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判例研究/レポート

特許発明に対する被告物件の充足性について争われた事件
(平成18年(ワ)第1702号、同27110号特許権侵害差止等請求事件)

平成21年10月5日
弁理士 濱名哲也

1 はじめに

特許の実務家にとって、特許請求の範囲の発明特定事項をどのように表現するべきかは、悩ましい問題です。特許明細書を書き上げた時点では満足のいく表現ができたと思っても、後で読み返してみると穴があったり、記載が不十分であったりすることがあるものです。今回の判例研究では、特許発明に対する被告物件の充足性について争った事案について考察します。

2 論点

本体が筒状体の内部に設けられその一端が筒状体の外側に折り返された筒状可とう体(以下、被告構成)は、構成要件「筒状体の内側の筒状可とう体(以下、構成要件A)」を充足するか、というものです。

3 事件の概要

本件は、原告が、被告らにおいて別紙物件目録1記載のマンホール構造用止水可とう継手(以下、「被告物件」という。)を製造販売する行為は、原告の有する特許権を侵害するものであると主張して、それぞれ被告物件の製造販売の差止め及び廃棄並びに特許法65条1項及び5項に基づく補償金並びに民法709条及び719条に基づく損害賠償金として合計4460万4234円の支払を請求する、というものです。

4 経緯

図「経緯」

5 特許発明

【請求項8】
マンホールと管とを接続するための、マンホール構造用止水可とう継手であって、
前記マンホール構造用止水可とう継手が、剛性の筒状体と、前記筒状体の内側の筒状可とう体とを備えており、前記筒状可とう体が、前記筒状体と前記管との間の変位を吸収する弾性体から形成されており、
前記筒状可とう体の立坑壁面側の一端が前記筒状体に固定されており、
マンホール構造を形成する際、前記管が立坑内で推進敷設され、前記管の外周に、前記マンホール構造用止水可とう継手が装着され、
前記筒状可とう体の他端が前記管の端部に向けられ、前記他端が前記立坑の中心側から締め付け可能な締結バンドによって前記管の端部の外周に締め付け圧着固定され、
前記筒状体の外周がマンホール壁用充填剤によって固定されることを特徴とする、マンホール構造用止水可とう継手。

・下線部は本裁判で充足性について争われた構成要件A
・点線部は無効審判において進歩性の根拠となった構成(以下、構成要件B)
 なお、点線部の要件は審査過程によって追加された構成です。

6 被告物件

被告物件の特徴を示します。
・マンホール構造用止水可とう継手は、剛性の筒状体である鋼製管(筒状体)と、筒状可とう体である筒状の本体ゴム(可とう体)5と、各々直径を拡張可能な構造で環状をなす二本のステンレスバンド(締結バンド)6,7を備えている。

・本体ゴム5は、弾性体であるゴムから形成されて筒状をなすとともに、その一部として、一端に折り返し部5aを有しており、折り返し部5aは、折り返し部5aを含めた本体ゴム5の延べ長さの概ね4分の1の長さを有している。 本体ゴム5のうち、折り返し部5aは鋼製管4の外側に位置し、本体ゴムのうち、本体ゴムの延べ長さの概ね4分の3の長さを有する折り返し部以外の部分は、鋼製管4の内側に位置する。

・本体ゴム5は、その一端にある折り返し部5aで、ステンレスバンドによって鋼製管4の外周に締め付け圧着固定される。本体ゴム5の他端は、立坑の中心側から締め付けることが可能な締結バンドであるステンレスバンドによって管3の外周に締め付け圧着される。

・これにより、本体ゴム5は、鋼製管4と管3との間に相対的な変位があると弾性的に変形してその変位を吸収する。

【前提とするマンホール構造】

図

【特許発明】 

図

【被告物件】

図

7 裁判所の判断

構成要件Aについての裁判所の判断を抜粋します。

(ア)特許発明の構成要件Aについて

構成要件Aは、「マンホール構造用止水可とう継手が、剛性の筒状体と、前記筒状体の内側の筒状可とう体とを備え」という構成を定めている。同構成要件を被告物件が充足するか否かについて判断するには、同構成要件の「筒状体の内側の筒状可とう体」の意義が問題となる。
(a)本件特許明細書には、次の記載がある。
省略
(b)本件特許明細書のこれらの記載を考慮すると、本件特許発明の「筒状可とう体」は、筒状体と管との間を連結するものであって、これらの間の負荷及び変位を吸収し、もって、マンホール壁と管との接合部の破損を防止するものであると認められる。
また、本件特許発明の「筒状可とう体」は、負荷及び変位を吸収する弾性体であれば、その形状に制限はなく(上記【0031】参照)、少なくとも一部は、筒状体及び管に固定されているものである(【0034】参照)と認められる。
そうすると、構成要件Aの「筒状体の内側の筒状可とう体」とは、筒状可とう体が筒状体と管との間の負荷及び変位を吸収する作用を果たすことができるように筒状体の内側に位置するものであれば足りるというべきであって、それ以上に、筒状可とう体のすべての部分が筒状体の内側のみに位置するものに限定されるとまで解釈するのは相当ではない。

(イ)被告物件の本体ゴムについて

被告物件の本体ゴム5は、折り返し部5aの部分で鋼製管4の外側に折り返されてこれに固定されているため、その約4分の1は、鋼製管4の外側に位置するものである。
しかしながら、本体ゴム5の約4分の3は、鋼製管4の内側に位置しており(物件目録1及び2参照)、この部分が鋼製管4と管3との間の負荷及び変位を吸収する作用を果たすことは明らかである。
したがって、被告物件は、構成要件Aの「筒状体」に相当する鋼製管4の内側に同構成要件Aの「筒状可とう体」に相当する本体ゴム5を備えているといえるから、構成要件Aを充足するものと認められる。

(ウ)被告の主張に対しての裁判所の判断

被告らは、本件特許発明の技術思想は、筒状体の内側は柔結合、その外側は剛結合という構成にあるから、「筒状体の内側」とは、筒状可とう体のすべての部分が筒状体の内側のみに位置するというべきであるという解釈を前提として、被告物件では、本体ゴム5の折り返し部5aが鋼製管4の外側に位置し、筒状体とマンホール壁との間の負荷及び変位をも吸収するものであるから、本件特許発明の技術思想とは異なるものであって、被告物件は、構成要件Aを充足しないと主張している。
しかしながら、上述のとおり、このような解釈は相当でない上、被告物件のうち、被告物件では折り返し部5a以外の部分は、マンホール壁用充填剤である止水モルタル8及びエポキシ系接合剤14によって鋼製管4にそれぞれ固定されている。
そうすると、被告物件では鋼製管4の大半の部分が、マンホール壁用充填剤によっていわゆる剛結合されているから、折り返し部5aが筒状体とマンホール壁の間の負荷及び変位をも吸収する作用を果たしているとまで認めることはできない。
したがって、被告物件の筒状体の外側が筒状体とマンホール壁との間の負荷及び変位をも吸収する構成を有することを前提とする被告らの主張は、その前提を欠くものであって、これを採用することはできない。
また、本件特許発明のマンホール構造用止水可とう継手の技術的思想の中核は、マンホール壁と管との接合部の破損を防止することにある。そうすると、仮に、被告物件において、筒状体の外側において筒状体とマンホール壁との間の負荷及び変位を吸収する作用効果をも有する構成が認められる場合であっても、なお、被告物件が、筒状体と管との間の負荷及び変位を吸収する作用効果を同様に奏するものであることを左右するものではない。
したがって、このような構成が付加されたことにより、追加的な作用効果が認められる場合であっても、被告物件には本件特許発明の構成が一体性を失うことなく備わっており、本件特許発明と同一の作用効果を奏するといえるから、被告物件が、構成要件Aを充足することは明らかである。

8 本件のまとめ

以下に、構成要件Aについての原告及び被告の主張並びに裁判所の判断を簡単に纏めます。

A:原告の主張

・充足性

本体ゴム5は、実質的に鋼製管4の内側に備えられている。したがって、被告物件は、構成要件Aを充足する。

・付加的要素である旨主張

被告らの主張する事実が正しい場合であっても、被告らの主張は、本件特許発明の付加的要素を論ずるものにすぎず、本体ゴム5が鋼製管4の内側に位置しているという事実を動かすものではない。

B:被告の主張

・限定解釈

本件特許発明では、筒状可とう体による柔結合は、筒状体と管との間に限定されるものである。

・技術的に相違している旨主張

本体ゴム5は、鋼製管4の外側の一部を覆うにすぎないものの、この部分は、筒状体とマンホール壁との変位を吸収する柔結合となっている。この構成は、本件特許発明の技術思想とは異なるから、単なる付加的効果とはいえない。

C:裁判所

・限定解釈の否定

「筒状体の内側の筒状可とう体」とは、筒状可とう体が筒状体と管との間の負荷及び変位を吸収する作用を果たすことができるように筒状体の内側に位置するものであれば足りるというべきであって、それ以上に、筒状可とう体のすべての部分が筒状体の内側のみに位置するものに限定されるとまで解釈するのは相当ではない。

・被告物件の効果の否認

被告物件では鋼製管4の大半の部分がマンホール壁用充填剤によっていわゆる剛結合されているから、折り返し部5aが筒状体とマンホール壁の間の負荷及び変位をも吸収する作用を果たしているとまで認めることはできない。

・本件特許発明の構成の充足

仮に、筒状体の外側において筒状体とマンホール壁との間の負荷及び変位を吸収する作用効果をも有する構成が認められる場合であっても、なお、被告物件が、筒状体と管との間の負荷及び変位を吸収する作用効果を同様に奏するものであることを左右するものではない。したがって、このような構成が付加されたことにより、追加的な作用効果が認められる場合であっても、被告物件には本件特許発明の構成が一体性を失うことなく備わっており、本件特許発明と同一の作用効果を奏するといえるから、被告物件が、構成要件Aを充足することは明らかである。

・結論

本体が筒状体の内部に設けられその一端が筒状体の外側に折り返された筒状可とう体は、構成要件「筒状体の内側の筒状可とう体」を充足する。

9 実務上の指針

(1)特許請求の範囲

・技術的範囲に属しない旨の主張をされない表現にする。

侵害訴訟の場では、被告側は、対象物件が特許請求の範囲に属しない旨を立証するために、特許請求の範囲を限定解釈します。
本件では、「筒状体の内側の筒状可とう体」の充足性について争われました。本願発明に照らして考えていると、「内側の」という記載自体に特に不備があるとはいえないと思います。「内側の」という表現は一般に使われるものでありますし、内側にあるものの一部が外側にでるものが想定されるから一々その旨を特許請求の範囲に記載するとすれば、外側に延出した部分と内側の部分との関係がどのようなものであるのかについて記載する必要が出てくるおそれもあり、かえって発明があいまいとなってしまう場合もあると思います。
ところで、「内側の」という表現は物の配置を特定する文言ですが、物の配置自体に技術的意義がないのであれば、このような表現にこだわる必要もないでしょう。
裁判官は、筒状可とう体の作用効果から、「筒状可とう体が筒状体と管との間の負荷及び変位を吸収する作用を果たすことができるように筒状体の内側に位置するものであれば足りるというべきであって、それ以上に、筒状可とう体のすべての部分が筒状体の内側のみに位置するものに限定されるとまで解釈するのは相当ではない。」と判断しています。このような考えに至れば、「筒状可とう体」を特定する文言として「内側の」という記載はしない方法を思いついたのかもしれません。筒状可とう体を筒状体との関係で表現するだけでよいのであれば、若干意味が分かりにくくなるかもしれませんが、「筒状体に接続された筒状可とう体」という表現でもよかったかもしれません。あるいは、筒状可とう体の配置関係があいまいになってしまいますが「前記筒状体と前記管との間の変位を吸収する筒状可とう体」という表現でもよいと思います。

(2)明細書

・構成要件Aの技術的意義の記載

侵害訴訟の場では、充足性について問題となる構成要件については、被告物件との関係で、明細書の内容からその技術的意義が解釈されます。
本件では、明細書において、筒状可とう体は「筒状体と管との間の変位を吸収する弾性体であれば、その形状に制限はなく」(【0031】参照)、「少なくとも一部は、筒状体及び管に固定されているものである」(【0034】参照)との記載があることから、「筒状体の内側の筒状可とう体」とは、筒状可とう体が筒状体と管との間の負荷及び変位を吸収する作用を果たすことができるように筒状体の内側に位置するものであれば足りるというべきであって、それ以上に、筒状可とう体のすべての部分が筒状体の内側のみに位置するものに限定されるとまで解釈するのは相当ではない、と認定されています。
通常、ある物が筒の内側にあるといえば、その物全部が筒の内側にあると理解されると思いますが、本件では、筒状可とう体の技術的意義が明細書に基づいて解釈されて、「筒状可とう体のすべての部分が筒状体の内側のみに位置するものに限定されるとまで解釈するのは相当ではない」と認定されています。明細書に記載された作用効果に重きをおいて文言解釈されたといえます。
ここで、あらためて明細書の記載を詳細に検討すると、作用効果を説明する部分においては、「内側の」筒状体というような文言を使わないで、作用効果を説明しています(【0031】及び【0034】参照)。一方、マンホール構造用止水可とう継手の構造を説明する部分においては、筒状可とう体が筒状体の内側にあることが説明されています(【0073】、【0083】、【0090】及び【0105】参照)。すなわち、当該明細書では、作用効果を説明する上において、発明特定事項のうちでその作用を生じさせる発明特定事項以外の事項(筒状可とう体が筒状体の内側にあること等)を用いないで説明しています。このことも、筒状可とう体についての限定解釈を免れた一因ではないかと思います。
明細書の作用効果の記載は、特許請求の範囲の発明特定事項に基づいて記載すべきであることはよくいわれることですが、特許請求の範囲の発明特定事項のうちでも特に作用を奏させるものだけを用いて作用効果を記載するのが好ましいように思います。

・課題とは直接関係のない事項

出願時には発明であると気づかなかった事項により、特許性が認められる場合があります。特許発明の課題とは関係がないような技術的事項であってもそこに何らかの効果があれば記載するのが好ましいと考えます。ただし、顧客が希望しない場合、特に後に出願することを検討されている場合もあるため、この点は、特許戦略を鑑みての判断になると思われます。
本件では、「筒状可とう体の他端が前記管の端部に向けられ、前記他端が前記立坑の中心側から締め付け可能な締結バンドによって前記管の端部の外周に締め付け圧着固定され、」という事項は、出願当初の明細書において、特別に特許性をアピールして記載されたものではありませんでした。ところが、審査過程において、この部分で補正することによりここがポイントとなって特許されました。無効審判においてもこの部分が根拠となって無効審判の不成立となりました。審査時の補正によって当初の狙いよりも権利範囲の狭いものとなっていますが、結果的に、権利行使上においては有効なものとなっています。

以上

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