【判例研究】 令和元年(行ケ)第10085号 審決取消請求事件|知財レポート/判例研究|弁理士法人オンダ国際特許事務所

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【判例研究】 令和元年(行ケ)第10085号 審決取消請求事件

(パテントメディア2021年1月発行第120号掲載)
弁理士 村井純子

 

1.序

ゲーム関連の分割出願について、複数のパラメータの使用の仕方や「単なる取り決め」に見えるような構成であっても、容易想到ではない(進歩性あり)と判断された事件です。

 

2.内容

令和元年(行ケ)第10085号 審決取消請求事件

判決言渡 令和2年6月4日判決言渡(審決取消)
原告(出願人) グリー株式会社
案件 特願2018-146350号
「サーバ装置,その制御方法,プログラム,及びゲームシステム」

(特願2013-042162号(平成25年3月4日出願)を原出願とする,いわゆる第5世代の分割出願)

(1)事件の経緯

 

本件の経緯を、以下に列挙しました。早期審査や早期審理に関する事情説明書を提出しているため、かなり早く進行したようです。

平成30年 8月 3日 分割出願、手続補正書、審査請求、早期審査に関する事情説明書
  同年 8月20日 拒絶理由通知
  同年10月23日 意見書,手続補正書
  同年11月19日 拒絶査定
平成31年 2月22日 拒絶査定不服審判の請求、早期審理に関する事情説明書
  同年 4月18日

「本件審判の請求は成り立たない」の審決。

平成31年 5月14日 審決謄本の送達。
  同年 6月12日  審決の取消しを求めて本件訴えの提起。
令和2年 1月30日 口頭弁論終結
  同年 6月 4日 判決言渡(審決取消)

 

(2)本願発明

 

本願発明は、手持ちのカードを使って、敵と対戦するカードゲームです。
本願の請求項は長いので、以下に、構成をまとめてみました。

B=第1制御手段は、
 複数のキャラクタカード(以下、カードと記載)を互いに隣接配置した状態で第1フィールド(以下、第1Fと記載)に表示する。
 ここで、カードは、選択に用いられるポイント&複数のパラメータが,キャラクタ毎に個別設定されてる。

C=第2制御手段は、
 第1Fに表示された複数のカードのうち,ポイントが時間の経過に伴って加算されるポイント総量(1)以下であるカードを選択可能に表示する。

D=第3制御手段は、
 選択されたカード第1Fから除去して,対応するキャラクタを第1Fとは異なる第2フィールド(以下、第2Fと記載)に配置する。

E=第4制御手段は、
 選択されたカードに設定されたポイントをポイント総量から減算された新たなポイント総量として表示する。

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F=第2Fへのカードの配置に伴い,第1Fとは異なる第3フィールド(以下、第3Fと記載)に配置されていた追加のカードが,第1Fに補充されるように表示。

G=選択されたカードに対応するキャラクタは(3),設定された複数のパラメータに基づいて(2),第2Fにおいて敵キャラクタを攻撃。

H=新たなポイント総量が時間の経過に伴って加算され(1),新たなポイント総量以下のポイントが設定された第1F内のカードを、プレイヤの操作によって引き続き選択可能。

 

(3)引用発明

引用文献は、ユーチューブのオンラインゲーム「CARTE」紹介ムービーです。YouTubeで閲覧可能です(https://www.youtube.com/watch?v=uCe5J7ESl-g)。

審決謄本では、このオンラインゲームの認定は、約15頁に亘って行われていました。裁判所では、この審決謄本における認定を、以下の図Bを用いて、まとめています。更に、ここでは、裁判所が認定した引用発明の内容の要点を、下記のように、まとめました。

図B
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a 複数のカードを互いに一部分が重なりながら「第11領域(以下、11Aと記載)」に表示。
  ここで、カードは、「レベル」、「APの値」及び「HPの値」が,CREATURE毎に個別に設定されている。

b 11Aに表示された複数のカードを、プレイヤの操作によって選択可能に表示。

c 選択されたカードを11Aから,11Aとは異なる「第3領域(以下、3Aと記載)」または「第4領域(以下、4Aと記載)」に移動して配置。

d カードを11Aから3Aまたは4Aに移動させるときに,「第6領域(以下、6Aと記載)」の上下の数字表示のうち上の数字である「マナ」の数字が減算される。
  *この減算額は,「レベル」の値に等しい。
  *「マナ」は、例えば、
  ①11Aの「1レベル」のCREATUREのカードを3Aに配置することで「1」→「0」と表示。
  ②11Aの「4レベル」のCREATUREのカードを選択して4Aに配置することで「10」→「6」と表示。
  ③11Aの「2レベル」のCREATUREのカードを4Aに配置することで「3」→「1」と表示。

e 11Aから,「第7領域(以下、7Aと記載)」へのカードの配置に伴い, 11Aとは異なる「第10領域(以下、10Aと記載)」に配置されていたカードが11Aに補充。

f 3Aに配置されるカードのCREATUREが,「(敵)第2領域(以下、2Aと記載)」に配置されるカードのヒーロー」を攻撃する際,
 ①当該攻撃による「(敵)2A」のヒーローの「HPの値」の減少量は,3Aに配置されるカードのCREATUREの「APの値」に等しい。
 ②「マナ」の数字は,ゲーム開始である1ターンを除く3ターン以降,新しいターンが開始される毎に増加。

g 同一のターン内において,同じ11AにあるCREATUREのカードを引き続いて選択可能。

 

3.裁判所の判断

 

(1)本願発明の技術的意義

裁判所は、まず、本願発明の技術的意義を明確にしました。これは、本願が、第5世代の分割出願であるため、本願発明の課題及び目的は,明細書の記載にとどまらないものとなっており、特許請求の範囲の記載と明細書の記載との対応関係が、一読して明らかとはいえないものとなっているためです。

以下、裁判所が本願発明の技術的意義と理解した内容の要点を、まとめました。

ア ①敵キャラクタを攻撃するためのカードを選択可能なように,複数のカードを第1Fに表示。
  ②第1Fにおいて選択されたカードは、第1Fから除去されて第2Fに移動。
  ③これに伴い,第1Fには,第3Fから,追加のカードが補充。

 対戦イベントにおいてプレイヤが選択するカードの組を,プレイヤの選択意思によって逐次かつ所望に変化させることができる,という目的が達成される。

イ 各カードは,敵と対戦する際の能力を示す複数の予め設定された「パラメータ」を有している。

ウ プレイヤが第1Fから第2Fに移すカードを選択する際には,「ポイント」による縛りがある。

エ 第2Fに移動したカード上のキャラクタが,敵キャラクタを攻撃する。

オ プレイヤには,ある限られた時間内に,キャラクタごとに設定された複数のパラメータを比較考量しながら,戦術的に有効なカードを効率的に選択することが求められる。

 そのため,対戦におけるプレイヤの裁量余地を増大させることができ,かつ,プレイヤによる興趣的な欲求を満たすこともできる。 
 そして,これが,上記アの構成及び効果と相まって,ゲーム全体の面白みや醍醐味を増進させ,プレイヤのゲーム参加への意欲を相乗的に高める。 

 

(2)裁判所の結論

裁判所は、審決において、相違点を看過したこと、相違点にかかる構成が容易想到であるとした認定は誤りとしました。
ここでは、原告の主張が認められた2つ内容について、説明します。

 

(3)裁判所の具体的判断

①相違点Bの看過

原告は、以下のように主張しました。

引用発明には,本願発明の構成のうち,「設定された前記複数のパラメータに基づいて」(本件発明の請求項の下線部(2))第2Fにおいて敵キャラクタを攻撃する構成は開示されていない。

引用発明においては,「APの値」という単一のパラメータにのみ基づいて攻撃が行われていることは示されているが,「APの値」以外のパラメータをも用いて攻撃が行われているかどうかは,何ら示されていない。

そして、裁判所は、以下のように判断しました。

(1) 本願発明における「選択されたカードに対応するキャラクタ」は,「設定された複数のパラメータに基づいて,第2Fにおいて敵キャラクタを攻撃」するものである。

一方,審決の認定した引用発明は,「レベル」,「APの値」及び「HPの値」という複数のパラメータが,「CREATURE毎に個別に設定された複数のカード」を用いて対戦ゲームを行うものであるが,選択された「カードのCREATURE」による対戦相手の「カードのヒーロー」に対する攻撃は,もっぱら,「APの値」に基づいて行われており,CREATUREに設定された他のパラメータである「レベル」や「HPの値」が,攻撃に用いられているとは認められない。そうすると…引用発明においては,「APの値」という単一のパラメータにのみ基づいて攻撃が行われているものと解するほかないから,本願発明の「設定された複数のパラメータに基づいて」第2Fにおいて敵キャラクタを攻撃することに相当する事項は,引用発明には備わっておらず,この点は原告主張の相違点Bを構成する。…

(2) 被告は,引用発明においては,「HPの値」が「0」になったカードは,以後,攻撃に使用することはできないから,各カードの「HPの値」が「0」でないことが条件となっているという意味において,引用発明は,「HPの値」にも基づいて攻撃を行っている旨主張する。

しかしながら,「HPの値」が「0」となり,3Aから除去されると,その後は攻撃自体を行い得ないのであるから,「APの値」と「0」である「HPの値」とに基づいて攻撃が行われているということはできない。

また,「HPの値」が「0」を除く任意の値である場合においても,「APの値」と当該任意の値とに基づいて攻撃が行われることは,何らCARTEには開示されていないのであるから,引用発明においては,「APの値」と「HPの値」とに基づいて攻撃が行われているとみることはできない。

②相違点6の容易想到性の判断誤り

ここで問題となった「相違点6」とは、第1Fに補充されるように表示するのは、本願発明では「第2Fへのカードの配置」に伴うものであるのに対して、引用発明では、「11Aから7Aへのカードの配置」に伴うものであるということでした。

【判例研究】 令和元年(行ケ)第10085号 審決取消請求事件 | 2021年

原告は、具体的には、以下のように主張しました。

本願発明と引用発明とは,カードを補充する契機が全く異なる。
本願発明…敵キャラクタへの攻撃を行う第2Fへの配置に伴い,カードが第1Fに補充される。
引用発明…敵への攻撃を行う3Aにカードを配置させることに伴い新たなカードが補充されることについては,何ら示されていない。

3Aとは異なる目的の7Aにカードを配置させることで敵キャラクタへの攻撃を行うようにしたり,あるいは,攻撃のために3Aにカードを配置した際にカードが補充される構成に置き換えたりするように引用発明を変更する動機付けはないし,そもそもそのように変更する必要性も見いだせない。

そして、裁判所は、以下のように判断しました。

(1) 構成が容易想到との判断した審決の論理構成は,次のとおりである。

①「手持ちのカード」が他のフィールド又は領域への移動に伴いその数を減じたときに「手持ちのカード」を補充するという構成を採用するに当たって,どのフィールド又は領域への移動を補充の契機とするかはゲーム上の取決めにすぎない。

②よって,7Aへの移動をカードの補充の契機とする引用発明の構成を,3A(敵ヒーローへの攻撃を行うための領域)への移動を補充の契機とする本願発明の構成に変更することは,ゲーム上の取決めを変更することにすぎない。

③よって,引用発明の構成を本願発明における構成とすることも,ゲーム上の取決めの変更にすぎず,当業者が容易に想到し得た。

(2) 審決の上記論理構成は,次のとおり不相当である。

ア 審決は,引用発明の認定に当たって「カード」の種類に言及していないが,CARTEによれば,10Aから11Aへのカードの補充の契機となるのは,「シャードカード」の11Aから7Aへの移動及び7Aから6Aへの移動である。

そして,「シャードカード」は,専ら「マナ」(カードのセッティングやスキルの発動に必要不可欠なエネルギー)を増やすために用いられるカードであり,その移動先はシャードゾーン(7A)又はマナゾーン(6A)に限られ,敵との直接の攻防のためにアタックゾーン(3A)又はディフェンスゾーン(4A)に移動させられることはない。これに対し,「クリーチャーカード」は,敵のクリーチャーやヒーローとの攻防に直接用いられるものであって,11Aから適宜3A又は4Aに移動させられ,攻防の能力を表す「APの値」及び「HPの値」を有している。

イ このように,引用発明におけるカードの補充は,本願発明におけるそれとの対比において,補充の契機となるカードの移動先の点において異なるほか,移動されるカードの種類や機能においても異なっており,相違点6は小さな相違ではない。そして,かかる相違点6の存在によって,引用発明と本願発明とではゲームの性格が相当程度に異なってくるといえる。したがって,相違点6に係る構成が「ゲーム上の取決めにすぎない」として,他の公知技術等を用いた論理付けを示さないまま容易想到と判断することは,相当でない。…相違点6は,ゲームの性格に関わる重要な相違点であって,単にルール上の取決めにすぎないとの理由で容易想到性を肯定することはできない。

 

4.まとめ

本件の判例から、以下のような気付きがあると考えます。

(1)数世代の分割出願であって、課題や目的が、分割出願の請求項のものと多少ずれが生じていても、裁判所では、(審判の判断を基準として)ある程度柔軟に考慮される。

 →分割出願においては、請求項と課題・目的の対応付けを厳密に気にしなくてもよい。

(2)引用発明において、処理(ゲーム)の条件に複数のパラメータが用いられていても、使用される場面(攻撃)が異なっている場合には、同じ性質のパラメータと判断されないことがある。

 →引用文献との相違点を考える場合には、詳細な条件や具体的な場面を想定して検討することが望ましい。

(3)単なる取り決めであると一見判断できても、その発明の性質(ここではゲーム性)に大きく影響がある場合には、大きな相違点になり得る。

 →単なる取り決めであっても、発明の本質に影響している可能性がある場合には、引用発明とは異なると判断できる可能性がある。

 

以上