中国特許出願の補正制限について|外国知財情報|オンダ国際特許事務所

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中国特許出願の補正制限について

(パテントメディア2014年1月発行第99号掲載)
中国弁理士 関 英澤(カン・エイタク)

近年、中国特許出願の審査において「新規事項の追加」に関する拒絶理由が急激に増加し、多くの国内外出願人および代理人は、特許出願の補正制限の厳しさに戸惑いを覚えています。本稿では、中国特許出願書類の補正時に「新規事項の追加」に対する制限の現状、および最近の動向を紹介し、外国人出願人が補正を行う際に注意すべき事項についてご紹介します。

一、法的根拠

特許出願の補正制限の大原則は、どの国でも同じであり、即ち、特許出願書類に対して補正を行う場合、出願当初の明細書および請求項の範囲内で行わなければなりません。中国専利法第33条は、以下のとおり規定しています。

「特許出願書類の補正は、元の明細書及び請求項に記載した範囲を超えてはならない。」

また、専利審査指南(日本の審査基準に対応)は、「元の明細書及び請求項に記載した範囲」について、以下のように解釈しています。

「元の明細書及び請求項に記載した範囲は、
(i)元の明細書及び請求項の文字にて記載された内容
(ii)元の明細書及び請求項の文字にて記載された内容または明細書の図面に基づいて直接かつ一義的に確定できる内容
を含む。」

この審査基準によれば、特許出願書類に対して補正可能な内容は、「出願当初の明細書及び請求項の文字どおりに記載された内容」のみならず、「出願当初の明細書及び請求項の文面又は図面に基づいて直接かつ一義的に確定できる内容」まで含みます。しかし、近年、実務上では「直接かつ一義的に確定できる」という条件が非常に厳しく解釈され、補正可能な範囲は、事実上「文字どおりに記載された内容」に近いものに限定されています。

二、主な問題点

以下に、現在中国においてよく議論される新規事項の追加の種類について説明します。

1.二次概括

中国の特許業界において、「二次概括」という言葉がよく使われています。「二次概括」は、出願の際に明細書の内容を請求項において上位概念化する「一次概括」に対する概念であり、補正の際に出願当初に記載していなかった新たな中位概念を追加することを指しています。こうした新たな中位概念の追加は、中国現行の審査基準の下では完全に禁止されています。

例えば、出願人は、出願時の明細書においてCDレコードプレーヤー、DVDレコードプレーヤー、及びMDレコードプレーヤーの実施形態を記載し、請求項において、これらの実施形態の上位概念である「録音、再生用の設備」を記載すること(一次概括)ができます。しかし、例えば拒絶理由の応答時に、新規性、進歩性に関する拒絶理由を解消するために、請求項における「録音、再生用の設備」を「光学式レコードプレーヤー」という新たな中位概念に補正することは禁止されています。

こうした補正を許すべきであるかについて、いろいろな意見があるかと思いますが、特許制度の合理性を評価する際に、公衆(第三者)の利益と出願人の利益とのバランスを考慮しなければなりません。

上記の例では、公衆の利益保護の観点から見ると、確かにこのような二次概括を禁止する理由があります。つまり、出願時に記載していなかった中位概念「光学式レコードプレーヤー」の追加を許すと、その中位概念自体が新規な事項になりますし、元の明細書に記載していなかった「LDレコードプレーヤー」等も請求項に含まれてしまうので、公衆の利益が損害されます。

一方、出願人の利益保護の観点から見ると、特許制度は発明を開示するかわりに権利を取得できるというものですので、出願時に明細書が開示した内容を超えなければ、出願時に許す概括は補正時にも許すべきである、という反論ができます。

これについて、中国知識産権局は以下の見解を示しました。 即ち、出願時に請求項における概括(一次概括)に対する審査は、「明細書によって開示される内容から概括した技術内容は、その開示内容による技術上の貢献に対応するか」を基準としていますが、補正時に新たな概括(二次概括)に対する審査は、「出願人による補正を許すとともに、第三者の法的安全性を確保しなければならないため、当業者が出願内容から直接かつ一義的に確定できるか」を考慮しなければなりません。

確かに、「二次概括」の合理性を判断する際に、「第三者の法的安全性」を考慮しなければなりませんが、出願人の権益、即ち「開示した内容に対応する権利範囲の取得」を全く考慮せずに「二次概括」を完全に禁止するのは、第三者と出願人の利益のバランスがとれているとは言えないと思います。

この点について、中国知識産権局は以下のように主張しました。即ち、補正は「二次概括」にかかるものである場合、(1)充分な下位概念の実施例が上位概念の共通性を有する、(2)発明は、下位概念の特有な特徴ではなく、上位概念が含む全ての実施例の共通な特徴に関するものである、という2つの条件を満たせれば認められます。この見解は、基本的に合理的であると思います。しかし、実際の運用中、「充分な下位概念」という条件を満たすのは、非常に難しいことです。

以下に、実際の事例を見てみます。
出願当初の明細書には、「ダイヤフラムの表面は、粒状突起を有する表面(図5B)、リブ状の突起を有する表面(図5C)、又は環状突起を有する表面(図5D)である」と記載されていました。拒絶理由の応答時に、図5B~5Dに示される実施例に基づき、「ダイヤフラムの表面に、突起が形成されている」という内容を追加する補正を行いました。

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この補正に対して以下の拒絶理由が発行されました。即ち、「図5B~5Dに示される表面における突起は、特定の形状及び配置パターンを有しており、『ダイヤフラムの表面に、突起が形成される』という表現は、他の形状、配置パターンの突起を含むこととなるため、新規事項の追加となる。」
実施例を上位(中位)概念化する場合、明細書に書いていなかった実施例を含むのが普通です。この例では、出願当初の明細書において突起の形状、配置パターンをいくら記載したとしても、「突起」に概括すれば、明細書に書いていなかった実施例を含むことになってしまいます。結局、現行の審査基準では、上述した「充分な」下位概念という条件を満たすために、上位概念の可能な実施形態を全部、あるいはほとんど含む必要がある、と理解すべきです。
このように、中国では「二次概括」がほとんどできませんので、中国への出願手続が完了した後に、基本的に「二次概括」にかかる補正を勧めることはできません。なお、外国人出願人は、「二次概括」を回避するとともに、拒絶理由にスムーズに対応するためには、以下の対策をとることができます。
例えば、日本基礎出願の出願時に、請求項又は明細書に中位概念を多く記載しておけば、中国に出願する際に、それらの中位概念をそのまま使用することができますので、「二次概括」を回避しつつ、拒絶理由の内容に応じて適切な中位概念を選択することができます。
また、日本出願を基礎としてパリルートで中国に出願する前に、請求項に中位概念を含む請求項を追加することができます。このように中国への出願の前に中位概念の請求項を追加することは、「二次概括」になりませんので、出願時と同じように実施形態に基づいて適切に上位概念化することができます。

2.関連構成要素

中国では、請求項を補正する際に、所定の関連性を有する複数の構成要素を分割して、その一部の構成要素のみを追加することはできません。この規定の趣旨は、複数の構成要素が所定のパターンで組み合わせられたときのみ、課題を解決し、効果を得ることができる場合、これらの構成要素を一体として考慮しなければならないので、その一部の構成要素のみを追加することを禁止すべき、ということです。

この規定の内容及び趣旨は特に問題ないと思います。しかし、審査官によっては、この規定を機械的に解釈し、不適切な判定をする場合があります。以下に、1つの事例を紹介します。

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図1に示されるように、本願発明は、工具を収納するためのバッグ14に関するものです。出願時の請求項に記載されていませんでしたが、出願当初の明細書には、「バッグ14の外側には、ハンマーの頭部を掛けるための上部支持アーム16とハンマーのハンドルの移動を規制するための下部支持アーム30とが設けられている。前記下部支持アーム30はU字形の部材によって形成され、且つ前記上部支持アーム16はU字形の部材によって形成されている」という内容が記載されています。

進歩性に関する拒絶理由を受けた後に、上述の明細書の内容を根拠として「前記下部支持アーム30はU字形の部材によって形成される」という内容を請求項1に追加するとともに、意見書において「下部支持アーム30がU字形に形成されることにより、ハンマーのハンドルの移動をスムーズに抑制できる」と主張したところ、以下の拒絶理由が発行されました。即ち、明細書には、「前記下部支持アーム30はU字形の部材によって形成され、かつ前記上部支持アーム16はU字形の部材によって形成されると記載されており、上部支持アームに関する限定事項を記載しなければ、下部支持アームと様々な形状を有する上部支持アームとの組み合わせが本願に含まれることとなり、新規の事項になる」ということです。

確かに上部支持アーム30と下部支持アーム16とは完全に関連性がないとはいえません。しかし、意見書において主張した「ハンマーのハンドルの移動をスムーズに抑制できる」という効果は、下部支持アーム16がU字形の部材であれば得られるものであり、上部支持アーム30の形状とは全く関係しません。そのため、上述した「関連構成要素」に関する規定の趣旨を考えれば、上部支持アーム30と下部支持アーム16とを一体として考慮しなくてもよく、下部支持アーム16のみを追加することを許されるべきと考えます。

しかし、審査官は、上部支持アーム30と下部支持アーム16との間に本質的な技術関連性があるか否かを判断せずに、これらの支持アームの形状を説明する内容が同じ文章にあり、「かつ」で繋がっていることに基づき、実施形態に記載されたパターンに限定すべきであると判断したと思われます。

このように、審査官が構成要素の関連性について機械的に判断する場合がありますので、実質的な技術関連性の低い構成要素の不必要な追加を回避するためには、明細書を作成する際に、各実施形態の必須事項と任意事項とを区別して記載することは重要です。即ち、1つの実施形態において必須事項のみを記載し、任意事項については、「○○部を備えても良い」という形で記載すれば、構成要素の関連性に対する審査官の機械的な判断を有効に回避できるでしょう。また、上述の例のように、同じ文章に記載されていることのみに基づいて、分割できない構成要素であると判定されることもありますので、関連性の低い部材に関する説明をなるべく別々の文章に記載したほうが良いと思います。

3.図面のみに基づく補正

「中国では図面のみに基づく補正は非常に難しい」と感じている実務担当者は少なくないはずです。図面のみに基づく補正はどのように難しいか、どのような補正が許されるかについて、以下の事例を参照して説明します。
図1は、板状部材10の斜視図であり、図3は、この板状部材10を図1の左側から見たときの端面図です。図1および図3に示されるように、板状部材10は、所定の角度をなす第1部分11と第2部分13とを備えています。

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出願人は、拒絶理由の対応時に図1および図3のみに基づいて「第1部分11と第2部分13との間の角度は、鈍角である」という内容を請求項に追加したところ、「図3は概略図であり、図3に基づいて『両部分の間の角度が鈍角である』ことを直接かつ一義的に確定できない」とする拒絶理由が発行されました。出願人は、図3に示された第1部分11と第2部分13との間の角度が鈍角であることは明白であると思い、審査官に問い合わせをしたところ、審査官は以下の意見を述べました。即ち、本拒絶理由は図3に示された両部分の間の角度が鈍角であることを否定するものではなく、「本願発明が適用できる角度の範囲が90°~180°である」ことをサポートする根拠がない、とするものです。

本件の出願人のように、図3に基づいて「鈍角」と補正できると考える方が多くいるかと思います。しかし、よく考えると、図3に示されている第1部分11と第2部分13との間の角度が特定の角度(140°)であり、この一例のみに基づいて、「鈍角」という上位概念化することは確かに無理があります。図面のみに基づく補正が特に難しいと感じている1つの理由は、図面によって表現される内容に対する審査官と出願人(代理人)の認識が、文字記載の場合よりもずれやすいことにあるかもしれません。例えば、図面ではなく、「第1部分11と第2部分13との間の角度が140°である」という文字の記載に基づいて「鈍角」に補正する場合、この補正が認められないことを納得しやすいと思います。

では、図面のみに基づく補正は全く認められないでしょうか。そうではありません。図面のみに基づく補正の場合、定量的な限定は基本的に認められませんが、定性的な限定は認められる可能性があります。「定性的な限定」の例としては、例えば、「A部材がB部材よりも長い」等の表現があげられます。そのため、図面のみに基づいて補正を行いたい場合は、まずは図面によって表現される内容を自分の思い込みで広く解釈していないかを考えながら、定性的な限定であるかを慎重に検討することが必要です。

三、最近の動向

以上に紹介したように、中国現在の審査基準では、補正可能な範囲は、「出願当初の内容に基づいて直接かつ一義的に確定できる内容」までしか拡張されておらず、しかも審査官によってはこの基準を機械的に理解して審査を行うことがあります。
近年、多くの中国弁理士および代理機構は、もっと出願人の利益を考慮し、補正可能な範囲を「直接かつ一義的に確定できる事項」から「出願当初の内容から自明な事項」まで拡張すべきであると主張していますが、審査基準が緩和される動きは全くありません。 現行の審査基準がなかなか変わらない理由は、いろいろあるかと思いますが、以下の2つが最も重要な理由であると言われています。
まず、現行の審査基準は、厳しすぎるかもしれませんが、審査官(特に経験の少ない審査官)にとっては、運用しやすいものとなっているからです。つまり、審査基準が機械的なものに近いほど、判断の基準が明確になり、審査官の審査効率が高くなります。中国の特許出願件数が急増しているため、審査官の審査効率を向上させることは非常に重要なことですが、これを理由に出願人の利益を害することはやはり問題があると多くの中国弁理士が思っています。
また、中国知識産権局では、審査官による審査の品質に対するチェック作業があり、新規事項追加の見落としが最も重大なミスと判断されるそうです。そのため、審査官は、新規事項の追加に関して余計に神経質になり、客観的な判断ができない場合があります。 では、今後も新規事項の追加の審査基準が緩和される可能性はないでしょうか。多くの国と同じように、中国でも、特許審査基準は最高人民法院(最高裁)の判決に影響されます。実は、2011年12月に最高人民法院による非常に有名な判決(2010知行字第53号)が下されました。最高人民法院は、この判決において専利法第33条の立法趣旨に鑑み、補正可能な範囲について専利審査指南に規定された基準とは異なる以下の基準を採用しました。

(i) 原明細書、図面及び請求項の文字あるいは図形等で明確に表現した内容
(ii) 当業者が原明細書、図面及び請求項の全てを通じて、直接、明確に導き出すことができる内容

この基準は日本の現行の審査基準に近いものであり、同基準の下では、「直接かつ一義的に確定できる内容」よりも広い範囲での補正が認められます。ところで、最高人民法院は、この判決を通じて補正の許容範囲について現行の審査基準を緩和したかったのですが、同判決において不適切な内容もありましたので、中国知識産権局がこの判決の内容を納得しておらず、中国弁理士会もこの判決をもって審査基準の緩和を強く主張できませんでした。その結果、現行の審査基準がこの判決により変わることはありませんでした。しかし、司法政策としては補正可能な範囲を拡大する傾向にあることは明らかであるため、今後、最高人民法院が適切な判決を出すことにより、特許出願の補正制限が緩和されることが期待できると思います。