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「パテントメディア」

もし、特許事務所の所長がドラッカーの「マネジメント」を読んだら(3)

2013年5月
会長 弁理士 恩田博宣

1.始めに

少し前に話題になった小説、岩崎夏海著「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」(いわゆる「もしドラ」)を参考にして、特許事務所のマネジメントについて、前2号に引き続き、書かせていただきます。もし、特許事務所の所長が「マネジメント」を読んだら、どうマネジメントを行うかということです。  

主人公みなみは都立程久保高校の野球部のマネージャーですが、ピーター・ドラッカー著の「マネジメント」を読んで、これを野球部の運営に応用、実践して、甲子園出場を決めるというのが、「もしドラ」の物語です。

2.前2号の概略

2−1.マネージャーとは

「もしドラ」全体を眺めて、マネージャーとは誰のことかの答えを出すとすれば、経営者以下、係長、主任に至るまで、1人以上の部下を持つ役職の人、そして、非営利団体、クラブ活動の指導者、代表、グループ長も含まれるように思われます。この物語では野球部のお世話係とでもいえるマネージャーのことをいっています。もちろん、特許事務所の所長もマネージャーの1人です。

2−2.マネージャーの資質について

「マネジメント」では、マネージャーが生まれつき持っていなければならない根本的な資質として、真摯さをあげています。「真摯さ」の原語はintegrityです。意味は「完全な状態」「一貫していること」です。  また、ドラッカーの「マネジメント」では、プロセスにおける努力ではなく、明確に結果重視の姿勢をとっています。

 

2−3.事業を定義する  

「マネジメント」には「あらゆる組織において、共通のものの見方、理解、方向づけ、努力を実現するには、『われわれの事業は何か。何であるべきか。』を定義することが不可欠である。」とあるのです。さらに、この問いに「答えることは難しく、わかりきった答えが正しいことはほとんどない。」とも述べられています。「もしドラ」において、主人公みなみは高校の野球部の組織を「顧客に感動を与えるための組織」と定義しました。

筆者は特許事務所の事業の定義を「顧客に対して知財サービスにより予想外の満足を与える組織」としました。

2−4.マーケティング

みなみが事業の定義を確定してから次に取り組んだのが、マーケティングでした。  「マネジメント」にはマーケティングについて、「企業の目的は、顧客の創造である。そして、マーケティングとイノベーションだけが成果をもたらす。」

さらに、「真のマーケティングは顧客からスタートする。『われわれは何をしたいか』ではなく、『顧客は何を買いたいか』を問う。『顧客が価値ありとし、必要とし、求めている満足がこれである。』を追求すべきである。」とあります。  みなみがマーケティングとしてやったことは、野球部の様子をよく観察するとともに、野球部の部員の一人一人に面談を行い、不満、要望、悩み、どうして野球をやっているか等を聞き出すことでした。

特許事務所において、本来の顧客である知的財産部が、技術部が、発明者が、何を望んでおられるかを探索するのは、われわれにとって必須です。しかし、なかなか本来の要望を聞きだすことは、難しいのです。  最近筆者が知ったお客様の新たな要望は、知財教育に関する要望、特許調査に関する要望くらいです。新たな要望は決して多くはありません。

2−5.マーケティングについてもう一言

ピーター・ドラッカーは、「マーケティングは顧客から始めよ」といっています。「顧客が真に何を求めているのかを探れ」という意味です。

通常、多くの特許事務所は「強い権利になる明細書」、「行使しやすい権利の取得」、「分かりやすい明細書の作成」等がお客様の要望であると考えています。それは常に同じなのです。  

つまり、特許事務所に対するお客様の要望として、その他の実質的なもの、一歩踏み込んだもので、顕在意識で明確に意識されているものは、少ないのではないかと思います。

特許事務所は本質的なお客様からの要望を、自ら見つけ出す努力が必要だと思います。  筆者の事務所のケースとして、戦略的意匠出願の講演会を開催したところ、あるお客様が、機能的な発明を意匠で保護することの有効性に気付かれたのです。そして、潜在意識下にあった戦略的意匠出願という要望が見出され、非常に多くの機能的な意匠の出願を依頼していただけるようになったという事例を、経験しました。すなわち、お客様の潜在意識化にある真の要望を、開発できたのです。

そのほか、特許調査に関するセミナーの開催から、お客様に特許調査に関する多くの強い要望があることを確認できたこともありました。  そのような強い要望があることは、やってみて、初めてやっと分かったというわけです。知財教育に関する要望も多いのです。新入社員用、それも知財部員用と一般社員用とがあります。

 

2−6.イノベーション  

「マネジメント」にはイノベーションについて、「マーケティングだけでは企業としての成功はない。静的な経済には、企業は存在し得ない。企業が存在し得るのは、成長する経済のみである。そして、企業こそ成長と変化のための機関である。したがって、企業の第2の機能は、イノベーションすなわち新しい満足を生み出すことである。よりよく、より経済的な財とサービスを供給しなければならない。企業そのものは、より大きくなる必要はないが、常によりよくならなければならない。」とあります。また、「イノベーションとは、科学や技術そのものではなく、価値である。組織の外にもたらす変化である。イノベーションの尺度は、外の世界への影響である。」とも記述されています。

この記述を踏まえて、みなみの野球部はイノベーションを高校野球界にもたらす変化ととらえ、どのように高校野球を変化させるかを考えたのです。  その点について「マネジメント」は「イノベーション戦略は、既存のものはすべて陳腐化すると仮定する。イノベーションについての戦略の指針は、より新しくより違ったものでなければならない。イノベーションの戦略の一歩は、古いもの、死につつあるもの、陳腐化したものを計画的かつ体系的に捨てることである。イノベーションを行う組織は、昨日を守るために時間と資源を使わない。昨日を捨ててこそ、資源、特に人材という貴重な資源を新しいもののために使用することができる」としています。

みなみの野球部は、加地監督の意見も容れて、「送りバント」と「ボールを打たせる投球術」を捨てようと決め、それを実行したのです。

2−7.特許事務所のイノベーション

筆者の事務所ではイノベーションとしてどのような変化を過去にしたか。それは、情報開示(調査手法セミナー、教育セミナー)とアメーバ経営、QCサークル活動です。

情報開示

通常、特許事務所は内部で開発されたノウハウ、例えば、特許明細書の書き方、意匠出願戦略等は秘密に管理されることが多いのです。

筆者の事務所では少々ノウハウを含む情報であっても、どんどん発信するようにしています。事務所主催のセミナーを年10回程度は開催し、そこでは相当高度なノウハウも開示しています。例えば、意匠出願の拒絶理由に対する意見書の書き方については、何も隠すところなく、多くの事例とともに開示しています。さらに、特許調査手法についても、検索式の立て方を豊富な事例とともに開示したセミナーを過去に10回近く開いています。秘密を秘密でなくしてしまう。開示した秘密はもはや陳腐化したものとして、更に改良し、新しくし、よりよくしていく努力をする。これが筆者の事務所のイノベーションの一つだと考えています。

また、明細書教育についても受け入れた研修生には、当所ノウハウの全てを開示します。何といってもOJTに勝る教育はありません。3ヶ月にわたって、研修生が書いた明細書をベテラン弁理士が修正し、どうしてそのように書かなければならないかを説明するのです。これを明細書全体について行います。

最近では筆者の事務所の教育関連業務は、一つの重要な柱となっています。出願等の業務依頼の全くない企業から新人教育を依頼されたり、営業マンへの基礎知識の講演を頼まれたりします。それが新たな顧客開拓につながることもあるのです。

QCサークル活動

イノベーションのもう一つの大きな柱は、なんといっても、常時36サークル以上が活動するQCサークル活動です。本誌の過去号でQC活動については多くを述べさせていただいております。(パテントメディア86号「再びQCの勧め」、87号「事務部門QCの勧め」をご参照ください。筆者の事務所ホームページからアクセスできます)  

QCでは実務面の品質のアップ、そして、事務効率のアップによる収益構造の改善、高度技術の勉強会による習得等、大きな効果がありました。

アメーバ経営  

オンダ国際特許事務所のイノベーションといえるものの、もう一つはアメーバ経営です。京セラの稲盛和夫名誉会長がJALを再生させたのは、京セラで開発されたアメーバ経営が大きなよりどころとなっていたのです。部門ごとの採算が毎月月初にきちんと出せる仕組みです。製造部門も営業部門も社内取引を行って、月次の採算を出すのです。そうするとある部門に問題が発生していると、すぐ採算に現れてきます。直ちに対策が打てるというわけです。非常に有効です。

2−8.社会への貢献

「もしドラ」では、都立程久保校の野球部は社会への貢献として、少年野球チームに対して、野球教室を開きます。そして、感謝されただけではなく、野球部員自身が教えられるという面が現れたのです。さらに、教えたチームが地区大会で優勝し、程高の野球部員それぞれに礼状が届いたのですが、その礼状は野球部員に大きな感動を与えることになったのです。「社会の問題に対する貢献」「顧客に感動を与えるための組織」という野球部の定義の意味を、初めてまざまざと実感したのです。そのほか校内の他クラブへの貢献も書かれています。

特許事務所の社会への貢献としては、講演を頼まれることがよくあります。経済団体での講演が多いのですが、時には高校や中学、時には工業高校の先生に対して知的財産の基本について話すことがあります。講演の多くがボランティアです。大学で講義をするのも準備にかかる手間を考えると、限りなくボランティアに近いものです。インターンシップの協力がもう一つの社会貢献としてあります。小中学生から大学生まで、事務所において実習されることがあります。経済団体が主催する経営の勉強のカリキュラムの一環として、経営者2世が特許事務所へ話を聞きに来たこともありました。前掲のように、筆者の事務所では、毎年多くのセミナーを開催しています。原則、無料で行っていますので、社会貢献ということができると思います。  

長くなりましたが、以上が前2号のあらすじです。以下、「社会への貢献についてもう一言」から始めたいと思います。

3.社会への貢献についてもう一言

筆者の事務所では、QC活動が26年に及び、そのスキルとともに活動は充実しています。外部発表では、全国優勝2回をはじめ、多くの賞を頂きました。そうしますと頻々と招待発表の依頼があるのです。関東地区大会に模範発表として招かれたり、いろいろな会社からその会社の発表会に招かれたりするのです。事務所の顧客から招かれることは少ないので、ある種の営業活動になるのですが、QC活動の普及に一役買うという社会貢献になるのではないかと思っています。特に事務販売サービス部門のQC活動はものづくりの現場に比較すると、QCの普及が遅れていますので、普及に役立っているように感じます。
また、事務所の発表会には、希望される会社はご招待するようにしています。これも社会貢献に当たるのではないかと思います。

4.人材の登用(マネジメントの正当性)

主人公みなみがイノベーションに取り組んでいる最中、部員の中でも最も野球のヘタな二階正義が「マネジメントのチームに加わりたい」と申し出てきたのです。彼はおよそ野球の選手にはふさわしくない野球ベタでした。しかし、将来起業して経営者になりたいという目標があって、野球部に入ったのでした。就職のときも体育会系は有利だし、人脈を作るのにも有利だという理由です。  さらに、正義はドラッカーについて、たくさんの本を何度も読んでいました。みなみはかねてからマネジメントチームに入るように、勧めていたのですが、ようやく成功したのでした。

すると、正義はさまざまな野球部としての取り組みを、提案してきたのでした。走力向上のために陸上部との合同練習、粘り強い足腰を作るために柔道部へピッチャー2人を送り込むこと、家庭科部には料理の試食役を申し入れ、御礼にフィードバックをすること、吹奏楽部には応援歌のアレンジを頼んだこと、地域の少年野球リーグに働きかけ野球教室を開くこと、甲子園経験のある大学野球部員に講演を依頼すること等でした。それは次々と実行されていったのです。

特に陸上部に頼んだ走力向上のための鍛錬は、単に野球部員のみならず、指導する側の陸上部員にも効果をもたらしたのでした。指導することによって自らの能力も向上することを願ったのが、少年野球リーグに対する野球教室だったのです。

次々にアイディアを出しそれを実行していく正義に対して、みなみはその良し悪しについて、判断しないように心がけたのでした。役目が違うと思っていたからでした。「マネジメント」にはこうあります。

「あらゆる組織が事なかれ主義の誘惑にさらされる。だが組織の健全さとは、高度の基準の要求である。自己目標管理が必要とされるのも、高度の基準が必要だからである。成果とは何かを理解しなければならない。成果とは百発百中のことではない。百発百中は曲芸である。成果とは長期のものである。すなわち、間違いや失敗をしないものを信用してはならないということである。それは、見せ掛けか、無難なこと、下らないことにしか手をつけない者である。成果とは打率である。弱みがないことを評価してはならない。そのようなことでは意欲を失わせ、士気を損なう。人は優れているほど多くの間違いをおかす。優れているほど新しいことを試みる。」

すなわち、新しい試みは、事情の許す限りOKを出すべきだと理解できます。新しいことにチャレンジしない人材を信じてはならないという教訓も引き出せそうです。

こうして程校野球部の練習の成果はどんどん上がっていくのです。そして、正義があげた成果に対して、程校野球部は、人事で応えるのです。夏の大会が始まる直前に正義は、みなみの進言により、背番号10番のキャプテンに選任されたのです。「マネジメント」にはこうあります。 「成果中心の精神を高く維持するには、配置、昇給、昇進、降級、解雇など人事に関わる意思決定こそ、最大の管理手段であることを認識する必要がある。それらの決定は人間行動に対して数字や報告よりもはるかに影響を与える。組織の中の人間に対して、マネジメントが本当に欲し、重視し報いようとしているものが何であるかを知らせる。」

この正義キャプテンの人事は、程校の野球部員に対しても、次のような大きなメッセージをもたらしたのです。すなわち、一つはマネジメントが求めているものは、必ずしも「野球が上手いこと」ではないということ、もう一つは、成果をあげれば、マネジメントはそれにしっかり応えるということだったのです。従って、この人事は野球部員に大きな励みと強い動機付けをもたらすことになったのです。

5.人の強みを生かす

また、この人事はマネジメントの正当性ということにも通ずるのです。すなわち、「マネジメント」にこうあります。

「そのような正当性の根拠は一つしかない。すなわち、人の強みを生産的なものにすることである。これが組織の目的である。従って、マネジメントの権限の基盤となるのは正当性である。組織とは、個としての人間一人をして、又社会を構成する一人ひとりの人間をして、社会に対して何らかの貢献を行わせるための手段である。」  すなわち、マネジメントが正当であるためには、組織の人間一人ひとりの強みを発揮させ、生産性を上げる方策を実行し、成果につなげなければならないと理解できます。

筆者の事務所では、明細書担当として採用した者を、商標担当に変わってもらったケース、同じく意匠担当に変わってもらったケース、国内管理担当から国際管理担当へ変わってもらったケース、総務担当から図面作成担当へ変わってもらったケース等があります。弱みを払拭し、強みを引き出す試みでした。

実務担当からグループを率いるマネージャーを選任する場合は、トップグループの会議において、候補に挙がった者の意向を確認し、選任するようにしています。時には辞退する者も出ます。マネージャーにふさわしくない人材を選んでしまうこともあります。強みをトップが見抜けなかったのです。マネージャーの地位から降りてもらったことも幾人かありました。自発的に降りたケースの方が多かったように思います。従業員の強みを見抜きそれを生かすのは、よほどの洞察力を持っていない限り、正しく運用するのは難しいと感じます。間違ったときはただちに修正することが大事でしょう

また、筆者の事務所では、人の強みを生かした例として、次のような事例をあげることができます。

人の強みを生かす その1

筆者の事務所に、大手企業の知財部長経験者のKさんを採用したことがありました。最初は企業時代の経験を生かして、QC活動の指導をしてもらいました。短期間のうちに成果が出ました。図面部の活動で外部発表をしたところ、東海地区の大手企業から選抜されて参加してきたグループの中で発表し、なんと地区長賞を獲得したのでした。その活動はCADで図面を描いていると生ずる肩こり、足のむくみ、眼のかすみを軽減するという活動でした。体操をするとか、一定時間ごとに休憩を取るとかの対策を打って、能率を下げることなく、身体に生ずる問題を大幅に改善したという活動だったのです。  

その後、Kさんは企業時代の人脈を有効に使い、筆者の事務所の営業活動をしてもらえるようになったのです。もともと営業は不得手とのことでしたが、なんと次から次へと大手企業を筆者の事務所のクライアントにしてもらえたのです。大きな潜在能力があったということになります。事務所は大きな発展を遂げたのでした。そうこうするうちに、Kさんの人脈とは関係のない企業まで活動を広げられ、筆者の事務所のクライアントはさらに増えたのでした。まさに適材適所といえます。

人の強みを生かす その2  

大手企業の開発をやっていて、当所に就職してくれた人材がありました。最初、明細書を書いてもらったのですが、非常に早くマスターし、いい明細書を書けるようになりました。さらにドイツ語が得意いうことで、時々あるドイツ語からの翻訳もやってもらっていたのです。数年経験した頃、退職を申し出てきました。「もったいないな」と思ったものの、止めようがありません。しぶしぶ了承して、最後の挨拶のとき、「私が作ったソフトウエアです。お土産においていきますから、使ってください」といって、明細書のチェックソフトを提供してくれたのです。明細書内の番号間違い等、180項目ものチェックをするソフトでした。それを聞いてびっくり。「うちでソフト開発をやってくれないか」と、慰留に努めた結果、それではソフト開発をやりましょうということになったのです。それから10年余にわたって、筆者の事務所のソフト開発に携わってもらったのです。特許図面をスクロールしながら、探し当てたい特許を検索するソフト、特許庁から送られてくる書類の経過書き換えを自動的に行うソフト、補正があった場合の現状明細書を自動作成するソフト等、数多くの魅力的なソフト開発をやってもらったのです。

特許実務では「辞めたい」と思った人材を、ソフト開発の分野で極めて効果的に活かしたケースといえます。

人の強みを生かす その3  

商標事務で採用した女性のケースです。前職は新聞や放送の広告を取る営業担当だったのです。商標事務をしばらくやっていたのですが、「営業がやりたい」という申し出がありました。筆者の事務所には、もともと2人からなる営業部門があったものですから、その一角に加わりました。知財実務の経験が乏しいにもかかわらず、縦横に活躍しています。パーティなんかがありますと、彼女の周りに人垣ができるほどです。話がさわやかですし、話すだけで引き込まれる魅力があるのです。筆者と同席したときも、お客様とお話しするのは彼女の方が多いのです。

お客様からは「事務所から会社訪問があるときには一緒に来るように」と誘われるほどです。商標事務では発揮できなかった力量を遺憾なく発揮して、営業の成果をあげてもらっています。

6.チーム型トップマネジメント  

みなみは正義がマネジメントチーム加わって、優れたアイディアをどんどん出し実行していく姿を見ていて、その良し悪しについて、判断しないように心がけたのです。役目が違うと思っていたからでした。「マネジメント」にはこうあります。

「トップマネジメントがチームとして機能するには、いくつかの厳しい条件を満たさなければならない。チームは単純ではない。仲のよさだけではうまく機能しない。人間関係に関わりなく、トップマネジメント・チームは機能しなければならない。

(1) トップマネジメントのメンバーは、それぞれの担当分野について最終的な決定権を持たなければならない。

(2) トップマネジメントのメンバーは、自らの担当以外の分野について、意思決定を行ってはならない。ただちに担当のメンバーに回さなければならない。

(3) トップマネジメントのメンバーは、仲良くする必要はない。尊敬しあう必要もない。ただし、攻撃しあってはならない。ほめあうことさえしないほうがよい。

(4) トップマネジメントは委員会ではない。チームである。チームにはキャプテンがいる。キャプテンはボスではなくリーダーである。キャプテンの役割の重さは多様である。」  

程校野球部のマネージャーとしては、みなみの他に夕紀、文乃、そして新たに加わった正義がいます。「マネジメント」がいうチームマネジメントといえるでしょう。

みなみが正義の進める業務について、その良し悪しを判断しなかったのは、自分の担当ではないと判断したからです。みなみ自身がマネージャーとして、上述のチームマネジメントの理論に沿って行った判断だったからといえます。  一般に、リーダーとしては、担当者が提案する新しい企画に合理性があれば、失敗したとき、企業の存在を危うくするような、深刻なダメージが考えられない限り、その企画に対して積極姿勢を示すべきでしょう。

筆者の事務所では、種々の部門が32のグループに分けられています。それぞれのグループには、マネージャーがいます。そして、人材の採用、実務の遂行、昇給、ボーナスの配分、規律の維持、動機付け、目標の設定とその達成等多くの意思決定をします。  

毎月経営会議が開催され、同類のグループが意見交換を行いますが、原則他のグループの企画に対して、良し悪しを判断することはありません。トップからグループの運営状況について、多くの質問が出ることはあります。

7.目標管理

「マネジメント」には目標管理について、次のようにあります。
「マネージャーたるものは、上は社長から下は職長や事務主任に至るまで、明確な目標を必要とする。目標がなければ混乱する。目標は自らの率いる部門があげるべき成果を明らかにしなければならない。他部門の目標達成の助けとなるべき資源を明らかにしなければならない。」

みなみは程校の野球部員に対して自己目標管理を行ったのです。マネージャー以下全員が詳細で具体的な目標を設定させたのです。夕紀にはマーケティング(部員との面談)の目標を、その他の部員にはノーボール・ノーバント作戦に基づいて練習目標が決められました。そのとき「集中の目標」について考慮されたのです。

「マネジメント」には、「集中の目標」について次のようにあります。

「目標はつぎの2つの基本的な意思決定の後でなければ設定できない。すなわち、集中の目標と市場地位の目標である。集中の目標というのは、基本中の基本というべき重大な意思決定である。」  

夏の大会も近づいてきた頃、程校の集中の目標は、「ストライクとボールを見極める」ということになりました。そのほかの目標は捨てられたのです。

筆者の事務所の目標管理は次のようになっています。すなわち、大きな目標としては、特許出願件数でA年以内に、日本でB位になること。そして、年度の売上金額C円、そして、事務所全体のスローガンが決められます。例えば「オンダ所員よ、闘争心を持て」「誰にも負けない努力と創意工夫で、世界一の特許事務所を目指して一歩前進しよう」等です。

売上目標については、初めに事務所目標が決められます。それがグループ目標に落とされ、さらに個人目標に落とされます。従って、実務部門の所員は自分の年間目標、それを12分の1にした月間売上目標を常に意識することになります。

実務部門以外の管理部門では、スキルアップ目標を掲げます。必ず達成できたかできなかったかがわかる目標とします。  

筆者の事務所では、集中の目標について、意識した事はありませんでしたが、特定のお客様の納期が悪くなったようなときには、集中してその解消策を講じます。

アメリカ出願について、拒絶理由通知が集中してあったとき、期限の延長が行われることがあります。しかし、アメリカの延長料金は非常に高額なのです。月間の延長費用が何十万円にもなることがしばしば発生する状態でした。10万円の延長費用は約50万円近くの売上を失ったのと同じになるからです。通常、その費用は事務所負担になることが多いのです。そこで、この「米国延長をゼロにしよう」という目標を立てたときは集中的にその対策が講じられました。現在ではほとんどなくなっています。

筆者の事務所の市場地位の目標は、所長が「世界一」等といっています。大きな目標は徐々に所員に刷り込まれていき、当たり前になっていきます。いいことだと思っています。

8.終わりに

程校の野球部は東京大会でどんどん勝ち進み、決勝戦前夜、入院中のマネージャー夕紀が亡くなるのです。長い闘病生活の末のことでした。亡くなる1年前に余命3ヶ月といわれていました。それをマネージャーとして、みなみに協力し、部員との面談というマーケティングを担当していたのでした。その仕事が夕紀の命を9ヶ月も延ばしたといえるのです。

最後の試合で程校は勝利して甲子園行きを決めます。そのとき人の強みを活かす1つの場面が印象的です。0対4と先制されます。7回裏柏木次郎のスリーランホームランで1点差、9回裏程校の攻撃はツーアウト後、セイフティバントで相手のミスを誘い、ランナー2塁となったところで、再び次郎に打順が回り、敬遠されたのです。ここで監督は次郎に替えて足の速い朽木文明を代走にします。ランナーは2塁にもいるので盗塁はできないのですが、ここからが大変面白いのです。それはぜひ本書を読み、楽しんでいただきたいと思います。

以上、「もしドラ」を模して特許事務所の経営の一端を述べさせていただきました。ご参考になれば幸甚に存じます。今後とも「もしドラ」、そして、「マネジメント」をさらに学び、特許事務所の経営に当たりたいと思います。

参考図書 :
「もし高校野球の女子マネージャーがドラッガーの『マネジメント』を読んだら」 岩崎夏海(著)

2013年5月発行 第97号

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