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判例研究/レポート

平成 20年 (ネ) 10013号 特許権侵害差止等請求事件
(知財高裁 平成21年3月18日判決)

平成22年1月5日
弁理士 佐橋信哉

1 今回の事例

特許法第36条6項2号(記載不備)の要件を満たしていないとして、特許法第104条の3の規定により権利行使が制限された事例

<参考>
特許法104条の3
・・・特許が特許無効審判により無効にされるべきものと認められるときは、特許権者等は、相手方に対してその権利を行使することができない。

2 事件の概要

原審:大阪地方裁判所平成18年(ワ)第11880号等(平成19年12月11日判決)
(原判決:本件明細書の特許請求の範囲の記載中「共に10μm以下の平均粒子径としてなる混合物」との記載は,それが具体的にどのような平均粒子径を有する粒子からなる混合物を指すかが不明であるというほかないから,特許法36条6項2号の明確性要件を満たしておらず,同法123条1項4号の無効理由を有する,としたもの)

3 特許明細書

【特許請求の範囲】
【請求項1】
セラミックス遠赤外線放射材料の粉末と,全体に対し自然放射性元素の酸化トリウムの含有量として換算して0.3以上2.0重量%以下に調整したモナザイトの粉末とを共に10μm以下の平均粒子径としてなる混合物を,焼成し,複合化してなることを特徴とする遠赤外線放射体。
・・・
【発明の詳細な説明】
・・・
【0002】
【従来の技術】近年における遠赤外線の利用に関する技術の開発と進展はめざましく、その応用分野は、塗料やプラスチック等の工業的加熱または乾燥装置或いは各種暖房機器を始めとして、製茶、焙煎、熟成等の食品加工、オーブン等の家庭用調理器、更には温熱治療を代表とする医療・健康機器、等と多岐に亘っている。また、それに併せて、遠赤外線を放射する遠赤外線放射体についても、放射特性或いは放射効率の向上等の点から、コージライト(コーディェライト)を基材とするもの等の種々のセラミックスからなる遠赤外線放射体が開発されている。
・・・
【0035】<遠赤外線放射体の製造>
遠赤外線放射体は、基本的には、これらの原材料を粉末として混合し、次いで焼成することによって焼結し、複合化することによって製造される。これによって、放射線源材料は均一に分散、分布されると共に、遠赤外線放射材料との粒子間が緻密化される。そのため、特に、遠赤外線放射材料と放射線源材料はできるだけ細かな粒子の微粉末とすることが好ましく、一般に、10μm以下の平均粒子径とすることが好ましい。より好ましいのは、0.5〜1μm程度の平均粒子径である。そして、それらの粒度が細かい程、自然放射性元素の放射性崩壊によるエネルギ線をより効果的に遠赤外線放射材料に吸収させることができる。
【0036】
なお、これらの原材料の微粉末化と混合は、好適には、ボールミル等を使用して湿式混合粉砕することによって行うことができる。そしてこの場合には、得られた原材料粉末の湿式混合物を乾燥した後、焼成する。また、この原材料粉末の混合物の焼成は、その原材料の種類に応じて、それらの粒子が互いに焼結され或いは固熔される温度、一般には、700〜1500℃の温度に加熱することによって行うことができる。なお、この焼成は通常の酸化性雰囲気中で行うことができるが、原材料の種類によっては、例えば、酸化銅(Cu2O)等の有色系の遠赤外線放射材料が使用される場合等には、酸素を遮断した弱還元性雰囲気中で或いは窒素ガスの雰囲気中で行うことが必要である。
・・・
【実施例】
・・・
【0049】
これらの実施例の遠赤外線放射体の作製は具体的には次のように行った。即ち、磁器製ポットをボールミルとして用い、モナザイトを含む上記の配合の原材料に、略同量の水を添加し、湿式混合粉砕を24時間行った。次いで、これを取出して上水を切り、400℃の温度で乾燥させた後、200メッシュの篩を通した。そして、この原材料粉末の混合物を、電気炉で1200℃の温度に2時間保持して焼成し、複合化した後、これを再び試験用ミルで粉砕して実施例1乃至実施例3の粉体状の遠赤外線放射体を得た。
(参考:200メッシュ=1インチ(25.4mm)間に200の網目がある)
・・・
【0065】
これらの実施例の各遠赤外線放射体の作製は、具体的には次のように行った。即ち、各種のセラミックス遠赤外線放射材料と、モナザイトと、更に陶石とを、上記の配合で磁製ポットに入れ、これに略等量の水を加えて湿式混合粉砕し、それらの原材料の粒子が平均粒子径において約1μm程度になるまで粉砕し、また混合した。そして、これを濾過して得た坏土を棒状に形成すると共に10mm程度に切断し、その切断塊を回転造粒機によって小球状に造粒した。次いで、この造粒物を天日乾燥した後、約1200℃に加熱して焼成し、複合化した。その後、バレル研磨処理を適宜施して、径約8mmの小球状成形体からなる遠赤外線放射体を得た。

<原審:大阪地方裁判所平成18年(ワ)第11880号等>

4.原告人の主張(特許権者)

段落[0046]に「磁器製ポットをボールミルとして用い,モナザイトを含む上記の配合の原材料に、略同量の水を添加し,湿式混合粉砕を24時間行った。次いで、これを取出して上水を切り、400℃の温度で乾燥させた後、200メッシュの篩を通した。そして、この原材料粉末の混合物を、電気炉で1200℃の温度に2時間保持して焼成し、複合化した後、これを再び試験用ミルで粉砕して実施例1乃至実施例3の粉体状の遠赤外線放射体を得た」と記載されているところ、上記「遠赤外線放射材料と放射線源材料はできるだけ細かな粒子の微粉末」を「10μm以下の平均粒子径」と特定したものである。
平均粒子径は、数学的算出方法が慣用手段であり、それを熟知した上で「平均粒子径」とするものである。そして、当業者間には光学的測定器が市販されており、それを使用して「平均粒子径」を決定していることは周知の事実である。したがって「10μm以下の平均粒子径」が本件発明の権利範囲の境界を特定することができない旨の被告らの主張は根拠がない。
・・・実施例の遠赤外線放射体の作製は具体的には次のように行った。即ち、磁器製ポットをボールミルとして用い、モナザイトを含む上記の配合の原材料に、略同量の水を添加し、湿式混合粉砕を24時間行ったと、ボールミルで粉体化することが記載され、その粉体化処理時間も24時間として記載されている。したがって「共に10μm以下の平均粒子径としてなる混合物」を実施することが可能であると認められないとの被告らの主張は根拠がない。
・・・「平均粒子径」とは、JIS Z 8901;2006「試験用粉体及び試験用粒子」で定義されている「粒子の直径の算術平均値」であり、本件明細書の記載もこれによったものである

5.大阪地方裁判所の判断

・・・本件明細書には、上記記載のほか、平均粒子径の定義(算出方法)やその測定方法に関する記載はない。このように、本件明細書には「遠赤外線放射材料と放射線源材料はできるだけ細かな粒子の微粉末とすることが好ましく、一般に10μm以下の平均粒子径とすることが好ましい。より好ましいのは、0.5〜1μm程度の平均粒子径である」というように、抽象的に平均粒子径の数値範囲のみが示されているのみで、本件発明の「平均粒子径」がいかなる算出方法によって算出されるものであるか明示の記載もその手掛りとなる記載もない
そうすると、本件明細書の特許請求の範囲の記載中「共に10μm以下の平均粒子径としてなる混合物との記載は、それが具体的にどのような平均粒子径を有する粒子からなる混合物を指すかが不明であるというほかないから、特許法36条6項2号の明確性要件を満たしていないというべきである
これに対し、原告は、平均粒子径は数学的算出方法が慣用手段であり、それを熟知した上で「平均粒子径」とするものであり、当業者間には光学的測定器が市販されており、それを使用して「平均粒子径」を決定していることは周知の事実であると主張する。しかし、上記のとおり、平均粒子径の算出方法及び測定方法には複数あるのであって、市販されている光学的測定器を使用して平均粒子径を測定するとしても、複数ある算出方法ないし測定方法からいずれを選択するかについて、当業者間に共通の理解があると認めるに足りる証拠はない。そうであれば、本件発明においていかなる算出方法あるいは測定方法をもって平均粒子径の数値を特定するかは不明であり、やはり特許法36条6項2号の明確性の要件を満たしていないことになるから、原告の上記主張は採用できない。
結論したがって、本件特許は、特許法36条6項2号の規定に違反して特許されたものであり、同法123条1項4号の無効理由を有する。よって、その余の争点について判断するまでもなく、本件特許は特許無効審判により無効とされるべきものと認められるから、特許法104条の3第1項により、特許権者である原告は、被告らに対し本件特許権に基づく権利を行使することができない。

 

<知財高裁にて> 6.控訴人の主張(特許権者)

平成8年の本件特許出願当時は、レーザ回折・散乱法に基づく測定装置が各社から発売されるようになって、10年以上を経過していたものであり、セラミックス業界(ニューセラミックス、ファインセラミックスを扱う業界を含む業界)において平均粒子径を計測する場合(中でも0.01μmから100μmくらいまでを計測する場合)においては「レーザ回析・散乱法」による測定装置で計測することが一般化していた。そして、粉体の平均粒子径を指定して取引をする事例においては、レーザ回折・散乱法による測定装置で計測したデータを添付して納品することが常識になっていたのであり、平均粒子径の測定手法は、ほぼ統一されており、ファインセラミック業界において、レーザ回折・散乱法に基づく粒子の測定装置が主流となっていた
当然、本件発明の出願当時(平成8年)においても、セラミックス業界(ニューセラミックス、ファインセラミックスを扱う業界を含む業界)のセラミックス材料の商取引では、複数の成分からなり試料の真比重値が特定できないセラミックス材料の測定に、人為的誤差が大きい「沈降法」は採用されていなかった。そして、購入先の需要家は、レーザ回折式粒度分布測定装置(島津製作所では1987年から発売)の測定結果の添付を義務付けていた。
したがって、測定方法としては幾つかの原理が存在し、現在も存在しているが、平均粒子径10μm以下の粒子であるか否かを測定できる実用的な測定装置としては、レーザ回折式粒度分布測定装置以外は存在していなかった。また、沈降式の粒度分布測定装置は、レーザ回折式粒度分布測定装置が発売された以降急速にすたれて行き、全ての測定装置の製造メーカーで、2002年(平成14年)までに製造中止となっており、このことからも、本件発明の出願当時(平成8年)には、沈降式の粒度分布測定装置がほとんど使用されなくなっていたことが裏付けられる。

7.被控訴人の主張

JIS Z 8901は、集じん試験などに用いる試験用粉体と、光散乱式自動粒子計数器などの校正に用いる試験用粒子に関する規格であって、セラミックス粒子の粒子径に関する規格ではない。また、同JIS規格では、上記試験用粒子の粒径(粒子径)は「ふるい分け法に、よって測定した試験用ふるいの目開きで表したもの、沈降法によるストークス相当径で表したもの、顕微鏡法による円相当径で表したもの及び光散乱法による球相当径、並びに電気抵抗試験方法による球相当値で表したもの」のいずれかと定義されており、粒径は、ふるい分け法、沈降法、顕微鏡法、光散乱法、電気抵抗試験法などの種々の測定方法によって測定されることが記載されている。そうすると、セラミックス業界ではあたかも同JIS規格によって1つの平均粒子径の定義(算出方法)や測定方法が決まっているようにいう控訴人の主張は、「JIS Z 8901に記載されている事実と符合しないものであって、失当である。
本件特許が出願された平成8年以前から現在に至るまで、控訴人がいうレーザ回折・散乱法に限らず、種々の測定原理を用いた粒度分布測定装置が実用されていたことは明らかである。セラミックス業界では、平成8年当時、レーザ回折・散乱法だけではなく、沈降法や他の方法(比表面積測定法、画像処理法、電気的検知帯法)も利用されていた

7.知財高裁の判断

「10μm以下の平均粒子径」という場合の「粒子径」については、技術的に見て、粒子をふるいの通過の可否等の見地から二次元的に捉えたり、体積等の見地から三次元的に捉えるなど様々な見地があり得る中で、本件明細書を精査しても「粒子径」をどのように捉える、のかという見地からの記載はなく、平均粒子径の定義(算出方法)や採用されるべき測定方法の記載も存しない
また、日本工業規格(JIS Z 8901)については,試験用粒子の粒径(粒子径)について、「ふるい分け法によって測定した試験用ふるいの目開きで表したもの、沈降法によるストークス相当径で表したもの、顕微鏡法による円相当径で表したもの及び光散乱法による球相当径、並びに電気抵抗試験方法による球相当値で表したもの」のいずれかと定義されており、一義的に特定されているものではなく、また、同粒子の平均粒子径は「光学顕微鏡法又は透過型電子顕微鏡法により撮影した粒子径の直径の平均値」と定義されている。そうすると、こうした上記JISを根拠として「平均粒子径」の意義が、レーザ光による光散乱法による球相当径による測定に一義的に特定されるということはできないし、その他、本件記録を精査しても、計量法及び上記日本工業規格に従って校正を行えば、測定方法が異なる測定装置で平均粒子径を測定した場合にあっても同一の値が測定されると認めるに足りる証拠はない。
そうすると、本件特許の出願(平成8年2月)当時から約6年が経過した時点で発行されたセラミック工学のハンドブックにおいても「液相沈降法も広く使用されている方法である「現在、測定装置として実用化されているものの多くは、粒子が横切るときに生じる電気抵抗の変動を検出する方法である」等の表現でレーザ回折散乱法の測定装置のほかにも、沈降法、電気的検知帯法等による測定装置が用いられていることが紹介されていることが認められる
本件特許の出願(平成8年2月)当時において、当業者は、レーザ回折・散乱法以外にも、沈降法等の様々な方法による測定装置によりセラミックスの粒子径を測定していたと認められるものであって、沈降法が実用性を失った状態にあったとは認められず、仮にレーザ回折・散乱法が多く用いられつつある状況にあったとしても、当業者全体の間において見たとき、レーザ回析・散乱法による測定装置で計測することが既に主流になっていたとか、一般化していたということもできないというべきであって、当業者の間に、既にレーザ回折・散乱法による測定装置で計測することが自明であるという技術常識が存在していたということはできない
本件特許の出願(平成8年2月)当時において当業者の間において沈降法が実用性を失った状態にあったとは認められないから、控訴人の上記主張は採用することができない。

<関連判例(低密度エチレン−α−オレフィン共重合体事件(平成17年(行ケ)第10661号特許取消決定取消請求事件)>
(特許庁の主張)
『この平均粒径については、数値は記載されてはいるものの、その測定法についてはなんらの記載もない。・・・単に平均粒径と記載しただけでは、いずれの粒度の測定法によるもので、いずれの意味の平均粒径かは不明であり一義的に決まるものではない。』
(裁判所の判断)
『この平均粒径の測定法についての記載があるか否かのみを問題にしており、平均粒径の測定の前提となる原理、試料の性質、測定の目的、必要な測定精度等の検討は、全くしておらず、・・・判断手法において、そもそも失当であるというほかない。
ユニポール法の装置を用いて製造されるグラニュラー状物の粒径は、少なくとも、米国及び日本においては、「ふるい分け法」により測定するのが通常であり、このことは、当業者にとって技術常識であったものと認められる
本件重合方法は、本件出願当時に周知のユニポール法であり、ユニポール法においては、担体及び生成物の「平均粒径」を「ふるい分け法」によって測定するのが通常であって、本件明細書の記載に接した当業者であれば、本件発明の「平均粒径」は、「ふるい分け法」によるものであると理解するのが自然かつ合理的であるというべきである。』

<まとめ>
・特許請求の範囲は、特許権の技術的範囲を定める場合の基となる記載になります。例えば、特許請求の範囲に記載される数値範囲について、その数値の求め方が複数存在し、算出される数値がそれぞれ異なる場合、侵害になるか否かの判断が困難となります。したがって、上記判例に示されるように、求められる数値について、一義的に特定できるよう、当初明細書に数値の求め方(測定方法)を記載しておくことが必要となります。

上記平均粒子径の数値のみならず、表面粗さ(十点平均粗さ、中心線平均粗さ等)等の物性値も同様の問題が生ずる可能性があります。
尚、JISの記載も上記のように複数の測定法を含む場合があるので、JISの番号を記載する場合、念のためその中身を確認しておくことが必要です。

以上

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