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判例研究/レポート

【判例研究】H17. 6.21 東京地裁 平成17(ワ)768 商標権 民事訴訟事件

2005年12月1日掲載
弁理士 木村達矢

平成17年(ワ)第768号 商標権侵害差止等請求事件
判決 
原告A
被告B
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

事案の概要

本件は,
登録商標第4783133号
商標「IP FIRM」(標準文字)
指定役務 第42類「工業所有権に関する手続の代理又は鑑定その他の事務,訴訟事件その他に関する法律事務,著作権の利用に関する契約の代理又は媒介」
を有する原告が,被告に対し,被告が別紙被告標章目録1及び2記載の標章(以下,それぞれ「被告標章1」及び「被告標章2」といい,これらを併せて「被告標章」と総称する。)を,被告が経営する特許事務所名として,広告等に付して使用する行為は,原告の有する商標権を侵害すると主張して,被告標章の使用差止め及び被告標章を付した名刺等の廃棄を求めている事案である。

被告は,これに対して,
(1)被告標章は原告の登録商標に類似しない,
(2)原告の登録商標は,その商品又は役務の普通名称を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標(商標法3条1項1号)又は需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができない商標(商標法3条1項6号)に該当するから,本件商標権は無効理由を有している。したがって,原告が被告に対し,本件商標権に基づいて権利行使をすることは,商標法39条が準用する特許法104条の3の規定により,許されない。
(3)原告が商標権を取得した経緯などに照らすと,原告の本訴請求は,権利の濫用に当たり許されないなどと主張して,原告の請求を争っている。

裁判所の判断(請求棄却)

裁判所は、争点(2)について下記のように判断して原告の請求を棄却しました((1)(3)については判断せず)。
わが国又は諸外国においても,「IP FIRM」又は「IP LAW FIRM」を「特許事務所」あるいは「知的財産権を取り扱う法律事務所」を表す名称ないし英語表記として使用する事務所が,複数存在することや、「IP」,「FIRM」の訳語及びこれらが結合された語の示す概念,上記のわが国及び諸外国におけるこれらの語句の理解及び利用状況並びに本件商標権の指定役務の需要者等として想定される者を総合考慮して,「IP FIRM」との語は,まさしく本件商標権の指定役務を提供する事務所であることを一般的に説明しているにすぎず,自他役務の出所識別機能を有しないものと認められる。
本件商標権は,商標法3条1項6号に定める「需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができない商標」というべきであるから,商標法39条が準用する特許法104条の3の規定により,原告の被告に対する本件商標権に基づく権利行使は許されない。

コメント
本件は、商標権について、平成16年に改正された特許法104条の3(商標法39条で準用)が適用された事案です。

1.特許法104条の3について
特許法104条の3は、「特許権又は専用実施権の侵害に係る訴訟において、当該特許が特許無効審判により無効にされるべきものと認められるときは、特許権者又は専用実施権者は、相手方に対しその権利を行使することができない。」と規定しています。
キルビー判決以後、裁判所において権利濫用を媒介として特許権に「明らかな」無効理由を有する場合は、権利濫用として権利行使が許されないとの実務が定着していましたが、このような実務を追認する形で、平成16年の改正により追加されたものです。
なお、特許法104条の3では、「明らかな」とは規定されていないので、裁判所は自由に無効理由の存否について判断できると考えられます。

2.商標登録無効審判における除斥期間との関係
上記特許法104条の3は、商標法39条において準用されています。そこで、当該商標権が無効審判により無効にされるべきものと認められるときは、権利を行使することができません。
ところで、商標権の無効審判については商標法47条において一定の無効理由について5年の除斥期間が定められています(本件の3条1項6号についても除斥期間の適用があります)。商標登録が過誤によりなされたときでも、一定の期間無効審判の請求がなく平穏に経過したときは、その既存の法律状態を尊重し維持するために無効理由たる瑕疵が治癒したものとしてその理由によっては無効審判の請求は認められません。そうすると、登録の日より5年経過後は、特許法104条の3に基づく抗弁は排斥されてしまうことになります。

3.除斥期間経過後の権利行使
特許法では除斥期間が全て廃止されたのに対し、商標法で存置されたのは、特許法に比べて除斥期間を有することによる弊害が大きいのに対し、商標法にはそのような事態がなく、むしろ権利の安定化の点が重視されていることによるとされています(工業所有権法逐条解説)。
商標の保護の対象は、使用により商標に蓄積された信用ですから、その商標が使用されている限り保護の必要性があり、安定性が重視されるべきことはその通りです。また、商標法では、普通名称、慣用商標、産地表示等の記述的表示については商標権の効力が及ばないと規定されていますので、識別力を欠く商標については、普通に用いられる方法で表示する限り、使用することができます。さらに、出所表示として認識されないような態様であれば、商標的使用に当たらず、そもそも権利の効力が及ばないとも考えられます。これらのことからは、除斥期間を存置したとしても、第三者に対する弊害もさほど大きくはないとも考えられます。
としても、商標法26条は、普通に用いられている方法で表示する場合に適用されますから、現実には微妙な場合もあると考えられます。
なお、本件では、商標法26条3項の役務の提供の場所を普通に用いられる方法で表示する、あるいは4項当該役務に慣用されている商標に該当するとの主張も可能であったようにも思われます。

4.除斥期間経過後の権利濫用の主張
本件で、被告は特許法104条の3とともに、権利濫用の主張もしています。
特許法104条の3は、無効理由を有する権利の権利行使について、これまで権利濫用を媒介にして請求を棄却していたものを、そのような一般条項を媒介にすることなく端的に棄却できるようにしたものです。したがって、この規定ができた後は、権利に無効理由が存在することを理由とする場合は、特許法104条の3を主張すべきと思われます(ただし、特許法104条の3と、権利濫用の法理はその趣旨・根拠を異にする別個独立の抗弁ですから、それぞれその事実があれば競合して主張できるとも考えられます)。
とすると、商標権について無効審判請求の除斥期間経過後は、瑕疵が治癒した以上、特許法104条の3の主張をすることはできません。しかし、これは無効審判請求が許されないことから、特許法104条の3が適用されないというに過ぎません(殊に3条の無効理由の場合は、瑕疵が治癒したからといって、それにより実質的に識別力が獲得されるわけではありあません)。
権利濫用の法理は、本来、権利自体に瑕疵はなく有効な権利であることを前提に、その行使方法に正義に反する等の問題がある場合に適用されるものです。とすれば、除斥期間経過後、すなわち無効理由が治癒して瑕疵のない有効な権利になったとしても、その行使方法に問題がある場合には、権利濫用の主張が封じられるいわれはなく、当然かかる主張は認められるものと考えます。
また、この問題は、商標権の無効審判請求除斥期間経過後にかかる固有の問題ではなく、特許等においても、権利自体に無効理由はなく有効な権利であるが、その行使方法に問題がある場合があると考えられ、その場合には権利濫用の主張は認められるものと考えます(ただ、特許等が創作物であるのに対し、商標は標識に過ぎず、また、本来信用を保護するものであることから、権利行使の方法に問題がある場合は、相対的に多くなるように思われます)。

5.無効審判とのねじれ現象
侵害裁判と無効審判が併行して提起されている場合に、侵害裁判所で無効理由がある(特許法104条の3)と判断され、その後に(例えば控訴審係属中)、審判で有効と判断された場合はどうなるのでしょうか。もちろん、この審決に対してはさらに審決取消訴訟で争うことが可能ですが、仮に審決が維持された場合には、特許無効審判により無効にされるべきもの」と認められないことになります。通常、審判も優先して処理され、裁判所もその結果を待つでしょうから、現実にはあまり起こりそうにはありませんが、理論的には考えられます。この場合には、特許法104条の3は適用されず、また無効理由が存することを根拠に権利濫用の主張をすることも認められないでしょう。したがって、無効理由の存否については、審判及び知財高裁の判断が尊重されることになります。

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