に、罰則として、旧法にはなかった、没収の規定が設けられています。これは、営業秘密侵害により不正な収益が莫大になることもあり、通常の罰則のみではその抑止力が機能しないおそれがあるからです。

第5に、損害額の推定において、その立証の容易化のために、技術上の営業秘密を取得する行為があり、技術上の営業秘密を使用したことが明らかな行為をしたとき、その者が生産等をしたものと推定されます。従いまして、技術上の営業秘密を使用したことが明らかなときは、被告側がその営業秘密を使用していないことを立証する必要があり、この点で、原告側の立証負担が軽減されています。

情報技術が高度に発達した状況においては、その管理が非常に困難になっています。従いまして、営業秘密が漏洩したときの対応が重要だと思われます。放置すれば、それだけ情報が瞬く間に拡散し、競争上の有利性を喪失するからです。営業秘密が漏洩したという情報があるときは、不正競争防止法を利用して適切に対処します。
不正競争防止法の利用の前提として、漏洩情報が営業秘密であることが要件となることから、予め営業秘密を特定しておくことが重要です。また、不正取得等は秘密裏に行われることが通常であってその事実を把握することは困難でありますが、不正競争防止法の利用のためには、不正取得等を立証する必要があることから、不正取得され得るルートを制限したりして、不正取得を立証し易くしておくのが好ましいといえます。

一方、企業においては不正取得等された情報が不正にまたは知らずに持ち込まれるおそれもあります。単に知らなかっただけでは不正取得に該当しないとは必ずしも云えません。重大な過失により知らなかったとき、不正取得になり得ます。したがって、営業秘密が持ち込まれないようにすることも重要です。
営業秘密はそもそも秘密事項であることからその保護が難しいものですが、今回の改正により、従前に比べて営業秘密が保護し易くなっていると思われます。