【判例研究】平成26年2月26日判決言渡 「回転角検出装置」事件(平成25年(行ケ)第10206号 審決取消請求事件)|パテントメディア|オンダ国際特許事務所

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【判例研究】平成26年2月26日判決言渡 「回転角検出装置」事件(平成25年(行ケ)第10206号 審決取消請求事件)

2015年1月
副所長 弁理士 福井宏司

1.はじめに

本件は、特許無効審判請求を不成立とする審決取消訴訟であって、訂正が新規事項の追加に当らないとした審決を取り消した事例である。新規事項の追加に関しては、平成20年5月30日の知財高裁大合議判決「ソルダーレジスト」事件から新規事項の審査基準の改訂までの間に成された審決のうち、審決で違法と判断され判決で適法に覆った例が多く見られるが、本件事例は、審査基準改定後に審決されたものであって、審決で適法と判断され判決で違法に覆った珍しい事例である。

2.特許庁における手続の経緯
平成12年1月28日 特許出願
(特願2000-24724号「回転角検出装置」)
平成15年6月13日 特許権の設定の登録 (特許第3438692号)
平成24年8月31日 特許無効審判請求(無効2012-800140号)
平成24年11月30日 訂正請求
平成24年11月30日 審判事件答弁書提出
平成25年1月25日 弁駁書提出
平成25年4月5日 口頭審理陳述要領書提出
(請求人及び被請求人)
平成25年4月19日 第1回口頭審理
平成25年5月10日 上申書提出(被請求人 参考資料提出、 課題の存在主張)
平成25年5月24日 上申書提出(請求人)
平成25年6月17日 「訂正を認める。 審判の請求は成り立たない。」の審決
3.本件発明の概要

本件発明の説明として、本件特許公報(特許第3438692号公報)の関係部分を抜粋する。

【判例研究】平成26年2月26日判決言渡 「回転角検出装置」事件(平成25年(行ケ)第10206号 審決取消請求事件) | 2015年1月発行第102号(1)従来技術(図8参照)
「【0002】自動車の電子スロットルシステムでは、例えば、図8に示すように、金属製(例えばアルミニウム製)のスロットルボディー1に、スロットルバルブ2の回転軸3を回動自在に支持し、スロットルボディー1の下側部に組み付けたモータ4によって減速機構5を介してスロットルバルブ2を回転駆動する。そして、スロットルバルブ2の回転軸3を回転角検出装置6のロータコア7に連結して、ロータコア7の内周面に磁石8を固定している。一方、スロットルボディー1の開口部を覆う樹脂製のカバー9にモールド成形されたステータコア10をロータコア7の内周側に同軸状に位置させ、磁石8の内周面をステータコア10の外周面に対向させると共に、ステータコア10に直径方向に貫通するように形成された磁気検出ギャップ部51にホールIC52を固定している。
【0003】この構成では、磁石8の磁束がステータコア10を通って磁気検出ギャップ部51を通過し、その磁束密度に応じてホールIC52の出力が変化する。磁気検出ギャップ部51を通過する磁束密度は、磁石8(ロータコア7)の回転角に応じて変化するため、ホールIC52の出力信号から磁石8の回転角、ひいてはスロットルバルブ2の回転角(スロットル開度)を検出することができる。」

(2)本件発明の課題
「【0004】上記従来の回転角検出装置では、ホールIC52を固定するステータコア10をモールド成形した樹脂製のカバー9は、これを取り付ける金属製のスロットルボディー1に比べて熱膨張率が大きい。しかも、このカバー9は、スロットルボディー1の下側部に配置されたモータ4や減速機構5を一括して覆うように縦長の形状に形成されているため、その長手方向の熱変形量が大きくなる。
【0005】ところが、従来構成では、図8(b)に示すように、ホールIC52の磁気検出方向(磁気検出ギャップ部51と直交する方向)とカバー9の長手方向が平行になっていたため、カバー9の熱変形によって、磁気検出ギャップ部51のギャップやステータコア10と磁石8とのギャップが変化して、磁気検出ギャップ部51を通過する磁束密度が変化しやすい構成となっている。このため、カバー9の熱変形によってホールIC52の出力が変動しやすく、回転角の検出精度が低下するという欠点があった。
【0006】本発明はこのような事情を考慮してなされたものであり、従ってその目的は、カバーの熱変形による磁気検出素子の出力変動を小さく抑えることができ、回転角の検出精度を向上することができる回転角検出装置を提供することにある。」

(3)本件発明の課題解決手段
(図1及び図3参照、カッコ内の符号等は筆者が記入)
「【0007】上記目的を達成するために、本発明の請求項1の回転角検出装置(28)では、樹脂製のカバー(24)側に磁気検出素子(ホールIC25)を固定する場合に、磁気検出素子(25)をその磁気検出方向とカバー(24)の長手方向が直交するように配置したものである。このようにすれば、磁気検出素子(25)の磁気検出方向がカバー(24)の短尺方向となり、カバー(24)の熱変形による磁気検出方向の寸法変化を小さくすることができ、磁気検出方向の磁束密度の変化を小さくすることができる。これにより、カバー(24)の熱変形による磁気検出素子(ホールIC25)の出力変動を小さく抑えることができ、回転角(スロットル開度)の検出精度を向上することができる。」【判例研究】平成26年2月26日判決言渡 「回転角検出装置」事件(平成25年(行ケ)第10206号 審決取消請求事件) | 2015年1月発行第102号

(4)実施形態の作用効果
「【0026】以上説明した本実施形態(1)では、ホールIC25を固定するステータコア26をモールド成形した樹脂製のカバー24は、これを取り付ける金属製のスロットルボディー15に比べて熱膨張率が大きい。しかも、このカバー24は、スロットルボディー15の下側部に配置されたモータ16や減速機構20を一括して覆うように縦長の形状に形成されているため、その長手方向の熱変形量が大きくなる。
【0027】このような事情を考慮して、本実施形態(1)では、ステータコア26の磁気検出ギャップ部34をカバー24の長手方向に延びるように形成して、この磁気検出ギャップ部34に配置したホールIC25の磁気検出方向とカバー24の長手方向が直交するようにしているので、ホールIC25の磁気検出方向がカバー24の短尺方向(図2では左右方向)となり、カバー24の熱変形による磁気検出方向の寸法変化を小さくすることができ、ステータコア26の磁気検出方向の位置ずれ量を小さくすることができる。これにより、カバー24の熱変形による磁気検出ギャップ部34のギャップの変化やステータコア26と磁石22とのギャップの変化を小さくすることができて、磁気検出ギャップ部34を通過する磁束密度の変化を小さくすることができる。このため、カバー24の熱変形によるホールIC25の出力変動を小さく抑えることができ、スロットル開度(回転角)の検出精度を向上することができる。」

4.平成24年11月30日付訂正請求の内容

請求項1、請求項2、及びこれらの補正に関連する【発明の詳細な説明】の欄が訂正されたが、主な争点になっている請求項1の訂正のみを記載する。
<訂正前>(カッコ内の名称及び符号は筆者が記入したもので、実施例記載のものを示す)
「【請求項1】
「本体ハウジング(スロットルボディー15)側に設けられて被検出物(スロットルバルブ11)の回転に応じて回転する磁石(22)と、前記本体ハウジングの開口部を覆う樹脂製のカバー(24)側に固定された磁気検出素子(ホールIC25)とを備え、前記磁石の回転によって変化する前記磁気検出素子の出力信号に基づいて前記被検出物の回転角を検出する回転角検出装置において、
前記磁気検出素子は、その磁気検出方向と前記カバーの長手方向が直交するように配置されていることを特徴とする回転角検出装置。」
<訂正後>(下線部が訂正箇所を示す)
「【請求項1】
本体ハウジングと、この本体ハウジング側に設けられて被検出物の回転に応じて回転する磁石と、前記本体ハウジングの開口部を覆い前記本体ハウジングとは熱膨張率が異なる樹脂製で縦長形状のカバーと、このカバー側に固定された磁気検出素子とを備え、前記磁石と前記磁気検出素子との間にはエアギャップが形成され、前記磁石の回転によって変化する前記磁気検出素子の出力信号に基づいて前記被検出物の回転角を検出する回転角検出装置において、
前記磁気検出素子は、その磁気検出方向と前記カバーの長手方向が直交するように配置されていることを特徴とする回転角検出装置。」

5.原告主張の取消事由

(1)取消事由1(訂正の適否についての認定判断の誤り)
…本件訂正により、本件明細書等の記載になかった、「カバーの熱膨張率が本体ハウジングの熱膨張率よりも小さい場合」という技術的事項を含むことになり、これは明らかに新規事項の追加に当たる。

(2)取消事由2(新規性・進歩性判断の誤り)…(詳細内容は省略)

(3)取消事由3(記載要件適否の判断の誤り)
…特許法36条4項1号違反、同条6項2号違反、及び同条6項1号違反(各詳細内容は省略)

6.裁判所の判断

裁判所は、取消事由1について次のように認定説示した。

(1)本件発明について
本件発明は、磁気検出素子と磁石を用いて被検出物の回転角を検出する回転角検出装置に関するものである(段落【0001】参照)。
従来の自動車の電子スロットルシステムは、磁石とホールICからなる回転角検出装置により、スロットルバルブの回転角(スロットル開度)を検出していたが、これによると、ホールICを固定するステータコアをモールド成形した樹脂製のカバーは、これを取り付ける金属製のスロットルボディーに比べて熱膨張率が大きく、スロットルボディーの下側部に配置されたモータや減速機構を一括して覆うように縦長の形状に形成されているため、その長手方向の熱変形量が大きくなっていた。また、ホールICの磁気検出方向(磁気検出ギャップ部と直交する方向)とカバーの長手方向が平行になっていたため、カバーの熱変形によって、磁気検出ギャップ部のギャップやステータコアと磁石とのギャップが変化して、磁気検出ギャップ部を通過する磁束密度が変化しやすい構成となっていることから、カバーの熱変形によってホールICの出力が変動しやすく、回転角の検出精度が低下するという欠点があった(段落【0005】参照)。
本件発明は、そのような欠点に鑑みて、カバーの熱変形による磁気検出素子の出力変動を小さく抑えることができ、回転角の検出精度を向上することができる回転角検出装置を提供することを目的として(段落【0006】参照)、熱変形しやすい樹脂製のカバー側に磁気検出素子を固定する場合に、該磁気検出素子をその磁気検出方向と縦長形状のカバーの長手方向が直交するように配置したものである(段落【0007】参照)。

(2)本件訂正に関しての新規事項の追加の有無について
本件訂正は、訂正前の「前記本体ハウジングの開口部を覆う樹脂製のカバー」なる事項を訂正し、訂正後の「前記本体ハウジングの開口部を覆い前記本体ハウジングとは熱膨張率が異なる樹脂製で縦長形状のカバー」とするもので、減縮を目的として、カバーの構成をより具体的に特定したものである。そして、上記訂正後の記載を見れば、「熱膨張率が異なる」とは、本体ハウジングに対してカバーの「熱膨張率が大きい」場合と「熱膨張率が小さい」場合が含まれることになることは、文言上明らかである。
このような訂正に対し、本件明細書等には、樹脂製のカバーが金属製のスロットルボディーに比べて「熱膨張率が大きい」ことは明確に記載されているが、樹脂製のカバーが(金属製の)スロットルボディーに比べて「熱膨張率が小さい」ことは明示的に記載されておらず、これを示唆する記載もない。
また、本件発明は、前記6(1)に認定説示されるように、樹脂製のカバーが金属製のスロットルボディー(本体ハウジング)に比べて熱膨張率が大きいことを前提とする課題を解決しようとするものであって、樹脂製のカバーがスロットルボディー(本体ハウジング)に比べて熱膨張率が小さいことは想定していない。そして、本件明細書等に記載されたスロットルバルブの回転角検出装置は、自動車のエンジンルームからスロットルバルブに到達する熱により、本体ハウジングに相当の熱量が加わることを前提としていることはその構造上自明であるから、そのような熱量の加わる本体ハウジングにカバーよりも熱膨張率の大きい材質を用いることは技術的に想定し難い。
なお、段落【0039】に「スロットルバルブの回転角検出装置以外の回転角検出装置に適用しても良い。」との記載があるところ、その実施例や具体的な構成が示されているものでなく、これは、回転角の被検出物がスロットルバルブに限定されないものである旨を記載したものにすぎない。従って、スロットルバルブ以外の被検出物を想定したとしても、前記に述べた本件発明の課題及びその解決原理に照らせば、樹脂製のカバーの側が縦長形状で長手方向に膨張することを前提としているのであって、本体ハウジングの側の熱膨張率が、樹脂製のカバーよりも大きいという例は、スロットルバルブの回転角検出装置以外の装置においても、想定されていないというべきである。
そうすると、樹脂製のカバーの熱膨張率が本体ハウジングの熱膨張率よりも小さいことは、出願の当初から想定されていたものということはできず、本件訂正により導かれる技術的事項が本件明細書等の記載を総合することにより導かれる技術的事項であると認めることはできない。

(3)被告の主張について
被告は、本件訂正前の請求項1に記載の発明において、「熱膨張率」の限定がなかったのを、訂正によって熱膨張率の限定を加えた減縮訂正であるから、「カバーの熱膨張率が本体ハウジングの熱膨張率よりも小さい」は、本件訂正によって新たに含まれることになったのではなく、本件訂正前から含まれていた事項であると主張する。
しかし、前記のとおり、本件訂正が減縮を目的とするものであることはそのとおりであるとしても、新規事項の追加に当たるか否かは、本件明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものといえるか否かによって決せられる、次元の異なる問題であって、上記主張は採用できない。
また、被告は、樹脂製カバーの熱膨張率が本体ハウジングの熱膨張率より大きい例は、熱変形が生じる典型的な事例であって、熱膨張率が小さい例も含まれる旨主張する。
ところが、本件明細書の段落【0001】、【発明の属する技術分野】においては、自動車の電子スロットルシステムにおけるスロットルバルブの回転軸の回転角検出装置である旨の記載はないが、これ以外の具体的な装置に関する記載や示唆もない。そして、本件発明は、前記6(2)の第4段に記載したように、スロットルバルブの回転角検出装置以外に用いられるとしても、本体ハウジングが樹脂製カバーよりも熱膨張率が大きい場合は想定されていないと解され、本体ハウジングに比べて樹脂製カバーの熱膨張率が大きい例が、単なる典型例であって、熱膨張率が本体ハウジングより小さい例も含むものであると解することはできない。なお、被告の主張を前提とすると、本件訂正は、スロットルバルブ以外の具体的な被検出物を明らかにすることもないままに、本体ハウジングと樹脂製のカバーの熱膨張率が同一という特定の場合のみを除外するために、特許請求の範囲の「減縮」が行われたことになり、不自然な訂正というほかない。よって、被告の上記主張は採用できない。

(4)審決の判断について
審決は、本件明細書等には、熱膨張率に関して、カバーの熱膨張率が、本体ハウジングの熱膨張率より大きい場合のみが記載されており、小さい場合は記載されているとはいえないことを前提とした上で、本件訂正による「前記本体ハウジングとは熱膨張率が異なる樹脂製のカバー」との事項は、実質的には、「前記本体ハウジングより熱膨張率が大きい樹脂製のカバー」との事項にほかならないとして、本件訂正は新規事項の追加に当たらないと判断した。
しかし、「前記本体ハウジングとは熱膨張率が異なる樹脂製のカバー」との文言からすれば、通常、カバーが本体ハウジングより、熱膨張率が大きい場合と小さい場合の両方を含むと明確に理解することができ(現に、本訴において、特許権者である被告は、その両方を含む旨を主張している)、明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌しなければ特定できないような事情はないのに、「前記本体ハウジングとは熱膨張率が異なる樹脂製のカバー」の意義を「前記本体ハウジングより熱膨張率が大きい樹脂製のカバー」に限定的に解釈することは相当ではない。
従って、上記のように訂正後の請求項1に記載の発明の技術的内容を限定的に理解した上で、新規事項の追加に当たらないとした審決の認定は誤りであるといわざるを得ない。

(5)結論
裁判所は、取消事由1に関し、訂正後の請求項1に記載の発明のように、「前記本体ハウジングとは熱膨張率が異なる樹脂製のカバー」と訂正することは、新たな技術的事項を導入するものであり、本件明細書等に記載された技術範囲を逸脱するものである。従って、本件訂正は、特許法134条の2第9項で準用する特許法126条5項に規定する要件を満たさず、不適法であると結論した。そして、取消事由2及び3については判断するまでもないとして審決を取消した。

7.考察

(1)訂正の経緯
審決公報によれば、訂正は次のような経緯で行われたと推測される。
先ず、審判請求人(本件の原告)は、無効理由として新規性欠如及び進歩性欠如を主張するとともに明細書の記載要件違反(36条4項1号の実施可能要件違反等)を主張した。そして、審判請求人は実施可能要件違反の理由として本件発明の課題不存在を掲げ、その理由を概ね次のように述べている。カバーは通常本体ハウジングの四隅にボルトで固定されているため、カバーの熱変形によりカバーと本体ハウジングとが相対的に位置ずれしない、従って、カバーの熱変形によりステータコアが位置すれしステータコアと磁石とのギャップが変化するという課題は存在しないというものである。
これに対し、被請求人(本件の被告)は、アルミニウム製のスロットルボディーと樹脂製のカバーとの間には、熱膨張係数の差に基づき熱応力が発生し、この熱応力に基づき相対的位置ずれが不可避的に生じると具体的な計算根拠を示して反論した、そして、そのための要件を明確化するために訂正を行ったものと思われる。

(2)熱膨張率に関する訂正の意図
「本体ハウジングとは熱膨張率が異なる樹脂製カバー」と訂正したのは、何らかの理由により「本体ハウジングより熱膨張率の小さい樹脂製カバー」を特許請求の範囲に含めたいという意図が強く働いたためと思われる。しかし、部外者の立場から見ればその必要があったのかどうか疑問が残る。
一般に樹脂の熱膨張率が金属の熱膨張率より大きいのが通常であることからすれば、「本体ハウジングより熱膨張率の小さい樹脂製カバー」を含ませるための訂正は現実的にはあまり意味がないし、課題不存在に対する反論をするにしてもこのような訂正をしなくてもよかったのではないかと考えられる。さらには、この事例において「熱膨張率が異なる」は、「熱膨張率が大きい」にほかならいという審決の判断に同調する主張をしていれば異なる結論を得ることができたかもしれない。

(3)本件事例が有する意義
本件訂正は、特許請求の範囲に記載している構成(「樹脂性カバー」)を限縮するものであるが、限縮後の構成(「本体ハウジングとは熱膨張率が異なる樹脂製カバー」)が実施例に記載のもの(「本体ハウジングより熱膨張率が大きい樹脂製カバー」)より広い概念である。このような訂正は、中位概念への訂正と一般に称されている。
本件事例は、このような中位概念への訂正についての判断手法を示すものとして捉えることができる。そして、本件事例は、訂正が新規事項の追加に当たるか否かに関し、減縮を目的とするかどうかとは次元の異なる問題であり、明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものといえるか否かによって決せられるべきであると判示している。
また、本件訂正に係る「熱膨張率が異なる」は文言上「熱膨張率が小さい」が含まれることが明らかであり、一方、本件発明は明細書等の記載から「熱膨張率が小さい」場合を想定したものでないことが明らかである。従って、本件訂正は新規事項の追加に当たるとの判断に問題はないと思料する。
この事例のように、中位概念への訂正は、限縮を目的とする補正であっても新規事項の追加に当たることが多々ありうるので注意を要する。

(4)本件事例に見る明細書作成上の問題点
本件事例は、当初明細書の記載に問題がある。
すなわち、本件事例においては、特許請求の範囲には単に「樹脂製のカバー」と記載されているのに対し、明細書における課題、実施例、作用効果の記載は「樹脂製のカバーの熱膨張率が本体ハウジングの熱膨張率より大きい」場合のみを記載していた点に問題がある。
なお、「樹脂製カバーの熱膨張率が本体ハウジングの熱膨張率より大きい例は、熱変形が生じる典型的な事例であって、熱膨張率が小さい例も含まれる」との被告の主張が技術的に正しいとすれば、これに対応するように明細書を作成すべきであったと思われる。具体的には、磁気検出方向を樹脂製カバーの長手方向とを直交させることにより、本体ハウジングの熱膨張率に対し樹脂製のカバーの熱膨張率が大きいか小さいかに係わらず回転角検出精度を向上させることができることを説明すべきであったであろう。この点に関しては、次項(3)の参考事例を参考にすることができる。

8.参考事例

特許法において、補正及び訂正は、当初明細書等に記載した範囲内においてしなければならないとされている。ここで、基準となる「当初明細書等」とは、補正の場合は「願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面」であり、訂正の場合は「設定登録時の明細書、特許請求の範囲又は図面」である。そして、この当初明細書等に記載した事項の範囲内かどうかについての判断基準が、ソルダーレジスト事件により「当初明細書等から自明な事項」から「当業者によって、明細書又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないもの」に変更された。以下に掲げる参考事例は、このような判断基準の変更に大きく影響されたものであって、何れも当初明細書等に明示的に記載されていない事項を構成とする減縮補正を行ったものであり、審決で違法と判断され判決で適法に覆ったものである。

(1)平成22年1月28日判決言渡「深夜電力利用蓄熱式床下暖房システム」事件(平成21年(行ケ)第10175号審決取消請求事件)
この事例は「高断熱・高気密住宅」との構成を「熱損失係数が1.0~2.5kcal/㎡ ・h・℃の高断熱・高気密住宅」との構成とする補正が新規事項の追加に当たらないとされたものである。
この事例では、「特許法17条の2第3項所定の出願当初明細書等に記載した「事項の範囲内」であるか否かを判断するに際しても、補正により特許請求の範囲に付加された文言と出願当初明細書等の記載とを形式的に対比するのではなく、補正により付加された事項が、発明の課題解決に寄与する技術的な意義を有する事項に該当するか否かを吟味して、新たな技術的事項を導入したものと解されない場合であるかを判断すべきことになる。」と判示している。
そして、この事例では、補正前後の両構成の意義を検討した結果、両構成は何れも本件発明の解決課題及び解決機序(機構、メカニズム)に関係する技術的事項を含むとはいいがたく、むしろ、本件発明における課題解決の対象を漠然と提示したものと理解するのが合理的であるとの判断の下、特許法17条の2第3項の趣旨に反しないと判断された。

(2)平成22年3月3日判決言渡「杭埋込装置」事件(平成21年(行ケ)第10133号審決取消請求事件)
この事例は、油圧式ショベル系掘削機を備えた杭埋込装置において、振動装置を取り付ける「台板」の形状及び「台板」と振動装置の油圧モータとの相対位置関係を特定する訂正が新規事項の追加に当たらないとされたものである。
この事例では、本件明細書等に直接的記載がないことを確認し、次いで、引用例から台板の存在及び形状についての当業者の認識を把握した。そして、この認識を踏まえて、本件訂正は、特許請求の範囲に記載された発明の特定の部材の構成について、設計的事項に類する当業者に周知のいくつかの構成のうちの1つに限定するにすぎないから、新たな技術的事項を導入するものとまで評価することはできないと判断された。

(3)平成22年10月28日判決言渡「被覆ベルト」事件(平成21年(行ケ)第10064号審決取消請求事件)
この事例は、抄紙プロセスおける圧縮ニップに用いられる長尺ニッププレスベルトに関するものであって(後記の図5及び図1参照)、第1高分子樹脂材料と第2高分子樹脂材料に関し、これらを当初明細書等に明示されていない「互いに異なるポリウレタン樹脂」に限定する補正が新規事項の追加に当たらないとされたものである。
当初明細書には、第1高分子樹脂材料と第2高分子樹脂材料とがともにポリウレタン樹脂であってもよく、両者は親和性を有し化学的に結合するものであることが記載されている。従って、当初明細書には、両者が同一である場合と異なる場合の双方の技術が開示されていることになる。そうすると、この補正は、互いに異なるポリウレタン樹脂に限定したものであるから新たな技術を導入したものと解することができないと判断された。
【判例研究】平成26年2月26日判決言渡 「回転角検出装置」事件(平成25年(行ケ)第10206号 審決取消請求事件) | 2015年1月発行第102号

以上