米国における外国出願経過禁反言(Foreign Prosecution History Estoppel)について|外国知財情報|オンダ国際特許事務所

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米国における外国出願経過禁反言(Foreign Prosecution History Estoppel)について

(パテントメディア2011年1月発行第90号掲載)
弁理士 池上美穂

ある国で拒絶理由通知に対応するためになした陳述が、外国での対応特許の権利に影響を及ぼすことを「外国出願経過禁反言」と言います。世界各地で事業展開しているお客様にとって、ある国での出願経過が対応ファミリーの特許権の行使に影響を与えないことは重要です。今回は、米国における現在までの外国出願経過禁反言の判例(参酌5件、不参酌5件)の概要をご紹介致します。

外国出願経過の取り扱いの前提として、(1)特許性に関する外国での決定は、米国での特許性とは関係がないため(属地主義)、米国裁判所は通常、外国出願経過の適用は積極的には行いたがらない、(2)クレーム解釈では、内的証拠(extrinsic evidence、クレーム文言自体、明細書の記載、本願出願経過)が優先し、対応外国出願の出願経過は外的証拠(extrinsic evidence)であるため、外国出願経過がクレーム解釈中の通常の意味に矛盾するように使用されることはない、ことになっており、クレーム解釈における外国出願経過禁反言の参酌は例外的です。

 

A.外国出願経過が参酌された判決

 

(1)Caterpillar Tractor Co. v. Berco, S.p.A., 714 F.2d 1110 (Fed. Cir. 1983)

外国出願経過を参酌したリーディングケースです。特許権者である原告Caterpillar Tractorが、トラクター車軸のシール部材に関する米国特許第3,841,718号に基づき、Ⅱ型シールを製造していた被告Berco社を提訴し、文言侵害はなく均等論の適用があるか否かが争われました。
被告Berco社が、’718号の対応ドイツ出願におけるCaterpillar社のドイツ代理人への指示およびドイツ特許庁に対しなした引用文献に対する本願発明の陳述が均等論上での禁反言になると主張したところ、CAFCは「外国での特許取得のための法的および手続は多様であるため、特定の種類の陳述は不適当とみなされる場合もある」としながらも「他の裁判所の決定には十分な拠り所があり、かかる事項が関連する証拠を含む場合には考慮されなければならない」と判示し、外国出願禁反言が本国の権利範囲解釈にまで効力が及ぶ場合がある旨を判示しました。ただし、このケースでは参酌した外国出願経過中に均等論の適用を否定する根拠が見出されないとして、均等論下での侵害が認められました。

 

(2)Tanabe Seiyaku Co., Ltd. V. U.S. Intern. Trade Com’s, 109 F. 3d 726 Fed. Cir. 1997) 

特許権者である原告Tanabeが、ベンゾチアゼピン誘導体の製造方法に関する米国特許第3,328,035号のクレーム1に基づき、Fermion社他数社を特許権侵害として提訴しました。被告Fermion社の製造方法は、溶媒としてブタノンを用いる以外はクレーム中の全ての要素が同じであり、クレーム1の均等論の適用があるか否かが争われました。
原審では、Tanabeが対応外国出願(イスラエル、フィンランドおよび欧州)でなした本願発明の効果に陳述を考慮し、クレーム以外の溶媒は除外するとTanabeが示したと決定して均等論下での侵害を否定し、CAFCも「Tanabeの外国出願での陳述は、ブタノンを含む他の溶媒が本願発明の溶媒とは互換不可能であることを当業者に示唆している」としてこれを支持しました。

 

(3)Ajinomoto Co. v. Archer-Daniels-Midland(ADM)Co., 228 F. 3d 1338, 56 USPQ 2d 1332 (Fed. Cir. 2000) 

いわゆるスレオニン訴訟として有名な判例です。原告Ajinomoto が「特定のアミノ酸を増大量で生産するための細菌の遺伝子修飾方法」に関する米国特許4,278,765号に基づき、被告ADM社の菌株の使用行為の差止・損害賠償を請求しました。
CAFCは、クレーム1中の「ドナー細菌の染色体DNA断片」の意味を解釈するに際し、ADM社が日本の農水省に提出した書類におけるADM社の「E.Coli染色体断片」の用語の使い方と、ABP社のマニュアルにおける用語の使い方とを参酌し、染色体DNA断片はハイブリッドプラスミド中に同定可能であり得ると結論し、地裁の侵害の認定を支持しました。

 

(4)Glaxo Group Ltd. V. Ranbaxy Pharms, Inc., 262 F.3d 1333, 1335 (Fed. Cir 2001)

Glaxo社が、セフロキシム アキセチルの無定型および結晶型の2つの物理的形状を特徴とする米国特許第4,562,181号に基づきRanbaxy社を地裁に提訴し、均等論侵害の適用があるか否かが争われました。
’181号のクレーム1中の「結晶材料が本質的に存在しない無定型のセフロキシム アキセチル」の用語の解釈が争点となり、侵害被疑品は「約10~15%の結晶性セフロキシム アキセチルと、残りの無定型セフロキシム アキセチルとを含むアキセチル製品」でしたが、CAFC は’181号と同じ実施例を含む2つの米国特許の出願経過と、’181号特許の対応英国特許出願第8,222,019号の記載とを参酌し、「結晶物質が本質的に存在しない」は最大結晶含量が10%未満であることを意味するとして均等論適用を認めませんでした。

 

(5)Gillette Co. v. Energizer Holdings, Inc., 405 F.3d 1367 (Fed.Cir. 2005)

原告Gilletteは、複数の刃(好ましくは3つ)を備えた(comprising)かみそりに関する米国特許第6,212,777号に基づき、被告Energizer の商品4つの刃を備えたかみそりQUATTRO(登録商標)が’777号特許を侵害しているとして提訴しました。
CAFCは、comprisingがオープンエンドな用語であるため原則通りクレームの範囲に属すると判示し、この際にGilletteの’777特許の対応欧州特許(EP722379A)の異議申立でEPOに対し被告Energizer自身が欧州対応出願のクレームが4つ以上の刃の構成を排除しないと議論し、comprisingがオープンに解釈されることを支持していると述べ、文言侵害を認定しました。

 
原告
(特許権者)
被告
(侵害被疑者)
証拠の種類
証拠
取扱い
結論
事例1
Caterpillar Tractor Berco 原告が対応ドイツ出願でなした引用文献に対する本願発明の陳述 (禁反言なし)
参酌
均等侵害
あり
事例2
Tanabe Fermion他 原告が対応外国出願(イスラエル、フィンランドおよび欧州)でなした陳述 (禁反言あり)
参酌
均等侵害
なし
事例3
Ajinomoto ADM 被告が日本の農水省に提出した書類 (用語の解釈)
参酌
文言侵害
あり
事例4
Glexo Group Ranbaxy Pharma 原告の関連米国出願の出願経過
原告の英国出願の記載(禁反言あり)
参酌
均等侵害
なし
事例5
Gillette Energizer 被告が対応欧州出願の出願経過でEPOに提出した意見書(用語の解釈)
参酌
文言侵害
あり

 

 

B. 外国出願経過が参酌されなかった判決
(6)Heidelberger Druckmaschinen AG v. Hantscho Commercial Products, Inc., 21 F.3d 1068, 1072 (Fed. Cir. 1994)

特許権者Heidelbergerが、ウェブ供給型回転式印刷機用の折りたたみ装置(チョッパ)に関する米国特許第4,509,939号に基づき、該チョッパを備えた印刷機の製造業者であるHantscho社を特許侵害として提訴しました。
地裁では、HeidelbergerがEPO審査官によるIngenious Mechanismsの文献を主引例とする出願拒絶の後に対応欧州出願を取下げていることが本件特許の装置の不特許性を確認するものであるとの被告Hantscho社の主張を認めましたが、原告Heidelbergerは上訴してドイツ、日本、米国では特許が認められておりEPO特許の出願経過を強調すべきでないと反論し、CAFCは、地裁の判示は不適切であり、特許性の理論および法律は国ごとに違うため審査実務も国ごとに違うことに留意すべきである、理論や実務の国際的調和が達成されていないから米国特許法で103条要件を満たすか否かの判断に外国の特許審査のアクションを適用するには注意が必要である、と判事しました。

(7)Northern Telecom Ltd. V. Samsung Electronics Co. 215 F. 3d 1281, 55USPQ2d 1065 (Fed. Cir. 2000)

特許権者Northern Telecom社が、アルミニウムおよび酸化アルミニウムの気体プラズマエッチングに関する米国特許第4,030,967号に基づき、Samsung Electronicsを特許侵害として提訴しました。
CAFCで、Samsungは、クレーム中の「プラズマエッチング」がイオン衝撃の機械的プロセスを除外する外的証拠として発明者が関連日本出願の出願経過でなした陳述を示しましたが、CAFCは「違う出願における違うクレーム中の用語を解釈する陳述である限り、・・・(クレーム1の「プラズマエッチング」からイオン衝撃を排除する必要があると発明者が同意すると確信するに足る証拠がないため)これを非侵害の事実認定のための義務とすることには同意できない。」と判事し、文言侵害が認められました。

(8)TI Group Automotive Systems (North America), Inc. v. VDO North America, L.L.C., et al., 375 F. 3d 1126 (Fed. Cir. 2004)

特許権者TI Groupが、燃料タンクからエンジンへの燃料輸送装置に係る発明の米国特許第4,860,714号に基づき、VODを特許権侵害で訴えました。
地裁では、燃料をリザーバへ送るポンプ手段がwithin the reservoir (10)に位置するとの記載があり、withinの用語の定義がクレーム解釈上争われました。CAFCで、VODは「TI Group自身が対応日本出願の出願経過でwithinがinsideを意味するという陳述をしている」と主張しましたが、CAFCはこのVDOの主張に判示するのを避け「外国での特許取得のための法的および手続は多様であるため、特定の種類の陳述は米国でのクレーム解釈で考慮するには不適当とみなされる場合もある」と示し、通常の用語の使用法によるとwithinはoutsideではなくinsideを指すとして地裁の解釈を支持し、非侵害の判決が下されました。

(9)Tap Pharm. Prod. Inc. vs. Owl Pharm., L.L.C., 419 F. 3d 1346 (Fed. Cir. 2005)

特許権者TAP Pharmaceutical Products, Incが、生分解性高分子ポリマーの発明に関する米国特許4,728,721号に基づき、Owl社を‘721号特許の侵害として提訴しました。Owl社のポリマーはラクチドおよびグリコライドから開環重合で得たものでした。
CAFCで、Owl社はコポリマーは直接重合により製造される必要があるとして争い、TAPが本特許の対応欧州出願での出願経過でクレームを補正し、開環重合で製造されたコポリマーをTAPが排除したと主張しました。
しかし、第2回目のOA時に欧州審査官が出願人の上記補正を参酌せず、TAPは以後、本願発明の特徴は「不純物である水溶性低分子化合物のレベル」にあると本願特徴から遠ざかったため、CAFCは地裁が出願人が欧州審査官になした陳述に重きを置かないのは妥当であるとし、Owl社の ’721号特許侵害の地裁判断を支持しました。

(10)Pfizer, Inc. vs. Ranbaxy Lab. Ltd, 457 F.3d 1285(Fed. Cir. 2006)

特許権者Pfizerは、式Ⅰの構造式を有する化合物に関する米国特許第4,681,893号に基づき、Ranbaxyを提訴しました。被告Ranbaxyは、対応デンマーク出願の出願経過でPfizerは式Ⅰをラセミ体に限定されるように補正しており、RanbaxyのANDA薬はR鏡像異性体(つまりラセミ体の一方だけ)であるため、’893号特許のクレーム1を侵害しないとして争いました。
CAFCは、対応デンマーク出願の経過ではクレーム範囲が「包括的すぎる」という拒絶に対応するために出願人がラセミ体に減縮補正したが、この減縮補正はデンマークおよび欧州特許法に規定された法的および手続的要件に対応するためであるとし、先のTI Group判例(上記事例8)を引用して、外国対応出願の出願経過での出願人の陳述は、米国での ’893号特許の地裁クレーム解釈とは無関係であると判示し、クレーム文言を「鏡像異性体を含むすべてのトランス型異性体を含む」と解釈し、地裁判決を支持しました。

 
原告
(特許権者)
被告
(侵害被疑者)
証拠の種類
証拠
取扱い
結論
事例6
Heidelberger Hantscho 原告の欧州出願での主引例に基づく出願取下げの事実(権利の有効性判断)
不参酌
特許有効
事例7
Northern Telecom Samsung Electronics 原告が対応日本出願の出願経過でなした陳述(用語の解釈)
不参酌
文言侵害
あり
事例8
TI Group VDO 原告が対応日本出願の出願経過でなした陳述(用語の解釈)
不参酌
文言侵害
なし
事例9
Tap Pharm Owl Pharm 原告が対応欧州出願の出願経過でなした陳述(用語の解釈)
不参酌
文言侵害
あり
事例10
Pfizer Ranbaxy 原告が対応デンマーク出願およびEPO出願の出願経過でなした減縮補正(用語の解釈)
不参酌
文言侵害
あり
上記判決からわかる傾向
  • CAFCには年間3000件前後の侵害訴訟が提起されている事実から考えると、外国の出願経過が争点になったケースは少なく、日本の出願人が関与するごく最近の判例はありませんでした。
  • 外国出願経過は、多くの争点のうちの1つであり、メインの争点となっているケースは事例1および2のように少ないです。
  • 外国出願の経過が参酌される場合は、原告や被告が、自己矛盾する主張をしつつ無理に権利を要求している場合が殆どです。
  • 外国対応出願で、争点と無関係な拒絶を解消するために提出された意見書や補正書が証拠として米国裁判所に採用される可能性は低いです。
  • 外国出願経過は、文言侵害のためのクレーム解釈と、均等論適用の際の禁反言の証拠として参酌される場合があり、最近の判例では事例8-10のように文言侵害の認定に外国出願経過を参酌するのを避ける傾向があります。
実務上の指針・考察
  • 中間処理の際に、引例回避のために必要以上に陳述することを避けるという原則は守った方が良いですが、特許権者がよほど自己矛盾する主張をしない限り米国での外国出願経過禁反言を過度に恐れる必要はないと言えるかもしれません。
  • 中間処理時に、ファミリー案件は同一担当者が担当した方が良いです。
  • 米国の外国出願経過の判例の数が少なく、事例の特徴も個別的であるため、近いケースを参考にする検討の仕方が有効と思われます。
  • ある特許庁で特に厳しい拒絶理由が発せられている場合、意見書の書き方を工夫したり、対応ファミリーの審査結果を示しつつ面接を利用するのが良いかもしれません。
  • なお、日本、欧州、中国、韓国の外国出願経過禁反言の事例も探してみましたが、韓国は参考文献が1つ(Hyung Joon Lee. 2009)がありましたが、他の国については近年の判例が見当たりませんでした。その理由として、(1)中国はまだ判例の蓄積が少ない、(2)米国以外の国は米国よりも一般に審査が厳しく特許クレームも狭い傾向が過去にあったため、外国出願経過を証拠として用いるのが有効でない、等の理由が考えられます。最近は、審査の3極・5極ハーモナイゼーションの運用が行われていますので、外国出願経過禁反言の事例が将来突然増える可能性は低いと考えられます。