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判例研究/レポート

平成18年(行ケ)10494号 審決取消請求事件(知財高裁 平成19年9月20日判決)

平成23年5月25日 執筆
弁理士 戸部田学

第1.事件の概要

特願2000−48686(発明の名称:ホログラフィック・グレーティング、特許出願人:株式会社島津製作所)につき、拒絶査定を受けたので、これを不服として審判請求するとともに、手続補正書を提出した。この手続補正書において、プロダクト・バイ・プロセス・クレームの形式で書かれた「物の発明」を、発明の名称を「ホログラフィック・グレーティングの製作方法」とする「方法の発明」に補正した。しかし、この補正が平成18年法律第55号による改正前の特許法第17条の2第4項各号に掲げるいずれの事項を目的とするものにも該当しないとして補正却下された上で、本願発明は、特許法第29条第2項違反であるとして請求棄却審決を受けた。その後、その審決の取り消しを求めたが、請求が棄却された事案である。すなわち、プロダクト・バイ・プロセス・クレーム(物の発明)を方法の発明に変更する補正(発明のカテゴリを変更する補正)は、特許法第17条の2第4項各号のいずれにも該当しないと判示された事案である。

プロダクト・バイ・プロセス・クレーム
物(プロダクト)の製造方法(プロセス)によってその物を特定するクレーム
例:「製造方法A(工程a、b、c)により生産される抗生物質X」


改正前の特許法第17条の2第4項
前項に規定するもののほか、第1項第3号及び第4号に掲げる場合において特許請求の範囲についてする補正は、次に掲げる事項を目的とするものに限る。
1.第36条第5項に規定する請求項の削除
2.特許請求の範囲の減縮(第36条第5項の規定により請求項に記載した発明を特定するために必要な事項を限定するものであつて、その補正前の当該請求項に記載された発明とその補正後の当該請求項に記載される発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一であるものに限る。)
3.誤記の訂正
4.明りようでない記載の釈明(拒絶理由通知に係る拒絶の理由に示す事項についてするものに限る。)

第2.特許庁における手続の経緯

平成12年2月25日 出願
平成15年10月14日 拒絶理由(29条2項)
平成15年12月12日 手続補正
平成16年2月17日 拒絶査定(29条2項)
平成16年3月12日 拒絶査定不服審判請求
平成16年4月8日 手続補正(「物の発明」→「方法の発明」に変更)
平成18年9月21日  補正却下、拒絶審決

第3.本件補正前後の特許請求の範囲

(1)補正前(拒絶査定時)の請求項

【請求項1】
光学ガラス基板上に設けたホトレジスト層に,所望の回折格子溝深さ以上の溝深さを有するレジストパターンをホログラフィック露光法により刻線し、該レジストパターンが完全に消失するまでレジストに対するエッチング速度が基板に対するそれより大きくなるように調整したフッ素系ガスと酸素との混合ガスから生成されるイオンビームによりエッチングすることにより、光学ガラス基板上に所望の溝深さの回折格子溝を直接刻線してなるホログラフィック・グレーティング
【請求項2】
エッチングの際のイオンビームを、レジストパターンの刻線方向に垂直で且つ基板の法線方向に対して傾斜した方向から照射することにより作製された請求項1記載のホログラフィック・グレーティング
【請求項3】
請求項1及び請求項2記載のホログラフィック・グレーティングからの転写により作製されたネガ・グレーティング及びレプリカ・グレーティング

(2)補正後の請求項
【請求項1】(補正前請求項1+2+α、発明のカテゴリの変更)
光学ガラス基板上に設けたホトレジスト層に,所望の回折格子溝深さ以上の溝深さを有するレジストパターンをホログラフィック露光法により刻線し、該レジストパターンが完全に消失するまでレジストに対してエッチングし、該光学ガラス基板上に所望の溝深さの回折格子溝を直接刻線するホログラフィック・グレーティング製作方法において、
(a)該ホトレジスト層に対するエッチング速度が該ガラス基板に対する速度より大きくなるようにフッ素系ガスと酸素との混合ガスを調整し、
(b)該レジストパターンの刻線方向に対して垂直で且つ基板の法線方向に対して傾斜した方向から、該混合ガスから生成されるイオンビームを照射することでエッチングし、
(c)エッチングする際には,該混合ガス中の酸素が該ホトレジスト層から析出するカーボンと反応し、該レジストの表面から離脱するようにした、ことを特徴とするホログラフィック・グレーティング製作方法

第4.拒絶審決の理由(特許庁の判断)

「……本件補正前は発明のカテゴリーが物であったのに、本件補正後は発明のカテゴリーが方法になっており、特許請求の範囲に記載された発明のカテゴリーを変更する補正は、平成18年法律第55号による改正前の特許法17条の2第4項各号(以下、この項を「特許法17条の2第4項」という。)に掲げるいずれの事項を目的とするものにも該当しない」

第5.原告(特許出願人)の主張

1.東京高等裁判所平成13年(行ケ)第84号事件平成14年6月11日判決(甲第10号証。以下「東京高裁平成14年判決」という。)の判示事項を反対解釈すれば、プロダクト・バイ・プロセス・クレームにおいて、請求項に記載された物が出願に係る明細書において当該請求項に記載された製法によって製造されたものに限られることが明示されていれば、当該物は請求項に記載された製法によって限定される、すなわち、当該請求項の実質的なカテゴリーが「方法」であると解釈されるべきである。
上記の解釈に基づけば、補正前請求項1は、いわゆるプロダクト・バイ・プロセス・クレームであり、補正前請求項1に記載された物が出願に係る明細書において当該請求項に記載された製法によって製造された物に限られるから、補正前発明1の実質的なカテゴリーは「方法」であり、本件補正は、特許法17条の2第4項2号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とする補正に該当する。

東京高裁平成14年判決から抜粋
「いわゆるプロダクト・バイ・プロセス・クレームの形により特許を得ようとする者は、発明の対象を製法としないで物とすることを何らかの理由で自ら選択した以上、当該物は当該製法によって製造されたものに限られることを主張しようとするなら、そのことを出願に係る明細書において明示すべきであり、それをしないで、明細書の記載を他の解釈の余地を残すものとしておきながら(例えば、侵害訴訟において、当該発明の対象となる物は、当該製法によって製造されたものには限られない、等の主張をすることが考えられる。)、このような主張をすることは、許されないというべきである。」

2.特許法17条の2第4項の規定は、発明の保護を十全に図るという特許制度の基本目的を考慮しつつ、迅速・的確な権利付与を確保する審査手続を確立するために、最後の拒絶理由通知に対する補正は、既に行った審査結果を有効に活用できる範囲内で行うこととする趣旨で設けられたものであるところ、補正前発明1について、被告(特許庁)は先行技術として回折格子の製作方法に関する発明のみを列挙し、また、審査官は発明特定事項が「ホログラフィック・グレーティングの製造方法」に関するものであることを認識していたから、本件補正は、既に行った審査結果を有効に活用できる範囲内で行われたものである。審決が請求項の末尾の文言のみによって発明のカテゴリーを「物」であると認定し、本件補正が不適法であるとした判断は誤りである。

第6.裁判所の判断

1.物の発明と方法の発明の区別
特許法は、発明の実施について「物の発明」と「方法の発明」とを区別して規定し(同法2条3項)、そのいずれであるかによって、法律効果が異なるものとしている(例えば、同法101条、104条、175条2項)。
また、出願人は、「物の発明」としての特許を請求するか、「方法の発明」としての特許を請求するかを選択することができるだけでなく、……「物の発明」と「方法の発明」の両者を一出願により請求することが可能であった。
さらに、特許法70条1項は、「特許発明の技術的範囲は、願書に添付した特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならない。」と規定していることからすると、方法の発明と物を生産する方法の発明との区別は、まず、「願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載」に基づいて判定すべきものである(最高裁判所平成10年(オ)第604号事件平成11年7月16日判決・民集53巻6号957頁)。
以上によれば、特許請求の範囲の記載は、出願人が「物の発明」と「方法の発明」とで法律効果が異なることを考慮して、いかなる権利を請求するかを選択し、その選択の結果を反映させるべく自ら適切な表現を選んで記載したものであるから、特許出願に係る発明が「物の発明」と「方法の発明」のいずれであるかの区別は、特許請求の範囲の記載に基づいて判断すべきであると解される

2.プロダクト・バイ・プロセス・クレームの実質
補正前請求項1が広義のプロダクト・バイ・プロセス・クレームの形式で書かれていることは、当事者間に争いがない。原告は、東京高裁平成14年判決の判示事項を反対解釈して、プロダクト・バイ・プロセス・クレームにおいて、請求項に記載された物が当該請求項に記載された製法によって製造されたものに限られることが明示されていれば、当該請求項の実質的なカテゴリーが「方法」であると解釈されるべきであると主張する。
プロダクト・バイ・プロセス・クレームとは、東京高裁平成14年判決にあるとおり、「物(プロダクト)に係るものでありながら、その中に当該物に関する製法(プロセス)を包含する」形式で記載された特許請求の範囲であり、「発明の対象となる物の構成を、製造方法と無関係に、直接的に特定することが、不可能、困難、あるいは何らかの意味で不適切(例えば、不可能でも困難でもないものの、理解しにくくなる度合が大きい場合などが考えられる。)であるとき」などに認められる特許請求の範囲の記載方法であるということができる。上記の意義からも明らかなように、プロダクト・バイ・プロセス・クレームにあっては、特許請求の範囲に物の製造方法(プロセス)が記載されていても、その記載は発明の対象となる物(プロダクト)を特定するためであり、物の製造方法についての特許を請求するものではない。したがって、プロダクト・バイ・プロセス・クレームの形式で書かれた発明のカテゴリーは、あくまで「物の発明」であって、「方法の発明」ではないし、「物の発明」かつ「方法の発明」ということもできない。原告の主張は、東京高裁平成14年判決を正解するものとはいえず、採用することはできない。

3.本件補正の適否
(1)前記1のとおり、出願人は「物の発明」と「方法の発明」のいずれとするかを選択し、表現することができる立場にあり、出願人の選択の結果は特許請求の範囲に表現されており、「物の発明」と「方法の発明」の区別は、特許請求の範囲の記載に基づいて判断すべきであるところ、補正前請求項1の記載は、「…光学ガラス基板上に所望の溝深さの回折格子溝を直接刻線してなるホログラフィック・グレーティング。」となっているから、補正前発明1の対象は、「ホログラフィック・グレーティング」という「物」であることは明らかである。原告は、請求項の末尾の文言のみに着目したとして、審決の認定を非難するが、補正前発明1は、特許請求の範囲の記載から上記のとおり一義的に明確であり、この記載に基づき補正前発明1を「物」の発明と認定した審決に誤りはない。
(2)プロダクト・バイ・プロセス・クレームの形式で書かれていることは、発明のカテゴリーが「物の発明」であることを意味し、たとえ製造方法の記載が含まれていても「方法の発明」ではないし、また、「物の発明」かつ「方法の発明」ということもできないから、補正前請求項1がプロダクト・バイ・プロセス・クレームの形式で書かれていることは、上記の結論を左右するものではない。
(3)補正後請求項1は「…ホログラフィック・グレーティング製作方法」と記載され、その発明のカテゴリーが「方法の発明」であることは明らかであるから、本件補正は、「物の発明」であった補正前請求項1を「方法の発明」である補正後請求項に補正することを目的としている。発明のカテゴリーによって、法律効果が異なることは前記1のとおりであるから、発明のカテゴリーを「物の発明」から「方法の発明」に変更することは、「物の発明」として請求していた権利とは異なる効果を有する別の権利を請求することにほかならない。したがって、本件補正は、特許請求の範囲を変更するものであり、特許法17条の2第4項各号のいずれにも該当しない。

第7.補足(被告の反論)

1.……
2.……拒絶査定書(甲第7号証)の備考には「本願請求項に係る発明は、ホログラフィックグレーティングという物を対象としているから、その物の製造方法に関する要件…をいくら特定してみても、物としての特徴を表現することは原則として困難である…。」との記載がある。これによれば、審査官が補正前発明1を物の製造方法に係る発明としてではなく、物に係る発明として認定して、本件出願を審査したことは明らかである。
3.本件補正により、発明のカテゴリーが補正前のものと同一とはいえなくなると、本件補正前の審査結果を補正後請求項1に係る発明の新規性、進歩性の判断に有効に利用することはできない。
特許法17条の2第4項の目的は、限定列記であり、発明のカテゴリーを変更することが同項各号のいずれにも該当しない以上、本件補正が認められる余地はない。

※参考

審査基準(「新規性の判断の手法」から抜粋)
(3) 製造方法によって生産物を特定しようとする記載がある場合(プロダクト・バイ・プロセス・クレーム)
請求項中に製造方法によって生産物を特定しようとする記載がある場合には、1.5.1(2)にしたがって異なる意味内容と解すべき場合を除き、その記載は最終的に得られた生産物自体を意味しているものと解する(注)。したがって、請求項に記載された製造方法とは異なる方法によっても同一の生産物が製造でき、その生産物が公知である場合は、当該請求項に係る発明は新規性が否定される。
(注)このように解釈する理由は、生産物の構造によってはその生産物を表現することができず、製造方法によってのみ生産物を表現することができる場合(例えば単離されたタンパク質に係る発明等)があり、生産物の構造により特定する場合と製造方法により特定する場合とで区別するのは適切でないからである。したがって、出願人自らの意思で、「専らAの方法により製造されたZ」のように、特定の方法によって製造された物のみに限定しようとしていることが明白な場合であっても、このように解釈する。
例1:「製造方法P(工程p1,p2…及びpn)により生産されるタンパク質」
例1の場合、製造方法Qにより製造される公知の特定のタンパク質Zが、製造方法Pにより製造されるタンパク質と同一の物である場合には、方法Pが新規であるか否かにかかわらず、新規性が否定される。

<本件と関連する補正の適否について>
以下の事例における補正は、限定的減縮に該当すると思いますか?

事例1.発明の対象(名称)を変更する補正<1>
(補正前)
【請求項1】A手段と、B手段とを有することを特徴とするクラッチ
(補正後)
【請求項1】A手段と、B手段とを有することを特徴とする自動変速機用クラッチ。
[結論]
限定的減縮に該当する。
[説明]
自動変速機は、クラッチが組み込まれる最も代表的なものの一つであるから、クラッチと自動変速機用クラッチとは技術的に密接に関連する発明の技術分野である。また、この補正は、補正前の課題解決手段の全部である「A手段と、B手段とを有することを特徴とするクラッチ」を概念的に下位にしたものであるから、補正前の発明の発明特定事項を限定したものであり、さらに、補正前後で発明の解決しようとする課題も同一である。

事例2.発明の対象を変更する補正<2>
(補正前)
【請求項1】物質Aからなる界面活性剤。
(補正後)
【請求項2】物質Aからなる殺虫剤用界面活性剤
[結論]
限定的減縮に該当しない。
[説明]
殺虫剤用界面活性剤は界面活性剤の特殊な用途であり、界面活性剤の代表的な用途ではない。また、「界面活性剤」の技術分野と「殺虫剤」の技術分野は、特に関連性を有しないので、「界面活性剤」の技術分野と「殺虫剤用界面活性剤」の技術分野は、技術的に密接に関連しているとはいえない。したがって、補正前後の発明の産業上の利用分野は同一ではない。

※上記事例1,2は、審査基準 第V部 第W節「明細書、特許請求の範囲又は図面の補正に関する事例集」の「限定的減縮の判断に関する事例21、事例25」から抜粋

<まとめ>
・発明のカテゴリを変更する補正は、特許法第17条の2第5項の要件違反となる。
・発明のカテゴリを変更せずに、発明の名称を概念的に下位にする補正は、限定的減縮に該当する。

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