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「パテントメディア」

知財マンの心理学16(1分間マネジャーとTA2)

2019年1月
会長 弁理士 恩田博宣

始めに

前回に引き続き1分間マネジャー(注1)を取り上げ、部下の育成、特にマネジャー(管理者)になる人材の育成について参考になる説明をします。
前回は「部下の意思決定に参画するな」という話でした。部下が「問題があります」といって相談に来たとき、その問題をどのように解決するかの意思決定は、必ずその部下自身にさせるというのが結論でした。
今回は部下の育成で重要な事項、すなわち、いかに褒め、いかに叱るかについて、1分間マネジャーの理論に筆者の経験や見解を加えて説明します。それはきっと部下の育成にお役立ていただけるものと確信しています。

(注1):「1分間マネジャー」発行ダイヤモンド社
K.ブランチャード、S.ジョンソン共著

称賛法

1) いかに褒めるか

部下を育てる場合に、褒めることの重要性はどのマネジャーもよく知っているところです。しかし、実行となるとかなり難しいのです。
一番よく起こるパターンは、部下が上手くやっているところを知ったときに、すぐに褒めることをしないケースです。「そのうちに褒めてやろう」とか、「ボーナスや昇給の査定のときに、考慮しなければ」と思うだけで、心の内にしまっておくということが起こるのです。
そして、しばらく経つうちに同じ部下が失敗をしたりすれば、その失敗でお褒め事項は帳消しになってしまいます。失敗ばかりが、一銭也、二銭也・・・と蓄積されていくのです。
「1分間マネジャー」では、まず、「部下が上手くやっているところを見つけよ」といっています。特に新人のときは、最初にできる限りその部下のために時間をとって、近くにいてやり、上手くやっているところをとらえて、それを褒めるようにせよというのです。一般的な職場では逆に部下の失敗ばかりが大きく取り上げられてしまいます。「新人が上手くやりました」という報告よりも、「新人が失敗しました」という報告の方が圧倒的に多くなるのが普通です。
いちいちそばについているのは大変ですが、グループ長など、比較的グループの人数が少ないマネジャーには可能なことです。
課長や部長になると部下が多くなるので、いちいちそばについていることは難しいでしょう。しかし、ついていなくても、その部下に関するデータを日々チェックしていれば、褒める種を見つけることはできます。中間管理職や同僚に対して、上手くやっているところを報告させてもいいわけです。(後述の7)筆者の事務所におけるお褒めの項参照)
そして、重要なことは、見つけたならば、その場で直ちに褒めることです。「1分間マネジャー」では褒めるときは、その場ですぐやれといっています。

2)具体的な褒め方

やり方は次の通りです。
まず、①どの点を上手くやったかをつぶさに説明する。そして、②マネジャー自身がいかにいい気分かを伝えます。さらに、③引き続きがんばるように励まします。
例えば、部下の明細書のチェックをしてから、上司は「①新卒で入社からまだ間もないのに、君のクレームの作り方は、従来技術に比較してぎりぎりのところまで、攻め込んで、しかも新規性をきちんと出している。本当にすばらしい。②君がこんなに早く、このようにすばらしいクレームを作れるようになるなんて、課長としてこんなうれしいことはないよ。教え甲斐があるというものだ。③この調子でがんばってくれたまえ。大いに期待しているよ」というようにするのです。
「①この特許出願はよく特許査定になったなあ。誰もがギブアップしていたケースだったんだ。両拒絶引例を合わせれば、本件特許の請求項の要件をほとんど充足しているんだが、これをひっくり返したのだからすごいよ。主引例に対して、副引例を適用する阻害要因を指摘したのだが、その阻害要因に気付いたのが素晴らしい。通常、とても気付かないだろう。②こんな痛快なことはないよ。よくやった。③これからは困難を極める意見書は君に頼むのがいいかなあ。よろしく頼むよ」というように褒めるのです。

3)態度の一貫性

この場合、上司の態度は一貫していなければなりません。例えば、全く別の事情があって、イライラしていたり、個人的な悩みなどがあるかもしれません。体調が悪いことだってあります。しかし、部下が上手くやっているところを見つけたときには、個人的な事情に左右されることなく、一貫して確実に上記の称賛を実行しなければなりません。

4)段階を追って一人前に

称賛は上記のようにやればいいのですが、新人が一人前という意味で称賛に値する仕事をやってのけることは、まずありません。すなわち、新人が抜群の成績を上げることはありえないのです。いくら新人に関心を持っていたとしても、このような意味で一人前の称賛に値するまで、称賛を与えなかったならば、やはり、新人は疲れ果てて意気消沈してしまうでしょう。
この称賛法がなぜ効くのかという説明において、「1分間マネジャー」では、おもしろい例を引用しています。
ハトを訓練する例と、くじらを訓練する例を挙げていますが、くじらの方を紹介しましょう。
水面上高くに張ったロープをくじらに跳び越えさせる。そして、くじらが着水すると、観客席の前列の方は水しぶきでずぶぬれになってしまう。観客は興奮して、ショーの最後を飾るくじらのジャンプが信じられない様子で会場を後にする。
このようにくじらを訓練するには、一体どのようにしたらよいのでしょうか。海へ出ていって、海面高くロープを張り、くじらに「跳べ、跳べ」というのでしょうか。そして、跳んだくじらがいたら、そのくじらを使うことにするのでしょうか。
いつまでたっても、そんなくじらは見つかりません。
通常はくじらを適当な方法で捕らえる等して入手し、水槽で訓練を行います。まず、水槽の底にロープを張ります。そして、くじらがロープを横切る度に餌を与えます。ロープは徐々に上に上げられていきます。上を越えれば餌をもらえる。下をくぐってはもらえない。くじらはしばらくの間に上を越えれば餌をもらえることを覚える。ロープはさらに上げられていきます。そして、ついには水面に達します。くじらは餌をもらうためには、水面上を跳ばなければなりません。水面上を跳ぶことを覚えると、ロープはどんどん高くされ、ついには目標の高さに達するのです。そして、観客が「とても信じられない」という高さをくじらは跳んでみせるのです。
これを人間に当てはめてみれば、餌は「褒める」ことになります。新人がレベルは低くても、少しでも前進したらこれを見つけて褒める。そして、少し進んだ課題を与える。おおよそ上手くやったらまた褒める。このように管理することにより、最終的には目標であるところの高度な業務をこなせるようにするのです。
水槽の底に張ったロープを新人が横切ったら、称賛を与える。特許業務については一体どんなことなのでしょうか。特許明細書でいうのなら、発明の名称の付け方がいいとか、部材名称の付け方がいいとか、従来技術の書き方がいいとか、図面計画がいいとか、図面の簡単な説明が簡潔でいいとかという内容になるでしょうか。
一般的には部下が何かを本当に上手く、かつ、正確にこなすまで待って、褒めようとするマネジャーが多いのです。簡単には上手く、かつ、正確にこなすことはできないので、その結果マネジャーは部下の悪い点ばかり見つけておいて「放っときバッサリ」(後述の叱責法の6)放っときバッサリの項参照)をやってしまうのです。
つまり、称賛の要諦はおおよそをやってのけたならば、褒めること、これを小刻みに続けることにあります。
すなわち、部下を育てようとするとき、最も重要なことは、仕事を上手くやっているところを見つけること、それも最初はおおよそ正しくやっているところを見つけ、次第に目標とする仕事のレベルまで上げていくのです。水槽の下に張ったロープを徐々に上げていくのと同じです。
ちょっと優秀な部下ならば、それほど頻繁に上手くやったところを見つける必要はないのです。自分で上手く、かつ、正しくやっているところを捉えて、それを自分自身で定着させていくことができるからです。

5)子育てへの応用

なお、この称賛法は子育てにもきわめて有効です。是非応用していただきたいものです。
我々は1歳の誕生日が近い子供に対して、「そろそろ歩きなさい」等と命令することはありません。「お隣の子は1歳前に歩いたのに、お前はどうして歩けないのだ」とお尻を叩くようなことはしません。
初めて立ったときには「立ったぞ、立ったぞ」と家族みんなで興奮して、子供をかかえ上げて頭をなで、抱きしめ、頬ずりをし「立てたねえ」と褒めます。子供は何がよかったのか分からないにしても、なんか褒められていることは分かります。そしていい気分です。そして、さらに2,3歩歩くようなことが起こったならば、興奮は一段と大きくなって、さらに、子供を褒め称えます。子供は自分が何かすごいことをやっているのだなと気付いて、もっと歩こうとします。褒めることの重要性が実証されています。
子供が小学校に上がり、中学生になっても、同じ手法が有効です。
以上の称賛法をTA的に見てみますと、上記のような称賛ができるマネジャーには、どうしても基本的ポジションとしては、
I’m OK. You are OK. (自他肯定)
の資質が必要のように思えます。少なくとも大手企業の知財部長になれるような人は間違いなくこのポジションを持っておられます。
部下に対して一人の人間として、その人格を認め、ある種の尊敬の念をもって育て上げる意思が必要なのでしょう。
(なお、TA交流分析についてはパテントメディア111号で全体を概観いただけます。当所ホームページをご覧ください)

6)お褒めのおねだり

1分間マネジャーの手法を体得した上司であっても、上手く褒められないことや、お褒めを忘れてしまっていることもあります。そんな時はお褒めのおねだりということが推奨されます。
「この属否の鑑定は我ながらよくできたと思っています。お客様にもご満足いただき、お礼状までいただきました。課長いかがでしたでしょうか。よくできていたならば、励ましの一言がいただきたいのですが」と要求したとします。
それで、「すまん、すまん。褒めようと思っていたのだが、ついつい忘れてしまったよ。あの鑑定は実によくできていた。文言侵害はなかったが、均等論の適用が実に見事だった。よくやった」と褒めてもらえれば、こちらの勝ち。
「うーん。そうか君はあの鑑定書には自信を持っているのだな。その気持ちは分からんでもないが、わざわざ均等論を持ち出すまでもなく、文言上の構成と、イ号の構成の僅かな違いは実質的に同一という理論でもいけたのではなかったかね。まあ、よくできてはいたが、課長としてはちょっと激賞とは言えないんだよ」と半ばお褒めを断られても、引き分けということになるのです。このようにお褒めのおねだりは、勝つか引き分けかの勝負だから、積極的にやるべきなのです。
マネジャーとしては部下に対して、お褒めのおねだりを大いに推奨すべきでしょう。特にマネジャーが褒めるのを忘れているような場合、むしろおねだりは必須ともいえます。

7)筆者の事務所におけるお褒め

筆者の事務所では部門長は1週間に少なくとも1回は部下のお褒めに値する事項を見出し、所長に報告することになっています。お褒めのおねだりの発想から出たものです。「部下のそばにいて、上手くやるところを見つけよ」との1分間マネジャーの理論にそったものともいえます。
その部門長からのお褒め情報をもとに、所長はお褒めメールを本人に送ります。そのお褒め事例を紹介します。お褒めに対しては、本人からお礼メールが来ることが多いのですが、お褒めの大きな効果を表しているといえます。
筆者の事務所では、実務者は仕掛りの文章や図面については、その日の仕事の終了時にバックアップを取るようにしています。その担当者が病気や事故で対応不能になったとき、他の者が対応するのを容易にするためです。バックアップが取られているかどうかは、経営管理室が常に監視をしています。経営管理室のYさんのバックアップに関する対応について、感激した国際6部の部長Sさんは、所長に対して次のように報告をしたのです。
「実務担当者については、経営管理室の監督の下、PCのデータをサーバに毎日バックアップすることになっています。バックアップ処理をするプログラムへのショートカットはデスクトップ上にあり、簡単な操作でバックアップ処理を起動させることができます。バックアップ状況も経営管理室の方で監視されており、一定期間にわたりバックアップ処理が行われていない場合には、部門長にメールで連絡があります。文面は以下のようなものです。
『バックアップ内のフォルダが、1週間以上更新されていない方の一覧をお送りします。毎日バックアップするように働きかけていただけますでしょうか。』
先日、部員1名について、メールをもらうことがありましたが、その際のメールには定型文に加えて以下の一文がありました。(恐らく、PCを新しく入れ替えたために、スタートアップ設定ができていないのではないでしょうか。)
結果としては、Yさんの推測通りでした。部員は毎日バックアッププログラムを起動させていたものの、PCの入れ替えが原因で、正しく処理ができていなかったのでした。Yさんの付け足してくれた一文がなければ、
私:『経営管理からバックアップをしていないと連絡がありました。きちんとバックアップしてください』
部員:『そんなことはありません。毎日バックアップしています。』
などといったやり取りになっていたかもしれません。ひいては互いの信頼関係を損ねることにもなったでしょう。Yさんには、大変よい気配りをしていただきました。Yさんへのお褒めをお願いします。」
そうしますと所長から内部メールで、Yさんに対するお褒めメールが届きます。
その内容は、Sさんからのメールをそのまま書いたのちに、「Yさん、バックアップについての一言の注意喚起、実にお見事です。S部長が称賛してくれるのも実によく理解できます。Yさんが経営管理室に来てくれてから、いろいろなことによく気が付き、提案してくれたり、人知れず、さっとサポートしてくれたりと、本当によくやってくれるなと感心しています。会長も絶賛しています。今後も更に活躍してもらい、事務所の向上を目指してサポートしてください。よろしくお願いします」
そうすると、なんとYさんからお礼のメールが所長とS部長に届くのです。
「お褒めのお言葉をいただき、ありがとうございます。お褒めをいただきとてもいい気分です。経営管理室に異動して6か月余りですが、業務の多様さや、関わる所員の多さに、まだまだ翻弄されています。経営管理室は、送るメールの量も相手の方も非常に多く、所内とは言え、失礼はないかと、とても気を使います。他オフィスの方は、直接お会いしたことのない方ばかりなので、誤解や失礼がないか、いつも不安を抱きつつ、ご連絡をしています。
今回、同じオフィスではない東京オフィスのS部長からお褒めを頂戴でき、私のメールのたった一言から、こちらの気持ちを感じ取っていただけたことが、とても嬉しいです。お褒めいただいたバックアップの業務ですが、システム開発部のEさん、Kさんにも、とても助けていただいています。」
このやり取りを見ると、お褒めの効果がはっきり見えてきます。働く人をいい気分にさせ、勇気付け、やる気にさせます。効率アップにもつながること請け合いです。

叱責法

1)いかに叱るか(1分間マネジャーの叱責)

称賛法はそのときその場で部下をいい気分にするのですから、「1分間マネジャー」の真髄を直接的に達成するものということができましょう。
叱責法もこの「1分間マネジャー」では、やはり部下に対して、気分を良くするようにして、成果をあげようとしています。
「1分間マネジャー」では、優れたマネジャーになろうとする若者が、1分間マネジャーと称する立派な管理者を訪ねます。
そのとき、1分間マネジャーは自分で優れたマネジメントの手法について説明することなく、「私がどんなタイプのマネジャーかを本当に知りたかったら、私の部下たちの話を聞いてみるといいかもしれないな」といって、1枚の紙切れを若者に渡します。そして、若者に告げるのです。
「そこに私の直属の部下6名の氏名と職名、それに電話番号が書いてある」
若者は尋ねます。
「どの人から話し始めたらいいでしょうか」(1回目の質問)
「それは君が判断したまえ。どの名前を選んでもいい。どの人に会ってもいいし、全員でもいい」
「いえ、誰から始めるのが適当か、という意味でうかがったのですが」(2回目の質問)
「その返事はすでにしたはずだよ。私は外の人に代わって、意思決定をすることはしない。決定は自分でやりたまえ。
君は当然自分ですべき簡単な意思決定を私に頼んだね。しかも、一度ならず二度もだ。率直に言ってそういうのはイライラする。同じ言葉を二度も繰り返させないでくれたまえ。名前を選んで始めるか、効果的な管理方法をどこか別のところで探すかしなさい」(叱責)
そして、数秒の沈黙の後、1分間マネジャーは、暖かい声で、
「君は有能な管理者を知りたいという。感心なことだ。部下と話をしてからさらに質問したいことがあったら、また、私のところへ会いに戻ってきなさい」
と言ったのです。以上が1分間マネジャーに出ている叱責の事例です。
このような間違いは誰でも犯してしまいそうなことです。「イライラする」といわれた若者は「しまった」とばかりに、反省することしきりだったに相違ありません。ましてや、数秒間の沈黙は実にきまりの悪い、長い時間だったことだろうと思います。今後若者は同じことを二度も質問することはなくなること請け合いです。
上記の叱責法においても、「1分間マネジャー」ではその間違いを犯したその瞬間に叱責を行っています。1分間マネジャーにおいては、叱責は間違い、ミスの起こった直後に行うことが強調されています。称賛と同じです。

2)叱責の具体的手法

叱責の具体的手法をまとめてみますと、叱責を行うのはそのミスが起こった直後です。すぐその場で処理することが重要なのです。
①事実を確かめた上で、
②何が間違いかを正確にわかりやすく指摘します。
③自分がどう感じているのかを率直に伝えます。怒っているのか、イライラしているのか、困っているのか、がっかりしているのかを伝えるのです。
④ほんの数秒間沈黙をおきます。
⑤内容は何でもよいから褒めます。
例えば、明細書のチェックをした直後に、上司は
「①君、この第1クレームは君が書いたのかね。そうか。②一体どういうことだ。こんなにあれもこれも限定してしまっては、コンペチターから見たら、いくらでも、類似技術を実施できるじゃないか。いいかい。君の書いたクレームを構成要件に区分してみると、ほらこのように6つにも分かれるだろう。このうちどうだ。3つ目の構成要件は、コンペチターから見たら、どうでもいい構成じゃないかな。この構成さえ外せば実質的にこの発明は真似されてしまうだろう。5番目の構成要件も同じだな。いいかい。当社の利益を最大限に守るのがわれわれの務めだ。公知例を含まない範囲で最大の権利をクレーム化するように、口を酸っぱくして教えたはずだ。このような第1クレームを書いたことは、間違っているぞ。
③あれだけしっかりと教えたはずなのに、このような状態では、がっかりもするが、どう教えたらよいか困ってしまうよ。弱ったことだなあ」
そして、④ほんの数秒間沈黙をおきます。このとき叱られる側は非常に気まずい思いがあります。そして、その数秒間は本当に長く感ずるのですが、叱責の意味がよくしみ込んでいくのです。
その後、今回の事件に関することでも、そうでないことでもいいのですが、褒めるのです。
⑤「新人研修であれだけすばらしい成績をあげていた君にしては、このクレームはいかにも君らしくないね。君ならきっとできるようになる。それを期待しているからね。がんばれよ」といった具合です。
叱っているのですから、腹が立っていることが多いのです。それなのに最後には、お褒めをやる必要があります。叱責をする側としては、非常につらい場面です。なかなかお褒めの言葉が出ません。その対策については後述します。
最後のお褒めなしでは、1分間マネジャーの叱責にはなりません。いかに辛くてもお褒めが必要です。

3)キックアンドストローク

この場合大切なのは必ず叱責を先にやり、最後に褒めることなのです。
QCサークル活動の発表会の講評では必ず「全体として大変結構でした。ただ、・・・の点は・・・のように、改善されるべきだと思います」のようなスタイルが普通ですが、最後にけちを付けられるのは、後味が悪いのです。先にけちを付け、最後に「全体として大変結構でした」とやった方が、後味のいいことは間違いありません。
一般的には「キックアンドストローク」といわれていますが、さきに蹴飛ばしておいて、あとからストローク(関心)を与えるというやり方がいいのです。最初のうまさが持続するのは、どこかのビールのみで、通常最後のうまさだけが、後味として残るのです。
叱責においてすら、「1分間マネジャー」においては、最後に部下を気分良くさせて、終わろうという配慮がなされています。叱責を受ける部下は上司のもとを離れるとき、気分良く離れられ、その後の仕事にも張り合いが出るというものです。
一般的には叱られると意気消沈して、上司のもとを離れるものですが、それと比較すると、非常に大きな違いです。「あの上司のためならば」という気持ちになるに違いありません。
「1分間マネジャー」ではどうして、最初に小言をいってから褒めるのかについて、次のような中国の故事をあげています。

 昔、皇帝が指揮命令の面で自分の次席となる者を任命して総理大臣とした。あるとき皇帝はこの総理大臣を呼んで次のような趣旨を述べた。「どうだろう。仕事を分けてみては。そちはもっぱら処罰の方を引き受け、わしは褒賞の方を一手にやるという具合に」「よろしゅうございます。私はもっぱら処罰の方、帝はすべての褒賞をということにいたしましょう」
このやり方が実行されてしばらく経つと、この皇帝は誰かに用事をいいつけると、その通りにやる者とやらない者があるのに気がついた。ところが総理大臣の方は誰もが総理大臣のいうとおりに動く。そこで再び総理大臣を呼び寄せていった。「どうだろう。もう一度仕事を分け直してみないか。そちは処罰のみに専念して相当の期間がたった。今後はわしが処罰の方をやり、そちが褒賞の方を行う」そこで、総理大臣と皇帝は役割を再び交代することになった。
そして、一月経たないうちに、この総理大臣は皇帝になってしまった。前の皇帝はいい人で誰かれとなく褒賞を与え、すべての人に親切だった。ところがやがて人を罰し始めるようになった。
人民はいった。「どうなっているんだ。このじじいは」彼らは皇帝を放り出した。代わりに皇帝を見つける段になって、彼らはいった。「ここで本当に分かってくれるようになってきたのは誰かというと、それは総理大臣だ」
そこで、彼らは総理大臣を皇帝にいただいた。

 この故事からも、最初に小言を、その後にお褒めをというのがいかに大切かということが分かります。

4)叱責の後のお褒めの難しさ

小言をいった後、褒め言葉をいうのは、非常に難しいことです。
筆者の経験では、最後の褒め言葉はよほど意識して、「今から叱るのだぞ。最後には・・・の褒め言葉をいおう」としっかり決めてかからないと、そして、冷静でないとできません。また、褒めようにも褒め言葉が見つからないときがあります。特に感情的になっているようなときはそうです。そんなときは「今回のミスは、いかにも君らしくないね」というのがいいと思います。
怒り心頭に発しているようなときは、冷静さを失っていますから、褒め言葉は通常でませんし、無理に出したとしても、全く形式的なものになってしまいます。何とか「君らしくないね」だけならかろうじて言えそうです。
基本的にはその部下に関する、愛情に裏打ちされた深い関心がないとできないでしょう。

5)叱責では人間性には触れるな

もう一つ注意すべきことがあります。叱責のとき口につい出てしまうのが、部下の人間性に関する言葉です。「おまえは、うすのろなんだから」「ばかだなあ」等です。「とんま、あほ、鈍い、頭悪い、劣っている、ぼけ、間抜け、どじ、どうしようもない」というのは、言われた部下の直しようのない人間性に関することなのです。
これらの言葉は部下のとった行動を叱るのではなく、部下本人の人間性を否定する言葉です。責められるべきは、部下の行動であって、その人間性ではありません。部下が本当に馬鹿であれば、それは直しようがないのです。その職場には不向きということになります。
部下に対する深い愛情から「人間性はOKなんだ。君の今回の行動だけが問題なんだよ」という立ち位置から、叱責をする必要があるのです。行動を問題にされた部下は、その行動を次回から直すことができますが、「馬鹿」と言われた部下は直しようがないのです。
叱責の目的は、部下を貶めるのではなく、問題の行動を取り除き、その人間性は守ることにあります。だから、叱責の後半は褒め言葉になっているのです。すなわち、「君の行動はOKではない。しかし、人間としてはOKなんだ」ということをはっきりいうのです。

6)放っときバッサリ

一般的に職場では次のようなことがよく起こっています。上司は部下が失敗したときに、「あいつはまだ新人なんだから」、「難しい仕事だったから」と、前述のような間違いの指摘をせず、自分の感情も述べず、我慢します。
また、多くのマネジャーは部下が本当に上手くかつ正確にやるまで待って、褒めようとします。多くの新人は優秀な成績をあげることができません。そのために、マネジャーは部下の悪い点ばかり、見つけることになります。「またやった」「またしくじった」と気付きます。
そして、間違いの度に上司の心の中にはわだかまりが、一銭なり、二銭なりと蓄積されていくのです。ついに臨界点を超えたとき、例えば、ボーナスの評価について部下から「どうして私の評価はこんなに悪いのですか」等といわれたりして、上司の怒りは爆発します。
今までの間違い、失敗を洗いざらいその部下にぶちまけます。一時に多くの指摘をうけても、その部下は何がなんだか分からず、ただ混乱し、おろおろするばかりです。
何が悪かったのか、問題だったのかも理解できないし、今後どのようにやったらいいのかも分からなくなってしまいます。
このようなやり方を「1分間マネジャー」では「放っときバッサリ」といっています。叱責のもっともまずいやり方です。
放っときバッサリをやってしまうようなマネジャーはTA的に見た場合、
I’m OK. You are not OK.(自己肯定、他者否定)
のポジションの持ち主といえるでしょう。「私が正しい。お前が正すべきだ」というワンマンに多いポジションなのです。
時々このようにバッサリやられる部下はどうなるのか。失敗を恐れるあまり、できるだけ少ししか働かない人間になってしまうのです。もっと状態が進めば、退職しかねません。そうならざるを得ないのです。やらなければ失敗も少なくなって、バッサリも少なくなるからです。

7)ミスばっかりする部下をどうするか

では、失敗が多く、仕事が上手くできない部下をどう指導したらよいのでしょうか。経験不足のために自信のない者や不安を感じている者に罰を与えたり、放っときバッサリの手法を使ったりすれば、部下が働かなくなるのは目に見えています。経験不足のために仕事が上手くできない部下には、もう一度、目標設定に戻るのがいいのです。前号(パテントメディア113号、当所ホームページでご覧いただけます)で説明しましたが、まず、部下に対して、「何をしなければいけないか」という職責と、「何について責任があるか」を明確にします。それから、仕事上の目標をマネジャーの了承の元、決定し、それを1ページ以内に書きます。そのとき大切なのは、目標達成したかどうかがはっきりわかる言葉で書くことです。
「できる限り頑張る」のような目標はだめです。「明細書作成で上司のチェックなしになる」なら、できたかどうかは分かります。
このように目標設定に戻り、その目標を前回よりも少し緩めにして、部下が上手くやれるような状況を作り出します。そして、上手くやっているところを見つけて称賛を与えるのです。さらに、上手くできる範囲で目標を少しずつ上げていきます。そうすれば、通常部下はまた正常に働き始めるでしょう。

8)筆者の事務所では

筆者の事務所においては、ミスが起こったときは、直ちに所長または会長に報告することが徹底されています。どんな些細なミスの場合もです。筆者が叱責する場面というのは、ミスの報告を受けたときが最も多くなります。
当所で起こったミスについて、叱責の事例を紹介します。
総務部で起こった事例です。A社、B社及びC社の共同特許出願について、その出願書類の控えと、請求書を送付するときにミスが起こりました。そのミスはA社から「B社宛の書類が当社へ送られてきました」との連絡があって発覚しました。B社宛の出願控えと、請求書が送り状とともにA社宛に送られてしまったのです。つまりA社宛の封筒に、B社宛の書類がその送り状とともに同封されていたというのです。筆者の事務所の担当者は総務部のHさんです。
通常、筆者の事務所では、郵便発送時のチェックは、次のように行われます。すなわち、国内管理部または国際管理部において、ほとんどの発送書類を封筒(宛名がのぞける窓付き封筒)に入れる作業が行われます。その後書類の入った封筒は総務部へ送られ、総務部で発送前のチェックが行われます。発信簿がコンピュータで自動作成され、紙出力されます。チェックはその発信簿を見ながら2人で行います。封筒からすべての書類を取り出します。1人がまず発信簿の宛先名称を読み上げます。もう1人のチェック者は全ての書類の宛先が正しいかどうか確認します。次に発信簿から書類名がその事件番号とともに読み上げられます。
「事件番号PY20152345号の出願書類と請求書です」のように読み上げられます。もう1人のチェック者は送り状の記載が正しいかどうか確認するとともに、実際にその書類があるかどうか確認します。確認が終わればもう一回書類を封筒に入れて、チェックは終了です。
Hさんからの筆者に対する報告です。「A社からB社宛の書類が同封されていたとの連絡があって、事件が発覚しました。その原因は、当日総務部では不在の担当者が多かったために、私1人でチェック作業を行いました。それで3社共同出願だったものですから、チェック時に3つの封筒が作業台の上におかれていました。そして、発信簿の読み上げは行うことなく、発信簿と送り状を照らし合わせ、宛先も確認してから封筒に入れました。同封書類がB社に送るべき書類が誤ってA社の封筒に入れられてしまったものと思われます。」
筆者の指摘です。「当所のルールでは、郵便チェックは2人で行うことになっているのに、1人で行ったことが間違いだ。人がいないなら国内管理部に頼むことだってできたし、部長に頼むこともできただろう。まずルール無視が問題だな。そして、いくら3社共同出願だとしても、封筒を3通も同時に作業台の上に広げてしまっては、いけないだろう。1通ずつ処理すべきだったな。ところで、その後の処理はどうしたのかね」
Hさん「A社の担当者に電話でお詫びするとともに、B社宛の書類の廃棄をお願いしました。B社には発送されていませんでしたので、遅れたことのお詫びをし、改めて発送しました」
筆者「分かった。1人チェックはまかりならんよ。しかし、いち早く報告してくれてよかった。会長からもA社の担当者にお詫びの電話をしておくよ」
で終わりました。なお、筆者からもお詫びの電話をしたのは、真摯なお詫びの気持ちをA社に伝えること、所内のミスがいち早くトップに報告されていることを知ってもらうためです。
筆者の事務所においては、ミスが起こったときには、直ちにトップに報告し、直ちに対策に乗り出します。そして、そのミスについて不適合品発生報告書が作成されます。ミスの内容、どのように処置したか、再発防止をどうするかの対策が記載されています。経営管理部のコメントも付されたうえで、所内メールで全所員に回覧されます。
そして、少なくとも月1回は部門ミーティングにおいて、適当な不適合報告を取り上げ、注意喚起をするための検討会を開きます。また、経営管理の行う監査(各部門年2回)においては、全ての所員に対して、「最近起こった不適合について覚えているケースを言ってください」というミス防止対策も行っています。

むすび

以上、お褒めと叱責について説明しました。お役立ていただければ幸いです。最後に筆者夫婦の間に起こった叱責とお褒めの気軽な実例を報告します。
筆者の唯一の趣味はゴルフですが、誰も一緒にプレーしてくれる人が見つからないことが時々あります。そんな時家内がお相手をしてくれると、プレーが可能です。一人プレーも勿論可能ですが、一人プレーほど面白くないものはありません。失敗すると「もう一発打つか」と打ちます。そんなことをしていると、どれが本来のボールかわからなくなったり、真実のスコアも分からなくなってしまったりします。お相手があって、「ナイスショット」とかいってもらったり、たわいのない話をしたりしながらラウンドするのがゴルフというものです。
家内がゴルフを始めたころ、「そんな打ち方ダメダメ、スウェーがひどいよ」「それだけヘッドアップしては当たらないよ」「もっと早くプレーしろ」「何回いったら分かるんだ。もっとバックスイングで体を回転しないとだめだ」等々叱ってばっかりでした。そうしたら家内は「私、もうゴルフ止めます。ちっとも上手くならないから」と言い出したのです。早く上手くなってもらおうと、アドバイスしたつもりが、「止める」といわれては元の木阿弥です。
一緒にラウンドする友人のいないときの補充要員として、重要な家内に止められては困ります。1分間マネジャーを思い出し、褒めることだけにしました。
打球がチョロになってしまったようなときにも「前に行ったからOK、OK」、池に入ってしまったときにも、「打球はよかったよ。もうちょっとで超えていたよ」、上手く飛んだときには、「上手い、ナイスショットだ。そういうように打てばいいんだよ。今日はスコアがまとまるぞ」、ダフってしまったときには、「ダフリ防止は、バックスイングで左肩水平に回せばいいんだよ」等々一切叱ることは止めたのです。おかげで、今では補充要員としてしっかり機能しています。もちろん、家内の方から筆者を補充要員にするようなことにもたびたび応じています。
この例も叱責とお褒めの問題点と効果を表しています。褒めて育てること、段階を追って達成レベルを上げていくことの重要性を示しています。参考になれば幸いです。

2019年1月発行 第114号

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