1. HOME
  2. 知的財産に関するレポート・トピックス
  3. 判例研究/レポート
  4. 2009年
  5. 東京地裁平成21年2月27日判決 平成19年(ワ)第17762号「ボールペン事件」
判例研究/レポート

東京地裁平成21年2月27日判決
平成19年(ワ)第17762号「ボールペン事件」

平成21年8月18日
(平成21年9月1日公開)
弁理士 福井宏司

1 はじめに

本判決は、実用新案権侵害事件であって、実用新案法30条により準用される特許法104条の3第1項に基づく権利行使制限の抗弁(特許無効の抗弁)に対し、実用新案登録の請求範囲を訂正することによりこれを排斥する旨の主張(再抗弁)が行われた事例である。今回の研究会では、この事案を通じ、(1)明細書の課題や作用の記載からクレームの限定解釈が可能か? (2)クレームに「…のみ」のような排他的表現や、「…のない」のような否定的(消極的)表現を付加する訂正適法か? (3)本判決に引用されている最高裁第一小法廷判決はどういうものか?などの点について学ぶことにする。

2.事案の概要

被告(郵便事業株式会社)の前身である日本郵政公社は、平成18年11月頃から同年末にかけて、お年玉付き年賀はがきの販売の促進を図るため、顧客に対し「ふみのすけオリジナルボールペン」と称する製品(以下「被告製品」という)を、無償で譲渡したところ、この行為は原告(株式会社壽)の実用新案権を侵害するとして争われた事例である。なお、被告製品の販売に関係した高島屋、電通等が被告補助参加人となっている。

3.本件実用新案権

(1)原告は、実用新案登録番号第2573636号に係る実用新案権(以下「本件実用新案権」という)を有している(添付資料1参照(PDF))。
(2)訂正審判(5項参照)により訂正された本件実用新案権の請求項1記載(判決文では「本件請求項」と称されている)の考案(以下「本件考案」という)は、次のとおりの構成要件に分説される(付表1参照)。
  A.筆記具本体と、この筆記具本体の後部に取り付けられるクリップとから成り、
  B.このクリップはクリップ片と、筆記具本体にクリップを取り付けるための取付リングと、上記クリップ片と取付リングとを接続するための二分割された接続手段とから構成され、
  C.接続手段はCリング形状の取付リングの両開放端から外方に延出しており、クリップ片の裏側と一体に形成されて成る
  D.ことを特徴とする筆記具のクリップ取付装置。

4.被告製品

被告製品の構成は、次のように分説される。
  a.ボールペン本体と、このボールペン本体の後部に取り付けられるクリップとから成り、
  b.このクリップは、クリップ片と、ボールペン本体にクリップを取り付けるための取付リングと、クリップ片と取付リングとを接続するための接続手段とから構成され、当該接続手段は、二分割されており、
  c.接続手段は、Cリング形状の取付リングの両開放端から外方に延出しており、クリップ片の裏側と一体に形成されて成る(本構成cは、構成要件Cを充足する)
  d.ボールペンにクリップを取り付けた装置。
  上記分説については争いがない。問題はクレームの限定解釈が可能かである。

5.本件考案に係る訂正審判、無効審判請求等の経緯

H5.11.26  実用新案登録出願
H10.3.2 登録
H19.1.19 訂正審判請求(2007-390006)
H19.3.20 訂正認容審決(確定)
H19.8.15 補助参加人高島屋が無効審判請求(請求項1,2,5、2007-800163)
H19.11.15 第1訂正請求
H20.1.31 当事者が申し立てない事由による無効理由通知
第1訂正請求に対する第1訂正拒絶理由
H20.3.4 請求項1,2,5についての第2訂正請求
(第1訂正請求は取り下げとみなされた)
H20.6.12 第2訂正請求に対する第2訂正拒絶理由
H20.6.30 第2訂正請求拒絶理由に対する意見書、上申書
H20.10.2 第2訂正請求を認めた上で無効審決
(高裁に出訴中、未確定)
H21.02.27 本件実用新案権を行使することができないという棄却判決
  ・被告製品の無償配布は実用新案権の侵害行為に該当
  ・本件実用新案は無効、権利行使制限の抗弁認容
  ・訂正請求により無効理由は解消されない、再抗弁否認

6.争点

本事案の争点は次のとおりである、
(1)本件考案の構成要件を充足するか(争点1)
  ア.被告製品の構成aが本件考案の構成要件Aを充足するか(争点1−1)
  イ.被告製品の構成bが本件考案の構成要件Bを充足するか(争点1−2)
  ウ.被告製品の構成dが本件考案の構成要件Dを充足するか(争点1−3)

(2)本件登録実用新案が実用新案登録無効審判により無効にされるべきものと認められるか(争点2)
ア.本件考案が実願昭53−158472号(実開昭55−73388号)のマイクロフィルム(以下「丁3公報」という、添付資料2参照(PDF))に記載された考案(以下「丁3考案」という)に基づいて当業者がきわめて容易に考案をすることができたものといえるか(争点2−1)
イ.本件考案が意匠登録第709131号公報(以下「丁7公報」という)に記載された考案(以下「丁7考案」という、添付資料3参照(PDF))に基づいて当業者がきわめて容易に考案をすることができたものといえるか(争点2−2)

(3)本件訂正請求が認められることにより、本件考案の無効理由が解消され、本件考案に係る本件実用新案権の行使が許容されるか(争点3)

(4)損害の発生の有無及びその額(争点4)

7.裁判所の判断

(1) 争点1(被告製品は本件考案の構成要件を充足するか)について

・争点1−1及び1−2(構成要件A,B)について

本件明細書の【作用】の欄には一度クリップが取り付けられると回り止め手段と位置決め手段とによって確実にクリップが筆記具本体に取り付けられるとの記載があることから、被告らは、本件考案の構成要件A及びBにおける「取り付け」の構成として回り止め手段及び位置決め手段が必須である旨主張した。
これに対し、裁判所は次のように判断した。なお、以下の裁判所判断に述べられている請求項3〜6の内容についは付表2を参照されたい。

「本件請求項(注;請求項1のこと)には、「回り止め手段」及び「位置決め手段」について、何らの記載もない。他方、… 本件登録実用新案の請求項3及び4記載の考案は、「回転防止手段」を構成要件とし、同請求項4記載の考案は、「段差」を構成要件とし、そして、同請求項5及び6記載の考案は、「抜落防止手段」を構成要件としているものと認められる。そして、上記ア(ケ)によれば、請求項4における「段差」並びに請求項5及び6における「抜落防止手段」が「位置決め手段」に相当するものと認められる。
そうすると、上記「作用」に関する本件明細書の記載は、請求項3ないし6記載の考案の作用を説明したものであると解すべきであり、同記載は、本件請求項に記載された本件考案が「回り止め手段」及び「位置決め手段」を必須の構成要件とすることを示すものではないというべきである。
したがって、被告らの上記主張は、採用することができない。」


上記中、「本件明細書」とは、平成19年1月19日に本件登録実用新案に係る明細書の訂正に係る訂正審判を請求し、同年3月20日に同請求を認める審決がされて確定した訂正後の明細書をいう。また、上記の「ア(ケ)」には、本件明細書の段落【0007】3欄48行ないし4欄8行を引用した文章が記載されている。

・さらに、本件明細書の【従来の技術】の欄の記載によれば、図8,9の従来装置(1)は、クリップ2を筆記具本体1に取り付けるとCリング4の割れ目が拡大するという美観上の問題があり、これを解決するものとして図10の従来装置(2)が紹介されている。しかし、従来装置(2)は、Cリング4の肉厚分が筆記具本体1の外壁面からはみ出すという美観上の問題があると指摘されている。そこで、補助参加人電通らは、本件考案の構成要件A及びBにおける「取り付け」はクリップの取付部が筆記具本体の軸径からはみ出さないような態様における取付けを意味する旨主張した。
これに対し、裁判所は、従来装置(1)についてもはみ出しの問題があるにも拘らずこの従来装置(1)についてはその指摘がなされていない、本願の実施例としてリブ14の高さ分が筆記具本体11の外壁面からはみ出すものが記載されている、などのことを指摘した上で、次のように判断した。

「これらの事情に照らせば、…「この装置においても、Cリング4の肉厚分が筆記具本体1の外壁面からはみ出すので、美観上問題があった。」という記載は、従来装置(2)の構成における問題点という前提を離れ、本件考案の必須の課題として、取付リングが筆記具本体の外壁面からはみ出すことを問題とする趣旨であるとまでは解し得ず、本件明細書の記載は、クリップの取付部が筆記具本体の軸径からはみ出す構成が、本件考案の技術的範囲外であることまでも示すものではないというべきである。
したがって、補助参加人電通らの上記主張は、採用することができない。」

・争点1−3(構成要件D)について

本件明細書の【従来の技術】の欄には、従来装置(2)のはみ出しによる美観上の問題解決するものとして図11の従来装置(3)が提案されている。しかし、従来装置(3)は、筆記具本体1のCリング4の肉厚に相当する分の溝7を形成する必要があり、この構造をとるためには抜き型による安価な成形が困難なため、割り型による成形をしなければならずコスト高になるという問題あると説明されている。そこで、被告らは、本件考案の構成要件Dは、抜き型により製造することができるものでなければならない旨主張した。
これに対し、裁判所は、次のように判断した。

「しかしながら、上記の従来装置(3)に関する記載から、直ちに、本件考案に係るクリップ取付装置を抜き型で成形することが必須であるということはできない上、本件考案によれば、そもそも、従来装置(1)が有していた、Cリングの割れ目が表れるという美観上の問題が生じないのであるから、それを解決することを目的とする従来装置(2)及び従来装置(2)の問題点を解決することを目的とする従来装置(3)の構成をいずれも採用する必要がなく、その結果、本件明細書が直接摘示するような筆記具本体を割り型で作成することによるコスト高の問題も生じないのである。そして、本件明細書及び本件図面を精査しても、他に、クリップ取付装置を抜き型で作成する必要性を示す記載はない。したがって、補助参加人電通らの主張は、採用することができない。
以上を前提に構成要件該当性を検討すれば、被告製品は、ボールペンにクリップを取り付けた装置、すなわち、筆記具のクリップ取付装置であるから、被告製品の構成dは、本件考案の構成要件Dを充足すると認められる。」

・そして、次のように小括した。

「以上により、被告製品は、本件考案の構成要件AないしDをすべて充足し、被告による被告製品の無償配布は、本件実用新案権を侵害する行為であるといえる。」

(2) 争点2(本件登録実用新案が実用新案登録無効審判により無効とされるべきものと認められるか)について

・争点2−1(本件考案は丁3考案に基づいて当業者がきわめて容易に考案することができたか)について

裁判所は、本件考案と丁3考案との一致点と相違点とを次のように整理した。
すなわち、両者は、「筆記具本体と、この筆記具本体の後部に取り付けられるクリップとから成り、このクリップは、クリップ片と、筆記具本体にクリップを取り付けるための取付リングと、上記クリップ片と取付リングと接続するための接続手段とを備え、Cリング形状の取付リングの両開放端から外方に延出する二部分の外方延出端部部分で被接続部分と一体に形成されてなる点で一致する」としている。
また、両者は、「本件考案は、被接続部分がクリップ片であって、接続手段がCリング形状の取付リング両開放端から外方に延出しており、クリップ片の裏側と一体に形成されているのに対し、丁3考案は、被接続部分が支持壁であって、当該支持壁と環体とは二分割された突壁によってのみ接続され、突壁がCリング形状の環体の両開放端から外方に延出しているものの、金属クリップが上記支持壁に係合して固定されている点で相違する」としている。
さらに、裁判所は、丁3考案において装着環と脚杆とを別体にした目的、構成、作用効果の記載を参照し、容易想到性に関して次のように判断した。

「丁3公報に接した当業者は、丁3考案のような、装着環を合成樹脂で、脚杆を金属で形成する構成を採用することで、筒体表面に傷をつけたり、クリップの締付け力が不足するということもなく、さらに、意匠的に付加価値の高いクリップを提供することはできるものの、製造原価が高くなってしまうこと、また、装着環と脚杆とを金属又は合成樹脂で一体形成すること(両者を一体形成すること自体が周知であることは、丁3公報にも記載されている(上記ア(ア)b)。)で、筒体表面に傷をつけたり、又は、締付け力が不足したりしてしまうという欠点はあるものの、費用の面においては安価なクリップ装置を提供することができることを把握できるというべきであって、どちらの構成を採用するのかは、当業者が、両者の利害得失を総合的に勘案し、提供しようとするクリップ装置に適した構成を適宜選択すれば足りる事項であるというべきであって、原告が主張するような、両者を一体にすることへの反示唆とまでは認められない。したがって、本件考案と丁3考案との相違点については、当業者が適宜選択可能な設計事項であり、本件考案に係る構成は、きわめて容易に想到されるものということができる。」

そして、次のように小括した。

「以上によれば、本件考案は、当業者が丁3考案からきわめて容易に考案をすることができたものであるから、平成5年法律第26号による改正前の実用新案法3条2項により実用新案登録を受けることができないものであり、本件考案に係る実用新案登録は、平成5年法律第26号による改正前の同法37条1項1号により無効とすべきものであるから、実用新案法30条によって準用される特許法104条の3第1項の規定に基づく権利行使の制限が認められる。」

(3) 争点3(本件訂正が認められることにより、本件考案の無効理由が解消され、本件考案による本件実用新案権の行使が許容されるか)について

・特許法104条の3第1項に基づく権利行使制限の抗弁(無効の抗弁)を排斥する再抗弁の適法性について裁判所は次のように判旨している。

「実用新案権による権利行使を主張する当事者は、相手方において、実用新案法30条、特許法104条の3第1項に基づき、当該実用新案登録が無効審判により無効にされるべきものと認められ、当該実用新案権の行使が妨げられるとの抗弁の主張(以下「無効主張」という。)をしてきた場合、その無効主張を否定し、又は覆す主張(以下「対抗主張」という。)をすることができると解すべきである(最高裁判所平成18年(受)第1772号第一小法廷判決参照)。
…本件訂正請求を認めつつ、本件訂正考案についての実用新案登録を無効とする旨の審決がされたが、同審決が確定したことを認めるに足りる証拠はない。
このような事情の下で、原告は、本件訂正請求により、上記の無効理由が解消される旨の対抗主張をしているところ、当該対抗主張については、上記の無効主張と両立しつつ、その法律効果の発生を妨げるものとして、同無効主張に対する再抗弁と位置付けるのが相当である。そして、その成立要件については、上記権利行使制限の抗弁の法律効果を障害することによって請求原因による法律効果を復活させ、原告の本件実用新案権の行使を可能にするという法律効果が生じることに照らし、原告において、その法律効果発生を実現するに足りる要件、すなわち、(1)原告が適法な訂正請求を行っていること、(2)当該訂正によって被告が主張している無効理由が解消されること、(3)被告製品が当該訂正後の請求項に係る考案の技術的範囲に属することを主張立証すべきであると解する。」

・上記要件(2)(当該訂正によって被告が主張している無効理由が解消されるか)について
裁判所は、全弁論の趣旨から本件訂正考案と丁3考案との相違点を抽出し、この各相違点に対する容易想到性を判断した。

◇相違点1

相違点1は、クリップ12に割れ目があるかないかの点、及び、本件訂正考案では接続手段18がクリップ片16に一体接続されているのに対し、丁3考案では突壁6と一体に形成された支持壁7に対し金属クリップAが係合固定されている点(別体の点)であり、次のように判断された。

「上記丁3公報の第1図及び第4図には、割れ目のない脚杆(1)が記載されていることから、丁3考案のクリップ片には割れ目がないものが開示されていると認められ、訂正事項2により、新たな相違点が生じるものとは認められない。
また、丁3考案における金属クリップ(A)は、環体(4)とは二つの対峙する突壁(6)によってのみ接続された支持壁(7)に係合されていることから、脚杆(1)と非金属装着環(B)とが一体形成されれば、必然的に、クリップ片に対応する脚杆(1)と取付リングに対応する非金属装着環(B)とが二分割された接続手段に対応する突壁(6)によってのみ接続されることになると認められる。
そうすると、上記2(1)イのとおり、脚杆(1)と非金属装着環(B)とを一体形成することは、当業者が適宜選択可能な設計事項であり、きわめて容易に想到されるものといえるのであるから、相違点1全体に係る本件訂正考案の構成についても、きわめて容易に想到することができるというべきである。」

◇相違点2

相違点2は、本件訂正考案では、接続手段18の間隔がクリップ片16の裏側の幅より狭いのに対し、丁3考案では突壁6が金属クリップAの裏側の幅よりも広い点である。
裁判所は、丁3考案において、脚杆(1)と非金属装着環(B)とを一体化することは容易に想到できるところであり、この場合において、突壁(6)の間隔を金属クリップ(A)の幅より小さくしたり大きくしたりすることはできないことを指摘した上で、次のように判断した。

「そうすると、脚杆(1)と非金属装着環(B)とを一体形成する場合には、突壁(6)の間隔と金属クリップ(A)の幅との大小関係は、当該クリップの幅を決定するに際して当業者が適宜定め得るものであって、単なる設計事項というべきである。
また、幅を大きくした脚杆(1)と、二分割された突壁(6)とを一体形成する際の接続箇所としては、脚杆(1)の裏側が最も自然な位置であるというべきである。したがって、相違点2に係る本件訂正考案の構成を採用することは、当業者がきわめて容易になし得たものというべきである。」

◇相違点3

相違点3は、本件訂正考案では、離間した突条を設けずに接続手段の広がりにより取付リングを広げてクリップ12を取り付けているのに対し、丁3考案では、突条の要否が不特定であり、突壁6の広がりにより取り付けるかも不明であるという点である。
この相違点に関連し、裁判所は、丁23公報(実開昭52−81231号、添付資料4参照(PDF))の第6図〜第8図及び丁25公報(実開昭52−148126号、添付資料5参照(PDF))から、「取付リングの内周面に離間した突条を設けることなく、二分割された接続手段の広がりにより取付リングの内径を広げて、クリップを筆記具本体に取り付けること」が周知であり、「Cリング形状の取付部が二分割された接続手段の広がりに伴って広がる構造」の点で共通するとの判断の基に次のように判断した。

「そうすると、丁3考案において、内周面に縦長突条(8)を有していない環体(4)を用いるとともに、クリップ装置を筒体(5)に取り付ける際に、二分割された突壁(6)の広がりのみにより環体(4)の内径を広げるという、相違点3に係る構成を採用することは、上記周知技術に基づいて、当業者がきわめて容易に想到し得たことと解することができる。」


そして、次のように小括した。

「以上により、本件訂正請求によって生じる相違点については、いずれも、当業者にとって、丁3考案及び周知技術に基づき、その構成を採用することがきわめて容易なものであるというべきであるから、本件訂正請求によって、被告及び補助参加人らが主張する無効理由が解消されるものとは認められない。」

(4)結論

裁判所は次のように結論した。

「以上によれば、その余の点を判断するまでもなく、原告は、被告に対し、本件考案に係る本件実用新案権を行使することができないというべきである。よって、原告の請求は理由がないので、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。」

8.考察

(1)技術的範囲の認定について

a.一般的な考え方

従来、特許発明(登録実用新案)の技術的範囲の認定にあたっては、原則的に明細書の発明(考案)の詳細な説明の記載等を参酌するという手法が許容されている。
ところが、発明の新規性及び進歩性の判断に際し、発明の要旨の認定は特段の事情がない限り特許請求の範囲の記載に基づいてされるべきであるという最高裁昭和62年(行ツ)第3号「リパーゼ判決」をきっかけにして、上記従来の手法が許されるのかどうかについて混乱が生じていた。ここで特段の事情とは、特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確にすることができないとか、あるいは一見してその記載が誤記であることが発明の詳細な説明の記載に照らして明らかであるなどの場合をいう。
このような状況に鑑み、平成6年特許改正法において、特許法第70条第2項が制定され、これにより特許発明の技術的範囲の認定の際に、原則的に明細書の発明の詳細な説明の記載等を参酌するということが明確にされた。
また、知財高裁平成18年(ネ)第10007号判決により、特許請求の範囲の記載の文言が一義的に明確であるか否かを問わず、明細書の発明の詳細な説明等の参酌が許されることが確認された。この事案においては次のように判旨された。

「また、特許権侵害訴訟において、相手方物件が当該特許発明の技術的範囲に属するか否かを考察するに当たって、当該特許発明が有効なものとして成立している以上、その特許請求の範囲の記載は、発明の詳細な説明の記載との関係で特許法36条のいわゆるサポート要件あるいは実施可能要件を満たしているものとされているのであるから、発明の詳細な説明の記載等を考慮して、特許請求の範囲の解釈をせざるを得ないものである。そうすると、当該特許発明の特許請求の範囲の文言が一義的に明確なものであるか否かにかかわらず、願書に添付した明細書の発明の詳細な説明の記載及び図面を考慮して、特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈すべきものと解するのが相当である。」
「(3) 以上のとおり、特許発明の技術的範囲の解釈に当たって、一義的に明確なものであれば、発明の詳細な説明の記載等により限定して解釈すべきではないとする控訴人の主張は、独自の議論であって、採用し得ないものというべきである。」

なお、侵害訴訟において、対象物件が特許請求の範囲に記載された構成要件を充足するように見える場合であっても、当該特許明細書に記載されている発明の課題や作用効果を奏しない場合に、これを理由にクレームを限定解釈できるか否かについて判断された判決は少ない。少ない判決中の一例として東京地裁平成11年(ワ)28963号「青色発光ダイオード事件」事件を挙げることができる。この事案では、請求項にはダブルへテロ構造の記載がなく、発明の詳細な説明の欄における【産業上の利用分野】、【発明が解決しようとする課題】、【発明が解決するための手段】【作用】、【発明の効果】等の記述からダブルへテロ構造に限定して解釈されている。

b.本事案における判断の是非

本件実用新案権に係る明細書において【従来の技術】、【考案が解決しようとする課題】及び【効果】の欄の記載は、相互間に矛盾がないが、これら欄の記載に対し【課題を解決するための手段】(訂正後の本件考案の内容)及び【作用】の欄の記載が不整合である。また、【課題を解決するための手段】の欄の記載及び【作用】の欄の記載相互間も整合しない。このような実用新案登録については、明細書の記載不備による無効理由が存在するともいえるが、本事案のように技術的範囲について認定するならば、明細書の記載を参酌してクレームを限定解釈すべきはないかと思料する。

(2)訂正請求の適法性について

a.訂正請求の内容

請求項1に関する訂正請求の内容は、付表1における上付丸囲み数字で示される内容である。また、訂正請求の各請求項の内容は付表3に記載のとおりである。
なお、訂正請求の適法性について裁判所は判断せず、特許庁における無効審判で判断された。以下無効審判における当事者の主張、特許庁の判断の内容を記す。

b.被告側の主張

これらの点に関する被告側の主張は、次のようなものであった。訂正事項1の「…のみ…」については、「…のみ…」との記載及び図示がなく、「…のみ…」という構成により排除しようとした具体的構成が不明である。訂正事項2,3の「割れ目のない…」については、排除しようとした「割れ目」に関する記述、図示がなく、これら補正により排除しようとした構成が不明確である。訂正事項4の「取付リングの内周面に離間した突条を設けることなく」については、これに関する記述ないし図示は存在せず[離間した突条」の具体的構成が不明確である。訂正事項5の機能的記載については、実用新案法の保護対象である物品の形状、構造又は組合せに係るものではないので、技術的事項の減縮ではなく、誤記の訂正、明瞭でない記載の釈明でもないという点であった。

c.特許庁の判断

特許庁は、これらの点について次のように判断して訂正が認容された。
実用新案登録は、願書に図面を添付することが必須であることから、図面からも考案の内容を把握する余地はあるものと解し得る。
訂正事項1の「…のみ…」に関しては、接続手段を限定するものであり、段落番号0009の記載、及び図3〜図5から訂正事項1の構成が看取される。
訂正事項2及び訂正事項3の「割れ目のない…」に関しては、図3及び図4から割れ目のないクリップ片が看取されるとともに、クリップ片に割れ目を設けないのが通常である。したがって、「割れ目」の具体的構成を直ちに明確に把握できないものの「割れ目のないクリップ片」は上記常識より明確に把握することができる。
訂正事項4の「離間した突条」に関して、複数の突条を有する多角形状部は回転防止機能のものであって「離間した突条」でないことが明らかである。そして、多角形状部19以外の部分に突条が設けられていないことが図3,4,6から看取される。
訂正事項5の機能的事項については、訂正前の請求項1に係る考案が当然に内在する、クリップを筆記具本体に取り付けるための機能であるから特段請求項1に係る考案を変更するものとして扱わない。また、段落番号0006からみて願書に添付した明細書又は図面に記載した範囲内のものである。

d.訂正事項2ないし4は「除くクレーム」か

本件訴訟において、被告らは「請求項2ないし4がいわゆる「除くクレーム」としても許されない」と主張しているが、次の理由からいわゆる「除くクレーム」として判断するべきものでないと解する。なお、本件判決では、前述のように訂正の適法性について判断していないため、この点に関し裁判所は言及していない。
訂正事項2ないし4は、表現上「除くクレーム」ということになるが、実用新案法の保護対象である物品の形状、構造又は組合せのような分野においては、否定的表現により一部の事項が除外された物と、除外される前の物とは構成、作用効果の点からみて異質な物になると考えるべきである。したがって、物品の形状、構造又は組合せの分野において「除くクレーム」の考えはなじまないと解する。なお、本事案においては、上記のような排他的表現及び否定的表現の付加は、元々記載されていた事項の範疇のものであって、進歩性欠如の解消には何ら貢献していない。

(3)本判決が引用した最高裁判所平成18年(受)第1772号第一小法廷判決「ナイフ加工装置事件」(以下最高裁第一小判決という)について

a.最高裁第一小判決の意義

上記最高裁第一小判決は、特許法104条の3に基づく請求棄却判決後に、特許請求の範囲の減縮及び明瞭でない記載の釈明を目的として5度目の訂正審判を請求し、その訂正審決の確定を理由に上告した。そして、上告人は、原判決にはその基礎となった行政処分が後の行政処分により変更されたので、民訴法338条1項8号に規定する再審事由が当るといえるから、判決に影響を及ぼす明らかな法令の違反がある主張した。しかし、最高裁は、特許権者(上告人)の主張は特許法104条の3第2項の規定の趣旨から許されないとして上告を棄却したという事例である。この最高裁判決は、特許法104条の3に基づく請求棄却判決後に訂正審決が確定した場合の再審事由の適法性についての最高裁としての初めての判断であるということで注目されている。
判決の内容は、当該事案の経緯に鑑み、「上告人が本件訂正審決が確定したことを理由に原審の判断を争うことは、原審の審理中にそれも早期に提出すべきであった対抗主張を原判決言渡し後に提出するに等しく、上告人と被上告人らとの間の本件特許権の侵害に係る紛争の解決を不当に遅延させるものといわざるを得ず、上記特許法104条の3の規定の趣旨に照らしてこれを許すことはできない。」というものである。
なお、最高裁第一小判決によれば、特許法104条の3第1項の趣旨は、特許権侵害に係る紛争をできる限り特許権侵害訴訟の手続内で迅速に解決するために、権利行使制限の抗弁を認めたのであり、同条2項の趣旨は、同条1項の規定による攻撃防御方法が審理を不当に遅延させることを目的として提出されたものと認められるときは、裁判所はこれを却下して訴訟が遅延することを防止できるようにしたものであると解されている。

b.本事案との関り

本事案では、上記最高裁第一小判決を引用して、特許法104条の3第1項の権利行使制限の抗弁(特許無効の抗弁)に対し、実用新案登録の請求項の範囲を狭める訂正請求を行うことにより無効主張を否定し、又は覆す主張を行うことを再抗弁と位置付けしている。そして、前述のように再抗弁が認められるための3要件を示している(前記第4頁の「(3)争点3」の項参照)。ここに示された要件は、上記最高裁第一小判決における泉裁判官の意見に記載されているところと実質同一であると解される。なお、泉裁判官の意見では、「既に訂正審判を請求しているまでの必要はなく、まして訂正審決が確定しているまでの必要はない」と述べている。本事案においては第2要件のみ、すなわち「本件訂正請求が認められることにより、本件考案の無効理由が解消されるか本件考案に係る本件実用新案の行使が許されるか」についてのみ判断し、無効理由が解消されないと判断し、再抗弁を認めなかった。


<付表1>

本件実用新案権の請求項1記載の考案

(注)符号は本資料作成時に挿入した。

登録時の考案
本件考案
(訂正審判により確定した考案)
本件訂正考案
(無効審判において訂正請求された考案)

筆記具本体11と、この筆記具本体11の後部に取り付けられるクリップ12とから成り、
このクリップ12はクリップ片16と、筆記具本体11にクリップ12を取り付けるための取付リング17と、上記クリップ片16と取付リング17とを接続するための二分割された接続手段18とから構成されて成る
ことを特徴とする筆記具のクリップ取付装置。

A.筆記具本体11と、この筆記具本体11の後部に取り付けられるクリップ12とから成り、

B.このクリップ12はクリップ片16と、筆記具本体11にクリップ12を取り付けるための取付リング17と、上記クリップ片16と取付リング17とを接続するための二分割された接続手段18とから構成され、(1)

C.接続手段18はCリング形状の取付リング17の両開放端から外方に延出しており、 クリップ片17の裏側(2)一体に形成されて成る(3)

D.ことを(4) 特徴とする(5) 筆記具のクリップ取付装置。

A.筆記具本体11と、この筆記具本体11の後部に取り付けられるクリップ12とから成り

B.このクリップ12はクリップ片16と、筆記具本体11にクリップ12を取り付けるための取付リング17と、上記クリップ片16と取付リング17とを接続するための二分割された接続手段18とから構成され、クリップ片16と取付リング17とは該二分割された接続手段18によってのみ接続され、(1)

C.接続手段18はCリング形状の取付リング17の両開放端から外方に延出しており、割れ目5のないクリップ片16の裏側(2)一体に形成されて成り、前記二分割された接続手段18の間隔は、前記割れ目5のないクリップ片16の裏側の幅よりも狭く形成され、(3)

D.クリップ12は、取付リング17の内周面に離間した突条を設けることなく、(4) 前記二分割された接続手段18の広がりにより取付リング17の内径を広げて、前記筆記具本体11に取り付けられるものであることを特徴とする(5) 筆記具のクリップ取付装置


<付表2>

本件実用新案権の登録請求の範囲
(訂正審判確定時のもの)

【請求項1】筆記具本体と、この筆記具本体の後部に取り付けられるクリップとから成り、このクリップはクリップ片と、筆記具本体にクリップを取り付けるための取付リングと、上記クリップ片と取付リングとを接続するための二分割された接続手段とから構成され、接続手段はCリング形状の取付リングの両開放端から外方に延出しており、クリップ片の裏側と一体に形成されて成ることを特徴とする筆記具のクリップ取付装置。
【請求項2】筆記具本体と、この筆記具本体の後部に取り付けられるクリップとから成り、このクリップはクリップ片と、筆記具本体にクリップを取り付けるための取付リングと、上記クリップ片と取付リングとを接続するための二分割された接続手段とから構成されて成り、前記筆記具本体のリング取り付け個所の外周面と前記取付リングの内周面とにクリップの回転防止手段を形成して成ることを特徴とする筆記具のクリップ取付装置。
【請求項3】前記回転防止手段が、前記筆記具本体におけるリング取り付け個所の外周面に形成された多角形状部と、前記取付リングの内周面に形成された多角形状部とから成ることを特徴とする請求項2の筆記具のクリップ取付装置。
【請求項4】前記筆記具本体の多角形状部と筆記具本体の外周面との間に径方向の段差を形成して成ることを特徴とする請求項3の筆記具のクリップ取付装置。
【請求項5】筆記具本体と、この筆記具本体の後部に取り付けられるクリップとから成り、このクリップはクリップ片と、筆記具本体にクリップを取り付けるための取付リングと、上記クリップ片と取付リングとを接続するための二分割された接続手段とから構成されて成り、前記筆記具本体のリング取り付け個所の外周面に取付リングの後方への移動を防止する抜落防止手段を備えて成ることを特徴とする筆記具のクリップ取付装置。
【請求項6】前記抜落防止手段が、前記筆記具本体のリングの取り付け個所の後端に形成されたリブであることを特徴とする請求項5の筆記具のクリップ取付装置。


<付表3>

本件実用新案権の登録請求の範囲
(無効審判における第2訂正請求時のもの)

【請求項1】筆記具本体と、この筆記具本体の後部に取り付けられるクリップとから成り、このクリップはクリップ片と、筆記具本体にクリップを取り付けるための取付リングと、上記クリップ片と取付リングとを接続するための二分割された接続手段とから構成され、クリップ片と取付リングとは該二分割された接続手段によってのみ接続され、接続手段はCリング形状の取付リングの両開放端から外方に延出しており、割れ目のないクリップ片の裏側と一体に形成されて成り、
  前記二分割された接続手段の間隔は、前記割れ目のないクリップ片の裏側の幅よりも狭く形成され、
  クリップは、取付リングの内周面に離間した突条を設けることなく、前記二分割された接続手段の広がりにより取付リングの内径を広げて、前記筆記具本体に取り付けられるものであることを特徴とする筆記具のクリップ取付装置。
【請求項2】前記筆記具本体のリング取り付け個所の外周面と前記取付リングの内周面とにクリップの回転防止手段を形成して成ることを特徴とする請求項1の筆記具のクリップ取付装置。
【請求項3】前記回転防止手段が、前記筆記具本体におけるリング取り付け個所の外周面に形成された多角形状部と、前記取付リングの内周面に形成された多角形状部とから成ることを特徴とする請求項2の筆記具のクリップ取付装置。
【請求項4】前記筆記具本体の多角形状部と筆記具本体の外周面との間に径方向の段差を形成して成ることを特徴とする請求項3の筆記具のクリップ取付装置。
【請求項5】前記筆記具本体のリング取り付け個所の外周面に取付リングの後方への移動を防止する抜落防止手段を備えて成ることを特徴とする請求項1の筆記具のクリップ取付装置。
【請求項6】前記抜落防止手段が、前記筆記具本体のリングの取り付け個所の後端に形成されたリブであることを特徴とする請求項5の筆記具のクリップ取付装置

以上

お問い合わせフォーム

メールマガジン

パテントメディア