ASEAN知的財産レポート ~ASPECプログラムの紹介~|パテントメディア|オンダ国際特許事務所

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ASEAN知的財産レポート ~ASPECプログラムの紹介~

2014年5月
所長 弁理士 恩田 誠

中国における政治的不安および中国沿岸部における人件費高騰など、いわゆるチャイナリスクを避ける理由から、日本企業によるASEAN(Association of Southeast Asian Nations、東南アジア諸国連合)への進出が相次いでいます。この傾向を追うように、知的財産の分野においてもASEANが注目を集めています。ASEAN知的財産協力ワーキンググループによると、2015年までにASEAN加盟国すべてがPCT(特許協力条約)とマドリッドプロトコルに加盟することを目標とし、ハーグ協定にも極力加盟するようにと進められています(※1)。私自身も、この数年、シンガポール、タイ、ベトナムの特許庁や裁判所などを訪問し、現地の責任者の方々との意見交換により情報収集を行って参りました。その中で注目すべきトピックについてご紹介します。

1.ASPECプログラム
(1)ASPECプログラム概要

ASEAN諸国では、欧州特許庁のような広域審査機関は設立されていません。各国の利害対立もあるため、そのような広域審査機関の設立は現実的に不可能のようです。その代わりにASEAN加盟国間の特許の審査協力に関するプログラムASPEC(ASEAN Patent Examination Co-operation)が設けられています。このプログラムは、加盟国間で特許調査及び審査の結果を共有することにより、特許の取得を迅速かつ効率的に行うことを目的として2009年に開始されました。加盟国(ASEAN Member States、以下AMS)は、ブルネイ、カンボジア、インドネシア、ラオス、マレーシア、フィリピン、シンガポール、タイ、ベトナムの9カ国です。

(2)ASPECの請求条件・請求方法

ASPECの請求は、AMS特許庁のいずれの国でも行うことができます。条件としては、(i)二ヶ所以上のAMS特許庁に同一の発明について出願がされており、これらがパリ条約の優先権主張によって関連付けられていること((a)第1のAMSから第2のAMSへの優先権主張、(b)他のパリ条約同盟国の出願を基礎とする優先権主張、(c)他のパリ条約同盟国の出願を基礎とするPCT出願の国内移行を含む)、(ii)AMS特許庁のいずれかで、一つ以上の請求項が特許可能と判断された審査結果を得ていること、
が求められます。

ASPECの請求自体は無料ですが、各AMS特許庁での審査請求の手数料などは必要となります。

ASPECの請求は、査定(特許査定または拒絶査定)が確定する前であれば可能です。

請求の形式は、出願人がASPEC請求書(各AMS特許庁のウェブサイトで入手可能)に必要事項を記載し、他のAMS特許庁における審査結果の写し及びその特許請求の範囲の写しを提出することによってできます。ASPEC請求の際、審査の際に引用された文献を提出する必要はありませんが、AMS特許庁によっては出願人に引用文献の提出を求める場合もあります。

ASPECの運用言語は英語です。審査結果などの請求書類が英語以外の言語である場合には英語の翻訳文を提出する必要があります。審査結果を英語で発行するAMSは、ブルネイ、カンボジア、マレーシア、フィリピン、シンガポールの5カ国、英語以外の言語で発行するAMSは、インドネシア、ラオス、タイ、ベトナムの4カ国です。また、引用文献が英語以外の場合、AMS特許庁によっては英語の翻訳文の提出を出願人に求める場合もあります。

2.シンガポール特許庁の取り組み

改正シンガポール特許法が、2014年2月14日に施行されました。最大の改正点は、自国にて特許の新規性や進歩性などの実体審査を開始するとした点です。このためシンガポール特許庁(IPOS)では、審査官を積極的に採用しています。2013年9月に私がIPOSを訪問した際、審査官は既に18名を採用し、ヨーロッパ特許庁や日本特許庁にて特許審査の教育を受けたとのことでした。審査官の技術分野としては、バイオテクノロジー、薬学、化学、半導体、情報通信などで、多くが博士号を取得しています。IPOSは、更に追加採用し現在では40名、そして2020年までに審査官200名体制にすることを目標としています。この体制により、特許の実体審査を12か月以内に行うことを目標としています。また、審査官の多くが英語のみならず中国語にたんのうであるため、特許審査において中国語の特許データベースを検索することもあるとのことです。この意味においても、IPOSでは信頼性の高い特許審査が期待できそうです。

その他、IPOSでは、特許審査ハイウェイ(PPH)試行プログラムを、米国、日本、韓国、中国、メキシコと行うなど、審査の迅速化に向けて積極的な取り組みをしており、IPOSでの審査結果を基にPPHを請求すれば、日米中など第2国での早期権利化が実現可能となります。

このようにシンガポールは、国策としてアジアにおける「IPハブ構想」を積極的に推進しており、知的財産分野においてASEANのリーダー的存在を目指そうという意気込みが感じられます。

3.ASPECの利用のメリット

上述のように、シンガポール特許庁(IPOS)では実体審査を導入していますが、現時点では審査官の人数に対して審査すべき出願件数がそれほど多くないため、比較的早期に審査がされることが期待されます。したがって、ASEAN諸国に複数の出願をする場合、IPOSを第1AMS特許庁としてASPECの請求をすると、他のAMS特許庁での審査が促進されます。ASPECの請求がされると、各AMS特許庁では約12か月のうちに審査結果を出さなければならないとされているようです。したがって、審査の遅いタイ、マレーシア、フィリピンなどの出願を同時にする場合は、このIPOS経由のASPEC請求にはメリットがあるといえます(※2)。また、IPOSでの審査は英語ですので、審査結果の翻訳文提出が不要というメリットもあります。もちろん、日本は、シンガポール、フィリピン、インドネシア、タイとPPHを行っていますので、審査促進のためにPPHを利用することも可能です。しかし、
(i)ASPECは日本とPPHを行っていない国も対象であること、
(ii)ASPECは一つの請求書で複数国に請求可能なのに対しPPHは各国にそれぞれ異なるフォームで申請しなければならないこと、
を考えると、IPOS経由のASPEC請求は、PPHよりもメリットがある場合があります。

4.おわりに

ASPECは2009年に開始されたにもかかわらず、これまであまり注目されていませんでした。その理由としては、そもそもASEAN諸国への特許出願の件数がそれほど多くなかったことや、どの国も相対的に審査が遅いため、他国の審査結果を利用して審査を促進したいというニーズ自体がなかったということが考えられます。しかし、現実的にシンガポールのように早期に審査を行う体制を整える国が出現すれば、利用価値は上がってくるわけです。もちろん、上述のIPOS経由のASPEC請求は、本来必要でなかったかもしれないシンガポールへの出願を前提としていますので、余分な費用がかかるというデメリットがあります。しかし、このASPEC請求により、5年から8年もかかるような審査の遅い国での早期権利化が実現できるのであれば、「お金で時間を買える」ということになり、十分なメリットがあるといえます。
読者のみなさまには、今後のASEAN諸国への特許出願の対策として、ASPEC利用をご検討されることをお勧めいたします。

<取材協力> シンガポール特許庁(IPOS) (※1) 2014年3月現在、ASEAN加盟国のうち、ミャンマーとカンボジアがPCT未加盟。マドリットプロトコルへの加盟はシンガポール、フィリピン、ベトナムの3カ国。ハーグ協定の加盟はシンガポール、ブルネイの2カ国。
(※2) 実例として、ある日本企業が、シンガポールでの審査結果を基に、ベトナムにASPECの請求したものがある。ベトナム特許庁では、審査の順序を変更して、本件を優先的に審査しているとのことである。