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判例研究/レポート

進歩性判断の近年の事例について

平成22年10月21日執筆
平成22年12月1日掲載
弁理士 二間瀬覚

1 はじめに

2008年(20年)頃から裁判所による進歩性の判断が緩くなってきているのではないかといわれている。そのような時期に、進歩性の判断についての見解を述べつつ事実認定の誤りを指摘した知財高裁の判決がある(平21.1.28(平成20(行ケ)10096)「回路用接続部材事件」)。この判決では、事後的分析の禁止や、試みに示唆が必要なことが判示されている(事後的分析等に関する参考資料 1)2)3))。また、この判決で示した進歩性の判断に基づいて判断された事件が複数ある。例えば
   ・知財高判平21.3.25(平成20(行ケ)10153)「緩衝シート事件」
   ・知財高判平21.3.25(平成20(行ケ)10261)「キシリトール事件」
   ・知財高判平21.4.27(平成20(行ケ)10121)「切換弁事件」
これらはいずれも、知財高裁3部 飯村敏明 裁判長の判決。
そこで、まず、上記「回路用接続部材事件」で判示された進歩性の判断の手法について確認するとともに、特許・実用新案審査基準との関係について検討する。続いて、同判示された進歩性の判断手法に基づいて判断された「緩衝シート事件」について検討する。

なお、上記判示された進歩性の判断手法を裁判にて主張した事件(知財高判平22.4.19(平成21(行ケ)10268)「パワートランジスタ事件」知財高裁2部 中野哲弘裁判長の判決)についても検討した。発表は割愛するが、同判決からは、進歩性の判断が緩くなっているような印象は受けない。

以下、引用中の下線と斜字は筆者記載。

2 「回路用接続部材事件」(知財高判平21.1.28(平成20(行ケ)10096))

判示された進歩性の判断についての見解(「第4 当裁判所の判断」内、判決文24頁)
「2 判断
(1) 特許法29条2項が定める要件の充足性,すなわち,当業者が,先行技術に基づいて出願に係る発明を容易に想到することができたか否かは,先行技術から出発して,出願に係る発明の先行技術に対する特徴点(先行技術と相違する構成)に到達することが容易であったか否かを基準として判断される。ところで,出願に係る発明の特徴点(先行技術と相違する構成)は,当該発明が目的とした課題を解決するためのものであるから,容易想到性の有無を客観的に判断するためには,当該発明の特徴点を的確に把握すること,すなわち,当該発明が目的とする課題を的確に把握することが必要不可欠である。そして,容易想到性の判断の過程においては,事後分析的かつ非論理的思考は排除されなければならないが,そのためには,当該発明が目的とする「課題」の把握に当たって,その中に無意識的に「解決手段」ないし「解決結果」の要素が入り込むことがないよう留意することが必要となる。(仮に、「事後禁止」と呼ぶ。)
さらに,当該発明が容易想到であると判断するためには,先行技術の内容の検討に当たっても,当該発明の特徴点に到達できる試みをしたであろうという推測が成り立つのみでは十分ではなく,当該発明の特徴点に到達するためにしたはずであるという示唆等が存在することが必要であるというべきであるのは当然である。(仮に、「試みレベル」と呼ぶ。)

3 審査基準における進歩性の判断と上記見解との関係

(特許・実用新案審査基準 第U部 − 第2章 新規性・進歩性 − 2.進歩性)
審査基準の「2.5 論理づけの具体例」には、上記見解の影響を受け得る部分が含まれている。このことから、進歩性の審査における論理付けにおいて、上記見解に示された判断手法が行われていることを確認するとともに、判断手法に誤りがある場合、当該誤りを指摘することが可能である。

「2.5 論理づけの具体例
論理づけは、種々の観点、広範な観点から行うことが可能である。以下にそれらの具体例を示す。
(1) 最適材料の選択・設計変更、単なる寄せ集め
(省略)
(2) 動機づけとなり得るもの
1)技術分野の関連性
発明の課題解決のために(事後禁止)、関連する技術分野の技術手段の適用を試みることは、当業者の通常の創作能力の発揮である(試みレベル)。例えば、関連する技術分野に置換可能なあるいは付加可能な技術手段があるときは、当業者が請求項に係る発明に導かれたことの有力な根拠となる。
2)課題の共通性
課題が共通することは(事後禁止)当業者が引用発明を適用したり結び付けて請求項に係る発明に導かれたこと(試みレベル)の有力な根拠となる。
引用発明が、請求項に係る発明と共通する課題を意識したものといえない場合は、その課題が自明な課題であるか、容易に着想しうる課題であるかどうかについて(事後禁止)、さらに技術水準に基づく検討を要する。
なお、別の課題を有する引用発明に基づいた場合であっても、別の思考過程により(事後禁止)当業者が請求項に係る発明の発明特定事項に至ることが容易であった(試みレベル)ことが論理づけられたときは、課題の相違にかかわらず、請求項に係る発明の進歩性を否定することができる。試行錯誤の結果の発見に基づく発明など、課題が把握できない場合も同様とする。
3)作用、機能の共通性
請求項に係る発明の発明特定事項と引用発明特定事項との間で、作用、機能が共通すること(事後禁止)や、引用発明特定事項どうしの作用、機能が共通すること(事後禁止)は、当業者が引用発明を適用したり結び付けたりして請求項に係る発明に導かれたこと(試みレベル)の有力な根拠となる。
4)引用発明の内容中の示唆
引用発明の内容に請求項に係る発明に対する示唆があれば、当業者が請求項に係る発明に導かれたこと(試みレベル)の有力な根拠となる。 」

4 「緩衝シート事件」(知財高判平21.3.25(平成20(行ケ)10153))

1.特許庁における手続きの経緯等

原告・特許権者  酒井化学工業株式会社http://www.sakai-grp.com/index.html
被告・無効審判請求人 川上産業株式会社http://www.putiputi.co.jp/ プチプチ)
発明の名称「任意の側縁箇所から横裂き容易なエァセルラー緩衝シート」

平成14年 4月18日出願
平成18年12月15日設定登録(特許第3891876号、登録時の請求項の数は3)
平成19年 4月16日無効審判請求(無効2007−800074号、請求内容:本件特許の請求項1ないし3に係る発明についての特許を無効とする。)
平成20年 3月18日審決「請求項に係る発明についての特許を無効とする。」,同月28日謄本送達
    同年 7月22日更正決定(「請求項に係る発明」→「請求項1〜3に係る発明」)
平成20年 9月 2日,原告は,請求項1及び2に係る無効取消しの訴えを取り下げ,被告は同意し、請求項1及び2に係る各発明についての特許無効は確定

2.本件特許の特許請求の範囲

「【請求項3】ベース側のフィルム1の片面に多数のエァセルラー21・21…を形成した状態のキャップフィルム2を熱融着して成るシート部材であって,前記ベース側のフィルム1に,ブロー比が4以上でインフレーション成形された高密度ポリエチレン樹脂フィルム11を積層することを特徴とする任意の側縁箇所から横裂き容易なエァセルラー緩衝シート。
【0001】【発明の属する技術分野】本発明は,エァセルラー緩衝シート(air cellular cushioning sheet)の改良に関し,更に詳しくは,道具を用いなくとも,長尺のエァセルラー緩衝シートを手裂き動作だけで簡単に,真っ直ぐに横裂きできる実用性に優れた横裂き容易なエァセルラー緩衝シートに関するものである。
【0002】【従来の技術】ベースとなるフィルムと,このベースのフィルムとの間に多数のエァセルラーを形成して互いに熱融着されたキャップフィルムとを基本構造として作製されているエァセルラー緩衝シートは従来周知であり,包装資材・建築土木用の断熱資材・保護養生材として広い分野で重宝されている。
【0003】周知のとおり,かゝるエァセルラー緩衝シートは,通常,長尺の形態に製造されて中芯の周囲に巻き付けたロール状の製品形態で供給されるところから,使用にあたっては必要寸法ずつ幅方向に切り裂かねばならなかった。ところが,従来のエァセルラー緩衝シートは,長手方向(巻付け方向)へは比較的に真っ直ぐに引き裂くことができたのであるが,幅方向へ引き裂こうとすると,左右何れかの長手方向に曲がって切れる傾向が強いため,カッターとか鋏などの如き切断道具を使用しなければ必要な寸法に切り裂くことができず,使用の際には大変不便であった。」

3.刊行物1(特開平10−72063)

(57)【要約】
【課題】プラスチック気泡シートにおいて、包装材料として使用するときの包装作業性が改善されるものを提供する。
【解決手段】巻物にした長尺のプラスチック気泡シートに、シートを横断する方向のミシン目を所定間隔で設けて、切断を容易にする。必要により長手方向にもミシン目を設ける。(省略)


4.刊行物2(特許2658186、特開平1−299831)

内容物を保護するヒートシール性を満足しつつ、引裂性を高めて開封性の改善された無延伸フィルムまたは一方々向延伸フィルムよりなることを特徴とする引裂方向性をもった合成樹脂フィルムが開示される。

5.刊行物3(特公昭61−51993)

粘着テープ用素材フィルムとして用いられる、横方向引裂性の優れた積層延伸フィルムが開示される。

6.刊行物4(特開昭59−78817)

手で直線的に切り裂くことのできる袋として、フィルムを横方向に延伸して得たヒートシーラブル(ヒートシール性)易引裂性フィルムをアルミニウム箔に積層した実施例が開示される。

7.裁判所の判断(第4 当裁判所の判断)

「本件審決中,請求項3に係る発明についての特許を無効とした部分は,これを取り消すべきものと判断する。」

ア 本件審決がした事実認定(第4 当裁判所の判断 1(1) 判決文25頁)

(※問題となる事実認定は(エ))
「 (ア)「(省略)延伸フィルムが延伸方向に沿って引き裂き易く,直線的に引き裂ける傾向を有することも本出願前周知のことである。」(省略)
(イ)「(省略)インフレーション成形によりブロー比を調整することで延伸倍率を変え,延伸フィルムを製造することは,(省略)周知技術である。」(省略)
(ウ)「(省略)切断線を延伸方向と一致させると延伸方向に易引裂性となることを利用して積層フィルム全体に引き裂き性を付与することができることもよく知られた技術であると認められる。」(省略)
(エ)本件明細書に「従来エァセルラー緩衝シートにおいて長手方向へ比較的に真っ直ぐ引き裂くことができた旨記載されているように,エァセルラー緩衝シートのような積層構造体においても延伸された方向へ引き裂かれる特性があることがよく知られていたのである。」(省略)

イ 本件審決の事実認定の当否についての検討(第4 当裁判所の判断 1(1) 判決文26頁)

事実認定(ア)〜(ウ)は、審決に影響を与えないと判断。

但し、ここで容易相当性の判断に影響を与える判断がなされている。「イ(ウ)の検討」の箇所(判決文30頁)
「 かえって,刊行物1(甲1)の「必要であれば,図2に示すように,シートの長手方向にも1本または2本以上の切断用のミシン目(2B)を設けることができる。」(段落【0008】)との記載に照らすならば,(・・・省略・・・)刊行物1に係る特許出願がされた当時(平成9年5月7日),(・・・省略・・・)「エァセルラー緩衝シートのような積層構造体においても延伸された方向へ引き裂かれる特性があること」は,当業者にとって,周知の知見ではなかったことが推認される。そして,本件記録を検討しても,刊行物1に係る特許出願がされた後,本件特許が出願されるまでの間に,上記の各知見が周知となったことをうかがわせる証拠は見当たらず(・・・省略・・・)これを見いだすことができない。」
<=> 上記証拠を重視する一方、本件明細書の段落【0003】には、従来エァセルラー緩衝シートにおいて長手方向へ比較的に真っ直ぐ引き裂くことができた旨について記載があることは重視していない。

事実認定(エ)について、証拠に基づかないものであって誤りというべきであるとして審決に影響を与えると判断。(第4 当裁判所の判断 1(1)イ(エ) 判決文31頁)

ウ 容易想到性の判断に対する影響の検討(第4 当裁判所の判断 1(1) 判決文31頁)

知財高判平21.1.28(平成20(行ケ)10096)における容易相当性についての知見に基づく判断をしている。(判決文31〜32頁。筆者が箇条書きに変更した。)

 (ウ)刊行物1発明について

・本件審決は、従来エァセルラー緩衝シートにおいて長手方向へ比較的に真っ直ぐ引き裂くことができた旨について、本件明細書の段落【0003】に記載があることのほかには、本件審決の事実認定(エ)の根拠を何ら示していない。(判決文29頁)
・刊行物1発明の技術的意義は,カッターナイフなどを使用することなしに,ミシン目の存在部分でシートを切断することにある。(判決文38頁)
そうすると,刊行物1発明は,従来のエァセルラー緩衝シート(プラスチック気泡シート)は,カッターを使用しなければ切り裂くことができず,不便であったという課題を解決しようとするものであるという限りで,本件発明3と共通するところがある。
・しかし,刊行物1発明は,気泡シートを横断する切断用ミシン目を設けた構成を採用したものであり,刊行物1の記載を精査しても,「エァセルラー緩衝シートのような積層構造体においても延伸された方向へ引き裂かれる特性があること」に着目して,手裂き動作だけで簡単に真っ直ぐに任意の側縁箇所から横裂きできるようにするという発想についての示唆等があるとは認められない。
・また,前記イ(ウ)のとおり,刊行物1に,「エァセルラー緩衝シートのような積層構造体においても延伸された方向へ引き裂かれる特性があること」を前提とした発明の構成を記載したと推測できるような箇所もない。(判決文38頁)
(裁判長は、平らなフィルムの裂け方と、凸凹が形成されたフィルムの裂け方は違うと判断して、平らなフィルムと同様の構成で凸凹フィルムを横裂きできるとは言えないと考えているようである。)

(エ)刊行物2ないし刊行物4について

a 刊行物2記載の知見及び刊行物3発明について(判決文41頁。)

・本件特許の出願当時において,合成樹脂フィルムに関する上記知見(フィルム自体に引裂方向性を持たせることができる)をエァセルラー緩衝シートに適用可能であると当業者が認識することができる技術水準にあったとすれば,刊行物2及び3の上記各記載は,当業者が,刊行物1発明の切断用ミシン目に代えて,気泡シートを構成するフィルムの縦・横方向の延伸倍率等を規定することによって,当該フィルム自体に引裂方向性を持たせるという発想に至る契機となり得るものである
・(なお,刊行物3それ自体には,刊行物1発明に対して,刊行物3発明の構成を適用することの契機となる記載は見当たらない。)。
・しかし,前記イ(ウ)において検討したとおり,本件特許の出願当時,「エァセルラー緩衝シートのような積層構造体においても延伸された方向へ引き裂かれる特性があることがよく知られていた」ということはできないから,合成樹脂フィルムに関する刊行物2及び3の上記知見等をエァセルラー緩衝シートにも適用可能であると当業者が認識することができる技術水準にあったということはできない。

b 刊行物4発明について(判決文43〜44頁)

・刊行物4発明に係るヒートシーラブル易引裂性フィルム(延伸フィルム)は,(・・・省略・・・)フィルムを縦方向又は横方向のいずれか一方に対して延伸したものであって,ハンドカット性及び切断の方向性とも良好であるとされていることが認められるが,縦方向及び横方向に二軸延伸したものではない。
・刊行物4それ自体には,刊行物1発明に対して,刊行物4発明の構成を適用することの契機となる記載は見当たらない。
・イ(ウ)において検討したとおり,本件特許の出願当時,「エァセルラー緩衝シートのような積層構造体においても延伸された方向へ引き裂かれる特性があることがよく知られていた」ということはできない。
・成層(積層)する対象として具体的に開示されているのも,アルミニウム箔である。アルミニウム箔の性質は,エァセルラー緩衝シートにおける「多数のエァセルラー21・21…を形成した状態のキャップフィルム2」とは同様のものと認められないため,ヒートシーラブル易引裂性フィルムに関する刊行物4の知見をエァセルラー緩衝シートにも適用可能であると当業者が認識することができる技術水準にあったということはできない。
・なお,インフレーション成形によりブロー比を調整することは,二軸延伸において縦方向と横方向の延伸倍率を調整することと同様の技術的意義があると考えられる。刊行物1発明に対して刊行物4発明の構成を適用することを想定したとしても,当業者が,本件発明3におけるインフレーション成形された樹脂フィルムを積層するとの構成に想到することは,困難であったというべきである。

 (2) 小括(第4 当裁判所の判断 1:判決文46頁)

「上記検討したところによれば,本件発明3のインフレーション成形された樹脂フィルムを積層するとの構成の容易想到性についての本件審決の判断には誤りがあり,この誤りは,本件審決中,本件発明3についての特許を無効とした部分の結論に影響することが明らかである。」
(本願と刊行物1とは課題が共通するが、刊行物1に刊行物2〜4を組み合わせる動機(示唆)がないと判断された。)

8.まとめ

実務上の指針としては、本稿3にて述べたように、「回路用接続部材事件」の進歩性の判断に対する見解に基づいて、進歩性の審査における論理付が行われていることを確認するとともに、判断手法に誤りがある場合、当該誤りを指摘することがあげられる。
しかしながら、「緩衝シート事件」の判示内容を見ると、相手方を納得させるように「回路用接続部材事件」の進歩性の判断に対する見解に基づく主張をすることは容易ではないようである。事例が異なるものの、現に、「回路用接続部材事件」の進歩性の判断手法によれば進歩性がある旨主張した「パワートランジスタ事件」では、主張が退けられている。

以上

参考資料

1)産業構造審議会知的財産政策部会特許制度小委員会 第3回審査基準専門委員会配布資料 資料4 特許実用新案審査基準(進歩性)に関する追加論点(日本弁理士会)
2)産業構造審議会知的財産政策部会特許制度小委員会 第2回審査基準専門委員会配布資料 資料8 進歩性審査基準に対する意見(日本弁理士会)
3)「パテント」2010年8月号 紹介 進歩性における事後分析的な判断の排除 高瀬彌平 2010年8月号37頁

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