AI発明の請求項の書き方って 難しくないですか?|パテントメディア|オンダ国際特許事務所

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AI発明の請求項の書き方って 難しくないですか?

2022年9月
弁理士 井出佳一

AI(人口知能)関連の特許出願が増えているといった話を聞くようになって久しいです。私が担当する案件についてもAIに関連する案件は増加傾向にあります。今回は、AI発明の請求項の書き方って難しくないですか?というお話です。なお、本稿でのAI発明とは、AIのアルゴリズムそのものに関する発明ではなく、AIを種々の用途に適用した発明のことです。

 

(1)AI発明を最初に担当したときには、公開されている公報を読むことによって請求項の書き方を学びました。その中で感じたことは、AI発明の請求項の書き方は非常に難しいということです。AI発明に限らず、ソフトウェア関連発明全般に言えることですが、コンピュータの内部処理を記載するほど権利行使し難い請求項になります。これについても非常に難しい問題なのですが、AI発明独自の問題ではないので本稿では触れません。
私が頭を悩ませているのは、AI発明のポイント部分をどのように記載するかという問題です。特許庁が公開している「AI関連技術に関する特許審査事例」で挙げられている事例を用いて説明します。

【請求項1】
特定の商品の在庫量を記憶する手段と、
前記特定の商品のウェブ上での広告活動データ及び言及データを受け付ける手段と、
過去に販売された類似商品に関するウェブ上での広告活動データ及び言及データと、前記類似商品の売上数とを教師データとして機械学習された予測モデルを用いて、前記特定の商品の広告活動データ及び言及データから予測される今後の前記特定の商品の売上数をシミュレーションして出力する手段と、
前記記憶された在庫量及び前記出力された売上数に基づいて、前記特定の商品の今後の生産量を含む生産計画を策定する手段と、
前記出力された売上数と、前記策定した生産計画を出力する手段と、を備える事業計画支援装置。

下線がAI発明に関連する記載です。過去に販売された類似商品に関するウェブ上での広告活動データ及び言及データと、類似商品の売上数とを教師データとして機械学習された予測モデルを用いて、特定の商品の売上数をシミュレーションして出力するといった内容です。

この特許権を用いてイ号製品に権利行使することを想定します。イ号製品が何らかの予測プログラム(予測モデル)を用いていることが把握できたとしても、「予測プログラムが機械学習によって得られたものであること」、「広告活動データ、言及データ及び類似商品の売上数を教師データとして用いたこと」の二点を立証するのって困難ではないでしょうか。

一般化して考えると、請求項中で「Aを学習データとして機械学習された学習済みモデルを用いて」という記載をすると、学習済みモデルがAを学習データとして機械学習されたことを権利者側で立証する必要があります(生産方法のように立証責任の転換がないので)。でも、完成された学習済みモデルから学習データを特定するのって無理ゲーじゃないですか?

ただでさえ権利行使し難いソフトウェア関連発明が、更に権利行使し難くなるということです。そうすると、AI発明を特許出願する意味はないのではないか?となりかねませんし、実際に、そう考えている実務者の方も数多くいるのではないでしょうか。

以上のことから、私がAI発明の案件と担当するときには、極力、機械学習や学習データといった文言を使用せずに、請求項を記載しています。しかし、発明内容によっては、特定の学習データを用いて機械学習したからこそ課題が達成できたというものもあります。このような場合、本当に学習データを記載しなくてもいいのか?といった疑問が生じることはあります。やはり、AI発明の請求項の書き方って難しくないですか?

 

(2)AI発明について調べていると、「学習済みモデルの生成方法」によってAI発明を保護することを提案しているものがいくつかあります。この考えを最初に見たときは、思わず膝を打ちました。これを最初に思いついた人って、本当にすごいと思います。私では、経験を重ねたとしても、自力でこの考えに至ることはできなかったかもしれません。

「物」とは、民法では有体物を意味しますが、特許法ではプログラムを含みます(特許法2条3項1号)。一般法である民法の規定よりも特別法である特許法の規定が優先されるため、特許法での物はプログラムを含むことになります。

学習済みモデルがプログラムに該当するか否かについては見解がわかれるかもしれません。ここでは、学習済みモデルがプログラムに該当することを前提とします。そうすると、「学習済みモデルの生成方法」は、カテゴリとしては「物を生産する方法の発明」に該当することになります。従って、特許権の範囲は、「学習済みモデルの生成方法」によって生成された学習済みモデルにも及ぶことになります。AIのアルゴリズムそのものに特徴がある場合など、学習済みモデルの生成過程に特徴がある場合、「学習済みモデルの生成方法」によって保護を図ることを検討すべきだと思います。

 

(3)(1)で「Aを学習データとして機械学習された学習済みモデルを用いて」という記載をすると、学習済みモデルがAを学習データとして機械学習されたことを特許権者側で立証する必要がある、と記載しました。でも、これって本当なんでしょうか?

(2)で記載したように、「学習済みモデルの生成方法」は、「物を生産する方法の発明」に該当します。そうすると、「Aを学習データとして機械学習された学習済みモデル」は、プロダクト・バイ・プロセスクレーム(以下、PBPクレーム)に該当するのではないでしょうか。

PBPクレームの権利解釈には、物同一説と製法限定説があります。物同一説とは、生産方法に関わらず、生産された物が同一かどうかによって発明の同一性を判断するという説です。つまり、請求項に記載した生産方法と異なる生産方法で生産されたものであっても、生産された物が同一であれば効力が及びます。製法限定説は、請求項に記載した生産方法と同一の生産方法で生産された物に効力が及ぶと解する説です。

最高裁は、PBPクレームの権利解釈として、物同一説を採用しました(平成24年(受)1204号、同2658号)。上記したように、物同一説では、生産方法に関わらず、物が同一かどうかによって発明の同一性を判断します。そうすると、学習済みモデルがAを学習データとして機械学習されることによって生成されたものかどうかは権利解釈には関係ないはずです。

事例であれば、「過去に販売された類似商品に関するウェブ上での広告活動データ及び言及データと、類似商品の売上数とを教師データとして機械学習された」こと自体は権利解釈には関係なく、上記した機械学習によって生成された予測モデル(製造物)がどのような予想モデルかが問題になるはずです。権利行使の際には、「過去に販売された類似商品に関するウェブ上での広告活動データ及び言及データと、類似商品の売上数とを教師データとして機械学習された」予想モデル(製造物)がどのような予測モデルかを特定した上で権利行使を行えばよく、どのような学習データを用いて学習を行ったかを特定する必要はないはずです。もっとも、生産方法が同一であれば、生産された物も同一なので、イ号製品の予測モデルが「過去に販売された類似商品に関するウェブ上での広告活動データ及び言及データと、類似商品の売上数とを教師データとして機械学習された」ことを立証して権利行使してもいいです。

学習済みモデルの記載がPBPクレームに該当するのなら、AI発明の請求項の書き方は、少し楽になるかもしれません。上記したように、学習データについて記載しても、学習データについての記載が権利解釈上で問題になることはないので、学習データについての記載が権利解釈に及ぼす影響は少なくなると思われるからです。正確に言えば、学習データの記載によって、生産方法から特定される学習済みモデル(製造物)が変化するため、学習データについての記載による影響を完全に排除することはできないと思います。それでも、権利行使時に必ず学習データについての立証を行わなければいけないと考えるよりは、幾分か請求項が書きやすくなるのではないでしょうか。

しかし、学習済みモデルが本当にPBPクレームに該当するかについては、いまいち確信を持てないというのが正直なところです。上記したように、学習済みモデルの記載は、形式的にはPBPクレームに該当するはずです。しかし、特許庁での審査を見ると、必ずしもPBPクレームとして審査が行われているとは思えないからです。例えば、AI発明に関する特許出願の審査経過を見ると、学習データを補正することによって特許性が認められている出願があります。学習済みモデルについての記載がPBPクレームに該当する場合、学習データを補正することによって特許性が認められるのは、当該学習データを補正することによって、生産方法から特定できる学習済みモデル(製造物)に変化がある場合に限られるはずです。しかし、学習データを補正することによって特許性が認められている特許出願を確認すると、全ての特許出願についてそのような判断が行われているとは思えないからです。

 

(4)仮に、学習済みモデルの記載がPBPクレームに該当しないとすると、その根拠をどのように考えるべきでしょうか。ぱっと思い浮かぶのは、学習済みモデルがプログラムには該当しないという考え方です。

特許法第2条第4項では、電子計算機に対する指令であつて、一の結果を得ることができるように組み合わされたものをプログラムと定義しています。学習済みモデルは、入力に対して出力を行います(入力に対して一の結果を出力する)。また、学習済みモデルは、電子計算機で実行されます。手元にあるG検定公式テキストにも、“機械学習とは、人工知能のプログラム自身が学習する仕組み”(浅川、江間、工藤、巣籠、瀬谷、松井、松尾 2020、p.49)と記載されています。これらのことからすれば、学習済みモデルがプログラムに該当することは間違いないと思います。

また、学習済みモデルがプログラムに該当しないとすると、「学習済みモデルの生成方法」を「物を生産する方法の発明」として保護できないことになります。「学習済みモデルの生成方法」を「物を生産する方法の発明」として保護しようとする素晴らしいアイディアが台無しになってしまうのは、ちょっと悲しくないですか?

 

(5)以上のことを踏まえて、AI発明についての自分の意見を述べたいと思います。

前提として学習済みモデルについての記載は、PBPクレームに該当すると考えます。その上で、学習済みモデルの記載については、製法限定説によって権利解釈を行う余地もあるのではないかと考えます。つまり、学習済みモデルについては、判例の射程外と捉えて、判例の効力が及ばないと考えるということです。

AI発明に関する多くの特許出願では、事例のように、学習データとしてどのようなデータを用いたかを限定している場合が多いです。これは、多くの出願人(代理人)が、AI発明の特徴部分が学習データにあると考えているからではないでしょうか。事例であれば、「過去に販売された類似商品に関するウェブ上での広告活動データ及び言及データと、類似商品の売上数とを教師データ」とするからこそ、特定の商品の売上数をシミュレーションして出力するという結果が得られると考えているはずです。また、AI発明の特徴を表現しようとすると、どうしても学習データによる限定を行わざるを得ないという理由もあるかもしれません。そして、AI発明の場合、学習データに特徴があろうと、学習済みモデルを生成する工程自体には特徴がない場合も多いです。この場合、物のカテゴリで権利化を目指すしかなく、必然的にPBPクレームになる場合が多いと思われます。

また、学習済みモデルに限った話ではありませんが、物同一説を採用すると、何をもって発明を同一とするかが不明確になります。有体物の場合には、構造又は特性によって発明の同一性を判断しますが、学習済みモデルの場合は、どのように同一性を判断することになるでしょうか。入力に対する出力が同一であれば、発明を同一と捉えてもいいかもしれませんが、入力と出力の関係は、学習データのばらつき、ハイパーパラメータによっても変わります。また、学習済みモデルは、目に見えるものでもないので、プログラム以外の物よりも同一性の判断が難しい気がします。AIの内部構造を可視化できるようになれば、それに基づいて同一性を判断してもいいかもしれませんが、この場合であっても同一性の判断は難しいと思います。

①学習データによって発明を特定せざるを得ないAI発明の特殊性②同一性の判断の困難性の2つの観点から、製法限定説によって権利解釈を行うことが妥当と考えます。つまり、請求項に記載された学習データに限定した権利解釈を行うことが妥当と考えます。

製法限定説で権利解釈をすると、物同一説に比べて権利範囲は狭くなります。しかし、これによって出願人を不当に害することはないと思います。出願人としては、学習データに特徴があると考えて、当該学習データを用いて生成された学習済みモデルを含む発明を保護しようとしているはずです。その際に、やむを得ず学習済みモデルについての記載がPBPクレームに該当することになってしまうと考えるのが自然ではないでしょうか。逆に、物同一説によって権利解釈をするということは、「特許出願・特許権」が拒絶理由・無効理由を有する可能性が高くなることになります。出願人としては、せっかく課題を解決できる学習済みモデルを生成できたのに、まったく別の生産方法で生成された学習済みモデルによって「特許出願・特許権」が拒絶・無効になるほうが嫌なのではないでしょうか。

ただし、製法限定説で権利解釈をするということは、結局、「Aを学習データとして機械学習された学習済みモデルを用いて」という記載をすると、学習済みモデルがAを学習データとして機械学習されたことを特許権者側で立証する必要があるということになります。やはり、AI発明の請求項の書き方って難しくないですか?

なお、学習済みモデルがプログラムに該当しないと考えた場合であっても、学習済みモデルについての権利解釈は、製法限定説を採用した場合と同様になると思います。「学習済みモデルの生成方法」が「物を生産する方法の発明」に該当するとした場合、出願人の保護が厚くなりすぎるという考え方もあると思います。その場合、学習済みモデルがプログラムに該当しないと考えれば、結論としては妥当になるのではないでしょうか。もっとも、この場合には、学習済みモデルがプログラムに該当しない理屈を考える必要はありますが…

 

(6)学習済みモデルをPBPクレームと捉えていいか、PBPクレームと捉えた場合、その権利解釈をどのように考えるべきかによってAI発明の請求項の書き方は変わると思います。現状では、これらに対する明確な答えはないと思います。しかし、AI発明に関する依頼は増加傾向にあり、代理人としては答えがないからといって請求項を書かないわけにはいきません。代理人としては、様々なことを考えて請求項を記載しますが、過去に出願したAI発明を思い出すと、本当にあの記載でよかったのだろうか?と思うこともあります。上記したように、製法限定説によって権利解釈を行うことが結論としては妥当になると私は考えます。しかし、判例が物同一説を採用する以上、物同一説で権利解釈されることを想定して請求項を記載しているのが現状です。

今回は、国内だけを考慮してAI発明について述べてきましたが、出願人によっては、外国出願することもあると思います。そうすると、各国でのAI発明の取り扱いにも気を遣う必要があります。やはり、AI発明の請求項の書き方って難しくないですか?