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  5. 【判例研究】平成18年(行ケ)10232号 審決取消請求事件
判例研究/レポート

平成18年(行ケ)10232号 審決取消請求事件
(知財高裁 平成19年10月10日判決)

平成22年4月21日執筆
弁理士 中島貴志

1.今回の事例

組成要件と特性要件とにより特定された発明において、仮に組成要件の範囲の中で特性要件を満たさない場合があったとしても、特許法第36条4項1号(実施可能要件)違反の記載不備でないと判断された事案。

<参考>
特許法第36条4項1号
・・・その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであること。

2. 事件の概要

原告 株式会社オハラ
被告 HOYA株式会社

(1)請求の内容

特許庁が無効2005−80226号事件について平成18年4月5日にした審決を取り消す。

(2)基礎となる事実

●被告は、発明の名称を「低融点光学ガラス」とする特許第3255390号の特許権者である。
●原告は、平成17年7月20日、本件特許を無効とすることについて審判の請求をした。特許庁は、本件無効審判請求について審理した上、平成18年4月5日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、同月17日、その謄本を原告に送達した。

3. 特許明細書

【特許請求の範囲】(請求項数8)
【請求項1】
重量%で表示して、P2O5を14〜32%、B2O3を0.5〜16%、Nb2O5を18〜52%、Li2Oを0.3〜6%、Na2Oを5.5〜22%およびSiO2を0.1〜5%未満含み、ガラスの屈伏点が570℃以下であり、液相温度が930℃以下であることを特徴とする低融点光学ガラス。

<参考>
「屈伏点」・・・温度上昇に伴うガラスの膨張が止まり収縮が始まる温度。ほぼ、ガラスの成形可能温度に相当する。
「液相温度」・・・溶融ガラスの温度を低下させたときに最初に結晶の析出が生じる温度。

【発明の詳細な説明】
・・・
【実施例】
【0045】
【表1】
表1

【0045】
【表2】

表2

<無効審判(無効2005−80226号事件)の概要>

4.請求人(株式会社オハラ)の主張

本件発明1ないし本件発明8について、明細書発明の詳細な説明には、当業者が容易に実施できる程度に記載されておらず、これらの発明についての特許は、特許法第36条4項の規定に違反してなされたものであるから、特許法第123条第1項第4号に該当し無効とすべきである。

5. 特許庁の判断

請求人が・・・主張する明細書発明の詳細な説明の記載不備は、具体的には、・・・本件発明1ないし本件発明8に規定される光学ガラスの成分範囲内であっても「ガラスの屈伏点が570℃以下であり、液相温度が930℃以下であり」との要件を満たさないものもあると主張し、それゆえに、本件発明1ないし本件発明8の光学ガラスを得るためには著しい試行錯誤を強いるものであるから、明細書発明の詳細な説明は、当業者が容易にその実施ができる程度に記載されたものではないことを根拠にするものである。
そこで、本件明細書発明の詳細な説明の記載をみるに、発明の詳細な説明には実施例No.1〜11として、本件発明1ないし本件発明8に規定される光学ガラスの成分範囲内であって「ガラスの屈伏点が570℃以下であり、液相温度が930℃以下であり」との要件も満たす光学ガラスが記載され、また、当業者にとっては、斯かる11種と類似成分では、本件発明1ないし本件発明8の光学ガラスが得られることが起想できるものである。してみれば、本件発明1ないし本件発明8に規定される光学ガラスの成分範囲内であっても「ガラスの屈伏点が570℃以下であり、液相温度が930℃以下であり」との要件を満たさない場合があったとしても、このことをして、明細書発明の詳細な説明の記載が、本件発明1ないし本件発明8の光学ガラスを得るためには著しい試行錯誤を強いるとまでは言うことはできない。
したがって、本件明細書発明の詳細な説明の記載が、特許法第36条第4項の規定の要件を満たしていないとはいえない。

<知財高裁にて>

6.原告人の主張

(1)・・・本件発明1の進歩性が、その「組成範囲において各ガラス構成成分の含有量を選定、最適化することにより」屈伏点570℃以下及び液相温度930℃以下という要件を同時に満たすガラスを実現し得ることに懸かっているというのであれば、本件明細書の発明の詳細な説明には、そのような「選定・最適化」の手段につき、当業者が容易に理解し実施し得るだけの何らかの記載がなければならない。しかしながら、本件明細書には、そのような記載は全く存在しない。しかも、甲15〜甲17資料のとおり、本件発明1の組成外でも、上記の屈伏点及び液相温度の要件を満たす光学ガラスを得ることができる一方、本件発明1の組成の中であっても、屈伏点要件及び液相温度要件を満たさない光学ガラスが得られる場合もあるのであるから、結局、本件明細書の発明の詳細な説明からは、何が本件発明1における「選定・最適化」の手段であるのかが全く不明といわざるを得ないのである。
被告の主張するように、ガラスが一般に構成から作用効果を予測することが極めて困難な技術的分野であるのなら、逆に、「屈伏点570℃以下」及び「液相温度930℃以下」という条件を満足するガラスの具体的組成を、当業者が確認し、実施することは困難である。本件明細書には、「屈伏点570℃以下」及び「液相温度930℃以下」を満たすガラス組成の全範囲について、当業者の実施を可能にする開示があるとはいえない。そもそも「屈伏点570℃以下」及び「液相温度930度以下」の要件を満たすガラス組成の範囲が不明であれば、その範囲についての実施ということも成り立たない。
したがって、本件明細書は、当業者が容易に実施することができる程度に発明を明確かつ十分に記載したものとはいえないから、本件明細書に特許法36条4項違反がないとした審決の判断は誤りである。

7.被告の反論

・・・本件発明1のガラスを製造するには,本件発明1の組成要件に記載された組成を基礎とし,本件明細書の発明の詳細な説明中の,各組成の含有量と屈伏点及び失透傾向との関係についての教示に従い,具体的な組成を選択し,実際にガラスを製造し,屈伏点と液相温度を測定してみればよい。そして,そのような作業を行った結果,たまたま,当該ガラスが屈伏点又は液相温度の点で本件発明1の実施品でないことが確認された場合には,本件明細書の上記の教示を再び参照して,各成分の添加割合を適宜調整するという作業をくり返せば,容易に「屈伏点570℃以下」及び「液相温度930℃以下」の範囲に収めることができるのである。本件明細書の記載に基づくこのような調整作業は,何ら特別な創意工夫を要せずしてできることであるから,当業者に当然期待される範囲の試行錯誤にすぎず,このようなものは過大な試行錯誤とはいえない。

8.裁判所の判断

・・・甲15資料は、本件発明1の組成の中であっても屈伏点要件及び液相温度要件を満たさない光学ガラスが得られたことを示すものであるが、例1においては、本件発明1の組成のうちB2O3、SiO2及びNb2O5について順に0.6、0.1、49.95重量%の含有量にしたところ、屈伏点が590℃、液相温度が1073℃となったというものであり、例2については、Li2O、Na2O及びSiO2について順に0.50、5.69、0.10重量%の含有量にしたところ、屈伏点が627℃、液相温度が948℃となったというものであるが、その組成が本件発明1の組成の臨界値に近い数値に設定されていることからすれば、いまだ例外的な事例であって、本件発明1の組成内で「屈伏点570℃以下」及び「液相温度930℃以下」という特性要件としたことの合理性を左右するに足りない。
そうすると、本件明細書には、本件発明1の組成要件及び特性要件が記載されているのであるから、この組成要件を満たすガラスを製造し、製造したガラスの屈伏点と液相温度を測定して特性要件を満たしているか否かを確認すればよいのであり、大半は、特性要件を満たしているガラスとなるが、仮に特性要件を満たしていなかった場合には、組成の割合を適宜調整するという作業をくり返せば容易に「屈伏点570℃以下」及び「液相温度930℃以下」のものを見いだすことが期待でき、このような調整作業は、格別の工夫を要するものとはいえない。

・・・したがって、・・・審決の認定判断に誤りはない。

<まとめ>
・所望の特性が得られる組成の割合を全て見つけ出すためには無数の実験を行う必要があるため、そのような作業を行うことは現実的には不可能と言える。このため、実務上は、複数回の実験を通じて所望の特性を得ることができる組成の割合を確認した上で、特許請求の範囲には実験により確認した組成の割合と所望の特性とをAND条件で記載することが行われている。この場合、仮に組成の割合の臨界値付近で所望の特性を満たすことができなかったとしても、それを理由に実施可能要件違反となることはない。
・特許請求の範囲に記載した組成範囲の中央値付近で所望の特性を満たすことができない場合には、実施可能要件違反となる可能性があると考えられるため、注意が必要である。

以上

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