【判例研究】知財高裁平成30年(行ケ)第10096号(平成30年5月15日判決)|知財レポート/判例研究|弁理士法人オンダ国際特許事務所

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【判例研究】知財高裁平成30年(行ケ)第10096号(平成30年5月15日判決)

2018年8月3日掲載
弁理士 押見幸雄

1.今回の事例

発明の名称を「非磁性材料粒子分散型強磁性材スパッタリングターゲット」とする発明について、新規性、進歩性及びサポート要件適合性をいずれも肯定して、特許無効審判請求を不成立とした審決を、進歩性の判断に誤りがあるとして取り消した事例。

2.事件の概要

審決取消訴訟事件
本件特許:特許第4975647号
発明の名称:非磁性材料粒子分散型強磁性材スパッタリングターゲット
原告:田中貴金属工業株式会社
被告:JX金属株式会社

3.訂正後の請求項1に係る発明(本件訂正発明1)

【請求項1】
Co若しくはFe又は双方を主成分とする材料の強磁性材の中に酸化物,窒化物,炭化物,珪化物から選択した1成分以上の材料からなる非磁性材の粒子が分散した材料からなる焼結体スパッタリングターゲットであって,前記非磁性材は6mol%以上含有され,前記材料の研磨面で観察される組織の非磁性材の全粒子は,非磁性材料粒子内の任意の点を中心に形成した半径の2μm全ての仮想円よりも小さいか,又は該仮想円と,強磁性材と非磁性材の界面との間で,少なくとも2点以上の接点又は交点を有する形状及び寸法の粒子とからなり,研磨面で観察される非磁性材の粒子が存在しない領域の最大径が40μm以下であり,直径10μm以上40μm以下の非磁性材の粒子が存在しない領域の個数が1000個/mm2以下であることを特徴とする焼結体からなる非磁性材粒子分散型強磁性材スパッタリングターゲット。(下線部は訂正部分を示す。)

【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、スパッタリングによって膜を形成する際に、DCスパッタによる高速成膜が可能であり、さらにスパッタ時に発生するパーティクル(発塵)やノジュールを低減させ、品質のばらつきが少なく量産性を向上させることができ、かつ結晶粒が微細であり高密度の非磁性材粒子分散型強磁性材スパッタリングターゲット、特に磁気記録層としての使用に最適であるスパッタリングターゲットを得ることを目的とする。

【0022】
(実施例1)
焼結原料粉末として、粒径がそれぞれ5μm未満のCo微粉、Cr微粉、Pt微粉の磁性材料を使用し、これに対して、平均粒径1μmのSiO2粉を用いた。これを94(74Co-10Cr-16Pt)-6SiO2(mol%)となるように秤量し、これらを湿式ボールミルで100時間混合した。次に、この混合粉をカーボン製の型に充填し、ホットプレス法により、1200°Cで1時間焼結し、94(74Co-10Cr-16Pt)-6 SiO2からなる強磁性体材料のターゲットを得た。
【0025】
(実施例2)
・・・97(74Co-10Cr-16Pt)-3 Ta2O5(mol%)からなる強磁性体材料のターゲットを得た。
【0027】
(実施例3)
・・・94(74Co-10Cr-16Pt)-8 Cr2O3(mol%)からなる強磁性体材料のターゲットを得た。
【0029】
(比較例1)
・・・これを94(74Co-10Cr-16Pt)-6SiO2(mol%)となるように秤量し・・・
【0031】
(比較例2)
・・・これを94(74Co-10Cr-16Pt)-6 SiO2(mol%)となるように秤量し・・・

4.甲1発明(特開平10-88333号公報)

【請求項1】
保磁力が高く、かつ媒体ノイズが少ない高密度面内磁気記録媒体用スパッタリングターゲットであって、その組織が合金相とセラミックス相との微細均質分散混合相からなることを特徴とする、スパッタリングターゲット。

【0009】
【発明が解決しようとする課題】
本発明の目的は、保磁力に優れ、媒体ノイズの少ないCo系合金磁性膜をスパッタリング法によって形成するために、結晶組織が合金相とセラミックス相が均質に分散した微細混合相であるスパッタリングターゲットおよびその製造方法を提供することにある。

非磁性材の含有量に関する記載
【0015】
実施例1
・・・アトマイズ粉末(150μm以下)に
酸化物として3重量%のSiO2の粉末を混合
した・・・
(*全ての実施例1~8で3重量%の記載のみ)

5.相違点

本件訂正発明1においては、非磁性材の含有量が「6mol%以上」であるのに対し,甲1発明においては、SiO2粒子(非磁性材)の含有量が「3重量%」(3.2mol%)である点。

6.原告の主張(要約)
技術常識、動機付けについて

本件特許の優先日当時、6mol%を越える酸化物を含有するスパッタリングターゲットは技術常識、商業的生産もされている。甲1発明に基づいて、酸化物の含有量を6mol%以上に増加させることについて動機付けがある。

困難性について

甲1のSiO2量をmol%に換算すると、1.46~3.34mol%になる(実施例1;3.2mol%、実施例4;1.46mol%、実施例5;1.85mol%、実施例6;3.19mol%、実施例7;3.34mol%)。実施例4から実施例7という2倍以上の値まで増加させてもほぼ同一な微細均一な相が実現できている。SiO2、Cr2O3、Ta2O3を分散させるに当たり、3mol%の非磁性材を均一微細に分散させることと、6mol%の非磁性材を均一微細に分散させることとの間の困難性に差はない。

新規事項の追加について

実施例3に「94(74Co-10Cr-16Pt)-8Cr2O3 (mol%)からなる強磁性体材料のターゲット」(当該ターゲットにおける「非磁性材であるCr2O3粒子」の含有量は7.84mol%(=8/(94+8))と算出される。)が記載されていると認定した。しかし,合金の各成分の含有量を表す際,モルパーセントは合計100となるべきものであるから,強磁性材と非磁性材の合計モル数が100を超えている実施例3の含有量に関する記載は明らかに誤っている。・・・当該記載からは,非磁性材の含有量が正しくは6mol%であるのに8mol%とした誤記か,強磁性材の含有量が正しくは92mol%であるのに94mol%とした誤記か,あるいは他の数字に誤りがあるのかが不明である。・・・実施例3に開示されている発明の内容は不明確で,実施例としての意味をなさないから,この実施例3の記載がないものとして各請求項記載の発明と本件明細書の記載とを理解すべきである。

7.被告の反論(要約)
形状について

甲1発明は、酸化物や窒化物の含有量を3重量%とするとの前提のもとで、酸化物等(非磁性材)を微細な黒点の形態で分散させた、あるいは合金粉末の粒界に酸化物を凝集させた組織である。そのため、非磁性材の含有量が3重量%という前提のもとでは、甲1発明における組織と本件訂正発明1における組織とが、形状1の点でたまたま一致する可能性があるかもしれないが、甲1発明は形状2を有するものではない。本件訂正発明1は「形状1又は形状2」で特定されるのに対し、甲1発明は「形状1」で特定される点で相違する。

動機付けについて

甲1に開示されているスパッタリングターゲットの非磁性材含有量は3重量%に固定されている。当業者は、全ての実施例において固定された含有量をわざわざ変更して増加させようと考えない。

阻害要因について

仮に、当業者が、甲1発明において実施例として開示されているターゲットについて、その組成の変更を試み得るとしても、ターゲットの組成を変化させるとターゲット中のセラミック相の分散状態も変化することが推測される。セラミック相を増加させようとすれば、均一に分散させることが相対的に困難になり・・・分散の均一性は低下する方向に変化すると考えるのが自然である。非磁性材の含有量を6mol%以上とすることには阻害要因がある。

新規事項の追加について

実施例3にCr2O3粒子の含有量が7.84mol%(=8/(94+8))であって,非磁性材の粒子の分散が調整されたターゲットの開示があることに鑑みれば、本件明細書に、ターゲットが非磁性材を6mol%以上含有する旨が記載されていることは明らかである。原告は、実施例3における非磁性材の含有量が誤記であると主張するが、憶測にすぎない。

8.裁判所の判断(要約)
技術常識について

本件特許の優先日当時、垂直磁気記録媒体において、非磁性材であるSiO2を11mol%あるいは15~40vol%含有する磁性膜は、粒子の孤立化が促進され、磁気特性やノイズ特性に優れていることが知られており、非磁性材を6mol%以上含有するスパッタリングターゲットは技術常識であった。

動機付けについて

本件特許の優先日前に公開されていた甲4(特開2004-339586号公報)において,従来技術として甲2が引用され,甲2に開示されている従来のターゲットは「十分にシリカ相がCo基焼結合金相中に十分に分散されないために・・・スパッタ初期に安定した放電が得られない、という問題点があった」・・・と記載されていることからも、優れたスパッタリングターゲットを得るために、材料やその含有割合、混合条件、焼結条件等に関し、日々検討が加えられている状況にあったと認められる。そうすると、甲1発明に係るスパッタリングターゲットにおいても、酸化物の含有量を増加させる動機付けがあったというべきである。

阻害要因について

被告も、非磁性材の含有量を「6mol%以上」と特定することで何らかの作用効果を狙ったものではないと主張している。証拠に照らしても、6mol%という境界値に技術的意義があることは何らうかがわれない。
甲1には、実施例4(酸化物の含有量は1.46mol%)について、「このターゲットの組織は,図1に示した酸化物(SiO2)が分散した微細混合相とほぼ同様であった。」、実施例5(同1.85mol%)及び同6(同3.19mol%)についても「このターゲットの組織は、図1に示した組織とほぼ同様であった。」との各記載があるように、非磁性材である酸化物の含有量が1.46mol%(実施例4)から3.19mol%(実施例6)まで2倍以上変化しても、ターゲットの断面組織写真が甲1の図1と同様のものになることが示されている。さらに・・・メカニカルアロイングにおける混合条件の調整、例えば、十分な混合時間の確保等によってナノスケールの微細な分散状態が得られることも、本件特許の優先日当時の技術常識であった。
甲1に接した当業者は,甲1発明において酸化物の含有量を増加させた場合、凝集等によって・・・粒子の肥大化等が生じる傾向が強まるとしても、金属材料(強磁性材)及び酸化物(非磁性材)の粒径、性状、含有量などに応じて・・・混合条件等を調整することによって、甲1発明と同程度の微細な分散状態を得られることが理解できるというべきである。

新規事項の追加について

実施例3として「94(74Co-10Cr-16Pt)-8Cr2O3 (mol%)からなる強磁性材のターゲット」が、その製造方法とともに記載されており、このような記載に接した当業者は、実施例3は94:8(モル)の割合で強磁性材と非磁性材を秤量して混合、焼結して得られたものであると理解すると認めるのが相当であるから、含有材料のモル数の合計値が100でないことをもって、直ちにいずれかの値に誤りがあり、実施例3の記載が存在しないものとして扱わなければならないとはいえない。

9.実務上の指針

(1)甲1発明には、本件発明との相違点に関して、本件発明の構成を採用する動機付けが何も記載されていない場合であっても、出願時の技術常識を考慮して、動機付けがあると判断される場合がある。

(2)実施例に誤記と推測される記載があったとしても、実施例の記載がただちに存在しないものとして扱われるとはいえない。今回の案件でいえば、実施例3の94(74Co-10Cr-16Pt)-8Cr2O3 (mol%)は、94+8=102mol%となり、100mol%を超えていて誤記と推測される。しかし、裁判所は、実施例3には、Cr2O3粒子の含有量が7.84mol%(=8/(94+8)であることが開示されていると判断した。すなわち、誤記があったとしても、誤記どおりの内容が開示されていると判断される可能性があるので注意が必要。

(3)本件訂正発明1では、実施例1の6mol%と、実施例3の7.84mol%を根拠にして、「6mol%以上」という広い数値範囲の訂正が認められていた。場合によっては、広い範囲の数値限定が認められることがある。

(4)単位が変わると数値が変わる場合があるので注意が必要。今回の案件でいえば、甲1発明の実施例1~8は、セラミック相(SiO2やZrO2)の含有量が全て「3重量%」であったが、実施例1~8は合金相とセラミック相の組成が異なるため(例えば、実施例1はSiO2が3重量%、実施例5はZrO2が3重量%)、mol%に換算すると、実施例1~8には、1.46~3.34mol%という数値範囲をもつ構成が開示されていると判断された。元々、甲1発明には、セラミック相の含有量(重量%)を変更することは開示されていなかったにも関わらず、mol%に換算することによって、含有量(mol%)を変更する構成が開示されていると判断された。

以上