米国特許クレームのプリアンブル|外国知財情報|オンダ国際特許事務所

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米国特許クレームのプリアンブル

(パテントメディア2011年1月発行第90号掲載)
米国特許弁護士 ブライアン P.ファー

米国特許法と日本特許法との大きな相違点として、米国特許クレームのプリアンブル(前提部)は、一般的に発明を限定するものとして取り扱われない点が挙げられます。クレームのプリアンブルに関する問題は、ある装置が別の装置とともに用いらる場合に多く発生します。例えば、発明者が、作動時に騒音の少ないノートパソコン用の改良ファンを開発したとします。通常、クレームのプリアンブルでは用途、例えば「A fan for a notebook computer, the fan comprising」と記載し、発明の要件をこれに続くクレーム本体に記載します。

米国での特許実務においては、「ノート型(notebook)」がプリアンブルに記載されている場合、一般的には発明を限定する要件とは考えられません。この場合、ノートパソコンではなく、デスクトップパソコン用のファンのみを製造していることを理由に特許侵害を否認することはできないでしょう。

しかしながら、プリアンブルの記載事項が発明を限定すると判断されるケースも多くあります。残念ながら、American Medical Systems, Inc. and Laserscope v. Biolitec, Inc.事件において連邦巡回控訴裁判所(CAFC)が最近出した判決において述べられたように、プリアンブルの記載が発明を限定するものであるかどうかを判断するための簡単な基準というものは今のところ存在していません。この判決は、米国特許第6,986,764号にクレームされている、レーザ照射によって組織を蒸散させる方法及び装置に関するものでした。原告は、Biolitec社が特許された製品を製造し、またその製品を特許された方法で使用していることを理由に、Biolitec社を被告とする侵害訴訟を起こしました。

Biolitec社は、被疑製品とその使用は、クレームの要件を少なくとも1つ備えていないと反論しました。具体的には、被告は、被告の製造する製品及びその使用は、「組織の光選択的蒸散」という要件を満たしていないと主張し、連邦地方裁判所ではその主張が認められました。つまり、被告は、前述の主張に基づいて、非侵害であるとの略式判決を連邦地方裁判所において勝ち得ました。しかしながら、この論点には大きな弱点がありました。被疑製品が備えていないとされた要件は、クレームのプリアンブルにしか記載されていなかったのです。

当然に略式判決に不服のあった原告は控訴しました。判決にあたり、CAFCは、米国特許クレームのプリアンブルに記載される用語が発明を限定するものであるかどうかを判断する上で考慮しなければならない原則を検討しました。CAFCはまず、プリアンブルは一般的にはクレームを限定するものではないと述べました。しかしながら、プリアンブルが、(1)発明の本質的な構造又は工程について述べている場合、又は(2)クレームに重要な意味を与える(判決文ではis necessary to give life, meaning, and vitality to the claimとされています)場合には、クレームのプリアンブルが発明を限定するものとして解釈される場合もあるとしました。CAFCは、クレーム31を本件特許の代表的な方法クレームとして取り上げました。クレーム31は以下の通りです。

(クレーム31)
組織の光選択的蒸散方法であって、
該方法は、組織の治療領域にレーザを照射する工程を含み、レーザ照射は、治療領域において、レーザ照射によって引き起こされた残留凝固組織の体積よりも実質的に大きな体積の組織を蒸散させるために十分な波長及び放射照度を有し、照射されたレーザが、治療領域において、少なくとも0.05mm2のスポットサイズで10kW/cm2よりも大きな平均放射照度を有する、方法。

Biolitec社は、プリアンブルの記載は、クレーム本体の第1行目に記載される“the tissue”の先行詞を含むものであり、発明を限定するものとして判断すべきであると主張しました。この点について、2002年のCatalina Mktg. Int’l, Inc. v. Coolsavings. Com, Inc.事件における裁判所の判決によれば、「論点となっているプリアンブルの特定の文言が後出の同語の基礎となる先行詞であることは、プリアンブルとクレーム本体の両方に基づいてクレームされる発明を特定していることを意味し、この文言がクレームの範囲を限定する場合がある」とされていました。しかしながら、CAFCは、プリアンブルに記載される「組織の蒸散」とは治療する組織の種類又は位置を特定したものではないとして、Biolitec社の主張を退けました。プリアンブルの「組織(tissue)」という用語も、クレーム本体に記載される「組織(the tissue)」の意味の理解に文脈上必須のものではないと判断されました。

最も重要なことに、CAFCは、「光選択性蒸散」は、各クレームの本体において十分に記載される発明に関する単に記述的な名称であると判断しました。この点に関し、クレーム本体が構造的に完全な発明を特定しており、プリアンブルの文言が当該発明の構造又は工程に影響を与えることなく削除できるものである場合には、プリアンブルは発明を限定するものではない、としました。これよりも前のIMS Tech., Inc. v. Haas Automation, Inc. (Fed. Cir. 2000)事件の判決においても、「発明を完全に特定するクレーム本体に記載された要件の一群に単に記述的な名称を与える」ものである場合には、プリアンブルは発明を限定するものではないとの判断が示されていました。なお、CAFCは、特許明細書中において、「光選択性蒸散」という文言が発明全体を指すものとして一貫して使用されていることについても触れましたが、この語は発明を総称するために便宜的に用いているにすぎず、発明を限定するものとして機能してはいないと判断しました。その結果、連邦地方裁判所の判決は、CAFCにより覆されることとなりました。

とはいえ、CAFCの判決においても判事全員の意見が一致していたわけではありません。本件の判決は、3人の判事からなる標準的なパネルによりなされました。多数派の判決は2人の判事によるもので、残り1人の判事は反対意見を述べました。その反対意見は、何年にもわたってCAFCが「どのような場合にプリアンブルが発明を限定するものとすべきかを判断するのに苦心してきた」が、「明確かつ簡潔なルールを作成するに至っていない」と述べています。その結果、一致させることが難しい、矛盾する判例が生じてしまっているのです。反対意見を述べた判事は、「全てのプリアンブルは発明を限定するものであるとするルールの方が分かりやすい」と意見を述べています。

この強い反対意見にもかかわらず、現在のルールにおいては、米国特許クレームのプリアンブルは原則として発明を限定しない、とされています。その一方で、プリアンブルの記載が発明に不可欠な構造もしくは工程である場合や「クレームに重要な意味を与える」ために必要な(is necessary to give life, meaning, and vitality to the claim)構造もしくは工程である場合には発明を限定するものとして解釈されるため、プリアンブルを注意深く作成し、不必要な文言を入れないようにすることも重要です。また、プリアンブルの記載がクレーム本体に記載される用語の基礎となる先行詞を含む場合にも、発明を限定するものと解釈されるおそれがあります。
本稿の冒頭に記載したように、クレームのプリアンブルに関する問題は、ある新規な装置が発明され、それがより大きな装置とともに用いられるものである場合に多く発生します。例えば冒頭の例でいえば、発明は、より大きな装置であるノートパソコンに用いられる静粛性の高いファンに関するものです。このようなファンについての特許出願では、このようなファンを有するノートパソコン全体をクレームするのではなく、ノートパソコン用のファンに関するものとして一般的にクレームが作成されることでしょう。

このような場合、発明の意図する用途を記載し、発明が使用される環境を定義づけるために、プリアンブルにおいてノートパソコンに関する記載を含むようにクレームがよく作成されます。例えば、最新のノートパソコンと互換性を持たせるため、特定の寸法を有することがそのファンにとって重要な場合もあるでしょう。この場合、クレームのプリアンブルに「標準サイズの3cm×3cmファン開口を有するノートパソコン用ファン」と記載し、その後のクレーム本体においてそのような標準サイズの開口に取り付け可能な構造について記載することができます。その意図は、発明が使用される環境を定義づけることにありますが、発明の一部としてノートパソコンを必要とするわけでも、その特定の用途のみに発明を限定するものでもありません。

American Medical Systems, Inc. and Laserscope v. Biolitec, Inc.事件におけるクレームは、意図される用途に関するプリアンブルの記載や記述的な名称を何らかの形で伴うことにより発明を表示するプリアンブルの記載がなければ、不自然なクレームになるでしょう。前出のクレーム31の例で見ると、プリアンブルに記載される全ての不必要な記載を取除くとするならば、「方法は、以下を含む(A method comprising:)」という記載だけが残ってしまうことになります。
米国の特許実務では、方法クレームは発明の記述的な名称を伴うのが一般的であり、単に方法の工程が以下に続くことのみを記載する「A method comprising:」というプリアンブルは通常ありません。各クレームのプリアンブルにおいて問題となった用語は、「光選択性」という用語でした。後知恵ではありますが、私ならば、クレーム31のプリアンブルの記載を「組織の蒸散方法であって、以下を含む(A tissue vaporization method comprising:)」と記載することを提案することでしょう。

このようなプリアンブルは米国特許実務ではきわめて一般的なものであり、Biolitec社がプリアンブルの記載に関して行った主張を回避できたでしょう。この特許には74のクレームが含まれており、米国の標準的な特許から比較するとクレームが大変多いといえます。また、本件特許は、45のクレームを有する別の特許のCIP出願として出願されていました。これらの事実から判断すると、本件特許の重要性は明らかです。原告はおそらく、クレームのプリアンブルに「光選択性」という文言を挿入さえしていなければ、多くの時間と費用を節約できたことでしょう。

さらには、特許出願の審査段階においては一般的に、プリアンブルの記載は、従来技術との差異を判断する上でほとんど価値がありません。審査官は、プリアンブルの記載が一般的に発明を限定するものとは捉えず、プリアンブルの記載に重きを置かないのが通常です。そしてまた、審査官は、過度に広すぎる権利範囲のクレームで特許を発行しないよう、最も広い合理的なクレーム解釈をすることとなっています。このため、審査官がプリアンブルを重視しないのは当然でしょう。

以上の事項を踏まえ、クレームのプリアンブルを短くして不必要な文言を入れないようにすることが重要であるといえます。米国特許法の下ではプリアンブルは一般には限定的に解釈されず、クレーム本体の記載ほど重要ではありませんが、プリアンブルに不必要な記載があることは後々特許権者にとって問題となることがあり、場合によっては発明を限定するものとして解釈され得るのです。