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判例研究/レポート

【判例研究】平成28年(行ケ)10182、10184号「ピリミジン誘導体」事件

2018年7月4日掲載
弁理士 佐橋 信哉

1今回の事例

平成28年(行ケ)10182、10184号「ピリミジン誘導体」事件
知的財産高等裁判所・特別部(大合議)
(適用条文:特許法第29条2項)
(判決日:平成30年4月13日)

2事件の概要

刊行物に化合物が一般式の形式で記載され、当該一般式が膨大な数の選択肢を有する場合には、特定の選択肢に係る技術的思想を積極的あるいは優先的に選択すべき事情がない限り、当該刊行物の記載から当該特定の選択肢に係る具体的な技術的思想を抽出することはできず、これを引用発明と認定することはできないと認めるのが相当であると判断した事例。

3.事件の経緯

被告(塩野義)は、特許第2648897号の特許権者である。
原告(日本ケミファ)が、平成27年3月31日当該特許発明についての特許を無効とする無効審判を請求した。被告は,平成27年8月3日付け訂正請求書により、特許請求の範囲の訂正を含む訂正を請求した。特許庁は、平成28年7月5日「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし、原告は、その取り消しを求めた。

1992年5月に出願
1997年に登録、5年の存続期間の延長を経て2017年5月に満了
2015年3月31日に無効審判の請求
2016年7月5日に請求不成立審決
(2017年5月存続期間満了)

4本件特許権

【請求項1】(訂正後)
式(I):

(化1)

式中、
1は、低級アルキル;
2は、ハロゲンにより置換されたフェニル;
3は、低級アルキル;
4は、水素またはヘミカルシウム塩を形成するカルシウムイオン
Xは、アルキルスルホニル基により置換されたイミノ基
破線は2重結合の有無を、それぞれ表す。)
で示される化合物またはその閉環ラクトン体である化合物。

上記下線部が引例との主な相違点となる。
なお、本件化合物は、コレステロールを合成する酵素を阻害する物質であり、動脈硬化の治療等に用いられる。 

5.甲1号(特開平3−501613号公報)

(化2)

(M=Na)の化合物」

6.相違点

(1−@)
Xが,本件発明1では,アルキルスルホニル基(下記(化4)の四角枠)により置換されたイミノ基であるのに対し,甲1発明では,メチル基(下記(化3)の四角枠)により置換されたイミノ基である点

(1−A)
4が,本件発明1では,水素又はヘミカルシウム塩を形成するカルシウムイオンであるのに対し,甲1発明では,ナトリウム塩を形成するナトリウムイオンである点
(⇒この違いは、本件発明化合物の進歩性に何ら寄与しないと認定)

 7.原告の主張(要約、一部加筆)

原告らは,相違点(1−@)につき,甲1発明に甲2発明(後述する特開平1−261377号公報)を組み合わせること,具体的には,甲1発明の化合物のピリミジン環の2位のジメチルアミノ基(−N(CH32)の二つのメチル基(−CH3)のうちの一方(上記(化3)の四角枠部分のC)を甲2発明であるアルキルスルホニル基(−SO2R’(R’はアルキル基))(上記(化4)の四角枠部分と同じ基)に置き換えることにより,本件発明1に係る構成を容易に想到することができる旨主張している。

甲2発明(特開平1−261377号公報)

3(本件(化1)のX相当)は、−NR45であり、アルキル、・・アルキルスルホニルを表す。
甲2発明には、R3として本件発明と同じ「アルキルスルホニル」基について明示している。

8.裁判所の判断(要約、一部加筆)

甲2の一般式(I)で示される化合物は,甲1の一般式Iで示される化合物と同様,HMG−CoA還元酵素阻害剤(コレステロール合成阻害剤)を提供しようとするものであり,ピリミジン環を有し,そのピリミジン環の2,4,6位に置換基を有する化合物である点で共通し,甲1発明の化合物は,甲2の一般式(I)で示される化合物に包含される。
甲2には,甲2の一般式(I)で示される化合物のうちの「殊に好ましい化合物」のピリミジン環の2位の置換基R3の選択肢として「−NR45」が記載されるとともに,R4及びR5の選択肢として「メチル基」及び「アルキルスルホニル基」(上記(化4)の四角枠部分と同じ基)が記載されている。
しかし,甲2に記載された「殊に好ましい化合物」におけるR3の選択肢は,極めて多数であり,その数が,少なくとも2000万通り以上あることにつき,原告らは特に争っていないところ,R3として,「−NR45」であってR4及びR5を「メチル」及び「アルキルスルホニル」(上記(化4)の四角枠部分と同じ基)とすることは,2000万通り以上の選択肢のうちの一つになる。
また,甲2には,「殊に好ましい化合物」だけではなく,「殊に極めて好ましい化合物」が記載されているところ,そのR3の選択肢として「−NR45」は記載されていない。
さらに,甲2には,甲2の一般式(I)のXとAが甲1発明と同じ構造を有する化合物の実施例として,実施例8(R3はメチル),実施例15(R3はフェニル)及び実施例23(R3はフェニル)が記載されているところ,R3として「−NR45」を選択したものは記載されていない。
そうすると,甲2にアルキルスルホニル基が記載されているとしても,甲2の記載からは,当業者が,甲2の一般式(I)のR3として「−NR45」を積極的あるいは優先的に選択すべき事情を見いだすことはできず,「−NR45」を選択した上で,更にR4及びR5として「メチル」及び「アルキルスルホニル」を選択すべき事情を見いだすことは困難である。(甲2において、上記(化4)の四角枠部分の中位概念を積極的あるいは優先的に選択すべき事情を見いだすことはできず、さらに本件と同じ構造の基を選択することは困難
したがって,甲2から,ピリミジン環の2位の基((化5)のR3を「−N(CH3)(SO2R’)」とするという技術的思想を抽出し得ると評価することはできないのであって,甲2には,相違点(1−@)に係る構成が記載されているとはいえず,甲1発明に甲2発明を組み合わせることにより,本件発明の相違点(1−@)に係る構成とすることはできない。
・・
仮に,甲2に相違点(1−@)に係る構成が記載されていると評価できたとしても,甲1発明の化合物(上記(化2))のピリミジン環の2位のジメチルアミノ基を「−N(CH3)(SO2R’)」に置き換えることの動機付けがあったとはいえないのであって,甲1発明において相違点(1−@)に係る構成を採用することの動機付けがあったとはいえない。

9.その他

本件特許権は,審決取消訴訟中に消滅している。無効審判請求を不成立とした審決に対する取消しの訴えの利益が特許権消滅後に失われるか。

被告(塩野義)は、「原告(日本ケミファ)は、本件特許権存続期間中に,本件特許権の実施行為に相当する行為を行っておらず,被告(塩野義)は損害賠償請求権等を有していないことは明らかであるから,原告(日本ケミファ)の訴えの利益は既に消滅しており,本件訴えは,却下すべきである。」と主張した。

裁判所の判断(要約)「当時の特許法123条2項は,「特許無効審判は,何人も請求することができる(以下略)」として,利害関係の存否にかかわらず,特許無効審判請求をすることができる旨を規定していた。・・・そして,特許無効審判請求は,当該特許権の存続期間満了後も行うことができるのであるから(特許法123条3項)・・・改正前の特許法の下において,特許無効審判請求を不成立とした審決に対する取消しの訴えの利益は,特許権消滅後であっても,特許権の存続期間中にされた行為について,何人に対しても,損害賠償等が行われたりする可能性が全くなくなったと認められる特段の事情がない限り,失われることはない。」

10.まとめ

今後は、膨大な数の選択肢を有する一般式で表される化合物が刊行物に記載されている場合の引用発明の認定において、出願人(特許権者)に有利な判断がなされる可能性がある。
逆に情報提供を行う場合、異議申立人となる場合、明細書に記載されているのみでは足りず、積極的あるいは優先的に選択すべき事情(好ましい化合物として列挙、実施例で使用等)を考慮する必要がある。

以上

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