1. HOME
  2. 知的財産に関するレポート・トピックス
  3. 判例研究/レポート
  4. 2009年
  5. 「除くクレーム」による補正の適否について
判例研究/レポート

「除くクレーム」による補正の適否について
  T 知財高裁大合議H20.5.30判決 ソルダーレジスト事件
  U 知財高裁   H21.3.31判決 経口投与用吸着剤事件

平成21年5月26日
弁理士 鈴木あかね

はじめに

今回取り上げる2つの知財高裁判決は、いずれも「除くクレーム」による補正(訂正)が、「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」するものであるか否かが争われた事案である。

T.ソルダーレジスト事件は、特許法第29条の2による無効理由回避のために「除くクレーム」により訂正した事案であり、U.経口投与用吸着剤事件は、特許法第39条第2項による拒絶理由回避のために「除くクレーム」により補正した事案である。

「除くクレーム」とするための原因事由、「除くクレーム」により除外された対象範囲がそれぞれの事案では異なるものの、知財高裁の判断は同様の基準に基づいてなされた。
下の表は、それぞれの事案内容を簡単にまとめたものである。

  ソルダーレジスト事件 経口投与吸着剤事件
補正か訂正か 特許後訂正 拒絶査定不服審判時補正
引例との関係 29条の2の無効理由 39条2項の拒絶理由
除外部分 重複部分の化合物の組み合わせ 重複部分の数値範囲
除外部分の開示 技術的事項として開示 技術的事項として非開示

T ソルダーレジスト事件(平成18年(行ケ)第10563号 審決取消請求事件)

第1 事案の概要

原告(タムラ化研株式会社)が、被告(太陽インキ製造株式会社)の有する特許第2133267号(本件特許)の出願明細書における特許請求の範囲第1項及び第22項の発明(本件訂正前発明)について、無効審判請求(下記先願発明を根拠とした特許法第29条の2に基づく無効理由)をしたところ、特許庁は本件特許を無効とする旨の審決(前審決)をした。被告は同審決の取消を求める訴え(前訴)を提起したが、その後、被告が訂正審判請求をしたことから、知財高裁は前審決を取り消す決定をした。本件は、特許庁が、出願明細書の訂正を認めた上、無効審判請求は成り立たないとの審決をしたため、原告がその取消を求める事案である。

(1)本件特許について
出願日:昭和62年11月30日(特願昭62−299967号)
登録日:平成9年11月14日(特許第2133267号)
発明の名称:感光性熱硬化性樹脂組成物及びソルダーレジストパターン
特許権者:太陽インキ製造株式会社

(2)先願(甲1発明)
出願日:昭和62年5月8日(特願昭62−114079号)
公開日:昭和63年11月15日(特開昭63−278052号)
発明の名称:感光性皮膜組成物
出願人:タムラ化研株式会社

(3)訂正の概要
本件特許の請求項1は、(A)〜(D)成分((A)感光性プレポリマー(B)光重合開始剤(C)希釈剤(D)エポキシ化合物)を含有してなる感光性熱硬化性樹脂組成物に係る発明であり、各成分につき多種の化合物が列挙された構成となっている。先願の明細書の実施例2(先願発明という。)には、これら(A)〜(D)成分として列挙された化合物に含まれる化合物を成分とする感光性皮膜組成物が記載されている。
本件訂正では、本件訂正前発明の感光性熱硬化性樹脂組成物に含有される組成物中、先願発明と同一の組成物を構成する各成分を除いたものである。

第2 裁判所の判断

(1)判決では、まず「願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内」の意義について、次のように述べている。

「……補正について「願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」しなければならないと定めることにより,出願当初から発明の開示が十分に行われるようにして,迅速な権利付与を担保し,発明の開示が不十分にしかされていない出願と出願当初から発明の開示が十分にされている出願との間の取扱いの公平性を確保するととともに,出願時に開示された発明の範囲を前提として行動した第三者が不測の不利益を被ることのないようにし,さらに,特許権付与後の段階である訂正の場面においても一貫して同様の要件を定めることによって,出願当初における発明の開示が十分に行われることを担保して,先願主義の原則を実質的に確保しようとしたものであると理解することができる。……

このような特許法の趣旨を踏まえると,平成6年改正前の特許法17条2項にいう「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」との文言については,次のように解するべきである。

すなわち「明細書又は図面に記載した事項」とは,技術的思想の高度の創作である発明について,特許権による独占を得る前提として,第三者に対して開示されるものであるから,ここでいう「事項」とは明細書又は図面によって開示された発明に関する技術的事項であることが前提となるところ「明細書又は図面に記載した事項」とは,当業者によって,明細書又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項であり,補正が,このようにして導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであるときは,当該補正は、「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」するものということができる。

そして,同法134条2項ただし書における同様の文言についても,同様に解するべきであり,訂正が,当業者によって,明細書又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであるときは,当該訂正は「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」するものということができる。…」

つまり、先願主義の観点と第三者との公平性との観点から、補正が新規事項追加であるか否かの判断は、補正前後における発明の技術的事項に変更がないか否かを基準として判断すべきであり、これは訂正においても同様である、と判示されている。

(2)特許法29条の2に基づく無効理由を回避するために「除くクレーム」とする訂正をする場合について、以下のように述べている。

「特許権者は,特許出願時において先願発明の存在を認識していないから,当該特許出願に係る明細書又は図面には先願発明についての具体的な記載が存在しないのが通常であるが,明細書又は図面に具体的に記載されていない事項を訂正事項とする訂正についても,……明細書又は図面の記載によって開示された技術的事項に対し,新たな技術的事項を導入しないものであると認められる限り「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」する訂正であるというべきである。」

(3)以上を前提として、本件の訂正について以下のように判示している。

「……訂正が,当業者によって,明細書又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであるときは,当該訂正は「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」するものということができるというべきところ,……本件各訂正による訂正後の発明についても,成分(A)〜(D)及び同(A)〜(E)の組合せのうち,引用発明の内容となっている特定の組合せを除いたすべての組合せに係る構成において,使用する希釈剤に難溶性で微粒状のエポキシ樹脂を熱硬化性成分として用いたことを最大の特徴とし,このようなエポキシ樹脂の粒子を感光性プレポリマーが包み込む状態となるため,感光性プレポリマーの溶解性を低下させず,エポキシ樹脂と硬化剤との反応性も低いので現像性を低下させず,露光部も現像液に侵されにくくなるとともに組成物の保存寿命も長くなるという効果を奏するものと認められ,引用発明の内容となっている特定の組合せを除外することによって,本件明細書に記載された本件訂正前の各発明に関する技術的事項に何らかの変更を生じさせているものとはいえないから,本件各訂正が本件明細書に開示された技術的事項に新たな技術的事項を付加したものでないことは明らかであり,本件各訂正は,当業者によって,本件明細書のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであることが明らかであるということができる。

したがって,本件各訂正は,平成6年改正前の特許法134条2項ただし書にいう「願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」するものであると認められる。」

(4)以上のことより、「明細書等に記載した事項の範囲内において」する訂正とは、訂正前後における発明から把握される技術的事項に何らの変更を生じさせないことを言い、技術的事項とは、発明の「最大の特徴」と「効果」の観点から把握されるものである、と判断すればよい、と考えられる。

U 経口投与用吸着剤事件(平成20年(行ケ)第10065号 審決取消請求事件)

第1 事案の概要

原告(テイコクメディックス株式会社)が、被告(株式会社クレハ)の有する特許第3835698号(本件特許)の出願明細書における特許請求の範囲についての拒絶査定不服審判での補正が、特許法第17条の2第3の要件を満たさないとして無効審判を請求したところ、特許庁は補正が適法であるとして、請求棄却審決をした。原告がその取消を求める事案である。

(1)本件特許について
出願日:平成15年10月31日(特2004−548107号)
優先日:平成14年11月1日
登録日:平成18年8月4日(特許第3835698号)
発明の名称:経口投与用吸着剤、並びに腎疾患治療又は予防剤、及び肝疾患治療又は予防剤
特許権者:株式会社クレハ

(2)先願(甲6発明)
出願日:平成15年10月31日(特2004−548106号)
優先日:平成14年11月1日
登録日:平成17年4月28日(特許第3672200号)
発明の名称:経口投与用吸着剤
特許権者:株式会社クレハ

(3)補正の概要
(a)本件の補正後の請求項1は以下のとおりである。
「フェノール樹脂またはイオン交換樹脂を炭素源として製造され,直径が0.01〜1mmであり,ラングミュアの吸着式により求められる比表面積が1000m 2/g以上であり,そして細孔直径7.5〜15000nmの細孔容積が0.25mL/g未満である球状活性炭からなるが,但し,式(1):R=(I15−I35)/(I24 −I35 ) (1)
〔式中,I15は,X線回折法による回折角(2θ)が15°における回折強度であり,I35は,X線回折法による回折角(2θ)が35°における回折強度であり,I24は,X線回折法による回折角(2θ)が24°における回折強度である〕
で求められる回折強度比(R値)が1.4以上である球状活性炭を除く,
ことを特徴とする,経口投与用吸着剤。」(下線部分が補正箇所である。)

(b)これに対し、先願の請求項1は以下のとおりである。
「直径が0.01〜1mmであり、ラングミュアの吸着式により求められる比表面積が1000m2/g以上であり、そして式(1):
R=(I15−I35)/(I24−I35)   (1)
〔式中、I15は、X線回折法による回折角(2θ)が15゜における回折強度であり、I35は、X線回折法による回折角(2θ)が35゜における回折強度であり、I24は、X線回折法による回折角(2θ)が24゜における回折強度である〕
で求められる回折強度比(R値)が1.4以上である球状活性炭からなることを特徴とする、経口投与用吸着剤。」

(c)本件の請求項1の補正は、本件の請求項1に含まれる権利範囲のうち、回折強度比(R値)が重複する部分を除く補正である。ただし、本件の明細書の記載中に、回折強度比(R値)なる概念は何ら開示されていない。

第2 裁判所の判断

(1)「願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内」の意義についての判示内容は、上記ソルダーレジスト事件での判決と同様である。

つまり、補正について、明細書等に「記載した事項の範囲内において」するものということができるかどうかについては、「明細書等に記載された技術的事項との関係において、補正が新たな技術的事項を導入しないものであるかどうかを基準として判断すべきである、と判示している。

また、「新たな技術的事項を導入するか否か」について、「本件特許発明は,有益な選択吸着性という効果を導くための課題解決方法として球状活性炭の炭素源に着目し,これを熱硬化性樹脂(その後の補正を経て,最終的にはフェノール樹脂及びイオン交換樹脂)とした点に最大の特徴がある」と認定し、これら最大の特徴及び効果は補正前後で変更するものではない、としている。

(2)特許法39条2項に基づく拒絶理由を回避するために「除くクレーム」とする補正をする場合について、前掲判決と比較して以下のように述べている。

「同一出願人による同日出願の場合であっても,特許請求項の範囲の記載は,その後発見した公知文献や拒絶理由通知等により変化し得るものであるほか,特許請求の範囲に複数の請求項を記載する場合もあり,出願当初からそれらすべての場合を想定し,請求項の範囲の記載を重複しないようにすることは実際上困難である。さらに,法39条2項の適用があるのは必ずしも同一出願人同士の出願に限られないことや,法は29条の2と同法39条2項のいずれについても出願人の主観的事情を特許の要件とはしていないことを併せ考慮すると,法29条の2が適用される場合に比して,同一出願人間で同法39条2項の適用が問題となる場合にのみ,殊更に法17条の2第3項の要件を厳格に解釈すべき必然性を見出すことはできない。」

(3)以上を前提として、本件の補正について以下のように判示している。ここで、注目すべきは、回折強度比なる概念が開示されていないことも含めて、補正前後での技術的事項に差異がなければ、補正は「明細書等の範囲内において」なされていると判断されると判示していることである。

「フェノール樹脂を出発原料とした球状活性炭において,X線回折を行って回折強度を測定することは周知の技術であると認められるところ,…別件特許(甲6発明)は,球状活性炭からなる経口投与剤につき,その細孔構造に注目して,直径,比表面積のほか,最も優れた選択吸着性を示すX線回折強度を示す回折角の観点からこれをR値として規定し,このR値が1.4以上であることを特徴としたものである。……そうすると,球状活性炭のうちフェノール樹脂又はイオン交換樹脂を炭素源として用いた場合において,そのR値が1.4以上であるときには,本件特許に係る発明と別件特許に係る発明(甲6発明)は同一であるということができる。そして,本件補正は,このR値が1.4以上である球状活性炭を特許請求の範囲の記載から除くことを目的とするものであるところ,上記本件当初明細書の記載内容によれば,本件補正は,当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)によって,明細書,特許請求の範囲又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入するものではないと認めるのが相当である。」

つまり、回折強度比(R値)なる概念は周知の概念であり、本願明細書中にR値の記載がなかったとしても、先願との重複部分であるR値の範囲を除くことは、何ら新たな技術的事項を導入するものではないと判断している。

V 判決の意義と実務への指針

・除くクレームによる訂正(補正)により、「新規事項の追加」に当たるか否かの判断基準を、「新たな技術的事項の導入」の有無に求めている。「新たな技術的事項の導入」を付加したか否かの具体的判断基準は、
@、発明の「最大の特徴」が補正・訂正後に維持されているか
A、「効果」が補正・訂正前後で共通か
に基づくとするものである。

・意見書では、除くクレームによる訂正・補正により、上記@、Aの2点から主張することが有効である。

・構成A、効果αとの記載があって特許になった場合、明細書中に構成Bの記載がなくても構成Bを除くことによりなお効果αが奏されるのであれば、Bを除外することは可能である。ただ、構成Bを除外することで発明の最大の特徴が変更したり、異なる作用効果βが付加されれば不可。

・除くクレームが新規事項追加の判断における例外でなく適正な補正であると判断された以上、補正の幅が広がる点で実務上意義が大きい。減縮の幅を大きくすることなく、重複部分を除くのみで適法な補正として主張できる。特に化学分野での補正において意義が大きい。

・出願時には、本件の技術的事項に基づく効果のみの記載にとどめることが重要である。本願の特徴的事項とその効果とが対応するよう記載するべきである。

 

お問い合わせフォーム

メールマガジン

パテントメディア