二行為者クレーム|外国知財情報|オンダ国際特許事務所

二行為者クレーム|外国知財情報|オンダ国際特許事務所

アクセス

二行為者クレーム

(パテントメディア2011年5月発行第91号掲載)
米国特許弁護士 ブライアン P.ファー

侵害が成立するために二人の行為者の行動が必須となる特許クレームがあります。例えば、一方がメッセージを送り他方がそれを受け取ることが要件になっているクレーム、つまり送信者と受信者で成り立つクレームなどです。最近、連邦巡回控訴裁判所(以下、「CAFC」といいます)で出された判決において、このタイプのクレームの侵害が一方の行為者の行動のみで成立するかどうかを争点としたものがありました。米国特許第5287270号について2011年1月20日に出されたCentillion Data Systems v. Qwest事件のものです。

この特許はサービス提供業者からユーザーへの情報を収集、処理、配信する請求書作成システムに関するものです。このシステムは、特に通信事業者がパソコンに適したフォーマットで通話データを処理するために使用されます。クレームは全部で85項で、そのうちクレーム1から46はシステムに関するもの、残りは方法に関するものでした。判決はシステムのクレームのみに関わります。

CAFCはクレーム1の概要をユーザーに情報を提供するシステムとしました。
それによると、システムは、
1)取引記録を記憶する記憶手段と、
2)ユーザーが指定した形式で取引記録から要約レポートを生成するデータ処理手段と、
3)ユーザーに取引記録と要約レポートを転送する転送手段と、
4)取引記録に追加の処理をするためのパーソナルコンピュータデータ処理手段と、
を備えるものとされています。

クレームの問題点は第4段落にありました。被疑侵害者である通信会社は上述の第1から第3段落を満たすソフトウェアを作成しました。しかしながら、第4段落のパソコンデータ処理装置はユーザー側のものです。従って、クレームのすべての要件を満たすには行為者が二人必要になります。判決は、クレームされているシステムをサービス提供者により行われる第1~3段落に記載の「バックエンド」処理と、ユーザーにより行われる第4段落に記載の「フロントエンド」処理を含むものとしました。

被疑侵害者はユーザーに毎月、請求書の電子データを提供していました。さらにサービスのオプションとしてパソコンにインストール可能なソフトウェアを提供しました。ユーザーはオプションのソフトウェアをインストールせずに請求書データを活用可能ですが、ソフトウェアをインストールすれば、より高機能な処理が可能になります。一旦登録すれば、ユーザーは毎月、任意に請求書情報をダウンロードすることが可能になります。また、自分のパソコンを使って日付範囲を指定することも可能で、システムは指定された日付範囲のデータをダウンロード可能な状態にします。

前述の裁判より前に行われたBMC Resources v. Paymentech, L.P. 事件及びCross Medical Products v. Medtronic Sofamor Danek, Inc.事件においてCAFCは、「侵害の成立には一方の被疑侵害者がすべての構成要件を実施するか、他の被疑侵害者が実施するように操作する或いは指示することが必要である」としました。この決定を今回の件にあてはめ、米国地方裁判所はシステムクレームの侵害はないものと判断しました。被疑侵害者はダウンロード可能なソフトウェアを提供しましたが、ユーザー側がそれを使うのは任意であり、クレームにあるような追加の処理を行うことも必須ではありませんでした。地方裁判所は被疑侵害者がユーザーの行動を操作したり指示したりしてはいないと判断しました。これに基づき、地方裁判所がシステムに関するクレームの侵害なしとするsummary judgment(正式事実審理を経ないでなされる判決)を求める申し立てを認容したため、特許権者は上訴しました。

米国特許法第271条には特許侵害について定義されています。「特許された発明を、許可なく、合衆国内で生産、使用、販売の申出、若しくは販売した者又は合衆国に輸入した者は特許を侵害する」としています。今回のケースで難しいのは、特許権者が通信会社だけを訴え、ユーザーを訴える意図がなかったことにあります。従って、通信会社が特許発明を直接使用または製造したのか、あるいはその一部を使用または製造したのかということが争点になりました。

CAFCは、通信会社は特許発明を実施していないと結論付けました。裁判所によれば、直接侵害を定義した第271条における「使用」に該当するのは、単独の行為者が「発明を提供し」「システム全体を操作してそこから利益を得る」場合であるとしました。被疑侵害者である通信会社は発明におけるバックエンド処理に関する構成を実施しましたが、「パソコンにおけるデータ処理手段を実施したわけではないので、クレームされたシステム全体を使用した」わけではありません。さらに、CAFCは、ユーザーの行動については通信会社に責がないとしました。つまり、ユーザーはソフトウェアをダウンロードしてインストールするよう指示されたわけでもなく、通信会社に雇われているわけでもないからです。要するに通信会社は「クレームの構成要件を他者に実施するよう指示した」わけではないのです。同じ理由により、裁判所は通信会社が特許発明を実施したわけではないとしました。
これにもかかわらずCAFCは、ユーザーが特許発明を直接侵害する可能性があることも示しました。例えば、所望の日付範囲に関するクエリーを送信した場合、ユーザーはシステム全体を活用することになります。つまり、ユーザーがシステムを操作しそこから利益を得ていることになります。さらに、この場合、ユーザーはシステムを使用する単独の行為者であるため、侵害の成立に際し「他者に行動を指示した」という要件は不要になります。

CAFCは、通信業者による直接侵害はなかったとしつつも、通信業者がユーザーによる侵害を誘発したかどうかについてはコメントをしませんでした。つまり、特許法第271条(b)項は「特許権侵害を積極的に引き起こした者は侵害の責を負う」としています。原告(控訴人)も被告(被控訴人)も特許権侵害の積極的誘発について上訴しなかったため、CAFCはこの争点に対して意見を述べませんでした。

第271条(c)項では、侵害を幇助した者の責任について規定しています。この条項では、「発明の重要な部分を構成する構成要素を、それが特許の侵害に使用するために特に製造又は適合されたものであることを知りつつ、販売の申出若しくは販売を行う」ことが間接侵害の成立要件だとしています。しかし、同項には「実質的な非侵害の使用(substantial noninfringing use)に適する主要な商業製品」は例外である旨の規定があります。今回のケースにおいては、被疑侵害者はCAFCに対してダウンロード可能なソフトウェアが実質的な非侵害の使用に供するものであるかどうかの判断を求めました。しかしCAFCは下級審において検討されていないことを理由に、この争点への言及を拒否しました。

このケースから得られる教訓は、クレーム作成にあたっては、単一の行為者のみで直接侵害が成立するような書き方をするほうがよいということです。侵害の誘発や幇助侵害の立証が可能な場合もありますが、その場合も立証は容易ではありません。なぜなら、立証には他の行為者も絡んでくるからです。単一の行為者で侵害が成立するようなクレームを書いておいたほうが侵害をより容易に立証することができたはずです。

より簡便な方法は上記のクレーム1から第4段落を削除することです。「取引記録に追加の処理をするためのパソコンデータ処理手段」を記載すべきではなかったのです。先行技術との相違を明確にするために必要だったとしても、「取引記録に追加の処理をするためにパソコンにインストール可能なパソコンデータ処理手段」とすることもできたのです。「インストール可能な」という文言を入れればユーザーのパソコンにインストールできるソフトウェアをダウンロード可能な状態にすることでクレームの要件を満たすことになります。つまり、実際にユーザーがダウンロードしてインストールすることはクレームの全構成要件を満たすために必要ではなくなるのです。入手可能な状態であり、ダウンロード後のインストールが可能な状態にするだけでクレームの要件が満たされるのです。こうすればソフトウェアの供給者をシステムクレームの直接侵害者とすることが可能だったはずです。

この教訓はシステムのクレームだけではなく装置クレームにもあてはまります。例えば、トラクションを向上させたタイヤについての特許出願があったとします。「トラクションを向上するために車両のホイールに搭載されるタイヤ」とするのはあまりいい書き方ではありません。この記載ではタイヤメーカーを直接侵害者とすることができないからです。つまり、侵害誘発や侵害幇助の責任がタイヤメーカーと車両供給者の双方にあると立証する必要が出てきます。「車両のホイールに搭載可能なタイヤ」としたほうがずっと良いでしょう。このようにすれば、タイヤメーカーを直接侵害者とすることができますし、車両メーカーを巻き込む必要もありません。
特許クレームの作成時には権利行使に備え、単独行為者による侵害が成り立つような記述を心掛けつつ、先行技術との相違が明確になるような記述になっているかチェックしましょう。上記のシステムに関するクレーム1は第4段落を削除すればずっと強い権利になったはずです。一般的に、クレームは発明に向けられるべきものであり、発明に含まれないのに侵害の成立には必要になってくるような装置を含むべきではありません。Centillion Data Systemsのケースでは、発明がユーザーのパソコンで使用されるにすぎないものであるにも拘わらず、クレームではパソコンを発明の構成要素にしたことで事態が複雑になってしまったのです。