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判例研究/レポート

日焼け止め剤実験結果追加事件

平成23年8月
弁理士 佐橋信哉

1. 今回の事例

平成 21年 (行ケ) 10238号 審決取消訴訟事件(知財高裁 平成22年7月15日判決)(裁判長裁判官:飯村敏明)
特許法第29条2項(進歩性)の判断において、出願後に提出した実験成績証明書が参酌されるか否か

2. 事件の概要

発明の名称『日焼け止め剤組成物』
平成11年7月29日 国際出願(特願2000−561967)
平成18年11月15日 進歩性なしとして拒絶査定
平成19年2月19日 審判請求時に、発明の効果を示す実験成績証明書(追加データ)を添付
平成21年3月31日 本審判請求は成り立たないとの審決(拒絶審決)
→拒絶審決の取り消しを求めた審決取り消し訴訟
平成23年1月14日 登録(特許第4663879号)

3 出願明細書

【特許請求の範囲】
【請求項1】
日焼け止め剤としての使用に好適な組成物であって:
a成分:安全で且つ有効な量の、UVAを吸収するジベンゾイルメタン日焼け止め剤活性種;
b成分:安全で且つ有効な量の安定剤であって、【化1】(省略)の化合物
c成分:0.1〜4重量%の、2−フェニル−ベンズイミダゾール−5−スルホン酸であるUVB日焼け止め剤活性種;
d成分:皮膚への適用に好適なキャリア;
を含み、
前記UVAを吸収するジベンゾイルメタン日焼け止め剤活性種に対する前記安定剤のモル比が0.8未満で、前記組成物がベンジリデンカンファー誘導体を実質的に含まない前記組成物。
・・・
【発明が解決しようとする課題】
・・・
【0011】
本発明の組成物は、UVAを吸収するジベンゾイルメタン日焼け止め剤活性種、すでに定義された安定剤、UVB日焼け止め剤活性種、及びキャリアを含み、実質的にはベンジリデンカンファー誘導体を含まない組成物であるが、現在、驚くべきことに、本組成物が優れた安定性(特に光安定性)、有効性、及び紫外線防止効果(UVA及びUVBのいずれの防止作用を含めて)を、安全で、経済的で、美容的にも魅力のある(特に皮膚における透明性が高く、過度の皮膚刺激性がない)方法で提供することが見出されている
・・・
【0022】
本発明の安定剤(上記でいうb成分)は、ジベンゾイルメタン化合物の光分解を抑制するために安全で且つ有効な量で存在する。光分解は紫外線吸収能の低下によって決定することが可能であり、その低下は標準紫外線吸収度測定法によって測定し得る。好ましい組成物は、広い帯域の紫外線の所望のSPF単位当たりのおよそ2J/cm2、例えば、SPF15の組成物は30J/cm2の照射後に、それらの当初の紫外線吸収度の少なくとも約85%、更に好ましくは少なくとも約90%を維持する。上記安定剤は好ましくは約0.1〜約6%、更に好ましくは約0.3〜約3%、及び最も好ましくは約1.5〜約2.25%の濃度で使用する。
【0023】
UVB日焼け止め剤活性種(上記でいうc成分)
本発明の組成物は更に、約290nm〜約320nmの波長を有する紫外線を吸収するUVB日焼け止め剤活性種を含む。本明細書において使用されるように、上記UVB日焼け止め剤活性種とは、それ自体がUVB吸収性を所有し得るジベンゾイルメタン日焼け止め剤活性種以外の活性種を意味する。上記組成物は、安全且つ有効であり、独立してか又は上記組成物の中に存在してもよいその他の紫外線防止活性種と組み合わせてUVB防止作用を提供する、上記UVB日焼け止め剤活性種の量を含み、上記組成物の好ましくは約0.1〜約10重量%、更に好ましくは約0.1〜約4重量%、及び最も好ましくは約0.5〜約2.5重量%である。
・・・
【0025】
好ましいUVB日焼け止め剤活性種(上記でいうc成分)は、2−フェニル−ベンズイミダゾール−5−スルホン酸、TEAサリチレート、オクチルジメチルPABA、酸化亜鉛、二酸化チタン、及びそれらの混合物から成る群から選択される。好ましい有機性日焼け止め剤活性種(上記でいうc成分)は2−フェニル−ベンズイミダゾール−5−スルホン酸である。一方、好ましい無機性物理的日焼け止め剤(サンブロック)は酸化亜鉛、二酸化チタン、及びそれらの混合物である。上記酸性日焼け止め剤の塩及び酸中和した形態も本発明において有効である。
・・・
【0054】
【実施例】
以下の実施例により更に本発明の範囲内の実施態様を記載し説明する。本発明の精神及び範囲から逸脱することのない、それらの実施例と異なる多数の例が可能であるので、本実施例は単に例証することを目的に示すものであり、本発明を限定するものとして解釈されるべきものではない。
次の日焼け止め剤製品は本発明の典型例である。
【0055】
【表1】

 
重量%
成分
実施例I
実施例II
ブチルメトキシジベンゾイルメタン
2
3
オクトクリレン
1.5
2.25
フェニルベンズイミダゾールスルホン酸
1.5
1
(中略)
適量
適量

【0056】
好適な容器の中で、4%の水以外の、・・(中略)・・すべて混合して水性の相を調製する。上記・・(中略)・・を混合して、80℃に加熱することにより、油相を調製する。
【0057】
両相が80℃に達したら、油相を水相に徐々に加える一方、その系を混練してエマルションを形成する。撹拌しながら上記系を冷却する。一旦上記系が70℃に達したら、・・(中略)・・水を上記バッチに加え、約30℃に冷却し、好適な容器に注ぐ。

4.拒絶審決の内容(要約)

(1)本願発明と引用文献1の相違点
本願発明は(c成分)として「0.1〜4重量%の2−フェニル−ベンズイミダゾール−5−スルホン酸であるUVB日焼け止め剤活性種を含む」のに対し、引用例Aは「任意に通常のUV−Bフィルターを含む」とされている点で相違する。
(2)本願出願日の前において、「2−フェニル−ベンズイミダゾール−5−スルホン酸」が代表的な「UV−Bフィルター」(UV−B吸収剤)の1つであって、既にそれを含む商品が販売され、他の公知のUV吸収剤と併用されることは、周知である。そうすると、引用例Aの「代表的なUV−Bフィルター」成分の中から「2−フェニル−ベンズイミダゾール−5−スルホン酸」を選定することは容易である。
その際の配合量として、引用例Aには「UV−Bフィルターが約1〜約12%の量で存在する」と記載されているので、かかる範囲と重複する「約0.1〜4重量%」と特定することも当業者が適宜なし得る。
(3)本願明細書には実施例として化粧品の製造例が記載されているにすぎず、本願発明の効果については一般的な記載にとどまり、客観性のある具体的な数値データをもって記載されていない。また、特に「UV−Bフィルター」を「2−フェニル−ベンズイミダゾール−5−スルホン酸」に特定することによる効果については、何ら具体的に記載されていない。よって、本願明細書の記載からは、格別予想外の効果が奏されたものとすることはできない。

<知財高裁にて>

5.知財高裁の判断

(1)審判請求理由補充書の実験結果を参酌することができないとした判断の誤りについて(上記拒絶審決の内容(4)対応部分)
<1> 特許法29条2項の要件充足性を判断するに当たり、当初明細書に「発明の効果」について、何らの記載がないにもかかわらず、出願人において、出願後に実験結果等を提出して、主張又は立証することは、先願主義を採用し、発明の開示の代償として特許権(独占権)を付与するという特許制度の趣旨に反することになるので、特段の事情のない限りは、許されないというべきである。
また、出願に係る発明の効果は、現行特許法上、明細書の記載要件とはされていないものの、出願に係る発明が従来技術と比較して、進歩性を有するか否かを判断する上で、重要な考慮要素とされるのが通例である。出願に係る発明が進歩性を有するか否かは、解決課題及び解決手段が提示されているかという観点から、出願に係る発明が、公知技術を基礎として、容易に到達することができない技術内容を含んだ発明であるか否かによって判断されるところ、上記の解決課題及び解決手段が提示されているか否かは、「発明の効果」がどのようなものであるかと不即不離の関係があるといえる。そのような点を考慮すると、本願当初明細書において明らかにしていなかった「発明の効果」について、進歩性の判断において、出願の後に補充した実験結果等を参酌することは、出願人と第三者との公平を害する結果を招来するので、特段の事情のない限り許されないというべきである。
他方、進歩性の判断において,「発明の効果」を出願の後に補充した実験結果等を考慮することが許されないのは、上記の特許制度の趣旨、出願人と第三者との公平等の要請に基づくものであるから、当初明細書に、「発明の効果」に関し、何らの記載がない場合はさておき、当業者において「発明の効果」を認識できる程度の記載がある場合やこれを推論できる記載がある場合には、記載の範囲を超えない限り、出願の後に補充した実験結果等を参酌することは許されるというべきであり、許されるか否かは、前記公平の観点に立って判断すべきである。(→下記の<参考1:進歩性審査基準(抜粋)>欄を参照)
<2> 本願当初明細書(段落[0011])には、本願発明の作用効果について、「本発明の組成物は、a成分等からなる組成物であるが、現在、驚くべきことに、本組成物が優れた安定性(特に光安定性)、有効性、及び紫外線防止効果(UVA及びUVBのいずれの防止作用を含めて)を、安全で、経済的で、美容的にも魅力のある(特に皮膚における透明性が高く、過度の皮膚刺激性がない)方法で提供することが見出されている。」との記載がある。
また、本願当初明細書(段落[0025])には、UVB日焼け止め剤活性種(UV−Bフィルター)について、「好ましいUVB日焼け止め剤活性種は、2−フェニル−ベンズイミダゾール−5−スルホン酸、・・・から成る群から選択される。好ましい有機性日焼け止め剤活性種は2−フェニル−ベンズイミダゾール−5−スルホン酸である」との記載がある。
さらに、「2−フェニル−ベンズイミダゾール−5−スルホン酸」は、並列的に記載された様々な「UV−Bフィルター」の中の1つとして公知のものである。
以上の記載に照らせば、本願当初明細書に接した当業者は、「UV−Bフィルター」として「2−フェニル−ベンズイミダゾール−5−スルホン酸」を選択した本願発明の効果について、広域スペクトルの紫外線防止効果と光安定性を、より一層向上させる効果を有する発明であると認識するのが自然であるといえる。
<3> 【参考資料1】実験の結果には、本願発明のSPF値は、従来品(比較例1〜4)と比較すると、SPF値については約3〜10倍と格段に高く、PPD値についても約1.1〜2倍と高く、安定性も優れていることが確認される。
確かに、本願当初明細書【参考資料1】実験の結果で示されたSPF値及びPPD値において、従来品と比較して、SPF値については約3〜10倍と格段に高く、PPD値についても約1.1〜2倍と高いこと等の格別の効果が明記されているわけではない。しかし、本件においては、本願当初明細書に接した当業者において、本願発明について、広域スペクトルの紫外線防止効果と光安定性をより一層向上させる効果を有する発明であると認識することができる場合であるといえるから、進歩性の判断の前提として、出願の後に補充した実験結果等を参酌することは許され、参酌したとしても、出願人と第三者との公平を害する場合であるということはできない
<4> 被告は、段落[0011]の記載は、本願発明の効果についての一般的な記載に止まるものであって、本願当初明細書によっては、どの程度のSPF値やPPD値を有するかについて推測し得ないと主張する。
しかし、被告の主張を前提とすると、本願当初明細書に、効果が定性的に記載されている場合や、数値が明示的に記載されていない場合、発明の効果が記載されていると推測できないこととなり、後に提出した実験結果を参酌することができないこととなる。このような結果は、出願人が出願当時には将来にどのような引用発明と比較検討されるのかを知り得ないこと、審判体等がどのような理由を述べるか知り得ないこと等に照らすならば、出願人に過度な負担を強いることになり、実験結果に基づく客観的な検証の機会を失わせる
<5> 本件においては、本願当初明細書に接した当業者において、本願発明について、広域スペクトルの紫外線防止効果と光安定性をより一層向上させる効果を有する発明であると認識することができる場合であるといえるから、進歩性の判断の前提として、出願の後に補充した実験結果等を参酌したとしても、出願人と第三者との公平を害する場合であるということはできない

(2)被告の個別主張に対する判断
<1> 本願発明の「2−フェニル−ベンズイミダゾール−5−スルホン酸」は、本願出願日の前に広く知られた「UV−Bフィルター」であり、そのように代表的なUV−Bフィルターについて、上記の測定方法を用いて紫外線防止効果を確認することは当業者であればまず行うことである。本願発明の作用効果が当業者にとって予想外の格別顕著なものであるとはいえないと主張する。
しかし、本願発明の「2−フェニル−ベンズイミダゾール−5−スルホン酸」が既に知られた「UV−Bフィルター」であったとしても、本願発明においては、特定の他の成分と組み合わせることにより、前記のとおり「2−フェニル−ベンズイミダゾール−5−スルホン酸」固有の紫外線防止効果(本件追加比較実験の各比較例の効果)を著しく超えて、予想外に優れた相乗効果を奏することが確認できるのであるから、本願発明において既に知られた「UV−Bフィルター」が用いられたこと自体は、顕著な効果を否定する理由にはならない。
<2> 本願当初明細書には開示も示唆もなかった併用による相乗効果を主張することは、先願主義を採り発明の開示の代償として特許権を付与するという特許制度の趣旨からみても許されることではないとも主張する。
しかし、本願当初明細書には、段落0011と0025「現在、驚くべきことに、本組成物が優れた安定性(特に光安定性)、有効性・・・提供することが見出されている。」、「好ましい有機性日焼け止め剤活性種は2−フェニル−ベンズイミダゾール−5−スルホン酸である」と記載されているから、当業者は、UVBフィルターとして「2−フェニル−ベンズイミダゾール−5−スルホン酸」を含み、他の特定成分と組み合わせた本願発明の組成物が優れた紫外線防止効果を有することを理解し、各組成成分の和を超えた相乗効果をも奏し得るであろうことを理解することができるといえる。

<参考1:進歩性審査基準(抜粋)>
<2> 意見書等で主張された効果の参酌
明細書に引用発明と比較した有利な効果が記載されているとき、及び引用発明と比較した有利な効果は明記されていないが明細書又は図面の記載から当業者がその引用発明と比較した有利な効果を推論できるときは、意見書等において主張・立証(例えば実験結果)された効果を参酌する。しかし、明細書に記載されてなく、かつ、明細書又は図面の記載から当業者が推論できない意見書等で主張・立証された効果は参酌すべきでない。

<参考2(出願後に提出した実験データの採否が争われた判決例)>
(1)『エテンザミド』事件:平成17年(行ケ)第10389号(進歩性の判断)
(a成分)エテンザミドと(b成分)トラネキサム酸の併用をポイントとする発明
実施例欄には、(a成分)エテンザミドのみ、(b成分)トラネキサム酸のみの構成よりも、(a成分)エテンザミドと(b成分)トラネキサム酸を併用した場合に優れた効果が発揮される点について具体的数値データとして示される(相乗効果が認められる)。
(a成分)の類似化合物に(b成分)トラネキサム酸を配合した比較例データを追加データとして示しても、本願明細書には、(a成分)以外の類似化合物に(b成分)トラネキサム酸を配合した例の記載がなく、(a成分)エテンザミドを採用することが、それ以外の(a成分)の類似化合物を採用することと比較して、格別に顕著な効果を奏するものであることをうかがわせるような記載もない。本願の実施例欄の記載があるだけでは、(a成分)を特定した本願発明が、それ以外の(a成分)の類似化合物を採用する態様に比較して、格別に顕著な効果を奏すると認めることはできない。

(2)『偏光フィルム』事件大合議判決:平成17年(行ケ)第10042号(知財高裁平成17年11月11日)(サポート要件の判断)
特定の数式を含むパラメータ発明において、特許出願後に実験データを提出して発明の詳細な説明の記載内容を記載外で補足することによって、その内容を特許請求の範囲に記載された発明まで拡張ないし一般化し、明細書のサポート要件に適合させることは、発明の公開を前提に特許を付与するという特許制度の趣旨に反して許されないというべきである。

<まとめ>
・今回の判決は、過去の判例(例えば上記参考2の(1)(2)の判例)を覆すものではないので、原則的には、当初明細書に実施例データは必要かと思料される。
・その他、『性的障害の治療におけるフリバンセリンの使用』事件(平成21年(行ケ)第10033号:平成22年1月28日(第3部 飯村))が参考になると思われる。
→定量的なデータが当初明細書にないが、サポート要件違反でないとした判決
今後は、追加データに関し、出願人に有利な判断が行われる方向に向かうか否か注視する必要がある。

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