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経営に資する知的財産活動について

2008年9月
統括理事 小林行司

1.はじめに

日本知的財産協会は、1994年度定例総会で、協会名称を日本特許協会から日本知的財産協会に変更するとともに、協会会則第1条に「本会は、知的財産に関する諸制度の適正な活用及び改善を図り、もって会員の経営に資する…ことを目的とする。」を追加し、企業における知財管理の意義を再確認する会則の改定を行った。

1980年代にはじまった米国のプロパテント政策成功の影響を受けて、日本企業は好むと好まざるとにかかわらず、知財権活用の巧拙が企業利益に大きく影響することを経営者をはじめ開発部門、知財部門の関係者は、身をもって知らされた。各企業は、開発成果である知財権を活用して、企業利益への貢献を高めることを知財部門に強く求めるようになった。そのような状況を受けた上での会則の改定であった。

また、バブル経済が破綻して企業収益が悪化すると、事業展開をより有利にすすめるために、知財権の独占機能をビジネスに活用することへの期待はますます高まった。
加えて、政府は不況改善が遅々として進展しない閉塞状態を打開すべく、様々な政策が模索され、技術立国の宣言とともに技術と一体化する知財の新たな政策が展開された。その一つとしてアメリカのプロパテント政策を参考にして、日本も知財立国を宣言し、2003年より知的財産推進計画によって知財活動を促進するための様々な政策が推進され、年度毎にローリングしながら既に第2期の最終年度に至っている。
知的財産推進計画には、企業の活動も組込まれており、企業は知財管理活動の質的向上を図り、国際競争力を高め優位なポジションを確保すべきであることが強調されている。そのための活動のポイントとして、事業戦略、研究開発戦略、知財戦略を互いに連携させ、三位一体の企業経営戦略を策定し推進することが推奨されている。

1960年以降の高度成長とそれに続くグローバル化の時代においても、企業内での知財活動は、経営者や関連する部門、例えば営業部門、研究開発部門、購買部門等と連携をとりながら、知財権を活用してビジネスを有利に展開させようと常に努力されてきた。しかし、事業戦略や研究開発戦略の検討の場に参加して、事業部のそれぞれの戦略策定に知財戦略を含ませるという華々しい場面は少なく、戦略策定に必要な知財情報の提供や、時には求めに応じて会議に参加する程度である。

当時の経営者が知財に関心が少なく、知財部門も権利取得や他社対策のみに全力を上げる傾向が強かったのは事実であろうが、事業戦略や研究開発戦略の策定、展開に全く無縁と言うわけではない。
一般的に、企業の知財部門は社長や専務に直轄し、事業部制においては本社機構として全社的な立場で、事業部の知財関連業務を支援し統括する立場にあるから、各部門の情報に接する機会は多くある。
しかし、知財部門が策定する中長期方針や年度部方針は、自部門の活動に関することが中心で、研究開発やその他の関係部門の知財活動を知財戦略に合わせて管理、改善をする部分は少ない。知財部門の施策を事業部に展開しようとすると、組織の壁を越えて、事業部長をはじめ部門の長の全面的な協力や支援をえることは容易でない。

「経営戦略における三位一体」というキャッチフレーズは、知財を全社的かつ効果的に活用するために事業部門や研究開発部門と連携して、事業戦略、研究開発戦略の中に知財活動を組込みそれぞれの戦略を策定することを意味するので、これをシステムとして確立できれば理想的な体制となり活動となる。
しかし、知財訴訟などで手痛いダメージでも受け、危機感を持った経営者がトップダウンで改革するのであれば可能であろうが、平時ではこのような改革は容易ではない。知財部門自らがそのような体制作りを目指して実績を積上げ、目指す体制に近づける努力をすべきである。
関係部門との連携を高め、事業のニーズにより対応した知財活動を推進し、企業利益により大きく貢献して、経営に資する知財活動を達成されんことを期待している。その形に近づけるための具体的活動について、断片的ではあるが以下の提案をしたい。現在、知財部門で活動している方々に少しでも参考になれば幸いである。

2.「経営に資する知財活動」の具体的な提言

(1) 知財活動とは

第1図は、企業における知財活動サイクル」を示す概念図で、中央に「技術開発」、「発明届出」、「特許出願」、「特許権の獲得」、「製品拡販」、「売上・利益確保」が反時計方向の矢印で結ばれ、企業活動サイクルを示している。その活動のふし目ふし目に知財活動がリンクして、各段階で行われる活動の実施事項が示されている。

第1図「企業における知財活動サイクル」
第1図 企業における知財活動サイクル

例えば、技術開発段階では、「特許情報の有効利用」を達成するために「特許の技術情報としての活用」を図るべきであり、その「特許情報の収集と分析」と「特許情報のマップ化」の二つの項目を実施する。また、技術開発過程では「他社特許対策」が行われ、具体的には「他社特許調査と問題特許の回避」と「他社特許ライセンスの取得」が実施される。
同様に「発明届出」段階、「特許出願」段階、「特許権の確保」の段階にも大項目あるいは実施事項が示されている。部方針の展開では、実施項目について現状の問題点が明確にされ、問題点に対する解決の目標、目標を達成する具体的な対策が策定され、年度方針として改善活動が行なわれる。知財部門の活動は、研究開発部門等の他の事業部との関連が深いので、具体的な対策の大半は他事業部に実施してもらい、その活動についてPDCAを回すことになる。
企業における知財活動をまとめると、「特許出願(開発成果の保護)」「知財権の活用」「他社特許対策(パテントクリアランス)」「特許情報の活用」の4項目に層別されるが、これらの活動をタイミング良くかつ的確に行うことが、企業利益を高めて経営に資することの基本であることに異論は無いと思う。

(2) 具体的な方策の提言

(@) 他部門との連携の強化

(イ) 研究開発部門と知財部門との役割の明確化

発明の把握、出願明細書の作成、研究開発テーマに関する知財情報の調査、属否・有効性の判断、出願することの決定、他社特許に関係する技術の製品への採否決定等、知的財産に関する活動は研究開発部門と知財部門のいずれにも関連し、このような作業のスキルを双方が持つことは質の高い活動を達成するためにも望ましい。
しかし、知財活動については、いずれの部門が何に責任をもつか役割を明確にすべきである。役割についての基本的な考え方は、「研究開発部門は開発の流れの中で知財活動を的確に行い、知財部門はこの活動を支援する」という分担が良いと考える。
つまり、出願に関しては、研究開発部門は自分の発明は自分で摘出し、発明届出書を作成して知財部門に届け、一方、知財部門は届出された発明について適切かつ迅速に出願手続きを行う。また、研究開発部門は研究開発テーマについて先行技術等の調査を行い、発明の特許性を確認するとともに研究開発の成果が他社の特許権を侵害しないことを確認する責任を持つ。一方、知財部門は研究開発部門の調査が的確に行われるように知財情報を整備するとともに、検索式の作成等調査方法について研究開発部門を指導し、さらに問題になる知財の有効性や権利との属否判断を専門家として行う役割を持つ。

(ロ) 開発部門よりの信頼の確保

日常の業務を通じて、担当する研究開発部門のスタッフと親密になり、知財問題について頼られる存在になることが望ましい。研究開発部門のスタッフから、知財部門と連携して様々な知財活動を行いたいというような要請が出てくる信頼を確保することが大切である。そのためには、知財部門がイニシアチブをとって、各種の活動を積極的に提案して実施し、具体的な成果を上げなければならない。発明創出活動や発明発掘活動を提案し、知財情報をマップ化して、他社動向や技術動向の予測に活用する。適切な提案をするためには、知財部門のスタッフは研究開発の内容や進捗状況、事業活動との関係を適切に把握しているべきである。障害になる他社特許の有効性や権利属否の専門的な判断は、可能な限り迅速かつ明確に依頼者に対し提供することが重要である。
特に、研究開発部門のトップの信頼を勝ち得ることは重要で、知財部門が策定した知財戦略について十分に理解するような努力をし、知財戦略について全面的に支持する旨のコミットメントを得ることができればその部門の活動は良好に進展する。

(A) 経営者、CIPOへの情報発信と提言

知財部門が提案する諸政策を研究開発部門が十分に理解し、適切な知財活動を推進することは容易ではない。研究開発部門には、設計から号口までの厳しい製品開発スケジュールが存在し、一時の停滞、遅延も許されない。彼等にとっては、スケジュールの的確な達成が最優先事項である。そのスケジュールの中に知財活動を組み込むためには、経営者、特に知財担当役員(CIPO:ChiefIntellectual PropertyOfficer)の知財諸政策についての深い理解と強い支援が必要である。
そのためには、知財政策が企業利益の確保とどのように関連するかを十分に説明し理解を求めるとともに、国家政策や他の企業の活動についても継続的に情報を提供すべきである。

さらに、新製品開発に関する経営戦略会議へ、CIPOばかりでなく知財部門の長も参加し、知財情報を分析して開発テーマの将来性を評価するとともに、できれば開発テーマの最終選定にも参画する。知財に関する他社へのアクション、ライセンス、アライアンス等の知財戦略についても、経営戦略会議にて検討し、全社的な課題として共有化してもらう。
CIPOとしては、技術系の役員が就任するのが一般的であるが、知財戦略を策定して経営戦略に取り組み、逆に経営戦略に基づいて知財戦略を策定することが重要な役割であるので、知財部門の長と同等の理解力を有したい。

(B) 知財情報の積極的な活用

(イ) 事業戦略立案・決定段階での知財情報の提供

開発予定技術についての競業他社の動向を、パテントポートフォリオを作成して解析し、他社に対して優位なテーマか否か、リスクがあるならばその対策を明確にする。知財情報の経営情報としての価値は貴重であるが、動向を予測できる解析方法の開発に課題が残っている。作成工数を節減しようとすれば、既存の解析ソフトを使用する必要があるが、技術分類能力に限界があり、大幅な改善を期待する状況である。

(ロ) 開発テーマ単位の知財データベースの構築

知財情報が紙の時代は、知財部門が特許分類でまとめられた公報を製本し集中管理するとともに、研究開発部門は、担当するテーマ単位で関係公報を収集し、社内分類等を付与して利用しやすい形態で身近にファイルしていた。カレント公報についても関係するものを追加するとともに、必要に応じて繰り返し取り出し発明の内容を検討していた。
知財情報がデジタル化した現在でも、研究開発部門は開発テーマに関する情報を開発の進捗に合わせて収集し、独自の分類を付与してテーマ単位のデータベースを構築すべきである。このデータベースは、開発の完成と同時にその技術テーマあるいは製品に関する戦略的データベースになる。
このように整備された知財情報は、アイディア創出のための技術情報としても有効であるとともに、他の特許との強さ弱さなどの評価付けをすれば、他社情報との比較の上で自社開発ポジションを明確にすることができる。つまり、群管理やパテントポートフォリオとしても活用が可能である。

(C) 強い知財権の確保

(イ) 研究開発のプロセスに対応した各ステージでの発明抽出

研究開発活動は、開発テーマの選定、商品企画、研究開発、試作設定、号口設計という一連のプロセスを経てマーケットへ新商品が提供される。研究開発活動の成果としての発明は、各ステージで発生するので当該ステージ内で発明を抽出し、出願手続きに入ることが望ましい。パテントレビューは各ステージごとに発明の抽出を義務付け、次のステージへの移行条件とし、早期出願を達成する。
パテントレビューシステムがないと、発明の抽出が遅れ試作機完成の時期に発明の届出が行われることが多くなるが、発明が具体的になっているために、発明の把握が下位概念的なものになり、小さな権利になる傾向が強い。各ステージごとに発明を抽出していれば、開発初期段階では基本アイディアの状況で抽出されるので、発明の把握は上位概念的で広い権利を取得することが可能となる。

(ロ) 発明創出を研究開発活動と一体化させる

開発テーマが決定し、解決しなければならない技術的課題が明確になると、技術的課題を解決するアイディアをグループで討議して創出し、商品企画で設定した条件を満たすアイディアを試作し実験する。
このアイディアを創出する段階で、研究開発部門と知財部門とが連携して発明創出活動を行うことが望ましい。技術的課題は、この技術分野に精通している研究開発部門が行い、アイディア創出に使用する関連技術を網羅した特許マップを知財部門が作成し、アイディアの整理や特許マップの補充も担当する。開発テーマに他社の障害特許が存在する場合は、クレーム解釈を参加者に明確に伝え、それを回避するアイディアを創出する。技術的課題が明確になっていれば、後は創造力の問題で、研究開発部門のスタッフよりも広い技術分野に接している知財部門のスタッフは、異なった観点で優れたアイディア創出を行うこともしばしばある。
研究開発部門、知財部門に特許事務所の技術スタッフを加えれば、さらに違った視点でのアイディア創出が行えるとともに、創出された発明は直ちに特許事務所の技術スタッフによって出願手続きが行われるので、研究開発部門のスタッフは創造力の発揮に全力を投入することができる。

(ハ) 戦略的な出願活動の推進

優れた研究開発活動が行われ、その商品がマーケットで受け入れられると、競合する他社が類似品を開発し市場へ参入してくる。出願対策は十分にしたという自信を持っていても、権利を限定しすぎて参入してきた後発製品をマーケットより排除できないという事態もある。このようなケースは、かなり高度な知財管理を実施している企業でも発生するが、知財業務に従事する者、特に実務の担当者にとっては誠に屈辱的で、臍をかむ思いである。
一般的に、発明届出書に記載される発明者の発明の把握は、より具体的かつ限定的で発明の本質をとらえていない場合が多い。開発当事者は、常に技術的課題を解決するための技術的、経済的、場合によっては営業的にベストモードを考え出し、それを具象化してマーケットに商品として提供する役割である。どうしても発明の把握は、より下位概念的にならざるを得ない。発明者の説明を受けて、知財部門も特許事務所も発明の本質を把握し、上位概念化する努力をするが、発明者の説明に引きずられ、上位概念化に失敗することもある。

一方、後発の参入企業は、先発企業の知財権を徹底的に検討し、同一目的を達成する代替手段を開発して、先発企業の知財を侵害しない商品をマーケットに出してくる。そのような商品の存在を知り、自社の知財権と対比して侵害していないことを確認し、しかも出願時に注意深く検討すれば、後発の商品を包含するクレームが書けたということに気づいた時、改めてこの仕事の難しさを痛感する。
考えてみれば、発明の代替手段は、なんとか先発のマーケットに参入しようとする企業の研究開発、知財の多数のスタッフが、多くの時間を費やして障害となっている先発企業の特許を分析し、知恵を振り絞って考え出したものである。一方、先発の出願のほとんどは、発明者と知財部門と特許事務所の三者が長くて2,3時間で、まとめ上げているのが現状であり、発明のブラシュアップあるいは特許検討にかける時間はかなり異なっている。
第2図に示すように、開発の成果を確実に確保するためには、製品化する発明ばかりでなく、代替手段や周辺技術も出願して強い特許網を構築する必要がある。

さらに、発売当初は市場を独占できても、後発企業の改良技術が市場で評価され、顧客から改良技術の使用を求められると、最終的に先発企業は、基本発明を後発に提供してでも後発の改良発明のライセンスを取得するという所謂、クロスライセンスに応じざるを得ない事態になる。
従って、開発後追い型の企業は、先発企業の知財を侵害しないように徹底的なリスク回避の努力をするとともに、有用な改良発明を創出して先発企業との差別化を図り、機会を見てクロスライセンスで基本特許のライセンスを取得するという戦略を展開すべきである。
一方、開発先行型企業は、前述したように開発初期段階で特許網の構築を図るとともに、将来のビジネスの自由度を確保するために、常に先行して計画的な改良発明の創出を徹底的に行い強い特許網を構築しなければならない。

第2図「開発成果の確保」
第2図 開発成果の確保

(D) 他社障害特許の確認と対応

他社障害特許対策、つまりパテントクリアランスの問題は知財活動では大変悩ましく、かつ影響がドラスティックに現われてくる。他社の障害特許権に対しては、経過書類を入手して権利取得の過程で生じる問題点を探るとともに、無効資料を調査して有効性を検討し、さらに代替手段について研究開発スタッフと検討する。

使えそうな代替手段が創出されると、障害特許と対比し権利に抵触するか否かの属否判断を行う。上位概念でクレームが記載されていないために、障害特許との違いを簡単に判断できるケースもある。問題は、広い範囲で権利が成立している場合で、代替手段は属否のグレーゾーンに入り明解に結論が出せなくなる。勿論、グレーでも薄いグレーもあれば黒に近い濃いグレーもある。顧客にかける迷惑、高額化している損害賠償額、企業の名誉・信用、知財の専門家としてのプライドなどが交錯し、判断に迷う。

企業の知財スタッフのほとんどは、なんとか他社の障害特許をクリアして製品を市場にだしてやりたいという思いで権利検討を行っている。しかし、第三者的立場を維持しなければ客観的な判断が出来なくなり、自社に甘く判断しリスクが生ずる。自分の担当領域に愛着が深まるのは当然で、コンタクトする研究開発部門のスタッフとの間に信頼や友情が芽生え、彼のためになんとかしてやりたいという一体感が属否の判断を微妙に狂わせては大変である。

有効性や属否の判断は、徹底的に先行技術の調査を行い、さらに粘り強く代替手段の開発を行い、そして微妙なグレーゾーンの判断については外部の専門家の意見も求め、最終的にはリスクに影響されない挑戦的な判断をするべきと考える。その代り、その判断に関係する反論や問題点、リスクについては可能な限り明確にし、率直に研究開発部門に伝える。

(E) 知財の活用

取得した知財の活用形態としては、他社製品との差別化が図れる優れた知財権については、自社のみが製品化し、市場での優位な地位を確保する独占使用と、他社に知財権の使用を認めて何らかの収益を得るライセンスがある。知財権を取得しても侵害を摘出できない発明については、技術の流出を防ぐために出願を中止し、営業秘密として機密管理することもある。他社へのライセンスも、選択と集中の結果として自社の事業を中止した権利譲渡や、ノウハウも含めた技術供与、実施権の許諾、クロスライセンス、デファクト化のための提携等があるが、自社の事業の置かれている状況に合わせて適宜選択されるべきである。活用の対象としては、勿論、単一の知財権の場合もあるが、製品や装置或いは特定の技術機能でまとめられた複数の知財よりなる群で管理し、他社の知財群との対比で強いパテントポートフォリオが形成されたものほど活用形態の選択肢は広がり、経営資産としての価値も高まる。

「国際特許流通セミナー2004」で講演したトヨタ自動車の江崎正啓氏(当時の同社知財部長)は、新規参入が無く研究開発が激化している自動車産業における知財戦略とし、強い特許を多数取得して自社の企業活動の自由度を高めるとともに他社の知財のリスクを減らすようなパテントポートフォリオを構築することが重要であると述べている。その、事例として同社のNOx吸蔵還元触媒システムにおいて基本特許2件を含む308件を取得し、そのうち1/3は自社で実施しているが残りの2/3は他社の実施を回避する特許であり、これらによって隙のない特許網、強いパテントポートフォリオが構築されたと述べている。
まさに、知財を活用して企業が大きな成果を得るためには、徹底的な出願戦略を展開して強い特許網やパテントポートフォリオを構築しなければならないことを示唆している。

自社が置かれている事業環境に対応し、さらに業界の出願動向解析やベンチマーク解析を情報として活動目標を定め、知財の計画的な創出活動を強力に推進してパテントポートフォリオを構築し、研究開発を支援する知財部門の活動はまさに経営に資する知財活動の典型といえる。
その活動事例を紹介する。

3.強い特許の取得についての活動事例

豊田自動織機におけるエアージェットルームの知財活動

(1) 背景

(@) エアージェットルームとは

従来の自動織機は、豊田佐吉が開発したものも含め、開口する経糸の間に緯糸を挿入する方法は、緯糸を巻いた木管を内蔵したシャットル(杼)をピッカーで強打して経糸開口部を通してその反対側まで飛ばし、シャットルから緯糸を引き出して経糸間に挿入する。これを緯入れ運動と言うが、このタイプは綿布を製織する織機の主流として100年以上も使用されたが、騒音、振動が大きく作業環境を劣悪にするとともに、シャットルが1分間に200回以上往復できないという生産性の限界を有していた。シャットルの代わりに、小さなグリッパに緯糸の先端を把持させてこれを飛ばして緯入れするグリッパルームや、フレキシブルなスチールのバンドを緯糸開口部の一方から挿入して緯入れするレピアルームなどが開発されたが、いずれも生産性の改善が小さく、革新的な自動織機の地位を獲得することができなかった。

しかし、自動織機開発の歴史を紐解くと、無振動で高速な緯入れ方法として、噴射した空気流に緯糸を乗せて飛ばすアイディアは、20世紀の初め頃から当時の繊維王国である英国の特許公報に幾つか見られる。織機の開発に携わる者にとっては究極の織機として研究開発が続けられてきたが、シャットル織機に代わる実用機は20世紀末まで市場に出現していない。しかし、科学技術の急速な進歩、特に制御技術の進歩から、いずれ近いうちにエアージェットで緯入れする自動織機が市場に出現し、永年世界に君臨してきたシャットルルームにとって代わるであろうと、各社は研究開発陣の一部をエアージェットルームの研究に費やしてきた。

第3図の1
第3図の2
第3図 初期のJA型エアージェットルームの概念図

(A) 豊田自動織機の開発の経緯

豊田佐吉の発明である自動織機を生産するために創立された豊田自動織機は、英国のプラット社にライセンスを許諾するなど世界の繊維機械業界をリードしてきた。この伝統よりも、革新織機であるエアージェットルームの開発を完成し、業界に先駆けて実用機を市場に出すべく、1970年代の初めより研究開発に着手している。
1970年代に入り、世界の繊維機械業界でのエアージェットルームの開発の動きは激しくなり、豊田自動織機も実用機の開発を加速したが、1980年代の終わりに、ヨーロッパで開催された国際繊維機械展示会(ITMA)で日本企業のN社、TU社、さらにスイスのR社が実用機としてのエアージェットルームを会場で発表し業界の注目をあびた。

(2) 開発技術に関するグローバルな知財情報の整備

前記三社の発表を受けて、豊田自動織機は直ちにエアージェットルームの実用機開発に本格的に踏み切り、プロジェクトチームを結成し開発をスタートした。1970年代初期の基礎的な研究開発の段階で、シャットルを使用しない革新織機に関し、研究開発部門と知財部とが協力して、当時として異例の特許調査を行ない、日本、米国、英国、ドイツ、スイス、フランスの繊維機械主要国の特許公報を1850年まで遡って手めくりで調査し、関連する公報を全て購入した。これらの特許公報を研究者が普段使用している社内分類を付与し、分類別と出願人別のファイルを作成してデータベースを構築した。当然ながらデータは紙であり、知的財産部の限られた書庫を大幅に占領し、スチール書架20段以上に及んでいる。当時シャットルレスルームの権威である某大学教授が、この資料をシャットルレスルームに関する世界最強の資料と評価してくれたが、後追い型開発であるこの開発で無効資料調査や他社の開発動向解析、特許マップ作成などに強烈な威力を発揮している。
この段階で、開発目標の実用機については、無効化するか回避しなければならない他社の障害特許は、日本特許だけでも25件を数えた。この全てをクリアしない限り、自社開発のエアージェット織機を市場に出すことは出来ない。

(3) 開発・設計とリンクした知財活動の推進

(@) 開発プロジェクトへの知財スタッフの参加とCIPOの支持

開発プロジェクトチームは30名前後から構成され、調査検討の機動性を考慮して知財部よりベテランを専任者として参加させた。さらに、知財部はこのプロジェクトを総力を挙げて支援することとし、またCIPOとして知財部も担当する役員が経営責任者としてプロジェクトチームを率いた。活動の方針は、技術的にも知財の面でも先発3社に対し2年以内に追いつき追い越せということである。
後発参入企業として他社の障害特許の解決や独自技術についての創出活動など、研究開発のスタッフを動員して知財政策を推進する必要があるが、CIPOがそれを優先するよう強力にコミットメントし、計画に近い理想的な活動ができた。

(A) 知財に関する全社的な情報の共有化

後発の常として障害他社特許が多数存在し、その対策の巧拙が最終製品の品質を決定する。どのような特許が開発の障害となっているか、それがどの程度解決されてきたかという情報をリアルオンタイムに、しかも営業スタッフでも理解できるような表現で特許マップを作成し、経営者をはじめ関係者に配布して全員が情報を共有した。

(B) 障害特許を回避する発明創出活動

整備された膨大な先行特許資料を調査して障害特許の無効資料を探し、無効化の結論を出して回避したものもあるが、適切な無効資料が発見できない場合は、障害特許に抵触しない技術の創出活動をプロジェクトチームと知財部とが合同で行った。関連技術の特許マップを作成し、さらに知財スタッフが障害特許の権利範囲を明確に解説して、同じ技術課題を解決する代替手段の創出を行う。障害特許が技術的に有用なものであればあるほど、代替手段の創出は困難になるが、知財スタッフの詳細な権利解釈と多数で行うグループディスカッションは想像を超えた威力を有し、優れたアイディアを創出する可能性を秘めている。

(C) 有用技術を確保する創出活動

先発企業の製品を超える新規でかつ有用な技術を創出するために、開発の初期段階でプロジェクトチームと知財部のスタッフが共同して、新規な技術課題について発明創出活動を行う。知財部のスタッフが、創出の対象となる技術的課題に関するFTI的分析手法を利用した特許マップを作成し、これを参加者全員が完璧に理解してから目標管理的な手法でブレーンストーミングを行う。特許調査、マップ作成、創出会議の進行、アイディアの整理、新しいアイディアのマップへの補充と新しいマップの作成、創出活動の再開、そして成果の評価と出願手続きとこれらの一連の活動を知財部の主導で推進した。

第4図
第4図 系統図型特許マップ

後発企業として先発企業の製品にないセールスポイントを作る必要があるが、その一つとして開発した有用技術に、緯入れ運動が失敗した時にミス糸を除去して緯入れを再開する自動補修装置(ピックファインダー)を上記の手法で開発した。この創出活動に使用した系統図的な特許マップは、発明を創出するマップとして独創的であり、上位概念から下位概念、同等の代替手段を創出するツールとして極めて有効であった。この特許マップは、その後の創出活動推進の主役となったが、技術を論理的に細分化する基礎マップの出来上がり品質が、創出活動の成果を左右するキーとなる。
有用技術については、製品化する技術ばかりでなくその代替手段なども合わせて創出し、他社の参入を阻止するためにパテントポートフォリオを構築した。

(D) 将来実施する可能性の高い改良発明の創出活動

将来実施する可能性の高い改良発明の創出活動
商品企画した予定機種にも競合3社のその後の開発を想定した機能や技術が盛り込まれているが、将来採用される可能性の高い改良発明についても先取り的な創出活動を行なった。

(E)幾つかの技術テーマについて、それぞれ5〜10名のチームが編成され、毎週1回の創出会議を開き、分担して実施例を作り、改めて実施の可能性についての検討を行った後、有効と判断された発明について出願手続きが取られた。知財部が作成した創出用のマップは約40件を超え、パソコンの無い当時では全て手作りで、先行技術1件ごとにコマ絵と要約を作り、A3紙に貼り付けて系統図マップを作成した。

(4) 知財活動の成果

(@) 創出活動のテーマ数は約20テーマで、創出された発明は約300件である。創出発明の内、約80%が出願されたが、基本的発明といっていいAランク発明を約20%含むパテントポートフォリオが構築された。

(A) ITMA会場での知財係争と商業的成功

開発されたエアージェットルームは、ハノーバーで開催されるITMA会場で発表されることになり、障害特許として検討し、回避したと判断した日本特許15件について外部弁理士の鑑定を受けた。有効性と属否判断であるが、その大半は故弁理士鈴木昌明氏に依頼した。同氏の精緻な分析と深い考察を得て全ての障害特許をクリアし、対応するドイツ特許についてもミユヘンのティーティケ弁理士との1週間に及ぶ検討で日本と同じ結論を得た。
ITMA会場では、スイスのR社の知財担当者から知財侵害についての話合いの申入れをうけたが、指摘されたR社特許の全てについて問題をクリアした。
ITMA会場で発表した豊田自動織機のエアージェットルームに対しては、米国有数の繊維会社から大量のオファーを受け、マーケットで高い評価を受けた。

(5) その後のビジネス展開

(@) 第2世代のエアージェトルームの開発競争と知財問題

ITMA以後、エアージェットルームはシャットルルームにとって代わる本格的な実用の時代に入り、当時のマイコン技術の発展の影響も受けて電子化技術が採用され、その開発競争も激化した。先発企業である日本のTU社の特許が次々と公開され、豊田自動織機の研究開発と知財部のスタッフは、それらの特許の回避と無効化の検討に追われた。公開中でクレームが未確定でかつ用途的な発明が多く、明確な結論が出しにくいグレー領域の障害特許が幾つか残り、第2世代のエアージェットルームについても未解決の他社特許問題を抱えたまま開発が進められた。

(A) 包括的クロスライセンスを見据えた知財交渉

TU社との間で、お互いがかかえる相手企業の障害特許について、有効性と属否の意見交換がスタートした。交渉目的、条件は、CIPOを始めとした関係者の承認をとり、交渉方法については知財部に一任され、TU社との間でシリアスな議論が繰り広げられた。
最終的には、包括的なクロスライセンスが提案され、お互いが公開中の特許を含む各15件のクロスライセンスに合意した。これにより第2世代のエアージェットルームについての特許問題は全て解消した。

(B) 業界再編と中国市場

その後、日本のN社はエアージェットルームの生産を中止し、事業を豊田自動織機に譲渡しており、またスイスのR社も巨大企業であるS社に吸収されてS&R社となった。スイスS&R社も後にエアージェットルームの自社生産を中止し、豊田自動織機のエアージェットルームをOEMで導入し、同社ブランドでヨーロッパで販売している。
21世紀に入り中国がエアージェットルームの導入を開始し、激しい販売合戦が繰り広げられたが、同社は莫大な量のオファーを受けて競争を制している。

以上

2008年9月発行 第83号

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