不正競争防止法2条1項3号に関する判決紹介 (商品形態模倣行為)|知財レポート/判例研究|弁理士法人オンダ国際特許事務所

不正競争防止法2条1項3号に関する判決紹介 (商品形態模倣行為)|知財レポート/判例研究|弁理士法人オンダ国際特許事務所

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不正競争防止法2条1項3号に関する判決紹介 (商品形態模倣行為)

(パテントメディア2010年5月発行第88号掲載)
弁理士 正木美穂子

意匠登録を受けていない自社製品のデザインを他社に模倣された場合、模倣を排除するために、法律上どのような主張ができるのでしょうか?あるいは、意匠登録を受けていない意匠であれば、第三者が自由に模倣することは許されるのでしょうか?

このような問題に直面した際に検討すべき事項の一つとして、不正競争防止法2条1項3号の適用が挙げられます。同号は「他人の商品の形態(当該商品の機能を確保するために不可欠な形態を除く。)を模倣した商品を譲渡し、貸し渡し、譲渡若しくは貸渡しのために展示し、輸出し、又は輸入する行為 」を不正競争行為の一態様として規定しています。本稿においては、この商品形態模倣行為に関する判決として、「ぬいぐるみ事件」(東京地裁 平成19年(ワ)19275号 平成20年7月4日判決)をご紹介します。

1.事案の概要

本判決は、被告の販売した被告商品(小物入れ付きぬいぐるみ)は、原告商品の形態を模倣したものであるから、不正競争防止法2条1項3号の不正競争行為に該当するとして、原告から損害賠償及び謝罪広告が請求された事案です。さらに、不正競争に関する請求のほかにも、被告の販売は原告の著作権を侵害する行為に該当するとして、著作権侵害に関する損害賠償が請求されました。

■当事者 
原告 
B社(原告商品を企画・製造する韓国法人)   
BJ社(原告商品の日本国内における独占的販売業者)
被告 
S社(百貨店及びチェーンストア経営)

■結論 請求棄却

■争点
  1) 被告商品は原告商品の形態を模倣したものか。
  2) 原告商品の形態は商品の機能を確保するために不可欠な形態であるか。
  3) 被告は被告商品が原告商品を模倣したものであることにつき善意かつ無重過失であったか。
  4) 原告商品は著作権法により保護される著作物に当たるか
  5) 被告による著作権侵害の成否
  6) 原告らの損害
  7) 謝罪広告の必要性

■訴訟提起までの経緯
不正競争防止法2条1項3号に関する判決紹介 (商品形態模倣行為) | 2010年

 

2.裁判所の判断

東京地裁は、本件の主要な争点1~4について、次のような判断を下しました。

争点1 被告商品は原告商品の形態を模倣したものか⇒YES

(1)原告商品と被告商品は、個々の特徴的形状の多くが共通しており(下記A~E参照)、全体の形態もほぼ同一であること、(2)原告商品、被告商品ともに動物のぬいぐるみに小物入れを組み合わせた商品である点で共通していること、及び(3)被告商品の販売開始時期が原告がウェブサイトに原告商品の写真を掲載した時期に近接しているとの事情を考慮すれば、被告商品は原告商品を模倣して製造されたものと推認することができる。
なお、被告が主張した差異点(下記ア~エ参照)については、差異点アは原告商品にも共通している形態であり、差異点イ~エはいずれも些細なものであって、両者の形態が実質的に同一であると判断することの妨げとなるものではない。

不正競争防止法2条1項3号に関する判決紹介 (商品形態模倣行為) | 2010年

共通点
A 頭顔部が縦に長い楕円形、胴体部が円筒状をしており、胴体部の背面側の上端で頭顔部が連結されていること
B 胴体部の上端に円を囲む形で腕があり、上端の正面で腕の先端を合わせていること
C 頭部や耳を覆う毛の材質と顔面部を覆う毛の材質が異なっていること
D 黒い糸で手足の指を形成していること
E 目、鼻、耳、足及び尾の形状や取付位置
差異点(被告の主張)
ア 手足の指を表現するものとして黒い糸が縫い付けられている点
イ 耳元にリボンが付けられているのに対し、原告商品ではこれらが存在しない点
ウ 頭と顔全体のバランスが異なる点
エ 原告商品の底面のマジックテープが被告商品には付けられていない点

 

争点2 原告商品の形態は商品の機能を確保するために 不可欠な形態であるか⇒NO

プードルのぬいぐるみに小物入れを組み合わせた商品の形態としては、その組合せ方法や個々の部分の形状等により様々なものが考えられるから、原告商品の形態は、プードルのぬいぐるみと小物入れの組合せであることから必然的に導かれる形態であるということはできないし、特定の効果を奏するための必須の技術的形態であるということもできない。
そして、原告商品と同様の組合せを採用した他の同種商品が存在することを認めるに足る証拠がないこと、並びに円筒状の胴体部の背面側上端で頭顔部が連結されている点(共通点A)や胴体部の上端に円を囲む形で腕があり、正面で腕の先端を合わせている点(共通点B)は、原告商品の特徴的な形状であるということができること等に照らせば、原告商品の形態が個性を有しないものということはできない。

争点3 被告は被告商品が原告商品を模倣したものであることにつき善意かつ無重過失であったか⇒YES

以下の事情を考慮すれば、被告は被告商品が原告商品を模倣したものであることにつき善意かつ無重過失であったものと認められる。

[被告側の事情]
被告の仕入れ担当部門が1年間に取り扱う商品数は約12万点に及び、仕入先が被告に対して行う企画提案の数も極めて多数に及ぶと推測されることからすると、被告は、商品の企画や生産の過程に関与することはなく、商品の選定やその販売数量及び価格の決定のみを行っていたと認められる。被告が、膨大な数量の商品すべてについて、その開発過程を確認するとともに、形態が実質的に同一の同種商品がないかを調査することは、著しく困難である。
また、原告担当者が被告バイヤーと名刺交換したり、商品カタログを交付したりしていた事実があるとしても、同バイヤーが被告商品の仕入れ担当者ではなかったこと、及び名刺交換時から被告商品の販売開始までの間に、被告において原告商品の購入が検討された形跡は認められないことから、一従業員との間における事情のみでは、被告が原告商品の存在を認識し、又は認識することができたということはできない。

[原告側の事情]
東京ギフトショーで審査員特別賞を受賞した際には、原告商品は未だ一般に販売されていなかった。また、その後の原告商品の販売金額は合計19万0487円、販売数量も合計330個にとどまり、その宣伝,広告の範囲も、原告BJ社のウェブサイトや商品カタログへの掲載にとどまるため、一般に広く認知された商品とは認められない。

争点4 原告商品は著作権法により保護される著作物に当たるか⇒NO

著作権法2条1項1号は、同法により保護される著作物について、「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」と規定し、同条2項は、「この法律にいう美術の著作物には、美術工芸品を含むものとする。」と規定している。これらの規定は、意匠法等の産業財産権制度との関係から、著作権法により著作物として保護されるのは、純粋美術の領域に属するものや美術工芸品であり、実用に供され、あるいは産業上利用されることが予定されているものは、それが純粋美術や美術工芸品と同視することができるような美術性を備えている場合に限り、著作権法による保護の対象になるという趣旨であると解するのが相当である。
原告が主張する、ペットとしてのかわいらしさや癒し等の点は、プードルのぬいぐるみ自体から当然に生じる感情というべきであり、原告商品において表現されているプードルの顔の表情や手足の格好等の点に、純粋美術や美術工芸品と同視することができるような美術性を認めることは困難である。また、東京ギフトショーにおいて審査員特別賞を受賞した事実が、原告商品の美術性を基礎付けるに足るものでないことは明らかである。したがって、原告商品は、著作権法によって保護される著作物に当たらない。

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3.実務への指針

本判決の中で特に注目すべきは、被告商品が原告商品と実質的に同一形態の模倣品であり、不正競争防止法2条1項3号の不正競争行為に該当すると認定されたにも拘わらず、被告が善意かつ無重過失であると判断されたことから、不正競争防止法19条1項5号に基づき損害賠償請求等が認められなかった点です。
裁判所は、被告が取り扱う膨大な数量の商品すべてについて、その開発過程を確認し、市場に同一の商品が既に存在していないか調査することは著しく困難だったこと、及び原告商品の販売数・販売金額が少なく、宣伝広告も余り行われていなかったため、一般的な認知度が低かったことを指摘した上で、被告が模倣の事実を認識することができなかったとしても、取引上要求される注意義務を怠ったことにはならないと判断しました。
不正競争防止法2条1項3号は、原告側(被侵害者)の商品形態の周知性・著名性を要件とするものではありませんが、少なくとも、被告(侵害者)が他社から商品を購入して販売している販売業者である場合には、本件のように、被告が善意無重過失であるか否かの判断において、原告商品の一般的認知度が考慮される可能性があるといえます。
そうすると、形態の同一性が極めて高い場合であっても、商品の製造を行わない販売業者に対して権利行使を行う際には、不正競争防止法19条1項5号ロに該当して、権利行使が不可能となるおそれがないか、十分に事実関係を確認する必要があります。
また、不正競争防止法及び著作権法には、意匠法40条のような過失の推定規定が存在しないため、損害賠償請求訴訟において、原告が負う立証負担が非常に重く、さらに、不競法2条1項3号の模倣行為には、同法19条1項5号イにより「日本国内において最初に販売された日から起算して3年」という時期的制限が設けられています。概して、商品形態を意匠権行使以外の方法で保護することには、多くの困難を伴うといえるでしょう。
一方、原告商品が、展示会に出展する前、又は出展後6ヶ月以内に新規性喪失の例外の適用を受けて、小物入れ付きの「ぬいぐるみ」の意匠として意匠登録出願され、登録を受けていたならば、被告が模倣事実について認識していなかったとしても、意匠法40条により過失が推定されることになります。
本判決文に示されたとおり、被告商品の形態と原告商品の形態は、実質的同一と認められる程度に類似性が高く、意匠法上の類似関係も成立すると考えられますので、意匠権を取得していれば、正当かつ有効な権利行使ができていた可能性が高いと推測されます。
以上より、本判決からは、不正競争防止法に基づく権利行使に関しては、適用除外の有無等について慎重に検討する必要があることと共に、意匠登録の重要性をも再認識すべきと考えます。

■関連条文
[不正競争防止法] 2条1項3号、2条5項、19条1項5号イ、ロ
[著作権法]    2条1項1号
以上