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「パテントメディア」

不況の知財管理に及ぼす影響について

2009年5月
会長 弁理士 恩田博宣

毎回、京セラの経営理念を引用し、当所の取り組みについて、説明させていただいておりますが、今回は昨年から急激に落ち込んだ世界経済の不況が知財分野に及ぼす影響について所感を述べたいと思います。 

筆者の事務所では毎年1月には、お客様企業を訪問し、前年の当所の仕事ぶりについてフィードバックをいただくということを行っております。その訪問に先立って、12月に入りますと、アンケートをお届けし、それに対する回答をいただきます。そして、問題点については実情を調べ、原因を追究し、対策を立てて訪問時に説明するということを行います。
事務所の前年の主たる動き、その年の計画をお伝えするのです。 
今年の年始訪問で、まず、冒頭にお聞きしたのは、「景気の落ち込みが急激ですが、御社への影響はいかがですか」「特に今年の出願件数に及ぼす影響はどうなるでしょうか」ということでした。多くの企業からコメントをいただきました。それらのコメントから、本格化しつつある今回の不況が企業の知財管理及び特許事務所の事業に及ぼす影響について占ってみたいと思います。

1.筆者の事務所の最近の様子 

昨年後半に入り、9月にリーマンブラザーズの破綻が起こったときには、「日本にも不景気の影響が及ぶのか。」と心配しておりました。しかし、少なくとも国内出願への影響はほとんどなく推移しました。国内出願の受注は11月に入ると一気に20%近く減少しました。12月も同じでした。「いよいよ大きな影響が及んできたな」と深刻な気分になりました。しかし、1月に入るとほぼ前年並みに戻ったのでした。やれやれ一安心というところです。2月になりますと年度末の駆け込み出願でしょうか、それとも過去に届出のあった発明の処理が続いているのでしょうか、例年並みの出願の受注がありました。反面、外国関連では内外、外内ともに例年に比較して、30〜50%の減少が昨年10月以来続いています。 
さらに、意匠、商標いずれも同様に10月ころから30〜50%程度の大幅な落ち込みが続いております。 

全体として1月の事務所利益も赤字寸前というところまで落ち込んでいます。非常に厳しい状況が急激に到来したといえます。ただ、一つの光明は1月の送付済み明細書原稿の残高が史上最高になっている点です。すなわち、多くの企業では残業規制が行われていて、明細書原稿をチェックしている時間が大変取りにくくなっているという状況があるからだと想像できます。それらの明細書原稿のチェックが終了すれば、売上に寄与することになります。事実、2月の国内特許の売上はかなり伸びました。 

国内出願の落ち込みがあまり厳しくない理由は、次のとおりだと推測できます。多くの企業の知財部では3月までは08年度の予算で動いています。08年度の予算は十分利益を確保できるころ立てたものですから、現在もその予算で従来どおり出願が行われているからだ、といえそうです。だから年度末の国内特許出願はそれほど減少しませんでした。 
しかしながら、4月以降の予算は非常に厳しくなることが予想されます。 

上記の見解に対して、元大手企業の知財部長経験者の当所職員は、次のような見解を明らかにしました。「企業ではこの不況に突入するにあたって、期の途中であっても、必ず予算の見直しということが行われている。知財予算もカットされている可能性は高い。知財部に出願予算がなく、各事業部に出願予算がある場合には、もっと厳しく出願の厳選が行われているはずだ。出願件数が減ることとなったとき、知財部としては、お付き合いのあるすべての事務所への依頼件数を均等に減らすという政策は取らない。下位の事務所をいくつか切ってしまうか、大幅に件数を減らしてしまい、上位の事務所への依頼をできる限り減らさないようにする」、というのです。「オンダ特許は残ったのです」というのがその職員の見解です。実際はその両方が原因といえましょう。 

事実、訪問した企業の中には、「出願は精査して出すようにする。従来は届出のあった発明について、出願をするか否かは課長決済であったが、これからはすべて部長決済とする」とおっしゃった企業もありました。 
筆者の事務所では、まだ、忙しい状態が続いています。それは中間処理、拒絶理由対応、拒絶査定対応が大量にあるために、残業をしなければならない状況なのです。 
この状況は特許庁が今のペースで審査を続けていく限り、当分は続くように思います。出願が少なくなる分を意見書等の中間処理でしのいでいくという構図です。

2.料金の値下げ 

最近では、取引件数の多いお客様から値下げの要請を受けることもありますし、商標出願などでは、相見積りの結果、受任を逃すということもあります。 

特許事務所の料金は少なくともこの15年ほどはすえ置きか、値下げの一方です。その一方で、事務所の人件費は年々上がっています。 料金の面で特許事務所があまり攻め立てられますと、特許業界に入ってくる人材の質が低下し、ひいては明細書の質の低下になって、企業の知財管理に支障をきたすような時代が来る可能性があります。

欧米の明細書に比較して、日本の明細書の質が落ちれば、それだけ日本の知財力が低下していくことになります。企業側から見たら「特許事務所の人材の質が低すぎて、とても依頼できない。自前でやるしかないな。」となったときは、過去の実績から見て、能率は格段に落ちるでしょう。えらく高価な明細書作成費用が要るという事態に立ち至るのです。

3.不況時における企業の技術開発に対するスタンス

今年の年始訪問時の話題は、何といっても、不況に関する話題が最大のものでした。非常に深刻な面持ちの企業もありましたが、概して知的財産部のトップは明るく、「国内出願件数は維持する」という考え方を強く出しておられました。 

「今は長く暗いトンネルの中にいます。このトンネルをいつ抜けられるのか分かりません。トンネルの中で倒れる企業もあるでしょう。何とかトンネルを抜けられたとしても、もし、その間技術開発を怠り、特許出願をしなかったならば、トンネルを出たところで、開発を続けた企業に打ち負かされてしまいます。開発とその結果を守る特許出願はどうしても続けねばなりません」とおっしゃった企業がありました。他のほとんどの企業でも異口同音に同じことをおっしゃったのです。すなわち、国内出願を減らすわけにはいかない。何とか出願件数は維持するという企業が圧倒的に多かったのです。 

中には「知財部としては減らすことは考えていませんが、発明の現場の意欲は落ちています。届出がなければ出願のしようがありませんからねえ」「開発の方で自発的に届出を抑えてしまう可能性もありますねえ」という声もありました。 
ある企業では、知財支出のうち、国内出願と外国出願の比率は30:70くらいだそうです。また、出願(外国を含む)と出願後に要する費用(中間処理、成功報酬、登録料等)の比率も、やはり30:70くらいだそうです。 

そうすると、国内出願を少しくらい減らしてもその節約額はあまり全体に対して効果的に効いてこないことになります。 このことから、国内出願はドラスティックに減るということはないだろうと予測できます。外国への出願も減らない理屈ですが、現実には筆者の事務所では月によって異なりますが、約30〜50%減です。恐ろしい減り方といえます。支出する1件当たりの費用の絶対額が大きいからだと思われます。 

次のような情報もありました。すなわち、ある企業では過去の不況時に年間国内出願件数を30%減らしたことがあったそうです。そうしたところ3年後からライバル社に特許でいじめられ始め、その修復に5年間かかったそうです。また、ある企業ではだいぶ前の不況時に国内出願件数を一挙に50%減らしたことがあったそうです。そうしたところ、やはり何年か経過後にライバル社からの執拗な攻撃を受け始め、修復には約10年間かかったということです。 

こんな話を聞きますと、特許出願の重要性が非常に大きなものであることが理解できます。他には開発予算を50%カットという企業もありました。当然その中には特許関連の知財予算を含むのですが、知財予算を50%カットされては、特許管理業務は死に体になってしまいます。件の部長さんは「何としても経営のトップや経理部門を口説いて、予算を復活させるようにします」と、自信ありげにおっしゃっていました。「開発予算をカットしても、開発は手を緩めるな。特許出願件数は減らすな。費用を使わずに有効な開発を進めよ」というのが、トップの意向のようです。 
また、ある企業では「知財予算を含む開発予算30%カット、しかし、年間目標出願件数は変更なし」、とのこと。知財部長さんは「知財予算なしでどうやって出願するのだ。内製化せよということか。困ったことです」と困り果てた様子でした。

4.明細書の内製化 

また、企業によっては、明細書の内製化をお考えのところがありました。開発を緩めることはできない。しかし、予算は減っている。勢い外国出願を厳選し、国内出願を内製化せざるを得ないというところでしょうか。特許事務所の論理で考えますと、暇になった知財部の仕事を内製化で補うというのならば、OKです。しかし、予算が足りないので、特許事務所の書いた明細書をチェックしていた企業担当者が、いきなり明細書を書こうとしても十分な明細書を書くのは難しいと思われます。筆者の事務所において、未経験者が入所してきて、教育を受け、まともに書けるようになるのは、3〜5年後です。毎日明細書のみの訓練をしての話です。中には10年たっても上司である弁理士のチェックがいるという担当者もいるくらいです。

暇な折にじっくり明細書教育をやろうというのなら、まず、1、2年は意見書を担当させるのがいいと思います。明細書の良し悪しも本能的に分かってきます。これは素晴らしい明細書教育になります。いずれにしろ明細書教育は数年かかる長期計画でなければ、成功しないでしょう。 確かに、知財部のスタッフが明細書を書かないまま成長していってしまうのは、知財管理の面からもよくありません。明細書を書かずして、明細書の良し悪しを論じ、技術的範囲に対する属否を論ずることとなるからです。少なくとも数十本の明細書を書く必要があると思います。 
特許明細書作成を内製化というのは、非常に難しいと思います。というのは、明細書を過去に何百件も作成した経験の持ち主など企業内ではほとんど見つからないのが普通だからです。

5.どうなる特許出願 

以上のような情勢から、今後を占ってみましょう。 知財部があって、特許出願を組織的に行っておられる企業においては、この不況時に「知財管理をどうするか」なかんずく「出願件数を減らすか」という課題に対応するのは、非常に頭の痛いことだと推察されます。 

もし、開発とその成果を守る特許出願を怠れば、製品の遅れからライバル他社から売上で差をつけられ、知財でいじめられ、そのリカバリーは困難を極めることになるでしょう。特許出願の減少による負の遺産を元へ戻すには、少なくとも数年を要することとなるでしょう。このような状況は避けなければなりません。しかし、総額として少ない予算しか配分できないという事情があります。トップとしては「開発の手を緩めることはまかりならん。金をかけずに開発努力をせよ」「開発の成果を守る特許出願も必要なものはやりなさい」ということになるでしょう。 

これを実効あらしめるためには、まず、知財部への発明届出件数の減少は何としても食い止め、発明届出目標は確実に達成させることが、開発を低調にしない要諦といえましょう。そして、出願を厳しく選別するのは、節約を浸透させる上でもやむを得ないところでしょう。

このとき気をつけなければならないのは、今、出願の要否を検討しようとしている発明が、会社の利益に貢献するか否かは、簡単に評価できないということです。簡単なアイデアが大きな利益を生むことはいくらでもあるし、学術的に高度なアイデアが何の利益ももたらさないということもあります。発明の良し悪しを予想することは非常に困難だということです。実務的には、「下手な鉄砲も数打ちゃ当たる」が正しいということになりそうです。 

出願の要否を判断するのは、知的財産評価の一種になります。その困難性は万人が認めるところです。出願前にすでにそのアイデアが実施されていたり、ライセンスされていたりして、生まれる利益が推測できる場合以外、発明の価値評価は非常に難しいことになります。しかし、難しいながら評価基準を策定し、その評価基準を常に改善していき、最も真実に近い評価基準を決定する以外に道はないでしょう。 

もう一つ、この問題の解決には、一つの出願に多数の発明、実施例を記載し、景気が回復しだい分割するという手段があるでしょう。 
さらに知財部として、効率的な知財管理を進める上で、重要なことは外国出願、及び出願後の管理を適切に行うということです。 
すなわち、外国出願に要する費用は国内出願の費用と比較すると、非常に高額になります。極端な場合外国出願1件に要する費用は国内出願の数倍に達することもあります。そうすると外国出願1件を節約すれば、国内数件出願できるということになります。外国への出願の要否を厳しく吟味する必要性は大きいといえます。 
その場合、パリルートの出願に比較して、最大1年半引き伸ばし可能なPCT出願は、費用節約の上で非常に有効な方法といえましょう。 
1年半の間にその技術の有用性も判断できるケースが多いからです。数カ国以上出願するときは、PCT出願にされるべきでしょう。

6.先行技術調査

節約を有効にする手段として、先行技術調査を十分に行って、通らないような発明の出願を極限まで少なくすることがあります。 
しかし、調査を社内で行うにしても、相当な費用を使うことになります。 筆者の事務所では、昨年4月のシフト補正禁止の法律施行を受けて、無料でSTF調査(29条1項の拒絶理由すなわち新規性拒絶だけは受けないようにするための調査)を始めました。それは筆者の事務所で統計を取りますと、29条1項拒絶(他の拒絶理由と併記されるものを含む)が月によってちがうのですが、なんと17〜30%もあるのです。このうち半分でもサーチできたならば、他の事務所に対する差別化ができると考えたからです。筆者の事務所で扱うほとんどの出願は、知財部のある企業のものなので、先行技術調査はかなりの精度で行われているはずなのです。しかし、それらの出願でも、このように新規性拒絶の割合が多いのです。ましてや29条2項の進歩性拒絶を入れれば、もっと多くの出願が拒絶ということになります。

筆者の事務所では、QCサークル活動でこの問題を取り上げました。国内特許部の担当者全員を数名ずつ17のグループに分けて、6ヶ月間活動したのです。最初はキーワードを3つ4つ検索するというところから始まりました。事務所の調査部門のノウハウもいれて、ファイルインデックス(国際分類)も使い、さらにはFタームを駆使して調査できるようになりました。しかし、半年の活動で調査時間1時間としたときに、特許庁の挙げた新規性拒絶の引例に行きついたケースはごくごくわずかでした。特許庁の審査がいかに精緻を極めているかが理解できました。 
例えばFターム検索でいうならば、筆者の事務所において、各明細書グループは、一定のお客様の技術ばかりを扱っているので、Fタームを指定するのはそれほど難しくはないはずです。しかし、6ヶ月間の活動でも、Fタームはせいぜい2つ3つくらいしか指定できないのです。ところが特許庁の審査では20くらいのFタームが指定されているのです。おそらくFタームの検索だけでも数時間をかけていると想像できます。 
QC活動の中で、Fターム検索によって、検索した引例を100挙げたとします。その中に特許庁が挙げた拒絶引例を入れるのは、非常に困難だったのです。1000の中に入れることすら簡単ではありませんでした。すなわち、費用をいただかないで、29条1項拒絶を特許庁の半分だけでも探そうという試みは失敗でした。 

ただ、筆者の事務所の明細書担当者の調査スキルは相当程度上がったことは事実です。扱う発明の従来技術で比較的近い引例をみつける程度ならかなりの効率で全員ができるようになるという効果はありました。 
そうすると、先行技術調査によって、不要な出願を行わない方向へもって行くのは、採算を合わせながら、効率的に行い、節約をするというのは、非常に難しいということがいえます。この困難さを克服すれば、費用の節約も大きな額になることは、間違いありません。 
企業では常に決まった技術分野の出願を行っているのですから、調査を継続的にやっている限り、その精度は確実に上がっていきます。従って、調査マンを長年にわたって従事させ、その調査精度を極限まで上げていくことにより、効率的な出願ができるようになると思われます。調査で外注を使うのなら、特定の調査マンに同じ技術分野の調査を継続的に依頼するのが調査の質を上げる上で有効でしょう。 
筆者のカンとしては、29条1項拒絶を半分に減らせたならば、大成功だと思われます。

7.特許事務所経営はどうなる 

以上、結論的にいえることは、国内出願件数は全体としてそれほど減ることはないだろうと思われます。しかし、外内、内外の外国関連出願件数はかなり大幅に減ることが予想されます。意匠・商標の出願も減少は免れないでしょう。
現在、全体の流れとして、定着している料金体系の低減化傾向は、弁理士数が現在の割合で増え続ける限り、さらに拍車がかかることにならざるをえません。 
特許事務所の経営はこの不況により、さらに厳しいものとなっていくと予想せざるを得ません。早めに景気の回復と外国関連出願の回復を願わざるを得ません。 

今回の不況とは直接の関係はありませんが、目の前に迫った特許審査基準の統一による世界各国の相互承認という世界特許の実現は、特許事務所の外国出願による手数料収入を激減させることになります。 
特許事務所が安定的に高品質な明細書を提供するだけでは、経営は非常に厳しいものになって行くでしょう。リーズナブルな利益を上げていくには、付加価値の高い新たな業務を開発する必要があります。昨年、公表された弁理士将来展望ワーキンググループの中間報告では、新たな職種として、種々のコンサルティング業務が提案されていました。 

筆者の事務所では、特許ポートフォリオディベロップメントコンサルティング(パテントメディア83号参照)を開始しました。そして、3件の実績ができました。開発すべき技術分野が定まるとその分野の特許技術情報を全世界から集め、それを分析して技術者にインプットします。特許事務所からも何人かの弁理士や特許技術者が参加し、数人のグループに分けて、ブレーンストーミングによりアイデアを出します。出たアイデアをさらに調査します。さらにインプットします。そしてブレーンストーミング、このサイクルを3回繰り返します。成果は上々でそれぞれ何十件かの出願可能なアイデアがでました。 
こうして実績はできたのですが、その顧客探しは容易ではありません。また、残念ながら、それらは現在の出願代理に取って代わるだけの売上はないのです。定常的な仕事量を確保できるか、顧客の期待に応えるだけのアウトプットを出し得るかが課題です。

8.おわりに

以上今回の不況に関して、筆者の事務所が集めた情報とそれに関する所感を述べました。何らかのご参考になれば幸いです。 
この不況を契機として、知財管理の新たなあり方を模索するのも有意義ではないかと思います。特許事務所は生き残りのため出願事務の効率化と新たな付加価値の高い業務の開発の必要性がありそうです。

2009年5月発行 第85号

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