【判例研究】知財高裁平成26年(ネ)第10080号(平成28年3月30日判決)|知財レポート/判例研究|弁理士法人オンダ国際特許事務所

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【判例研究】知財高裁平成26年(ネ)第10080号(平成28年3月30日判決)

2016年8月17日掲載
弁理士 濱名哲也

1.事件の概要

控訴人方法について差止請求を容認した原審に対する控訴事件

2.当事者が求めた裁判

(1)控訴人が求めた主な内容   原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。
(2)被控訴人が求めた主な内容  控訴人は、控訴人方法目録1記載の方法を使用してはならない。

3.事件の概要
  • 被控訴人(原審判の原告)は、特許第4274630号の特許権者である。
  • 被控訴人が、控訴人に対して控訴人方法の差止請求をした。
    この請求について、原判決では、被控訴人(原告)の請求を容認した。
  • 控訴人は、差止請求の容認判決を不服として、控訴した。
  • 控訴人は、無効審判請求をした。無効審判では不成立であったが、その審決取消訴訟で審決が取り消され、差し戻された。

■経緯まとめ

  原審 (東京地裁) 無効審判
→審決取消訴訟
控訴 (知財高裁)
H24/11/ 3 Bが差止請求    
H24/12/25   Aが無効審判請求  
H25/ 7/18   請求不成立  
    審決取消訴訟  
H26/ 7/ 9   審決取消 (進歩性なし)  
H26/ 7/10 判決(容認)
・1億1166万円の損害賠償 ・差止容認
   
      Aが差止請求について控訴
H26/ 9/18   差戻し無効審判で 訂正請求  
H28/ 3/30     判決(原審一部取消し)
・訂正前の請求項は進歩性なし
・訂正不適法

A:控訴人,B:被控訴人(特許権者)

(経緯要約)
原審では、差止請求が認められた。
しかし、無効審判の審決取消訴訟において特許発明が無効とされた。また、控訴審では、訂正は違法とされ、また、訂正前の特許発明も無効と判断された。
結果的に、差止請求は認められなかった。

■進歩性判断の変遷

○(審査) ○(地裁) ○(審判)→
×(知財高裁)
×(知財高裁)

*進歩性について、地裁、知財高裁では、引用文献は同じであったが、判断が異なった。

■特許発明の技術的範囲の充足性の変遷

  ○(地裁)   ○(知財高裁)

*いずれの裁判でも、控訴人方法は、請求項1(訂正前)の要件を充足すると判断された。

4.特許発明と控訴人方法
(1)特許の内容

[課題]スピネル型マンガン酸リチウムは、高温においてMnが溶出するため、高温保存性、高温サイクル特性等の高温での電池特性に劣るという問題がある。本発明は、非水電解質二次電池用正極材料とした時に、充電時のマンガン溶出量を抑制し、高温保存性、高温サイクル特性等の高温での電池特性を向上させたスピネル型マンガン酸リチウムの製造方法および該マンガン酸リチウムからなる正極材料、並びに該正極材料を用いた非水電解質二次電池を提供することを課題とする。
[効果]本発明の非水電解質二次電池は充電状態でのマンガンの溶出を抑制することができるので、高温保存、高温サイクル特性等の高温での電池特性を向上させることができる。

(2)特許発明
  請求項1に係る特許発明
電析した二酸化マンガンをナトリウム化合物もしくはカリウム化合物で中和し,pHを2以上とすると共にナトリウムもしくはカリウムの含有量を0.12~2.20重量%とした電解二酸化マンガンに,
B リチウム原料と,
C 上記マンガンの0.5~15モル%がアルミニウム,マグネシウム,カルシウム,チタン,バナジウム,クロム,鉄,コバルト,ニッケル,銅,亜鉛から選ばれる少なくとも1種以上の元素で置換されるように当該元素を含む化合物と
D を加えて混合し,750℃以上の温度で焼成する
E ことを特徴とするスピネル型マンガン酸リチウムの製造方法。

(注)下破線は筆者。

(3)控訴人方法
  構成
電解二酸化マンガンに
B リチウム原料と,
C 上記マンガンの3.5~4.8モル%がアルミニウムで置換されるようアルミニウムを含む化合物と,
D 上記マンガンの一部がホウ素で置換されるようホウ酸とを加えて粉砕・混合し,750℃程度以上の温度で焼成する
E ことを特徴とするスピネル型マンガン酸リチウムの製造方法。

(注)下破線は筆者

5.主な争点
(1)充足性についての争点

控訴人は、A、B、Cの相違点については争わず、D、Eの構成について争った。

<ホウ酸添加に関する構成要件D及びEについて>

[控訴人主張]

(ⅰ)構成要件Cにおいて、マンガンを置換するのは特許請求の範囲に記載された列記元素に限定されている。したがって、列記元素に加え、非列記元素でも置換するものは、本件発明の技術的範囲に含まれない。

(ⅱ)控訴人方法では、マンガンがホウ素により置換されることから,本件発明とは混合及び焼成される対象物が異なり,これにより生成される物も異なる。

[裁判所の判断]

裁判所は、控訴人方法は特許発明の要件を充足する、と判断した。

(ⅰ)特許発明について、「本件発明の特許請求の範囲の記載上,マンガンの置換に関しては,その一定割合がアルミニウム等の列記元素で置換されることが要件とされているが,この要件が充足されていれば,これに加えてマンガンの他の部分が非列記元素により置換されることが排除されているとみることはできない。」

(ⅱ)「置換元素を加える場合については,実施例及び比較例(段落【0030】~【0066】)に,列記元素により置換したものの記載しかなく,非列記元素との比較において最適の列記元素が特定されたことを示唆する記載はない。また,列記元素と共に非列記元素を添加した場合に,そのような添加をしない場合と比較して高温下での電池特性が低下するなど好ましくない結果となることを示唆する記載もない。このように,本件明細書には,非列記元素の使用や添加を好ましくないものとして排除することを示唆する記載は見当たらない。」

(ⅲ)「本件明細書の記載を参酌しても,原料混合の際にマンガンの一部が置換されるように列記元素に加えて非列記元素が添加されたということで本件発明の技術的範囲から外れることとなるという解釈を裏付けるような記載は見当たらないというほかない。」

[まとめ及び考察]

  • 特許発明において、所定元素を列記元素Y1,Y2・・・で置換することが構成要件となっている場合、当該特許発明は、列記元素に加えて非列記元素を置換する構成も含み得る。
  • 餅事件にしろ、本件にしろ、被告は、付加的要素の存在を理由に、付加的要素を含めた全体構成により特許発明とは全く相違する効果を主張したが、いずれもその主張は認められなかった。
    付加的要素があるというだけの相違だけでは、技術的範囲を充足しないという判断にはならない。
(2)進歩性についての争点

進歩性に関しては、同じ文献が引用されながら、地裁において「進歩性あり」、知財高裁(審決取消訴訟及び控訴審)において「進歩性なし」となった。

 
地裁の判断
知財高裁の判断
引用文献 [乙11] Alなど含有のスピネル型マンガン酸リチウムの製造方法
[乙15] 二酸化マンガンは、電解二酸化マンガンを水酸化ナトリウムで中和することにより得られる。こうして得られる二酸化マンガンはナトリウムを含有する。この電解二酸化マンガンでリチウムマンガン複合酸化物を作成すると、ナトリウムが取り込まれる。
[乙18] スピネル型マンガン酸リチウムにナトリウムが取り込まれることによりマンガンの溶出が抑制される。添加剤を結晶構造中に取り込ませる。添加剤の例:Na2SO4
乙11:特開平11-7956号公報
乙15:特開平9-73902号公報
乙18:特開平11-45702号公報
本件発明と乙11との 相違点 ・中和の構成の有無
「電析した二酸化マンガンをナトリウム化合物もしくはカリウム化合物で中和し,pHを2以上とすると共にナトリウムもしくはカリウムの含有量を0.12~2.20重量%とした」ものであるのに対し,乙11発明はかかる事項を発明特定事項としていない点。
進歩性判断の
主な理由
(a)乙11と乙15に基づく進歩性欠如の否定
・乙15文献に記載のリチウムマンガン複合酸化物はスピネル型とは認められない。
・乙15文献に記載されたナトリウム含有量をスピネル型に適用することが容易であるとみることは困難である。
・焼成温度が特許発明と大きく異なる。

(b)乙11と乙18に基づく進歩性欠如の否定
・ナトリウム化合物等は、飽くまで添加剤として用いられており、中和剤として用いられていない。

乙11に乙18と乙15とを適用することに基づく進歩性の否定
・マンガンの溶出が高温保存性低下させることは、周知の課題である。
・乙18には、ナトリウムが取り込まれることによりマンガンの溶出を抑制することが記載されている。
・乙15には、水酸化ナトリウムで中和した電解二酸化マンガンにはナトリウムが含有されており,このような電解二酸化マンガンをリチウムマンガン複合酸化物の原料として用いた場合(乙15)に,この電解二酸化マンガンに含有されていたナトリウムがリチウムマンガン複合酸化物の結晶構造中に取り込まれることも,広く知られていたといえる。
そうすると、結晶構造中にナトリウムを取り込み、マンガンの溶出を抑制することは当業者が容易に想到することである。

【まとめ】
・「Mn溶出による高温特性低下」は周知の課題である。
・Naの存在は、Mn溶出を抑制させる(乙18)。 ・NaOHでの中和で結晶構造にNaを存在させることは、周知である(乙15)。

 [進歩性の判断が異なった理由の考察]

  • 地裁では、「乙11に乙15を適用すること」及び「乙11に乙18を適用すること」のそれぞれについて個別に判断した。これに対して、高裁では、「乙11に乙18と乙15とを適用すること」について判断した。
  • 控訴人(被告)は、特許を無効にする機会を最大4回有する。進歩性否定の論理付けも4回試せることになる。控訴人(被告)は、乙15を周知技術とすることにより無効化に成功した。
  • 地裁では、ナトリウムによる「中和」とナトリウムを「添加」することとは技術的に全く相違する事項であると判断した。
    これに対し、知財高裁では、「中和」及び「添加」の相違点に着目するのではなく、ナトリウムを結晶構造中に存在させることについての困難性の存否を判断した。中和は、ナトリウムを存在させる周知手段の一つであると認定した。知財高裁は、特許請求の範囲の文言に捉われずに、発明の解決原理(特に課題との関係を重視して)に基づいて進歩性を判断した。
  • 被控訴人は、その製法から得られる物の効果について主張したが、その主張は進歩性の判断材料として採用されなかった。
  • 被控訴人は、明細書に記載の別の効果に基づいて、明細書に記載の課題とは別の課題(高い初期放電容量と高温特性の向上の両立)があることを主張したが、明細書には、当初の課題が記載されていることを理由に、その主張(別の課題)は認められず、また、仮に別の課題があったとしてもその課題は進歩性の判断に影響を及ぼさないと認定された。
  • 本件では、結晶中のナトリウムの存在させる手段として、「中和」と「添加」とが置換可能な手段であるされた。引用文献に、「中和」することによって得られた二酸化マンガンはナトリウムを含有すること、が開示されていたためである。
6.まとめ(実務上の指針)
  • 裁判所は、特許発明の技術的範囲の解釈について餅事件と同じ方針に従っている。
  • 特許発明の構成の全てと付加的構成とを含む物または方法は、当該特許発明の技術的範囲に含まれ得る。
  • 所定元素を存在させる場合において、「中和」と「添加」とを区別するか、「中和」を「添加」の一手段の例とするかを検討する。
  • 調査において、特許請求の範囲に「中和」とある場合、その技術的意義を特定し、その目的が「元素を所定構造物に含有させること」であれば、その調査対象に「添加」を加える。また特許請求の範囲に「添加」とある場合も同様。
  • 周知の課題を発明の課題とする場合、周知の課題を解決した他の発明との相違点を明確にしておく。

以上