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特許法36条のサポート要件違反性と発明の明確性違反性を判断するにあたり、リパーゼ判決をやや誇張気味に引用し、発明の要旨認定を行なった事案
(平成19(行ケ)第10403号,判決日:H20.7.23)

2009年1月
弁理士 石堂毅彦

1.本事案(特許無効の審決取消判決)の背景

特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確でない等の特段の事情がある場合に、発明の詳細な説明の記載を参酌することが許されるとしたリパーゼ判決(最判H3.3.18)に基づく発明の要旨認定が、新規性・進歩性の判断に際して適用された事例は数多く存在する(最近のもので、H15(行ケ)548,H17(行ケ)10849等)。

本事案において、知財高裁は、特許法36条6項1号及び同2号にそれぞれ規定されるサポート要件及び発明の明確性を判断する前提としての発明の要旨認定に際して、リパーゼ判決の判旨をやや誇張気味に引用し、特許請求の範囲の記載について特許法36条違反として無効とした特許庁の審決を取り消した。

2.本事案について

(1)知財高裁出訴までの経緯

原告は、平成14年10月28日にした原出願(特願2002-313425号)からの分割出願として、平成17年8月4日、名称を「着脱式デバイス」とする発明につき特許出願をし(特願2005-226629号)、平成18年2月3日、特許第3766429号として設定登録を受けた(請求項の数2。本事案で対象とするのは請求項1のみ。請求項2は特許法29条の2の無効理由であり、維持された。以下請求項1に係る発明を「本件特許発明1」とする)。

これに対し被告から、平成18年11月14日、本件特許の請求項1及び2に対し特許無効審判請求がなされたので、特許庁はこれを無効2006-80234号事件として審理し、その中で原告は、平成19年2月2日付けで訂正請求をするとともに同年5月21日付けで訂正請求書等の補正をしたところ、特許庁は、平成19年10月23日、「訂正を認める。特許第3766429号の請求項1及び2に係る発明についての特許を無効とする。」旨の審決をし、その謄本が同年11月2日原告に送達された。

(2)技術内容

USBメモリ等の着脱式デバイスのメモリ内に記憶された自動起動スクリプトを被接続側のコンピュータで自動実行させる技術に関する。下図に示すように、USBデバイス2の認識制御部32は、ホスト側コンピュータ1のUSB端子10に接続された際に、コンピュータ1から送信される機器種類の問合せ信号に対し、当該デバイス2が複数の単位デバイス(ドライブレターH、D〜G)の内、CD-ROM領域R3(ドライブレターH)のみについて、CD-ROMである旨の信号を擬似的に返信する。すると、接続検出用の常駐プログラムをホスト側コンピュータ1側に予めインストールしておく等の煩雑な手動操作を要することなく、デバイス2の接続時にCD-ROM領域R3に記憶された自動起動スクリプトSにより起動される自動起動プログラムPがホスト側コンピュータ1上で自動的に実行される。この結果、USBデバイス2の取扱い性が向上する。

図「本発明の実施形態の構成を示す機能ブロック図」
本発明の実施形態の構成を示す機能ブロック図

(3)本事案の争点

訂正後の請求項1に記載の「前記ROM又は読み書き可能な記憶装置に、前記自動起動スクリプトを記憶する手段」における『記憶する手段』の解釈が争点となった。

(4)特許庁の判断

特許庁は、特許法36条のサポート要件について、「(上記「自動起動スクリプトを記憶する手段」に対応するべき)「マスクROM」は、製造時において、データをICの回路パターンとして作りこむものであることからすると、本件特許発明1の「着脱式デバイス」が備える前記手段が、製造時ではなく、製造後のマスクROMに前記自動起動スクリプトを記憶するという構成は、当業者にとって自明なものではない。また、本件特許発明1の含む構成要件すなわち、「着脱式デバイス」が備えるROMに、自動起動スクリプトを記憶する手段についての、具体的な構成については、記載がない。」と判断した。

他方、発明の明確性についても、「(同様な理由により、)本件特許発明1の「着脱式デバイス」が備える前記手段が、製造時ではなく、製造後のマスクROMに前記自動起動スクリプトを記憶するという構成は、当業者にとって自明なものではなく、したがって、本件特許発明1の発明特定事項すなわち、「着脱式デバイス」が備える、ROMに自動起動スクリプトを記憶する手段は不明確であり、本件特許発明1は明確でない。」と判断した。

(5)原告主張の要点

原告は、上記サポート要件について、「本件請求項1のように『記憶する手段』との記載がされた場合において、それが情報を記憶する主体であるのか、着脱式デバイス内であって記憶装置とは異なる場所に異なる要素として設けられるものであるのか、一義的に解釈することはできないものであり、本件特許発明1の課題に照らして解釈すべきものである。したがって、本件特許発明1における「前記ROM又は読み書き可能な記憶装置に、前記自動起動スクリプトを記憶する手段」との構成は、マスクROMに自動起動スクリプトを記憶する態様においては、「自動起動スクリプト」を記憶している「マスクROM」内の記憶領域を意味するものである。」と主張した。

また、発明の明確性については、「本件特許発明1における「前記ROM又は読み書き可能な記憶装置に、前記自動起動スクリプトを記憶する手段」との構成は、マスクROMに自動起動スクリプトを記憶する態様においては、「自動起動スクリプト」を記憶している「マスクROM」内の記憶領域を意味するものであって、マスクROMの製造時にプログラムやデータを書き込む(焼き付ける)構成も、製造後に記憶されているプログラムやデータを読み出す構成も、共に当業者にとって自明であるから、十分に明確である。」と主張した。

(6)被告反論の要点

これに対して被告は、上記サポート要件について、「本件特許発明1は、製造後のマスクROMに「自動起動スクリプトを記憶する手段」を構成として備えていることになるが、「着脱式デバイス」の構成要素である『記憶する手段』がどのようにして製造後のマスクROMに「自動起動スクリプトを記憶する」のか、当業者に自明であるとはいえない。また、本件特許明細書にも『記憶する手段』の実現方法は記載されていない。「主な記憶装置としてROM又は読み書き可能な記憶装置」と『記憶する手段』とが原告のいうような関係にあることは、本件請求項1の記載から読み取ることができるものではなく、本件特許明細書のどこにもそのような記載はない。

なお、特許法36条6項1号のいわゆるサポート要件は、特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものでなければならないと定めており、ここにいう「特許を受けようとする発明」は特許請求の範囲の記載に基づいて定められるものであるから、本件特許発明1のように特許請求の範囲の記載からその実現方法が自明でない場合に、発明の詳細な説明の記載を参酌して特許請求の範囲の解釈を修正することができるものではない。」と反論した。

また、発明の明確性については、「『記憶する手段』は「自動起動スクリプト」を記憶している「マスクROM」内の記憶領域を意味すると主張しているが、本件請求項1の記載からこのような解釈を導き出すことは不可能であり、技術的範囲を定める基準となるべき特許請求の範囲の解釈として到底受け入れられるものではない。」と反論した。

(7)裁判所の判断

そして、裁判所は、リパーゼ判決の判旨を引用し、次のように判示した。

(1)サポート要件について

「特許法36条6項1号は、特許請求の範囲の記載は「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること」に適合するものでなければならないと定めている。特許法がこのような要件を定めたのは、発明の詳細な説明に記載していない発明を特許請求の範囲に記載すると、公開されていない発明について独占的、排他的な権利を認めることになり、特許制度の趣旨に反するからである。

そして、特許請求の範囲の記載が上記要件に適合するかどうかについては、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるかどうか、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるかどうかを検討して判断すべきものである。

本件請求項1における「ROM又は読み書き可能な記憶装置に、前記自動起動スクリプトを記憶する手段」との記載が、「前記コンピュータに前記自動起動スクリプトを起動させる手段」、「前記コンピュータから前記ROM又は読み書き可能な記憶装置へのアクセスを受ける手段」とともに併記されたものであることからすれば、上記『記憶する手段』が、「ROM又は読み書き可能な記憶装置に前記自動起動スクリプトを記憶する」という目的を達するための具体的なやり方を意味するのか、それとも本件特許発明1全体の目的を達するための構成要素の一つを意味するのか、いずれに解することも可能であって、特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解することができない場合に当たる。

そこで、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌して、本件請求項1の「ROM又は読み書き可能な記憶装置に、前記自動起動スクリプトを記憶する手段」の解釈につき検討する(なお、被告は、特許法36条6項1号該当性の判断をするに当たって発明の詳細な説明の記載を参酌すべきではないと主張するが、最高裁平成3年3月8日第二小法廷判決〔民集45巻3号123頁〕も判示するように、特許を受けようとする発明の要旨を認定するのに特許請求の範囲の記載のみではその技術的意義が一義的に明確に理解することができない場合には、発明の詳細な説明の記載を参酌することは許されると解する。)・・・(中略)・・・

以上の記載によれば、本件特許発明1は、USBメモリ等の着脱式デバイスをコンピュータに接続した際に、煩雑な手動操作を要することなく自動起動スクリプトに記述された所定のプログラムを自動実行させることを課題とするものであり、かかる課題の解決手段として、自動起動スクリプトを着脱式デバイスの記憶装置内に予め記憶し、コンピュータからの問い合わせに対してCD-ROMドライブなど自動起動スクリプト実行の対象機器である旨の信号(擬似信号)を返信することによって、コンピュータが着脱式デバイスの記憶装置内に記憶された自動起動スクリプトを起動させるという構成を備えたものであることが認められる。

したがって、本件請求項1の「ROM又は読み書き可能な記憶装置に、前記自動起動スクリプトを記憶する手段」という文言は、「ROM又は読み書き可能な記憶装置に自動起動スクリプトを記憶する」という目的を達するための具体的なやり方を意味するものと解すべきではなく、本件特許発明1の目的を達するための構成要素の一つとして「自動起動スクリプトがROM又は読み書き可能な記憶装置に記憶されている状態であること」を意味するものと解釈すべきである。

以上のような本件請求項1の解釈を前提として、「ROM又は読み書き可能な記憶装置に、前記自動起動スクリプトを記憶する手段」に対応する記載が本件特許明細書の発明の詳細な説明に記載されているかについて検討する。・・・(中略)・・・

これらの記載に照らせば、自動起動プログラムPのみならず、自動起動プログラムPを起動する自動起動スクリプトについてもROM又は読み書き可能な記憶装置内の「CD-ROM領域R3」に記憶されていることは明らかである。

したがって、本件特許明細書の発明の詳細な説明には、「ROM又は読み書き可能な記憶装置に、前記自動起動スクリプトを記憶する手段」が実質的に記載されているものである。」

(2)発明の明確性について

「特許法36条6項2号は、特許請求の範囲の記載について「特許を受けようとする発明が明確であること」との要件を定めている。ところで、前記のように、特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解することができない場合には発明の詳細な説明の記載を参酌することも許されるものであって、こうして請求項に記載された技術的事項を確定した上で、当該技術的事項から一の発明が明確に把握できるかどうか、すなわち、特許を受けようとする発明の技術的課題を解決するために必要な事項が請求項に記載されているかを判断すべきものである。

そして、本件請求項1の「ROM又は読み書き可能な記憶装置に、前記自動起動スクリプトを記憶する手段」については、その技術的意義が一義的に明確に理解することができないものであって、発明の詳細な説明の記載を参酌した結果、「自動起動スクリプトがROM又は読み書き可能な記憶装置に記憶されている状態」であることを意味するものと解されることは、前記において検討したとおりである。

以上を前提として、特許を受けようとする発明の技術的課題を解決するために必要な事項が本件請求項1に記載されているかについて検討する。・・・(中略)・・・

したがって、本件請求項1には、本件特許発明1の技術的課題を解決するために必要な事項が記載されているものであるから、本件請求項1の記載は「特許を受けようとする発明が明確である」との要件に適合しているものである。」

3.考察(実務上の指針)

本判決では、裁判所は、リパーゼ判決をやや誇張気味に引用し、原告である特許権者に好意的に特許請求の範囲の文言を解釈したが、そもそもの特許請求の範囲は、その保護範囲的機能及び構成要件的機能や、同記載の責任を出願人に委ねる現行の特許法36条5項の趣旨に照らし、出願時点から明確に記載すべきものである。

本事案は、むしろ、あいまいな表現の多い日本語の性格上、明細書や特許請求の範囲において、主体的表現(動作表現)と客体的表現(状態表現)は混在し易く、これによりたまたま生じた発明の要旨の解釈の齟齬に基づいて、日本語で文章を記述するに当っての注意点を示唆してくれている貴重な事例といえる。

また、本事案において、サポート要件や発明の明確性について裁判所が示した判断基準は、特許審査基準や特許法施行規則の内容を集約したものであり、我々のような特許事務所において明細書の作成や補助を行っている実務担当者にとって日頃から心すべき重要な事項でもある。

特許発明の技術的範囲の解釈(クレーム解釈)など、侵害訴訟で裁判所が示した判断は、日常の業務遂行上、直ちに参考とし難い面があるが、本事案のような権利化前の明細書や特許請求の範囲の記載に直接関わる裁判例については、本事案に限らず、今後も注目し、明細書作成や中間処理業務において、広く強い権利獲得のため、有効に活用したいと思う。

なお、上記判決に対しては、被告より上告受理申立てが行われ、11月4日現在、最高裁で審理中とのことである。果たして原告に有利とされた判決が覆るか否か、その結論に注目したい。

2009年1月発行 第84号

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