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  5. 【判例研究】平成21年(行ケ)第10303号審決取消請求事件(特許)(補正が新規事項追加に該当せず適法であるとして、審決を取り消した事例)
判例研究/レポート

平成21年(行ケ)第10303号審決取消請求事件(特許)
(補正が新規事項追加に該当せず適法であるとして、審決を取り消した事例)

平成22年9月15日
弁理士 鈴木あかね

1.事件の概要

特願2003−182514(発明の名称:携帯電話端末、特許出願人:株式会社日立国際電気)につき、拒絶査定を受けたので、これを不服として審判請求をしたが、審判請求時の補正が新規事項追加の要件を充足しないとして補正却下された上で、本願発明は、特許法第29条の2違反であるとして請求棄却審決を受けたことから、その審決の取り消しを求めた事案であり、審決取消の決定がなされた。
平成22年6月1日に改訂された審査基準記載の新規事項追加の判断基準が具体的に判りやすい事例であると思います。

2.特許庁における手続の経緯

平成15年6月26日 特願平10−107243号の分割出願(甲1)
平成19年1月22日 手続補正(甲4)
平成19年5月25日 補正却下、拒絶査定(29条の2(先願:特願平10−39681))
平成19年7月2日 拒絶査定不服審判請求
平成19年8月1日 手続補正(甲3)
平成21年8月20日 補正却下、拒絶審決

3.本件補正前後の特許請求の範囲

(1)本件補正前の特許請求の範囲の請求項1の記載(平成19年1月22日付け手続補正書:甲4)。

「通信機能と,当該通信機能以外の複数の機能とを有し,通信機能と通信機能以外の複数の機能に係る表示を行う一つの表示手段と,電源キー,数字キー等を備える入力手段とを有する携帯電話端末であって、
前記入力手段の電源キーを押下すると,前記表示手段を含む各構成部分に電力が供給され,携帯電話端末の動作が開始されて,前記通信機能と前記通信機能以外の複数の機能とが使用可能状態となり,
前記入力手段の電源キーとは異なるキー操作により通信機能を停止させる指示が入力されると,当該通信機能を停止させて通信接続情報の交信を行わないようになり,前記通信機能以外の複数の機能は動作可能としたことを特徴とする携帯電話端末」

(2)本件補正後の特許請求の範囲の請求項1の記載(平成19年8月1日付け手続補正書:甲3)。

「通信機能と,当該通信機能以外の時計機能,電話帳機能,マイクによる音声を電気信号に変換する機能,スピーカによる電気信号を音声に変換する機能を含む(補正事項イ)複数の機能とを有し,通信機能と通信機能以外の複数の機能に係る表示を行う一つの表示手段と,電源キー,数字キー等を備える入力手段とを有する携帯電話端末であって,
前記入力手段の電源キーを押下すると,前記表示手段を含む各構成部分に電力が供給され,携帯電話端末の動作が開始されて,前記通信機能と前記通信機能以外の時計機能,電話帳機能,マイクによる音声を電気信号に変換する機能,スピーカによる電気信号を音声に変換する機能を含む(補正事項ロ)複数の機能とが使用可能状態となり,
前記入力手段の電源キーとは異なるキー操作により通信機能を停止させる指示が入力されると,当該通信機能を停止させて通信接続情報の交信を行わないようになり,前記通信機能以外の時計機能,電話帳機能,マイクによる音声を電気信号に変換する機能,スピーカによる電気信号を音声に変換する機能を含む(補正事項ハ)複数の機能はそのまま動作可能としたことを特徴とする携帯電話端末」

4.本件明細書中の記載事項

(1)従来の携帯電話端末についての記載の抜粋及び参考図です。

「【発明の属する技術分野】本発明は,携帯電話端末に係り,特に病院や飛行機等の携帯電話での通信ができない場所においても電子手帳や時計の機能を使えるようにして利便性を向上させることができる携帯電話端末に関する。」(段落【0001】)
「【従来の技術】まず,従来の携帯電話端末について図7を使って説明する。図7は,従来の携帯電話端末の構成ブロック図である。図7に示すように,従来の携帯電話端末は,無線信号の送受信を行うアンテナ1と,送信データを無線信号に変換し,受信した無線信号をデータに変換する無線部2と、送信音声データを特定のデータ列に変換して無線部2に出力し,無線部2からの受信データ列を音声データに変換するベースバンド処理部3と,装置全体の制御をプログラムコードに基づいて行う中央処理装置(CPU)4と,プログラムコードや電話帳データを記憶する記憶部5と,使用者がデータを入力する入力部6と,電話番号等のデータを表示する表示部7と, 音響信号(音声)を音声電気信号に変換するマイク8と,音声電気信号を音響信号に変換するスピーカ9と,中央処理装置4からの指示に従って電気回路全体を制御する制御部10と,電力源としてのバッテリ11と,バッテリ11から各構成部分への電力供給を制御する電源制御部12とから構成されている。」(段落【0002】)

(2)本願発明の実施形態中の記載の抜粋及び参考図です。

 【図1】

「【課題を解決するための手段】
「【発明の実施の形態】本発明の実施の形態について図面を参照しながら説明する。本発明の実施の形態に係る携帯電話端末は,使用者の要求により,無線部及びベースバンド処理部を停止できるようにしており,無線信号の発着信が禁止されている場所においては通信機能のみを停止させ,電話番号帳、電子手帳,時計等の通信とは無関係の機能を使用できるようにして利便性を向上させ,また,エリア外における消費電力を低減することができるものである。」(段落【0015】)
「まず,本発明の実施の形態に係る携帯電話端末の構成について図1を用いて説明する。図1は,本発明の実施の形態に係る携帯電話端末(本装置)の構成ブロック図である。図1に示すように,本装置の基本的な構成は,図7に示した従来の携帯電話端末とほぼ同様であり,従来と同様の部分としてアンテナ1と,無線部2と,ベースバンド処理部3と,表示部7と,マイク8と,スピーカ9と,バッテリ11と,電源制御部12とを備え,本装置の特徴部分として停止認識部13が新たに設けられている。また,入力部6と,中央処理装置4と,記憶部5と,制御部10は従来とは一部構成又は処理が異なっている。」(段落【0016】)
「また,手帳/時計切り替えキー6eは,通信機能が停止している状態において電子手帳機能(電話帳機能を含む)と,時計機能とを切り替えるものである。」(段落【0023】)
「次に,本装置の動作について図3を用いて説明する。図3は,本装置の通信機能停止制御シーケンスを示す説明図である。図3に示すように,まず,使用者が入力部6の通信停止キー6dを押下すると(100),入力部6の通信停止キー6dから停止認識部13に対して予め定められた信号が出力され(101),停止認識部13が該信号を受信すると通信機能の停止指示を認識して制御部10に対して停止要求信号を出力する。」(段落【0024】)
「そして,制御部10が,中央処理装置4に対して停止要求フラグを出力し(103),中央処理装置4は,これを受けて,割り込み処理として通信機能の停止処理を開始し,制御部10に対して無線部2及びベースバンド処理部3への電力供給を停止するよう,電源停止命令を発行する(104)。」(段落【0025】)
「そして,制御部10は,中央処理装置4からの電源停止命令を受けて電源制御部12に対して無線部2及びベースバンド処理部3への電力供給を停止するよう,つまり無線部電源20及びベースバンド部電源21を停止するよう電源停止制御を行う(105)。」(段落【0026】)
「そして,電源制御部12が,制御部10からの電源停止制御を受けて無線部電源20及びベースバンド部電源21を停止することにより,無線部2及びベースバンド処理部3への電力供給を停止する(106,107 。尚,ここで106と107の動作は順序が逆でも構わない。)」(段落【0027】)

5.手続補正の適否について判断を誤った違法(取消事由1)についての裁判所の判断

(1) 補正事項イについて

ここでは,本願発明の「複数の機能」について「マイクによる音声を電気信号に変換する機能」及「スピーカによる電気信号を音声に変換する機能」を加えることの適否が問題となる。
前記4の段落【0002】及び図7を参照すると,従来の携帯電話端末は,「音響信号(音声)を音声電気信号に変換するマイク8」と「音声電気信号を音響信号に変換するスピーカ9」を備えており,また,本願発明の携帯電話端末に関して「本装置の基本的な構成は,図7に示した従来の携帯電話端末とほぼ同様であり,従来と同様の部分として……マイク8と,スピーカ9と……を備え,」(段落【0016】参照)と記載されているとともに,発明の実施の形態を示す図1には,マイク8及びスピーカ9が制御部10と矢印線により結ばれている様子が示されている。すると,当初明細書等に記載された本願発明の実施例としての携帯電話端末は,「マイク8」と「スピーカ9」とを備え,従来の携帯電話端末と同様に「マイク8」は「音響信号(音声)を音声電気信号に変換する」ものであり,「スピーカ9」は「音声電気信号を音響信号に変換する」ものであると認められる。
ところで「広辞苑第6版(甲6)」によれば「機能」とは「物のはたらき。相互に関連し合って全体を構成している各要素や部分が有する固有な役割。また,その役割を果たすこと。作用」を意味するものと認められるから,物が動作することによって,作用が生じ,その結果「機能」が提供されると解されるから,当初明細書等に「マイク」及び「スピーカ」に関して「機能」との明示的な記載がないとしても「音響信号(音声)を音声電気信号に変換する」ことが「マイク8」の機能であり「音声電気信号を音響信号に変換する」ことが「スピーカ9」の機能であるということができ,また「マイク8」及び「スピーカ9」を備えた携帯電話端末が「音響信号(音声)を音声電気信号に変換する機能」と「音声電気信号を音響信号に変換する機能」を有していると認定することができる。
そして「通信機能」とは「無線信号の送受信を行う」機能であって(当初明細書【請求項2】参照),「通話機能」と異なり,音響信号(音声)に直接関わるものではないから「マイク」や「スピーカ」の機能は「通信機能」に含まれないと解される。
したがって「マイク8」及び「スピーカ9」が提供する「音響信号(音声)を音声電気信号に変換する機能」と「音声電気信号を音響信号に変換する機能」は,他の機能と両立する独立した機能であって,「通信機能以外の機能」と認められる。

(2)補正事項ロについて

ここでは「電源キーを押下する」場合に,本願発明の「複数の機能とが使用可能状態となり」を「時計機能,電話帳機能,マイクによる音声を電気信号に変換する機能,スピーカによる電気信号を音声に変換する機能を含む複数の機能とが使用可能状態となり」と補正することの適否が問題となる。
前記4の段落【0016】によれば,本願発明の通常の動作状態(通信機能の停止をしない状態)は従来の携帯電話端末とほぼ同様である。……
そして,本願発明の実施例としての携帯電話端末において,電源キーの押下に基づいて,各構成部分に電力が供給され,制御部10,中央処理装置4,記憶部5等が動作を開始し,また,携帯電話端末が通信機能以外の機能として時計機能及び電話帳機能を有しており(前記4の段落【0023】),電力供給と共にこれらの機能が使用可能となることは一般の携帯電話端末の動作手順からも自明のことである。
ところで「マイク8」及び「スピーカ9」の電力供給について,当初明細書には明示的な記載はないが,……本体部との電気信号の授受に基づいて,それぞれ音声の入出力に関する固有の動作を実行することができ,使用可能な状態となるものと解されるから,本願発明の実施例において「マイク8」及び「スピーカ9」は制御部10とともに,使用可能な状態となると認められる。
したがって,制御部10への電力供給とともに「マイク8」及び「スピーカ9」も動作可能な状態となり,制御部10で処理された音響(音声)電気信号が「スピーカ9」に入力され,そこで音響信号に変換されて出力可能となり「マイク8」から入力された音響信号(音声)が音声電気信号に変換され,音声電気信号が制御部10で処理可能となるといえる。
以上のとおり「マイク8」及び「スピーカ9」も制御部10とともに,使用可能な状態となるといえるから,本願発明は,電源キーの押下に基づく電力供給により「時計機能,電話帳機能,マイクによる音声を電気信号に変換する機能,スピーカによる電気信号を音声に変換する機能を含む複数の機能」が使用可能状態となるものと認められる。

(3)補正事項ハについて

ここでは「電源キーとは異なるキー操作により通信機能を停止させる指示が入力される」場合に,本願発明の「複数の機能は動作可能とした」を「時計機能,電話帳機能,マイクによる音声を電気信号に変換する機能,スピーカによる電気信号を音声に変換する機能を含む複数の機能はそのまま動作可能とした」と補正することの適否が問題となる。
前記4の段落【0006】ないし【0011】及び【0015】によれば,本願発明は,……無線信号の発着信を禁止されている場所,例えば,病院や飛行機等において携帯電話端末を所持している場合には,使用者は,携帯電話端末全体の電源を切らなければならず,通信機能とは無関係の電話帳や電子手帳機能等も使えなくなってしまい,不便であるという問題点,及び基地局のあるエリアから相当離れた場所においても基地局との通信用接続情報の交信を試みるため,無線部2及びベースバンド処理部3を定期的に動作させなければならず,無駄な電力を消費してしまうという問題点の存在を前提にして,携帯電話端末での通信が禁止されている場所でも通信以外の機能を使用可能として利便性を向上させ,また,エリア外における無駄な電力消費を防ぐことができる携帯電話端末を提供することを目的とするものである。
そして,本願発明は,上記目的を達成するため,使用者の要求により,通信機能のみを停止できるようにし,無線信号の発着信が禁止されている場所においては,通信とは無関係の機能を使用できるようにして利便性を向上させ,また,エリア外における消費電力を低減することができるようにするものであると認められる。
……
すなわち,本願発明の携帯電話端末は,通信機能を停止するように指示された場合には,電源制御部12が電源線20及び21の電力供給を停止し,通信機能をつかさどる構成部分(無線部2及びベースバンド部3)への電力供給を停止させるものであり,このとき,携帯電話端末の装置全体の電源を切らない状態にするべく,携帯電話端末の他の構成部分である中央処理装置4,記憶部5,入力部6及び停止認識部13,表示部7,制御部10,電源制御部12には,バッテリ11から直接又は電源制御部12と電源線(22ないし26)とを介して電力が供給されるものである。
そして,上記の通信機能が停止中の動作及び作用・効果に関して「通信機能のみを停止させ,電話番号帳,電子手帳,時計等の通信とは無関係の機能を使用できるように」する……と記載されているから,上記「等」の記載に基づくと「時計機能」及び「電話帳機能」は,通信とは無関係の機能の例示であって,この両者の機能のみが使用可能となることを意味するものではなく,むしろ「通信機能のみ」を停止させるとの記載によれば,無線信号の発着信を行わないすべての機能は使用可能になっていると解するのが自然である
……
このように,通信機能を停止させた際にも,制御部10は電源線22から電力供給されて動作可能な状態となっているから,通信機能停止処理中であっても,制御部10は,電源が供給されている中央処理装置4,記憶部5,入力部6,表示部7及び停止認識部13と協働して適宜必要な動作を実行するものと認められるところ,前記4の図1を参照すると「マイク8」及び「スピーカ9」は制御部10に接続されているから,前記(3)で検討したとおり,接続先の本体部(制御部10)に電源が供給されていれば「マイク8」及び「スピーカ9」も使用可能となり,協働して音声入力及び出力動作を実行し得るものと解される。
……
以上のように,当初明細書等に記載された本願発明の課題とその解決手段及び周知技術を総合して考慮すると,本願発明の携帯電話端末において通信機能を停止した場合にそのまま使える機能としては,少なくとも時計機能,電話帳機能,マイクによる音声を電気信号に変換する機能,及びスピーカによる電気信号を音声に変換する機能が含まれるものと解される。

(4)

以上のとおり,補正事項イないしハは,当初明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであると認められるから,本件補正は「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」するものということができると解される
したがって,審決が,平成19年8月1日付けの手続補正について補正却下の決定をしたことは誤りであり,この誤りは,審決の結論に影響を与えることは明らかである。

6.実務上の指針

・今回の判例を見ると、「当初明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項に対し、補正が、新たな技術的事項を導入しないものである」ときは、新規事項追加に該当しない、との具体的判断手法が理解しやすいと思います。しかし、改定された審査基準は、従来の「明細書等に明示の記載がなくても、自明な事項であれば許される。」との事項を踏襲しているものであり、「自明な事項」との判断が何を根拠としてなされるかを明らかにしたものに過ぎない、とも言えます。審査実務自体が緩和されたというものではないようです。

・発明の詳細な説明中に記載がなく、発明の詳細な説明中の記載から自明であると判断できなくても、課題、従来技術、周知事項等を加味して総合的に判断することにより、補正後の発明が、当初明細書から導かれる技術的事項に対して新たな技術事項を導入するものでないと判断できれば、「補正は、当初明細書全体の記載を総合的に判断して導き出しえる技術的事項に変更をもたらさないものである」と主張することができます。自明であるとの判断が厳しい場合ですから、より説得力のある論証が必要であると思います。

・ただ、補正事項が新たな技術事項を導入しないものである、と主張して特許となった場合、その後に異なる技術的意義を主張すると、補正が不適法であったとして無効理由を有することになるので、補正時の判断、補正の根拠の主張を慎重にするべきであると思います。

以上

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